学位論文要旨



No 214909
著者(漢字) 大平,昇
著者(英字)
著者(カナ) オオヒラ,ノボル
標題(和) 浮力による乱流輸送の減衰・促進効果を考慮した修正k-εモデルの開発と検証
標題(洋)
報告番号 214909
報告番号 乙14909
学位授与日 2001.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14909号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,信介
内容要旨 要旨を表示する

 流れ場のCFD解析(Computational Fluid Dynamics)を行う際に良く用いられている標準型k-εモデルは、もともと十分乱れた流れ場を対象とし等方的な渦粘性に基づいている。そのため、安定成層、衝突、旋回等を含む非等方性が強い流れ場を精度よく解析するためには、これらの効果を組み込んだ高次の乱流モデルを導入することが基本となるが、実用上優れているk-εモデルに非等方性効果を導入し、修正を加えたモデルが数多く提案されている。また、標準k-εモデルは壁近傍での壁の減衰効果や粘性効果のある流れ場、強い安定成層で乱れが減衰し疑似層流化する流れ場に対しても精度の良い解を与える事はできない。これを改善するためには、Jonesand Launder以来多くの低レイノルズ数型k-εモデルが提案され実績を上げている。

 このようにk-εモデルはいくつかの欠点はあるが、安定的に計算を行えるため、実用的な計算を行なうには非常に優れた乱流モデルである。従って、環境予測等の実用問題にCFD解析を適用する際は、標準k-εに対して修正を施し、対象とする流れ場をより高精度に予測できるようにする方がより現実的である。

 近年の省エネ性の要求や環境アセスメント等から、建築環境工学では暖・冷房時の室内気流、火災時の熱気流あるいは給湯器等からの排気ガスの流れなど、浮力により大きな影響を受ける流れ場を数値計算で予測する必要がある場合が多々ある。室内気流のように浮力により流れが成層化していたり、不安定となる領域が混在していると、非常に複雑な流れ場となる。浮力により成層化している領域では鉛直方向の乱流輸送が大きく抑制され、不安定な領域では逆に大きく促進される。

 安定成層がある流れ場において村上・加藤・近本は、壁面の影響を直接受けない領域における層流化にも対応した減衰関数fμと浮力による効果を、レイノルズストレス(ui,uj)、乱流熱フラックス(uiθ)の輸送方程式をもとに、安定成層による乱流輸送の減衰効果を持たせる関数を導出して、乱流輸送の減衰を簡易に渦粘性近似のk-εモデルに組み込み、よい結果を得ている(MKC型k-εモデル)。

 本研究は、「浮力による乱流輸送の減衰・促進効果を考慮した修正k-εモデルの開発とその検証」を行ったものである。すなわち、MKC型k-εモデルを更に拡張する形で、不安定な領域でレイノルズストレスや乱流熱フラックスが浮力により増幅される効果を簡易なモデル関数を導入することにより考慮する修正k-εモデルを開発し(MKCO型k-εモデル)、その検証を行った。更に代数応力モデルの簡易版と位置付けられるWETモデルに低レイノルズ数型k-εモデルの壁減衰関数を組み込むことにより修正を施し、壁近傍まで適用可能とするモデル(壁関数組込WET型モデル)を提案し、検証している。このモデルは乱れの非等方性を考慮する2次の非線形k-εモデルに相当するものであり、これまでの非線形k-εモデルが乱流フラックスの近似を数学的考察から行っているのに対し、本研究では乱流フラックスの輸送方程式の基づいて導いている点に特徴がある。

 本論文は以下の7章より構成される。

 第1章では本研究の背景と目的、そして研究の進め方を示す。

 第2章では、非圧縮流れの数値シミュレーションを行う際の基礎式の導出について述べ、さらに乱流モデルの必要性、乱流モデルの種類について解説を行った。さらに本研究で用いるk-ε乱流モデルの導出方法および流れの剥離や壁からの熱伝達をより正確に予測するための低レイノルズ数モデルについても述べ、低レイノルズ数モデルに導入するダンピング関数が壁面近傍や自由乱流で満たすべき挙動について解説を行った。

 第3章では、浮力による影響が強い流れ場で顕在化する標準k-εモデルの問題点を列挙し、この問題点を解決するためにこれまで提案されているモデルについてレビューを行った。さらに、このレビューをもとに本研究でのモデル導出の方向性を示し、MKC型k-εモデルと同様な手法で、浮力による乱れの非等方性を簡易なモデル関数を組み込むことで考慮できる修正k-εモデル(MKCO型k-εモデル)を提案した。同時にLaunderにより提案された、より高精度なモデルであるWETモデルの導出方法についても示した上で、壁近傍まで拡張した2次の非線形モデルとなるWET型k-εモデルを導出した。新たに提案したMKCO型k-εモデル、WET型k-εモデルともレイノルズ応力、乱流熱フラックスの輸送方程式をそのモデリングの基礎としている。MKCO型モデルは、輸送方程式の各項を簡略化してk-εモデルを導出する過程で、浮力による影響を残す方針で導出されたものである。WET型モデルは2次の非線形モデルに対応するよう簡略化した上で、壁減衰や壁から離れた場所での低レイノルズ効果による減衰を表す関数を導入したもので、代数応力モデルで用いられる煩雑なWall reflection項を考慮せずに簡易に壁近傍、乱れが減衰した流れ場まで適用可能とするモデルである。

