No | 214916 | |
著者(漢字) | 市村,功 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イチムラ,イサオ | |
標題(和) | Solid Immersion Lensを応用した光ディスク記録に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 214916 | |
報告番号 | 乙14916 | |
学位授与日 | 2001.01.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第14916号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 光ディスク記録再生装置における光学ピックアップの原理的な解像度は,一般に記録媒体上のスポットサイズによって決定され,同スポット径(FWHM)は,光源の波長をλ,対物レンズの開口数をNAとすると,概ねφspot=λ/2NAで与えられる。従って,高密度光記録を実現するための手法としては,光源の波長を短くする,或いは対物レンズの開口数を大きくするといった手段が有効である。上記手法のうち,コンパクトディスク装置において0.45程度であった対物レンズの開口数は,ストレージ用途の光磁気ディスク装置においては0.5〜0.55,DVDでは0.6へと徐々に高められてきた。しかしながら,光ディスク装置の光学ピックアップに使用されている単レンズに関しては,レンズ製作精度の点から,開口数0.7程度が実用化の限界と言われており,これを上回る開口数は,複数レンズの組み合わせや,単レンズにホログラム素子を組み合わせたハイブリッドレンズによって実現せざるを得ない。 1990年にStanford大学のMansfieldらによって提案されたSolid Immersion Lens(SIL:固体浸レンズ)は,略半球の形状を有し,対物レンズの出射収束光中に挿入することで,その実効開口数(NAeff)をSIL材料の屈折率倍に増加させる働きを持つ。同レンズは,当初,共焦点光学顕微鏡の解像度を高める目的でSolid Immersion Microscope(SIM)の対物レンズとして用いられ,その後,光ディスク記録再生装置への応用が試みられた。SILを用いた対物レンズの実効開口数が1を超える場合,NAeff>1の領域に属する光線は,エバネッセント波,すなわち近接場光となり,極めて短い距離しか伝播しない。一般にSILと被検体との距離(Air Gap)は,光源波長の1/10程度に保たれる必要があるため,同レンズを光ストレージに適用した場合,装置全体は密閉構造を持つ光ハードディスクとならざるを得ない。一方,実効開口数が1未満である場合,SILと集光対物レンズは一種の2群レンズとして機能し,Air Gapに関する制約は取り除かれる。この場合,2群レンズの動作距離はレンズ設計に依存し,従来通り,リムーバブル光ディスク装置を実現することが可能となる。 筆者は,SILを用いて実効開口数0.83の摺動型光学ヘッドを試作,光磁気ディスクヘの記録再生を通じて,同デバイスが高開口数2群レンズとして光記録再生に応用可能であることを確認した。以降は,SILを近接場光学素子として研究,その実用化を模索するかたわら,非球面2群レンズを用いることで開口数0.85の対物レンズを実現し,光学ピックアップに搭載してその性能を実証した。対物レンズの高開口数化は,高密度光記録を実現する反面,光ディスク装置において想定される各種摂動に対する許容度を極端に低下させてしまう。とりわけ,光透過保護層(カバー層)の厚み誤差によって生じる球面収差と,ディスク基板とレンズとの傾きによって生じるコマ収差が,それぞれ,レンズ開口数の4乗,並びに3乗に比例して大きくなるため,従来の光ディスク構成をそのまま用いるのは困難である。この問題を解決するため,0.1mmの薄型カバー層を持つ新構造光ディスクを提案し,併せて,カバー層の厚さが異なる場合にも対応できる球面収差補正機構を考案した。上記装置構成における記録媒体として,筆者は,磁界ヘッドを必要としない相変化光ディスク媒体を選択,この際,相変化多層膜は従来と逆の順序で成膜され,その下地となる金属反射膜の平坦性がディスク雑音の大小を左右することを突き止めた。反射膜としてIon Beam Sputtering(IBS)の手法により成膜したAl合金を用いることでディスク雑音を低減することに成功,InGaN青紫色半導体レーザによってもたらされる光源の短波長化と併せて,130nm/bitの記録密度(面記録密度16.5Gbit/in.2に相当)を実証した。