No | 214921 | |
著者(漢字) | 佐宗,祐子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サソウ,ユウコ | |
標題(和) | 詳細反応速度論に基づく消火剤の火炎抑制機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Flame Inhibition Mechanisms of Fire Suppressants with Detailed Chemical Kinetics | |
報告番号 | 214921 | |
報告番号 | 乙14921 | |
学位授与日 | 2001.01.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第14921号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 高性能でクリーンな消火剤として広く利用されてきたハロン消火剤の生産が、成層圏オゾン層の破壊を防ぐ目的で禁止された。代替消火剤として開発されたものはいずれも、ハロン消火剤より著しく消火性能が劣っているため、消火を達成するのに大量の薬剤を必要とする。このため、分解生成物の毒性、酸素濃度の著しい低下、消火剤の放出に伴う火災室内の圧力の急激な変化等、様々な危険性が指摘されており、ハロンと同等の性能を有する次世代消火剤の開発が切望されている。 新消火剤開発は、従来、経験の蓄積に依るところが大きく、火炎抑制の理論の構築はほとんどなされてこなかった。火炎抑制の機構には、消火剤の熱容量による火炎温度の低下に代表される物理的機構と、火炎中の連鎖担体を捕捉する化学的機構が存在することは知られていたが、これら各機構の寄与の大きさと消火剤の物理化学的性質との関係はほとんどわかっていない。火炎抑制の理論に基づく合理的な新消火剤開発には、消火剤の詳細反応過程を考慮した基礎燃焼研究が不可欠であると考え、本研究では、消火剤の火炎抑制機構について、流れ場の単純な層流火炎を用いた実験および数値計算により検討した。 火炎抑制機構の研究に先立ち、先ず、既存の実験室規模の消火性能試験法の評価を行った。同軸流の液体燃料拡散火炎であるカップバーナー火炎と、液体燃料表面上に形成される対向流拡散火炎の性状を実験的に比較したところ、カップバーナー火炎ではバーナー規模が消炎限界に及ぼす影響が著しく大きいのに対し、対向流拡散火炎ではプール直径による影響は比較的小さいことがわかった。また、カップバーナー火炎の燃料蒸発速度は、消火剤濃度の増大とともに著しく低下するのに対し、対向流拡散火炎の燃料蒸発速度は消火剤濃度にほとんど依存しなかった。対向流火炎法は、カップバーナー法より測定条件が消炎限界に与える影響が小さく、数値モデリングとの比較も容易であることから、火炎抑制の基礎研究に、より適していると言える。しかしながら、カップバーナー火炎を用いて測定した消火剤の消炎限界濃度(消炎濃度)が低伸張率の対向流拡散火炎に対する消炎濃度と非常に良く一致することから、カップバーナー法であっても測定条件が一定であれば、一次元火炎の数値モデリングとの比較は可能であることが示唆された。 対向流拡散火炎法を用い、7種類の消火剤の消炎濃度を伸張率の関数として実験的に求めた。ヘプタン、エタノールの両火炎に対して測定した伸張率全域において、消火性能の優劣はハロン1301(CF3Br)、C4F10、C3HF7、CHF3、CO2、N2、Arの順であった。既存の便法に倣い、消炎濃度の混合気の断熱火炎温度を計算することにより、物理的抑制と化学的抑制の相対的寄与の大きさを見積もったところ、高伸張率領域におけるヘプタン火炎のCHF3による消炎を除き、C4F10、C3HF7およびCHF3による消炎は主として物理的効果によるものであると推定された。 CHF3による火炎抑制を反応速度論的に調べるため、精度の良い対向流二重火炎法を用い、CH4-CHF3-O2-N2-Ar混合気の層流燃焼速度を測定した。詳細反応過程を考慮した数値計算と比較したところ、既存のCHF3酸化反応モデルは火炎抑制効果を過大に見積もることがわかった。層流燃焼速度に対する感度の大きい素反応について、最新の速度パラメータの測定値等を採用することにより、反応モデルの予測は著しく向上した。この修正モデルおよび実験により、断熱火炎温度2180Kにおける9.0%CH4-18%O2-73%(CHF3-N2-Ar)混合気の層流燃焼速度をCHF3濃度の関数として求めた。