 第4章では、第3章で提案したMKCO型k-εモデルとWET型k-εモデルの有効性を代表的な浮力流であるサーマルプリュームを対象にして検証を行った。両モデルの他にも安倍らのモデルで計算を行って計算結果を比較検討し、MKCO型モデルが非拡散的になった理由が鉛直方向の乱流熱フラックスを鉛直方向温度勾配でのみ表記していること、ε方程式の数値定数の影響も強いことを明らかにした。さらに、WET型モデルが鉛直方向乱流熱フラックスの予測精度が良いのはどの項を考慮したことによるかを考察し、サーマルプリュームでは温度変動の分散と水平方向温度勾配の項による影響が非常に強いことを明らかにした。

 第5章では、壁の影響がある場合の流れ場として、2次元非等温室内気流実験を対象として、MKCO型k-εモデルと壁近傍まで適用可能なWET型k-εモデルの検証を行った。解析は他にもMKC型k-εモデルでも行った。計算結果の比較の結果、流れ場の予測精度は良い順でWET型モデル、MKCO型モデル、MKC型モデルとなり、浮力の効果をより多く考慮するほど予測結果が実験と一致することが明らかになった。また、WET型モデルについては壁減衰関数を導入しないモデルと導入したモデルの温度分布を比較し、壁減衰関数を導入しないモデルでは高めに予測した壁面近傍の温度予測値が、壁減衰関数を導入することにより実験結果とほぼ一致することを明らかにし、壁近傍まで簡易に拡張したWET型モデルの有効性を確認した。さらに安倍らによる温度場2方程式モデル(ANK型モデル)やANK型モデルに提案したモデル関数を導入したもの、εθを方程式で評価したモデルでも計算を行い、提案したモデル関数が他のk-εモデルに導入しても有効であること、εθの評価は流れ場と温度場の乱れのタイムスケールを定数と仮定することで十分であることを明らかにした。

 第6章では、近年良く見られるボイドを有する建物を対象とし、ボイド内の熱源機の排気によって誘起される自然換気を対象として、模型実験とMKCO型モデル、壁関数組込WET型k-εモデルによる数値解析を行い、計算結果と実験結果を比較検討した。その結果、全てのモデルとも実験よりも非拡散的になり、特に外気からボイド内部に向かう流れは実験よりも非常に小さなものとなった。本研究では乱流モデルの予測精度の比較することを目的として模型実験、数値シミュレーションを行った。当然最終的には、模型実験や数値シミュレーションにより実建物のボイド内換気性状を予測する事が目的となるが、ボイド内換気は種々の要因により影響を受け、乱流モデルの改良だけでは不十分であると考えられる。しかし、数ある要因のうちでも乱流モデルが非常に重要であるとの認識で、まずはじめに乱流モデルの検討を行ったものである。対象とする流れ場は、浮力による自然換気のみであり数値計算の際は非常に不安定でモデルの検証には適さない点も見られるが、MKCO型モデルはWET型モデルの計算時間の1/10倍程度であり、実験結果との対応も遜色がない結果を得ており、MKCO型モデルはWET型モデルよりも予測精度は若干劣るものの、計算時間が短くて済むため、浮力の影響を考慮した対象を計算する際は提案モデルも実用上有効であることが明らかとなった。

 第7章では、全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題を総括している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、工学の分野で多く見られる浮力の影響が強い流れをCFD(Computational Fluid Dynamics数値流体力学)により簡明かつ高精度に解析するための基礎となる乱流モデルの開発を行ったものである。

 浮力の影響の強い乱流(浮力乱流)では、浮力により乱れの非等方性が強くなるため、鉛直方向の乱流輸送が大きく抑制される安定成層流や、逆に大きく促進される不安定流れなどが生じる。流れ場のCFD解析で良く用いられる標準型k-eモデルは、等方的な渦粘性に基づいたモデルであり、浮力による乱れの非等方性などを考慮するものではないため、浮力乱流を精度よく解析することは期待できない。しかしながら、k-eモデルは、極めて汎用かつ安定した性能を示す乱流モデルであり、乱流の実用解析に極めて有用な実績を持つ。そのため、浮力乱流に関してもk-eモデルに浮力効果に対応する修正を施したモデルが、有用になるものと考えられる。

