学位論文要旨



No 214920
著者(漢字) 冨安,文武乃進
著者(英字)
著者(カナ) トミヤス,ブンブノシン
標題(和) 高精細微粒子分析法の開発と応用
標題(洋)
報告番号 214920
報告番号 乙14920
学位授与日 2001.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14920号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 坂本,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 大気環境微粒子は,広域地球環境問題や都市域環境問題の重要な汚染原因物質の1つである。この環境微粒子の起源や輸送過程などの履歴を調べ,または健康影響について検討するためには,個々の微粒子の化学組成や粒内元素分布などの情報が得られる高精細微粒子分析法の開発が望まれる。同時に,様々な工業材料分野で微粒子材料に対する高機能化のための技術開発が重要な課題となり,そのために超高空間分解能での高感度な微粒子分析法の開発が必要とされている。また,この様な目的のために開発された高精細微粒子分析法であれば,超LSIなどの製品や先端材料に対する局所分析法としても応用することができる。したがって本研究では,大気環境微粒子の起源解析や各種微粒子材料の評価を行いながら,粒径数μm程度の単一微粒子の形状や組成などについて,詳しい情報を得ることができる高精細微粒子分析法の開発を行った。なお開発には,非破壊分析法である電子線マイクロアナリシス(EPMA)法と,超高空間分解能局所分析法であるガリウム収束イオンビーム二次イオン質量分析(Ga-FIB SIMS)法とを用いた。

2.環境微粒子に対する精密起源解析法の開発

 大気浮遊粒子状物質(SPM)の起源解析法としては,解析できる起源数や必要となる試料絶対量などの点から,EPMA法によるSPM粒別起源解析法1)が有利である。本研究では,この粒別起源解析法のSPM捕集法と質量濃度計測法に改良を加え,高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法を開発した。すなわち,小型で持ち運びができる個人エアサンプラーとピエゾバランス粉塵計によるSPMの短時間捕集・濃度計測を行い,起源寄与推定の高時間分解能化を試みた。さらに,小型捕集装置を用いたSPM個人暴露の検討や多点同時計測,あるいは海外都市域の大気環境を評価するために必要な計測法の簡易化などの可能性を調べた。開発した高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法によれば,他の人為活動などへの影響を避ける必要のある人工空間でのSPM捕集作業が支障なく行えることがわかった。また,分単位でのきめ細かい時間変動や空間変動を捕らえられることが明らかとなった。

 一方,前述の方法では個々のSPM粒子に含まれる軽元素についての詳しい情報を得ることができない。ここで軽元素組成情報は,ディーゼル排気微粒子(DEP)やタイヤ摩耗粉塵粒子などを正確に起源分類する上で,極めて重要な評価指標の1つとなる。本研究では,この軽元素組成情報を得ることを目的として,新しいSPM試料前処理法と捕集法を開発した。開発した試料前処理法によれば,微粒子の形状情報や軽元素を含めた組成情報が得られることがわかった。また開発したSPM捕集法により,平坦な金属表面に粒径1μm以下の粒子まで直接捕集できることがわかった。図1に,開発したSPM捕集法によりAu板上に捕集された,DEP粒子の走査電子顕微鏡(SEM)像と粒別X線スペクトルを示す。図1から,電子線照射条件の検討により正確な粒別X線スペクトルが得られ,かつC元素のKα線を評価指標としたDEPやタイヤ摩耗粉塵粒子の起源分類ができることがわかる。したがって開発した試料前処理法と捕集法のそれぞれの利点を考えた上で,環境場に応じて用いれば軽元素組成情報が容易に得られ,更に詳しいSPM起源解析ができることが明らかとなった。

3.機能材料微粒子に対する高精度評価法の開発

 本研究で用いたGa-FIB SIMS装置2)は,細束で高電流密度のGa-FIBを一次イオンビームとし,かつ多元素同時測定ができるマルチチャンネル並列検出システムを備えている。したがって本装置を用いれば,Ga-FIBによる試料の微細加工や,高空間分解能での迅速なSIMS分析が実現できる。本研究では,この高い微細加工能力とGa-FIB SIMS法の高空間分解能元素分布解析機能とに注目し,これらの機能を一体化した新しい微粒子三次元分析法を開発した。なお開発の際にいた試料は,図2に示した様な形の粒径数μmの無機マイクロカプセル粒子である。次いで本研究では,本法の高精度化を目的として,多元素同時撮影機構の試作とGa-FIB SIMS装置の83倍の高感度化とを行った。図3に,試作と高感度化後に行った,無機マイクロカプセル粒子に対する高精度微粒子三次元分析の手順と分析結果を示す。図3から,開発した高精度微粒子三次元分析法により,50nm程度の極めて高い空間分解能での高感度微粒子分析ができることがわかる。