加えて,相変化記録媒体の高転送レート化を達成,DVDサイズの光ディスクに実現された容量22GBと35Mbps超のデータレートは,2000年末に放送開始が予定されているDigital HDTV衛星放送の2時間録画を可能とし,次世代光ディスク記録再生装置の有力候補となっている。 より一層の高密度化を可能とする近接場光記録において,Air Gapの変動は,エバネッセント波の結合,並びに記録媒体上へ到達する電磁波のエネルギーを大きく変化させ,光学系の解像度と記録再生時の照射出力許容度を低下させる。筆者は,加工・組み立て要求精度の厳しさから,ヘッド作製が困難と思われていた超半球SILを用いて実効開口数1.36の近接場光学ヘッドを試作(図1),相変化光ディスク媒体への記録再生を試みた。SIL底面中央部にIon Millingの手法を用いて高さ1〜2μmの突起形状を加工し,収束光線が通過する領域以外を削り落とすことで記録媒体への接触面積を減少させた。一方,回転するディスクに対して近接条件を実現するため,SIL突起部周辺に電極を形成する手法で対向するディスク媒体との間に静電容量素子を形成,その値を一定に保つサーボ回路を構成してAir Gap量を正確に制御するActive Height Controlの手法を考案した(図2)。距離制御を実現するため,SILヘッドは電磁アクチュエータ上に搭載され,光軸方向の任意の位置に移動可能な構成をなす。この方法は,SILを浮上スライダーに搭載する一般的な手法とは異なり,実現されるAir Gapが,回転ディスク媒体の線速度に一切依存しない特長を持つ。上記手法により,相変化光ディスク等の線速依存性を有する記録媒体に対して最適な記録条件を実現できる。Air Gap制御の実測値は,回転ディスク媒体に10μmの面振れ(上下動)が存在する場合の残留誤差が2nm程度に抑制されていることを示している。更に,記録媒体からの反射光分布を小型CCDカメラで観察し,相変化多層膜での反射によって生じる同心円状の干渉パターン(計算値)と照合することで,Air Gap量を正確に較正する手法を提案した。 試作した実験装置を用いて,光透過保護層の存在しない相変化記録媒体に記録再生を試みたところ,記録時のレーザ照射により,相変化媒体が飛散(Ablation)してしまう現象が観察された。相変化記録膜として用いたカルコゲナイド材料(GeSbTe)は,結晶相と非晶質相との間を可逆的に相転移する。この際の膨張・収縮を吸収するため,記録層は比較的柔らかいZnS-SiO2誘電体層に挟まれて使用されることが多い。上記Ablation現象は,この誘電体層が記録層の熱膨張で破壊されることによって生じている。筆者は,相変化多層膜の最上部に誘電体オーバーコートを施す手法を提案し,この問題を解決した。エバネッセント波の伝播と相変化記録マークのコントラストは,Air Gapやオーバーコートまで含めた多層薄膜の構成によって左右される。筆者は,SILによって実現される光学スポットを,照明光の偏光状態をも加味したベクトル回折理論によって解析し,多層膜の反射率,並びに透過率を計算する手法を用いて電磁波の伝播,近接場再生信号のコントラストを求めた。併せて,記録マーク再生信号に基づいたMTFシミュレーションの手法を応用して媒体層構成の最適化をおこなう手法を提案した。これらの手法により,近接場光記録を再生信号アイパターンによって実証することに初めて成功,赤色半導体レーザ光源と(1,7)変調符号を用いて実証された記録密度125nm/bitでのディスク再生信号(図3)は,実効開口数1.36近接場光学ヘッドの実現を裏付けるに十分なものである。 筆者は,SILを用いた近接場ヘッドを青紫色半導体レーザと組み合わせ,より一層の高密度化に挑戦すると共に,面記録密度を実証する試みもおこなっている。実効開口数1.5の近接場レンズユニットをトラック制御をも可能とする2軸電磁アクチュエータに搭載し,面密度を実証可能な装置構成とした。Active Height Controlの広帯域化と反応性イオンエッチング(RIE)プロセスを用いた溝構造の作製,並びにディスク平坦化を通じて近接条件でのトラック制御を実現,ランド部への記録再生実験で確認された80nm/bitの線密度は,近接場光記録による超高密度光ストレージ実現の可能性を示唆している。 SIL光学ヘッドは,その光利用効率の高さ,回転ディスク媒体を基本とした光メモリー記録材料との相性等,特筆すべき点が多い。現在,屈折率1.8〜1.9のガラス材料によって実現されているSILを半導体プロセスによって作製する研究も進んでおり,高屈折率材料を用いた超小径SILが実用化される日も近い。年率60〜100%の記録密度向上が続く磁気ディスク装置に近接場光記録を組み合わせる手法も提案され,今後は密閉構造の光ハードディスク装置として,テラバイトストレージの実現が期待される。 図1 実効開口数1.36の近接場レンズユニット 図2 SIL底面突起加工とActive Height Controlを実現する静電容量電極 図3 近接場光記録によって実現された再生信号アイパターン | |