CHF3添加による希釈と冷却の効果を排除するため、CH4濃度、O2濃度、および火炎温度を一定に保ったまま、不活性ガス成分(N2とAr)をCHF3で置換すると、実験・計算のいずれにおいても、層流燃焼速度はCHF3濃度の増大とともに顕著に低下した。また、同火炎中の最大水素原子濃度および50%燃料消費位置における水素原子濃度の計算値を比較すると、最大水素原子濃度の低下がCHF3添加に対して極めて鈍感であるのに対し、燃料消費帯の水素原子濃度はCHF3添加により層流燃焼速度と同様の低下を示した。これらの結果は、CHF3が火炎の早い段階で顕著な化学的火炎抑制効果を有することを明確に実証したものである。反応経路解析により、多くの含フッ素化学種が、燃料消費帯で水素原子を捕捉しフッ化水素を生成することがわかった。 次に、CF3Brとフッ化炭化水素(HFC)による化学的火炎抑制の特徴を調べるため、これらの消火剤と不活性消火剤の間の相互作用について検討した。カップバーナー法により測定したヘプタン火炎に対する混合消火剤の消炎濃度、および混合消火剤を添加したメタン火炎の層流燃焼速度の計算値はいずれも、CF3Brと不活性消火剤の間に消火性能の顕著な相乗効果が認められること、またHFCと不活性消火剤との間には同様の相乗効果が見られないことを示した。さらに詳細な数値実験の結果、これら相乗効果の有無は、化学消火剤の火炎抑制効果の温度依存性の有無に起因することがわかった。様々な火炎抑制剤を添加したメタン混合気について、メタン濃度、O2濃度、抑制剤濃度を一定に保ったまま、不活性ガス成分(N2とAr)の割合を変化させることにより火炎温度を制御し、求めた層流燃焼速度と総括反応速度の関係を利用してArrhenius型のプロットを作成すると、CF3Brのように抑制反応の過程で主要な抑制化学種が再生する負触媒抑制剤では、火炎抑制効果に温度依存性がある、すなわち抑制剤の添加により燃焼反応の総括活性化エネルギーが増大し、一方、抑制化学種が再生されないHFCでは、抑制効果に温度依存性が見られず、抑制剤の添加により総括頻度因子のみが低下した。CF3Br添加火炎中のHBrの再生係数と火炎温度との関係を調べた結果、温度低下による反応時間の増大が連鎖分岐反応に対する負触媒サイクルの相対的重要性を増大させること、その原因として、低温側で連鎖分岐担体の濃度に対する負触媒化学種の相対濃度の増大をもたらしている熱化学物性の役割が極めて重要であること等がわかった。気相燃焼の総括反応に関するArrhenius型のプロットの切片および傾きとして求められる総括頻度因子変化と総括活性化エネルギー変化は、各々抑制剤の非触媒的捕捉効果と負触媒効果の定量的指標を提案した初めての例である。また、これらの結果は、高性能消火剤を不活性消火剤との混合消火剤として利用するのが合理的であることを示している。 最後に、より一般的な燃料である液体メタノール上の対向流拡散火炎の消火剤添加による応答について、液相での熱損失の影響を考慮した実験および数値計算を行った。酸化剤中の消火剤濃度をパラメーターとするFlame-Controlling Continuation法を開発し、これにより酸化剤流速一定の条件下、消火剤の消炎濃度を求めるための消炎曲線を計算した。実験及び数値計算により、燃料液面での水の凝縮が確認されたが、消炎濃度に与える影響は小さかった。一方、液面での熱損失の影響は、先に述べた抑制効果の温度依存性に従い、抑制剤間で異なることが示唆された。対向流バーナーの伝熱特性を把握する目安として、燃料蒸発速度の測定が適当であることを示した。数値モデルによるN2、CHF3、C3HF7の消炎濃度の予測値は、液体燃料では初めて実験値とよく一致した。酸化剤流速一定、液面での熱収支ゼロの条件下、消火剤濃度を増大させると、不活性消火剤の場合最高火炎温度は単調に低下したが、化学消火剤添加時には火炎温度に目立った低下は見られず、消火剤の種類により消炎時の火炎温度は著しく異なった。HFCは燃料酸化帯で連鎖分岐反応を抑制する一方、火炎の酸化剤側で逆に促進する。最大水素原子濃度等のいkなる局所パラメータも抑制効果を普遍的に繁栄し得ないのに対し、火炎中の全活性ラジカル量(H、O、OH濃度の和の積分値)は消火剤の種類によらず直線的に減少し、消炎限界においてよく一致した。この結果に基づき、伸張率一定条件下、拡散火炎の普遍的な消炎の基準として、限界活性ラジカル量の概念を提案した。本概念の妥当性と適用範囲については、今後さらに検討されるべきである。 | |