 Ga-FIB SIMS法によるshave-off定量分析法3)は,スパッタ再付着や原子混合層形成の影響が無視でき,かつ形状効果の影響を完全に排除できる微粒子定量分析法である。本研究では,このshave-off定量分析法の信頼性について検討した。その結果,shave-off定量分析法の分析不確かさは4.5%であり,多元素同時測定により12.1〜19.1%の分析信頼性の向上が見込まれることがわかった。申請者は,このshave-off分析法の高い信頼性を踏まえて,shave-off分析法による高精度粒内元素分布解析法を開発した。なお,試料として無機マイクロカプセル粒子や液晶スペーサー用黒色絶縁微粒子を用いた。図4に,無機マイクロカプセル粒子の高精度粒内元素分布解析結果を示す。図4から,カプセル殻の厚さや空隙率など,微粒子内部の詳しい情報が得られた。したがって,本法によれば数μm程度の微粒子の形状や組成,粒内元素分布についての重要な情報が数多く得られることがわかった。さらに申請者は,shave-off走査をより低速かつ精密に行えば,従来法では困難な微粒子表層での深さ方向分析ができると考えた。したがって,本法を高精度shave-off深さ方向分析法と定義し,多層薄膜試料を用いた理論的・実験的考察を行なった。また,その際に高精度shave-off走査ができるスキャンジェネレータ装置を試作した。シミュレーションより,最近のナノスケールFIBを用いれば,深さ方向分解能1.4nmの高精度な分析ができると予想された。実試料を用いたshave-off深さ方向分析より,実験的条件を可能な限り最適化すれば,3nmに近い深さ方向分解能での分析ができると考えられた。

4.環境微粒子と機能材料微粒子に対する応用分析

 本研究では,これまでに開発した高精細微粒子分析法を,大気環境微粒子の起源解析や機能材料微粒子の評価などに応用した。開発した高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法を都市人工空間に適用した結果,人工空間の構造や換気システムの運転方法が,人工空間の汚染を制御する上で重要な役割を担うことがわかった。また,SPM粒別起源解析法を様々な制約のある海外都市域の起源解析に応用した結果,起源別SPM質量濃度が容易に計測できることがわかった。さらに,有鉛ガソリン車を起源とする鉛含有すす粒子の同定など,多くの情報を詳しく検討できることがわかった。この他,申請者は開発した高精度shave-off深さ方向分析法を医療用P注入石英ガラス微粒子に応用し,粒子表層でのP元素の濃度分布解析を行った。この結果,微粒子表層にイオン注入されたP元素の正確な深さ方向濃度分布が計測された。

 さらに申請者は,開発した高精細微粒子分析法を組み合わせることにより,鋼中非金属介在物粒子の起源や生成過程についての解析を行った。具体的には,Alキルド鋼中の介在物粒子に対して,高精度微粒子三次元分析法と高精度粒内元素分布解析法,ならびにSPM粒別起源解析法の解析手順を応用した。その結果,個々の介在物粒子の化学組成と正確な粒子内元素分布が計測され,起源や生成過程が異なると考えられる6種類のクラスターに分類された。また申請者は,Ti添加極低炭素鋼中の介在物粒子に対して,SPM粒別起源解析法と高精度粒内元素分布解析法を応用した。EPMA法による粒別起源解析法により,介在物粒子は3種類のクラスターに分類された。さらに,分類された各クラスターの介在物粒子ごとに高精度粒内元素分布解析法を適用した結果,各クラスターごとの生成過程についての重要な情報が得られた。

5.おわりに

 本研究では,EPMA法とGa-FIB SIMS法を用いて,環境微粒子や機能材料微粒子に対する高精細微粒子分析法の開発を行った。すなわちEPMA法を用いて,高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法と,軽元素組成情報を得ることができるSPM試料前処理・捕集法を開発した。またGa-FIB SIMS法を用いて,高精度微粒子三次元分析法や高精度粒内元素分布解析法,あるいは高精度shave-off深さ方向分析法を開発した。開発した高精細微粒子分析法を,都市域の大気環境微粒子や高機能微粒子材料ならびに高純度工業製品中不純物などの解析に応用した結果,各微粒子の起源情報や機能情報あるいは生成過程についての情報が得られた。したがって,本研究で開発した単一微粒子に対する高精細微粒子分析法は,最近の環境評価や機能材料評価のために必要とされる微粒子分析法の開発要請を満足するものであり,極めて有効であると結論した。

参考文献 1.劉国林ら,分析化学,38,p.515(1989). 2.Y.Nihei et.al.,J.Vac.Sci.&Technol.,A5,p.1254(1987).3.H.Satoh et.al.,J.Vac.Sci. & Technol.,B6,p.915(1988).