審査要旨 | 光ディスクメモリーは1982年のコンパクトディスクの実用化以来、主にデジタル情報の大容量記録媒体として飛躍的に普及発展してきた。現在までの光ディスクの技術開発の主要な関心事は、如何に光のスポットを微小化して記録密度を上げるかにある。ところが光の回折理論によれば、スポット径は、光源の波長を、対物レンズの開口数で除した値で与えられる。よって、その対策は波長の短い光を、開口数の大きな対物レンズで集光することに尽きる。このため、短波長化、高開口数化を目指し熾烈な開発競争が展開されている。本論文は、この開発動向に沿って申請者が行った高密度光ディスク装置の研究成果をまとめたものである。 対物レンズの開口数は屈折率に光束の開き角(半角)の正弦を掛けた値に等しいから、空気中で使用する場合は1が最大値であり、これを超えることは原理的に不可能である。この限界を超えるため、生物顕微鏡などでは、屈折率の高い液体中で物体を観測する液浸レンズが使われている。しかし、対物レンズと記録媒体が高速で相対運動する光ディスク装置では液浸法を採ることは難しい。ところで、屈折率が1より大きな媒質中では開口数を1以上にすることが可能である。このような光波は空気中を通常の意味で伝播することはできないが、指数関数的に減衰するエバネセント波として媒質の表面から空気中に浸みだしている。従って、対物レンズと記録媒体を数十ナノメートルのオーダーの間隔で密着させると、大きくエネルギーを失うことなく高開口数の光波を伝えることができる。これは近接場光学の一種で、この方式のレンズを固体浸レンズ(Solid Immersion Lens略してSIL)とよぶ。本論文では波長405nmの青色半導体レーザを光源とし、開口数1.5のSILを用い、約40ギガビット毎平方インチの記録密度でデジタルデータの記録再生を実証した。これは現行DVD装置の3.4ギガビット毎平方インチと比べ12倍程度の高密度化を達成したことになる。 本論文は9章からなる。 第1章は序であり、研究の背景、近接場光記録の歴史と現状、および、本論文の構成が述べられている。 第2章「Solid Immersion Lensの光ディスクへの応用」では、本論文で扱われるSIL方式の近接場光記録について、その原理を紹介し、実施例に基づきSIL光学ヘッドの構成、性能、制御方法などを概観し、次章以降に詳述される研究内容の概略が紹介されている。特にSIL方式は本来開口数が1以上の近接場光記録を目指す方式であるが、開口数が1未満であっても従来型の高開口数対物レンズとして有効であることが示されている。 第3章「Vector回折理論」では、近接場光記録における記録媒体上での結像特性および再生信号の評価のための数値シミュレーションを行っている。高開口数の結像では光波をスカラーで扱う従来の回折理論では精度が足りず、ベクトル的な扱いが不可欠となる。本論文では光波を2つの偏光成分を持つ平面波に展開し、各平面波の伝播を計算し合成する方法を採用している。この方法により、対物レンズと多層構造を持つ記録媒体、およびその間の空気ギャップ層を含む光学系全体の結像特性を評価することに成功している。結果は、記録媒体上の点像分布関数および変調伝達関数(MTF)として表現される。この方法でギャップ層の厚さが結像特性に及ぼす影響を評価し、許容ギャップ量が波長の1/10すなわち50nm程度であることが導かれた。この結果は、近接場光記録が磁気記録と同様に密封型とせざるを得ないことを示唆するものである。また、ギャップ量の変動についてもナノメートル以下の制御が必要であることを示している。一方、開口数が1以下の場合はこのような厳しい制約はなく、従来の方式が適用できることを示している。続く3章では、開口数1未満の対物レンズを用いたリムーバル型光ディスクの高密度化について述べられている。 