学位論文要旨



No 214919
著者(漢字) 高松,洋
著者(英字)
著者(カナ) タカマツ,ヒロシ
標題(和) 蒸気発生器伝熱管の信頼性向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 214919
報告番号 乙14919
学位授与日 2001.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14919号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は加圧水型原子力発電所(PWR)の蒸気発生器伝熱管の信頼性向上を目的として,伝熱管材料であるインコネル600の過去の損傷経験を踏まえた材料面、環境面からの腐食防止対策、伝熱管検査技術の向上及び種々の改善策が織り込まれた改良型SGへの取り替え方策を検討したものである.本論文の構成は、以下に記される通りである.

 第1章では緒論として我が国の原子力発電の必要性及び原子力プラントの利用率向上にはSGの信頼性確保が大きい役割を担っていることを示した.更に過去のSG損傷経験から主要損傷である伝熱管二次側損傷対策の実施状況について述べた後本研究の特徴と構成について述べた.

 第2章では高温アルカリ環境条件下でのインコネル600材のIGA発生要因の評価結果を表-1に示す.

 高温アルカリ環境下では600MA>600FS>600TTの順にIGA感受性が低下していることを明らかにし、またインコネル600材を使用している実機伝熱管から損傷管及び健全管(損傷の発生していない)を抜管し粒界特性を評価し、IGAはアルカリ環境下で発生し、水質の改善後もほぼ中性環境下で進展していたものと評価された.

 インコネル600材の耐食性向上には特殊熱処理を加えてCr欠乏層を生成せずに粒界にCr炭化物を多く析出させたインコネル600TT材が最も良いことを明らかにした.

 第3章では損傷発生箇所である管支持板クレビス部等は非常に狭隘でアクセスが難しく実機SGのクレビス環境を直接測定することが出来ないため,従来からプラント停止時のハイドアウトリターン現象を利用してSG器内水中に拡散排出されてくる不純物濃度を測定して、排出される不純物は全てクレビス部からのもの及びクレビス部ではSG器内水濃度の106倍濃縮するとの仮定のもとでクレビス環境(pH)を評価していたが、近年水質改善が進んだこと及びBEC穴管支持板採用等設計改善の進んだSGではハイドアウトリターン量が少なく上記仮定が必ずしも適用できない状況になってきた.このためクレビス部を模擬したサンプリング機構を備えたクレビス濃縮装置を開発し実機SG器内水を使用してクレビス濃縮液を採取し、各イオン種濃度に基づく化学平衡解析による高温pH値を評価する方法を確立した.

 更にクレビス環境の管理手法として別途開発したクレビス濃縮解析コードを使用して、そのコードの解析精度を確認すると共に日常の測定データからクレビス環境(pH)を評価できることを確認した.これらの解析結果とSG器内水データの相関性の評価から、クレビス環境を腐食が起こりにくい範囲(5<pH<10)に維持するには、SG器内水のイオン濃度をパラメータとして、ΣC(全カチオンのモル当量)/SO4(モル当量)のモル比>1およびに個別イオン濃度管理(Na,K<0.7ppb、Cl<1.5ppb)を併用することで達成できることを明らかにした(図-1参照).

 第4章ではSG伝熱管健全性確保のための現状の検査技術を述べ,更なる検出精度の向上を狙った新高機能プローブの現状を紹介し,数値解析技術を利用してプローブの検証等数値シミュレーションが高速で可能となるA-φ法支配方程式に基づいて有限要素-境界要素併用法による離散化システム方程式を求める.次に解析の高速化をはかるためき裂領域を含む想定領域の各接点でき裂が無い状態で予め解析しデータベースとして記憶しておくと,き裂有りではき裂部の節点のみで解析すれば良いことになる.この手法ではEDM欠陥の場合,精度もよくFEM-BEM法による解析に比べて解析時間が約1/100と高速化がはかれた(図-2参照).

 欠陥信号から欠陥の再構戌を行うため順問題解析手法のデータベース化FEM-BEM併用法で想定欠陥信号と実測欠陥信号の差が最小となるよう最速降下法による反復計算の行う.ここではき裂形状最適化手法として共役勾配法を用いた.これによる逆問題解析結果ではEDMき裂形状と再構成された形状は良く合っており、またワークステーション(SGI,Indigo2)での解析時間も反復回数300を越えても約20分程度である.さらに人工ノイズを測定データに入れても良い再構成結果が得られている(図-3参照).

 今後は自然クラックに対しても評価できる手法の開発が必要である.

 第5章では,今までの伝熱管損傷経験を踏まえ、腐食感受性を有する伝熱管損傷防止対策として二次系水質管理の改善の実施、及び材料面からもっとも耐食性に優れたインコネル690TT材の採用,環境面の改善として局部濃縮が抑えられるブローチ型管支持板の採用,製作面から残留応力を低減した液圧拡管法の採用等研究成果,改善策を集大成した改良型SGを纏めてきた(図-4参照).更に、海外でも実積のあるSG取り替え技術も参考に国内プラントに適した手法で、損傷が発生しているSGを改良型SGに交換する事により信頼性の向上を図った.

