学位論文要旨



No 214910
著者(漢字) 大迫,健一
著者(英字)
著者(カナ) オオサコ,ケンイチ
標題(和) 自由断面下水道管渠更生工法の開発とその実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 214910
報告番号 乙14910
学位授与日 2001.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14910号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨 要旨を表示する

 全国の下水道普及率は、平成11年度末で60%に達しているが、古くから整備に着手した政令指定都市は平均普及率が約97%に達し、普及・建設から機能向上・維持管理へと移行している。東京都においても、平成6年度末に100%普及をほぼ達成する中で、従来、対症療法的に対応してきた下水道管渠の構造耐力的劣化や能力不足による機能的劣化等への老朽化対策である再構築事業を本格化させている。

 下水道管渠の更新、再構築に当っては、従来は開削工法によっていたが、輻輳する地下埋設物や道路交通、周辺環境への影響或いは建設コストを低減させるため、非開削による更生工法が数多く開発され実用化されている。しかし、現状の更生工法の多くは円形の小口径管渠を対象にしたもので、幹線管渠に多く見られる矩形渠、馬蹄渠などを下水を流しながら更生できる工法は皆無であった。また、在来の更生工法における管渠の設計は、既設管または更生管のいずれかで外力に対抗するとした考え方に基づいたもので、両者の協働作用を考慮していないため、経済面でも満足できるものではなかった。

 このような背景から著者は、従来より実績のあるSPR工法を発展させ、大口径の異形断面に適用可能な「自由断面SPR工法」の開発と実用化、および設計法の確立を行った。

 SPR(Sewage Pipe Renewal)工法は、粗度係数の小さい硬質塩化ビニル製の更生管を既設管内で製管し、既設管とのクリアランスに特殊モルタルを注入して複合管を構築する工法である。既設管と同等の流下能力を確保できる他に、水替え工が不要、縦断勾配の補正が可能、耐久性、耐摩耗性、および耐薬品性に優れているといった特長を有する。本工法は、1986年より現在まで、総延長170kmの施工実績を有している。当初は1,200mm以下の小・中口径の円形管に限定して適用されてきたが、その後、順次、大口径円形管渠にも適用できるようになった。これらの工法は、人孔内に製管機を設置し、塩化ビニル製の帯(プロファイル)を嵌合せながら螺旋状に製管して既設管内に送り込む方式(元押し式製管方式)を採用していたが、1996年に至って製管機が既設管内を自走しながら更生管を製管する「自走式製管工法」が新たに開発され、施工延長を大幅に伸ばすことや、カーブ施工にも対応が可能となった。円形管渠の更生工法による更新、再構築の実績が蓄積される中で、更生が必要な管渠の断面形状として、円形のみならず馬蹄形、卵形、矩形など様々な形状の断面に対応できる更生工法の開発が強く求められるようになった。「自由断面SPR工法」は、このような任意の形状の老朽下水道管渠を供用しながら更生することを可能にした自走式製管工法である。

 本研究では、室内実験、フィールド実験および解析を通して、以下の成果を得た。

(1)自由断面SPR工法の開発

(2)SPR複合管耐荷力の評価方法の確立

(3)SPR複合管の設計法の提案

(4)実施工による工法の有用性の検証

 以下に、各項目毎に研究の成果の概要を示す。

(1)自由断面SPR工法の開発

 開発した内容は、製管機、油圧装置、プロファイル用中出しドラム、支保工設備、モルタル注入装置などの施工装置と、更生材料である補強型プロファイルおよび注入用のモルタルである。

 自由断面自走式製管機は、円形管を対象とした既存の自走式製管装置に改善を加え、製管装置自身が更生断面形状に合わせた形状規制フレームの上を自走することにより任意の断面形状に合わせた更生が可能となるように開発した。

 油圧装置は、管内での移動や既設人孔からの搬入・搬出が容易に行える大きさであること、大口径の製管に十分な出力性能を有することを目標に開発を行い、全閉外扇型7.5kW自走式スパイラル製管機用油圧装置を製作した。