審査要旨 | 本論文はStudies on Flame Inhibition Mechanisms of Fire Suppressants with Detailed Chemical Kinetics(詳細反応速度論に基づく消火剤の火炎抑制機構に関する研究)と題し、火炎抑制機構における物理的機構と、連鎖担体を捕捉する化学的機構の寄与を、層流火炎を用いた実験と、詳細反応速度論による数値計算によって検討し、新規消火剤の開発指針を与えたもので、全7章からなる。 第1章は、高性能でクリーンな消火剤として広く利用されてきたハロン消火剤の生産が、成層圏オゾン層の破壊を防ぐ目的で禁止されたこと、代替消火剤として開発されたものはいずれもハロン消火剤より著しく消火性能が劣っているため、現在、ハロンと同等の性能を有する次世代消火剤の開発が切望されていることを述べている。さらにこれまでの新消火剤開発は、経験の蓄積に依るところが大きいことから、火炎抑制の理論に基づく合理的な新消火剤開発のため、消火剤の詳細反応過程を考慮した基礎燃焼研究が不可欠であるとし、したがって本研究では、消火剤の火炎抑制機構について、流れ場の単純な層流火炎を用いた実験および数値計算により検討すると述べている。 第2章では、火炎抑制機構の研究に先立ち、先ず、既存の実験室規模の消火性能試験法の評価を行っている。同軸流の液体燃料拡散火炎であるカップバーナー火炎と、液体燃料表面上に形成される対向流拡散火炎の性状を実験的に比較し、対向流火炎法はカップバーナー法より測定条件が消炎限界に与える影響が小さく、数値モデリングとの比較も容易であることから、火炎抑制の基礎研究に、より適していることを示している。しかし同時に、カップバーナー火炎を用いて測定した消火剤の消炎限界濃度(消炎濃度)が低伸張率の対向流拡散火炎に対する消炎濃度と良く一致することから、カップバーナー法であっても測定条件が一定であれば、一次元火炎の数値モデリングとの比較は可能であるとしている。 第3章では、トリフルオロメタン(CHF3)による火炎抑制機構を、精度の良い対向流二重火炎法を用いた実験と、詳細反応過程を考慮した数値計算を用いて検討し、CHF3が燃焼の早い段階で顕著な化学的火炎抑制効果を有することを明確に実証し、また反応経路解析により、多くの含フッ素化学種が、燃料消費帯で水素原子を捕捉しフッ化水素を生成することを示している。 第4章では、トリフルオロブロモメタン(CF3Br)とフッ化炭化水素類(HFC)による化学的火炎抑制の特徴を調べている。その結果、CF3Brと不活性消火剤の間に消火性能の顕著な相乗効果が認められること、またHFCと不活性消火剤との間には同様の相乗効果が見られないことを示し、これら相乗効果の有無は、化学的消火剤の火炎抑制効果の温度依存性の有無に起因することを明らかにしている。 第5章においては、様々な火炎抑制剤を添加したメタン混合気について、不活性ガス成分(N2とAr)の割合を変化させることにより火炎温度を制御し、求めた層流燃焼速度と総括反応速度の関係を利用してアレニウス型のプロットを作成すると、CF3Brのように抑制反応の過程で主要な抑制化学種が再生する負触媒抑制剤では、火炎抑制効果に温度依存性が存在する、すなわち抑制剤の添加により燃焼反応の総括活性化エネルギーが増大することを示している。一方、抑制化学種が再生されないHFCでは、抑制効果に温度依存性が見られず、抑制剤の添加により総括頻度因子のみが低下することを明らかにしている。気相燃焼の総括反応に関するアレニウス型のプロットの切片および傾きとして求められる総括頻度因子変化と総括活性化エネルギー変化が、各々の抑制剤の非触媒的捕捉効果と負触媒効果の定量的指標となることを初めて提案している。また、これらの結果などから、高性能消火剤を、不活性消火剤との混合消火剤として利用するのが合理的であることを示している。 第6章では、より一般的な燃料である液体メタノール上の対向流拡散火炎の消火剤添加による応答について、液相での熱損失の影響を考慮した実験および数値計算を行い、数値モデルによるN2、CHF3、C3HF7の消炎濃度の予測値は、液体燃料では初めて実験値とよく一致したことを示している。 第7章はまとめの章であり、これまでの結果を総括し、また抑制剤の添加による物理的効果と、総括頻度因子ならびに総括活性化エネルギーの変化等から判断される抑制剤の化学的効果を定量的に把握して、新規消火剤を開発する重要性を結論づけている。 以上要するに、本論文は、火炎抑制機構における物理的機構と、連鎖担体を捕捉する化学的機構の寄与を、層流火炎を用いた実験と詳細反応速度論による数値計算によって検討し、新規消火剤の開発指針を与えたもので、燃焼工学、安全工学、化学システム工学に貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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