表-1 高温アルカリ中のインコネル600のIGA発生要因の評価

図-1 実機プラントSG器内水モル比とクレビスpHtの相関

図-2 楕円形状き裂の解析と測定の比較

図-3 FEM-BEMコードにより模擬したインピーダンス値を用いた複雑形状のき裂の再構成

(a)Iteration,20回目の結果

(b)予測インピーダンス値と真値の比較

図-4 改良型SGの設計改善点

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、加圧水型原子力発電所(PWR)の蒸気発生器伝熱管の信頼性向上を目的として、伝熱管材料であるインコネル600の過去の損傷経験を踏まえながら材料および環境の両面からIGA(粒界腐食割れ)クラックの発生要因と腐食防止対策について研究したものである。さらにこれらの知見に基づいて伝熱管の検査技術の向上に関する検討も行っている。最後に、これら多方面にわたる知見を総合化して種々の改善策について考察し、それらを織り込んだ改良型蒸気発生器の取り替え策について検討している。

 本論文の構成は、以下の通りである。

 第1章は序論であり、我が国における原子力発電の必要性について述べ、原子力プラントの利用率の向上には蒸気発生器の信頼性確保が大きい役割を担っていることを指摘している。更に過去の蒸気発生器の主要損傷である伝熱管二次側損傷の実態とその対策としてこれまで実施されてきた状況の2点について紹介した後、本研究の特徴と構成について述べている。

 第2章では高温アルカリ環境条件下でのインコネル600材のIGA発生要因について検討している。実験によれば高温アルカリ環境下では600MA>600FS>600TTの順にIGA(粒界腐食割れ)感受性が低下している。インコネル600材を使用している実機伝熱管から損傷管及び健全管の両方を抜管し結晶粒界の特性を調べ両者を比較した。その結果IGAはアルカリ環境下で発生していたが、水質の改善によって、ほぼ中性の環境を実現したがそれでもき裂の進展が多く見られた。これは微小き裂がすでに存在していたためと推定された。

 インコネル600材の耐食性向上には特殊熱処理を加えてCr欠乏層を生成せずに結晶粒界にCr炭化物を多く析出させることが有効であるが、そのような熱処理をして製造されたインコネル600TT材がIGA防止という観点から最も秀れていることを明らかにした。

 第3章では損傷発生箇所である管支持板クレビス部における不純物の挙動を解析している。実機蒸気発生器のクレビス部は狭あいであるためそこの環境を直接測定することが出来ない。したがって従来からプラント停止時のハイドアウトリターン現象を利用して蒸気発生器内水中に拡散排出されてくる不純物濃度を測定して、クレビス部の環境(PH)を評価してきた。評価に際しては排出される不純物は全てクレビス部からのものであることまたクレビス部では蒸気発生器内水濃度の10倍濃縮するとの仮定を行っている。近年水質改善が進んだこと及びブローチ型管支持板を採用するなど設計改善の進んだ蒸気発生器ではハイドアウトリターン量が少なく上記仮定が必ずしも適用できない状況になっている。このためここではクレビス部を模擬したサンプリング機構を備えたクレビス濃縮装置を開発し実機蒸気発生器内水を使用してきてクレビス濃縮液を採取し、各イオン種濃度に基づく化学平衡解析による高温PH値を評価する方法を確立している。

 更に別途開発したクレビス濃縮解析コードを使用して、日常の測定データからクレビス環境(PH)を評価できることを実験との比較で確認している。このようにしてIGAクラックを防止するためのクレビス環境の管理手法を確立した。これらの解析結果と蒸気発生器内水データの相関性の評価から、クレビス環境を腐食しにくい範囲(5<PH<10)に維持するには、蒸気発生器内水のイオン濃度をパラメータとして、ΣC(全カチオンのモル当量)/SO(モル当量)のモル比>1及び個別イオン濃度管理(Na,K<0.7ppb,Cl<1.5ppb)を併用することで達成できることを明らかにして目標の達成に向けて大きく前進している。

 第4章では蒸気発生器伝熱管健全性確保のための現状の検査技術を述べ、検出精度の向上を狙った新高機能プローブの開発現状を紹介している。このとき数値解析技術を利用してプローブの有効性を検証する数値シミュレーションが適用された。次に解析の高速化をはかるためき裂領域を含む想定領域の各接点でき裂が無い状態で予め解析しデータベースとして記憶しておく手法を開発し、従来法の解析に比べて解析時間が約1/100という高速化を計っている。

 欠陥信号から欠陥の再構成を行う逆解析においては、想定欠陥信号と実測欠陥信号の差が最小になるよう共役勾配法を用いた。これによる逆問題解析結果ではEDM(放電加工)き裂形状と再構成された形状は良く合っており、またワークステーション(SGI,Indigo2)での解析時間も反復回数300を超えても約20分である。ノイズを測定データに入れても良い再構成結果が得られている。今後は自然クラックに対しても評価できる手法の開発が望まれている。

 第5章では改良点、問題点にスポットを当てながら蒸気発生器の取替えについて述べている。腐食感受性を有する伝熱管損傷防止対策として二次系水質管理の改善、材料面から耐食性に優れたインコネル690TTの採用、局部濃縮が抑えられるブローチ型管支持板の採用、製作面から残留応力を低減した液圧拡管法の採用等が取り入れられている。これまでの研究成果、従来の知見を総合化した改善策が集大成されたものとして改良型蒸気発生器が提案され実施されてきた。

 以上のように、本論文は加圧水型原子力発電所の蒸気発生器の伝熱管の損傷を対象に、現象を解明し、改善策を提案・実施した結果を解析・分析しており、原子力施設の信頼性・安全性向上に資するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文に合格と認められる。

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