 更生管の製管にあっては、自走式製管装置自身がガイド上を回転しながら移動するため、送り込むプロファイルも予めスパイラル形状に送り込む必要があった。これを簡便に行える装置として、ドラムの中芯を脱着式とし、プロファイルがスパイラル形状を保持した状態で取り出せる中出しドラムを開発した。

 支保工設備としては、モルタル注入時の更生管の浮上や変形防止、およびモルタルの注入による浮力を利用した勾配調整が行えるように支保工材上部に勾配調整ジャッキを装備した支保工を開発した。

 SPRモルタル注入装置としては、比重が大きいモルタルを分離せずに200m圧送が可能な装置の開発を行った。

 更生材料のうち、プロファイルについては、在来のプロファイルを改良した補強型プロファイルを開発した。補強型プロファイルは、プロファイルの形状保持と、引張鉄筋の役割を持つスチール補強材をプロファイルと一体化させたもので、既設管渠の断面の大きさに応じた2種類の仕様を決定した。裏込めモルタルについても、従来の円形管用のモルタルに改良を加えて、圧縮強度、引張強度、付着強度、流動性が大きく、収縮性が小さいものを開発した。

(2)SPR複合管耐荷力の評価方法の確立

 SPR複合管の耐荷力については、既設管の劣化状態や施工条件をモデル化した更生管渠を地上で作製し、27ケースの外圧試験を実施して各種の要因と耐荷力の関係を調べるとともに、実験結果をモデル化できる解析手法の検討を行った。

 外圧実験から、(1)既設管と裏込めモルタルは、モルタルにひび割れが発生するまでは一体となって挙動すること、(2)SPR工法による更生を行うことで耐荷力は原管の1.7倍程度まで向上することが確認された。

 解析手法としては、非線形ひび割れ弾塑性解析を用いて、外圧試験のシミュレーションを行った。その結果、さまざまな条件下にある試験結果に対して本手法を用いることで、更生複合管のひび割れ荷重、破壊荷重を誤差20%以内で再現できることを確認した。

(3)SPR複合管の設計法の提案

 更生材料の各種基礎実験結果から、更生材料が恒久構造部材とみなすことの妥当性を示した。また、本更生工法による防食効果を考慮した場合、既設老朽管についても、その老朽度や損傷度を的確に設計に反映させることを前提に、恒久構造部材として採用してもよいことを示し、SPR更生管の設計においては、既設管と更生管の両部材が複合管として外力に抵抗するという考え方を提案した。

 耐荷力の評価については、既設管の部材が許容応力度を下まわる場合が多いことを考慮し、限界状態設計法の考え方を取り入れた終局耐荷力で評価すべきことを提案した。その場合の安全率としては、現行の部分安全係数設計法での照査内容との整合を図り、材料係数、部材係数、構造解析係数、荷重係数、構造物係数などを考慮してひび割れに対して1.0、破壊に対して2.5を採用することを提案した。

 耐荷力の評価は、既述した非線形ひび割れ弾塑性解析によるものとし、実際の設計における設計作業の流れ、事前調査の方法、設計荷重の載荷法、解析モデルなどを提案した。

(4)実施工による工法の有用性の検証

 本研究によって開発された自由断面SPR工法の最初の適用例を示した。当現場は頂版コンクリートや鉄筋が著しく損傷を受けた蓋掛け矩形渠の幹線下水道管渠である。本研究で提案した手法を用いて事前調査・設計を行い、施工に際しては、モルタルの充填状況・強度、流下能力、施工性、騒音・振動などの調査、確認を行った。その結果、完成した更生管渠は設計仕様を満足するものであるとともに、在来の開削工法で行う場合に比べて、施工性、経済性、対環境面において優れた工法であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 都市の基盤施設である下水道は国民にとっての重要なストックであり、長年に亘ってその用途に供せられるものである。かつて下水道の普及率が低かった時代には、下水道の新規の建設がもっぱらの課題であり、目標であった。しかし、下水道普及率が100%に達した東京都区部に代表的に示されるように、この貴重な社会ストックをいかに維持し、機能を保っていくかと言うことが今後の大きな課題になってきた。とりわけ、老朽化した下水道管渠を供用状態のまま更生し、十分な強度を再度賦与することが技術的に求められるようになった。