第4章は「開口数0.83のSolid Immersion Lensによる光磁気記録」と題し、開口数が1未満であるが1に近い高開口数の対物レンズを用いた高密度記録について実験例を報告している。具体的には、Nd:YAGレーザの第2高調波(波長532nm)を光源とし、開口数0.83のSIL構成の対物レンズを用い、高密度ROMディスクの再生、および、光磁気記録を試みている。光磁気記録では4.3ギガビット毎平方インチの記録密度を達成している。開口数が1未満であるため、対物レンズを記録媒体に密着させる必要がなく、着脱可能であるという光ディスクの特長を活かすことができる。本研究により、開口数が1未満であってもSIL対物レンズが高密度化に有効であることが実証された。 第5章「高開口数2群レンズによる薄型光透過保護膜を介した光記録」では、前章に述べられた実証実験を発展させ、開口数1未満の対物レンズを用い、リムーバル光ディスク装置を試作した結果が述べられている。記録媒体は相変化型で、記録層(GeSbTe)を誘電体層ではさみ、下に光の反射層、上に厚さ0.1mmの保護膜をつけた構造を採用し、開口数0.85の2群対物レンズと波長640nmの半導体レーザを用い、6.1ギガビット毎平方インチの記録密度を達成している。これは、120mm径の光ディスクで8ギガバイトの記録容量に相当する。また、2群レンズのレンズ間距離制御、自動焦点制御など制御系の最適化についても述べられている。 第6章「InGaN半導体レーザを用いた高密度光記録」では、前章の成果を基に、記録密度をさらに上げるため、最近実用化された波長405nmのInGaN青色半導体レーザを導入し、記録光源の短波長化をはかっている。光源の短波長化、光学系の高開口数化にともない、幾何学的なパラメーターの許容幅が狭くなるため、アクチュエータを設計し直し、これに対処している。また、相変化記録媒体の最適化を行っている。最終的に開口数0.85の2群対物レンズと青色半導体レーザとの組み合わせにより、16.5ギガビット毎平方インチの記録密度を達成し、120mm径で22ギガバイトの記録容量を持つ相変化型光ディスク装置を完成させた。また、大容量化と併せ、転送レートの高速化にも取り組み、40メガビット毎秒の速度を達成している。 第7章「Solid Immersion Lensによる近接場光記録」では、開口数が1を超える近接場光記録再生について述べられている。近接場記録では、ヘッドとディスクを50nm程度の間隔に保ち、ナノメートル以下の精度で制御しなくてはならない。これを実現するため、空気力学的な浮上スライダーではなく、電磁アクチュエータを搭載してダイナミックに制御する方式を試みている。すなわちSILの収束光透過部に突起加工を施し、その周辺部、光の通らない部分に電極を設けることにより対向する記録媒体との間に生じる静電容量を検出し、これを誤差信号として間隔の制御を行っている。この方法により、開口数1.36のSILと波長657nmの赤色半導体レーザの組み合わせにより、20ギガビット毎平方インチ相当の記録密度を実証している。 第8章は「InGaN半導体レーザを用いた近接場光記録」と題し、SILの開口数を1.5に上げるとともに、405nmの青色半導体レーザを光源に採用に、さらに高密度化を進めた結果が述べられている。相変化型光記録媒体をこの系に合わせて設計するとともに、各部品の軽量化や制御系の最適化を行った結果、最終的に40ギガビット毎平方インチの記録密度を達成している。 第9章「結び」では、本論文の成果のまとめと、今後の展望が述べられている。 以上を要するに、本論文は、Solid Immersion Lensを応用し、対物レンズの高開口数化をはかり、さらに光源の短波長化により、大容量光ディスクの開発を目指したものである。その主要な成果は次の2つにまとめられる。開口数0.85のSILは2群対物レンズと位置づけられ、この方式に基づくリムーバル光ディスクは容量22ギガバイトの相変化型光記録再生装置として実用化の段階にある。一方、開口数1.5のSILを用いた光ディスクの研究では、40ギガビット毎平方インチの近接場光記録を達成し、次世代光ディスクとして近接場光学の可能性を実証した点で大きな意味をもつ。本研究は、光学系から相変化型記録媒体や制御系に至る光ディスク装置全体にかかわる設計、評価において多くの新しい成果を挙げ、光記録の分野に多大の貢献を成し遂げている。 よって、本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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