図1 DEPとタイヤ摩耗粉塵粒子のSEM像と粒別X線スペクトル

図2 無機マイクロカプセル粒子の微粒子断面

図3 無機マイクロカプセル粒子に対する高精度三次元分析の手順と分析結果

図4 無機マイクロカプセル粒子の高精度粒内元素分布解析結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高精細微粒子分析法の開発と応用」と題し、従来の微粒子分析法では実現出来なかった、大きさ数ミクロンの単一微粒子の内部形状や粒内元素分布の様な精細な微粒子情報を得ることができる新しい微粒子分析法を開発し、さらにこの高精細微粒子分析法を、環境微粒子の起源解析や機能材料微粒子の評価ならびに高純度製品中の不純物分析などに応用したものであり、全5章からなる。

 第1章は序論であり、研究背景について述べるとともに、環境微粒子による大気汚染問題の解決や、その健康影響などについて詳しく調べるために微粒子分析が必要になること、また、様々な高機能微粒子材料を開発する上でも重要な要素技術となることについても述べている。

 第2章では、大気環境微粒子に関する精密起源解析法の開発について述べている。EPMA法を用いた粒別起源解析法は、大気浮遊粒子状物質(SPM)の起源解析に有利な方法であり、この粒別起源解析法にSPM短時間捕集を組み合わせることで、起源解析の高時間分解能化を行うことが出来ることを示した。即ち、開発した「高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法」によれば、SPM大気汚染の細かい時間変動や空間変動が捕らえられることが明らかとなった。また、ディーゼル排気微粒子(DEP)などの正確な起源解析を行うために、「軽元素組成情報の取得が可能なSPM試料前処理・捕集法」を開発したが、この方法によれば、DEPなどの更に詳しい起源解析ができる。

 第3章では、機能材料微粒子に対する高精度評価法の開発について述べている。本論文では、Ga-FIB SIMS法の微細加工能力と高空間分解能元素分布解析機能とを一体化した、「高精度微粒子三次元分析法」を開発している。また本法の高精度化を目的として、装置の高感度化などを行い、50nm程度の極めて高い空間分解能での高感度三次元微粒子分析を実現している。一方、微粒子の粒別定量分析には、Ga-FIB SIMS法によるshave-off定量分析法が有利であるが、本論文では、この定量分析法の高い信頼性を踏まえてshave-off分析法による「高精度粒内元素分布解析法」を開発している。本法によれば、微粒子の内部形状や粒内元素分布などの重要な情報を得ることができる。またさらに、shave-off走査をより低速かつ精密に行うことで、「高精度shave-off深さ方向分析法」を開発した。本法とナノスケールFIB技術を組み合わせれば、深さ方向分解能1.4nmの高精度分析ができることが予測され、微粒子表層などの局所の正確な深さ方向分析法が実現できる。

 第4章では、開発した分析法を環境微粒子や機能材料微粒子などに応用した結果について述べている。開発した「高時間・高空間分解能SPM粒別起源解析法」を都市人工空間に適用した結果、人工空間の構造や換気システムの運転方法が、汚染を制御する上で重要な役割を担うことが分かった。また海外都市域のSPM起源解析に応用した結果、有鉛ガソリン車を起源とする粒子の同定など、多くの情報を詳しく調べられることが分かった。さらに「高精度shave-off深さ方向分析法」を、医療用リン注入石英ガラス微粒子の評価に適用した。この結果、微粒子表層でのイオン注入元素の正確な深さ方向濃度分布が計測され、深さ方向分解能が5nm以下であることが分かった。次いで、開発した高精細微粒子分析法を組み合わせ、鋼中の介在物粒子の解析に応用した。その結果、個々の介在物粒子の化学組成と粒内元素分布が計測され、起源や生成過程についての重要な情報が得られることが分かった。

 第5章では、本論文の総括を行い、開発した単一微粒子に対する高精細微粒子分析法の更なる高精度化や、分析対象微粒子の拡張とその意義などについての今後の展望を述べている。

 以上本論文は、環境微粒子の起源解析や機能材料微粒子のキャラクタリゼーションを目的として、高精細微粒子情報を得ることのできる新しい微粒子分析法を開発したことを述べており、またその微粒子分析法を、種々の微粒子分析に応用することにより、その有効性についての検討をも行っており、ここで開発された高精細微粒子分析法が、従来法では取得が困難な詳しい微粒子情報を得ることができ、微粒子の正確なキャラクタリゼーションを行う上で極めて重要な分析法であると結論している。したがって、工業分析化学、環境計測化学、等の各分野に対して貢献することが顕著である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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