 本論文はこのような背景の元に行われた技術開発を中心にまとめられたもので、「自由断面下水道管渠更生工法の開発とその実用化に関する研究」と題し、緒論及び7章からなる。

 緒論では、本研究の中心となっている管渠更生技術が必要になった背景を述べ、ついで本研究の目的を明確化している。

 第1章「高普及率下の下水道事業の新たな課題」では、下水道普及率がおおむね100%に達した東京都区部について、下水道整備の歴史とその動向、管渠の種類別の老朽化の状況について整理しており、現在提案されている管渠の更生方法についてレビューしている。そして、とりわけ大口径の下水道幹線の大部分に用いられている矩形渠および馬蹄形渠については、これに対応する更生方法の開発が求められていたことを指摘している。

 第2章は「自由断面SPR工法の開発」である。本章においては、本論文の中心となっている、非円形管渠の更生方法として開発された「自由断面SPR工法」について説明を加えている。この中では開発の経緯と、技術の確立の過程について詳細に記述をしており、この技術が直面した様々な問題を克服しつつ開発が行われ、本技術が確立していった過程を明らかにしている。その開発の過程では、用いた材料自身の開発、具体的な工法と施工装置の開発など、検討要素は多岐に及んでおり、いずれの要素についても、実際の問題点を把握しつつ開発が行われた点で技術的にも優れたものがある。このようにして開発された本工法の技術としての有用性はもちろん、このような技術開発の過程を明らかにした点でも貴重である。

 第3章は「更生矩形渠の耐荷力に関する実験的研究」である。この章では、SPR工法を適用した矩形渠に対して耐荷試験を行った結果を示している。まず、要素試験としてポリマーモルタルの強度試験、既設管との付着力試験などを行い、材料を適切に選べば十分な強度と付着力が得られる事を示している。次いで、本工法によって更生した矩形渠に対して外圧破壊試験を行った。これらの結果から、SPR工法を用いて更生することによって、ひびわれ、あるいは破壊を起こす限界の荷重が大幅に増大し、管の老朽化による劣化を補い十分な耐荷力が与えられること、複合管の耐荷力はモルタルとコンクリートの境界面の付着性能に依存すること、既設コンクリートに直接モルタルを打設した場合、モルタルにひび割れが発生するまでは境界面の付着が期待できること、などを実験的に明らかにしている。これらの成果は、工法の有効性を実際の破壊試験によって実験的に示したものとして有用である。

 更に本章では、外圧試験のシミュレーションを行い、ひび割れに至る荷重、破壊を起こす荷重を予測できることを示した。このようなシミュレーションを行うことによって、さまざまな状況下での破壊について予測することが可能になる。

 第4章は「耐久性能評価」であり、更生管のさまざまな耐久性能を実験あるいは文献を元に評価し、十分な耐久力を有することを示している。

 第5章は「更生矩形渠の設計法の提案」である。前章までで検討した内容に基づいて、SPR工法によって矩形渠を更生する場合の設計の順序と具体的な方法を提案している。提案された方法では、まず耐荷力を評価し、それをもとにして設計を進める手順を具体的に示している。ここで示された手順は、実際に本工法を実施に移す上で必要なものである。

 第6章は「実施工による検証」である。この章では、実際の施工例の一つを取り上げ、管の老朽化の状況を明らかにしたのち、具体的な施工の状況を紹介している。ついで、流下能力や強度について設計値を満足しているか否かを検証している。

 第7章は「結論」で、技術の開発の有効性を総括している。

 本研究は、社会ストックである下水道を長期間に亘り機能させるための更生方法についての技術開発を中心にまとめたもので、本研究を通じて得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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