 本論文は、浮力による乱流輸送の減衰・促進効果を簡易なモデル関数を導入することにより考慮できるようにする新たな乱流モデル(MKCO型k-eモデル)を提案している。更に、代数応力方程式モデルの簡易版であるWETモデルに修正を施した乱流モデル(壁関数組込WET型モデル)を提案している。後者のモデルは、乱れの非等方性を考慮する、いわゆる2次の非線形k-eモデルに相当するものであり、既存の2次の非線形k-eモデルが乱流フラックスの近似をその数学的考察から行っているのに対し、レイノルズ応力や乱流熱フラックスなどの乱流フラックスの輸送方程式に基づいて2次の非線形モデルを導いている点に特徴がある。本論文ではこの2次の非線形k-eモデル(WET型k-eモデル)に、低レイノルズ数型k-eモデルの壁減衰関数を導入し、壁近傍まで適用可能とするモデル(壁関数組込WET型k-eモデル)を提案している。

 本論文で提案されているMKCO型k-eモデル、壁関数組込WET型k-eモデルとも、レイノルズ応力、乱流熱フラックスの輸送方程式をそのモデリングの基礎としている。前者はレイノルズ応力、乱流熱フラックスの輸送方程式の各項を簡略化してk-eモデルの渦粘性近似を導く過程で、浮力による影響を表す項を残す方針でそのモデリングを行ったものであり、浮力による非等方性を表現しつつ標準k-eモデルと同様、数値的に安定的に解くことが期待できるものである。また後者のモデルは、代数応力方程式モデルの簡易版であるWETモデルを2次の非線形k-eモデルに対応するよう簡易化した上で、更にk-eモデルで良く用いられる壁減衰と壁から離れた場所での低レイノルズ効果による減衰を表す関数を導入しているもので、代数応力方程式モデルなどで用いられる煩雑なWall reflection項を考慮せず簡易に壁近傍や乱れが減衰した流れ場にまで適用を可能とするモデルとなっている。

 本論文はこれらの導出した修正乱流モデルを用いて、サーマルプリューム、二次元非等温室内気流、三次元中庭空間自然換気問題に適用し実験結果と他の乱流モデルによる計算結果を比較検討し、その有効性を確認している。

 論文の構成は第1章の序論以下、次の6章より成る。

 第2章では、乱流モデルの必要性、乱流モデルの種類、k-e型乱流モデルの導出方法について解説を行っている。

 第3章では、浮力による影響が強い流れ場で顕在化する標準k-eモデルの問題点を列挙し、本研究でのモデル導出の方向性を示している。初めにLaunderにより提案されたWETモデルの導出方法について示し、その後浮力による乱れの非等方性を簡易にk-eモデルに組み込むためのモデル関数を導き、新たな乱流モデルであるMKCO型k-eモデル提案している。また2次の非線形モデルであるWET型k-eモデルを同じく導出している。

 第4章では、MKCO型k-eモデルと、WET型k-eモデルの有効性を代表的な浮力流であるサーマルプリュームを対象にして検証を行っている。両モデルの他にも安倍らのモデルで計算を行って計算結果を比較検討し、浮力による減衰・促進効果を表すモデル関数の考察、e方程式の数値定数の影響を明らかにしている。

 第5章では、壁の影響がある場合の流れ場である2次元非等温室内気流を対象として、MKCO型k-eモデルと壁関数組込WET型k-eモデルの検証を行っている。解析結果を実験や他の乱流モデルによる解析結果と比較し、両モデルの精度を検証している。またMKCO型k-eモデルで提案した浮力による減衰・促進効果を表すモデル関数は、標準k-eモデルなど他のk-eモデルにそのまま導入しても有効になることをあわせて示している。

 第6章では、ボイドを有する建物を対象とし、ボイド内の熱源機の排気によって誘起される自然換気を対象として、模型実験とMKCO型k-eモデルと壁関数組込WET型k-eモデルによる数値解析を行い、これらを比較検討した結果を示している。対象とした流れ場が極めて不安定であり、モデルの検証には不適な点も見られるが、MKCO型k-eモデルによる解析は、壁関数組込WET型k-eモデルに比べて、計算時間が約1/10であり、実験結果との対応もさほど遜色がない結果を得ており、実用問題での乱流モデルの選択法に言及している。

 第7章では、全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題を総括している。

 以上を要約するに、本論文は浮力による乱流輸送の減衰、促進効果を考慮できる新たな乱流モデル(MKCO型k-eモデル)を提案し、このモデルが非等温室内気流等の複雑な流れ場に効果があること、モデル関数を他のモデルに導入しても効果があることを確認している。また、あわせて壁減衰関数を導入した2次の非線形モデルであるWET型k-eモデル(壁関数組込WET型k-eモデル)を導出、提案し、その有効性も確認している。両モデルは精度と解析結果を得るための計算時間にそれぞれ差異があり、解析条件によって使い分けが必要であるが、ともに、k-eモデルの利点である計算安定性を損なわず浮力の効果を考慮でき、市販の汎用モデルに組み込むことによって建築環境分野のみならず機械、土木、化学等の多くの分野で効果をあげることが期待できるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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