学位論文要旨



No 214924
著者(漢字) 西原,哲浩
著者(英字)
著者(カナ) ニシハラ,テツヒロ
標題(和) 新型透過性内視鏡用外筒の開発と新開発神経内視鏡的脳内血腫吸引術の臨床応用と治療成績:CT定位的脳内血腫吸引術との比較検討
標題(洋)
報告番号 214924
報告番号 乙14924
学位授与日 2001.01.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14924号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 脳出血は近年減少しているとはいえ,今なお重篤な疾患であり急性期の死亡率は高く,また救命されても種々の後遺症を残す可能性が高い病気である.脳出血に対する治療は,保存的治療と外科的治療に分けることができる.また脳内血腫を吸引・除去する外科的治療はその手術方法により開頭血腫除去術とCT定位的血腫吸引術に分けられる.しかし,外科的治療が保存的治療に優るのは脳幹を圧迫し急性水頭症を来す可能性がある直径3cm以上の小脳出血と局所症状の強い皮質下出血に限られており,被殻出血や視床出血などの脳深部の血腫や救命を目的とした巨大血腫の場合は,その機能予後が必ずしも保存的治療を上回るものではなく脳出血に対する外科的治療の有効性と安全性は今日まではっきりと証明されていない.

研究の目的

 脳出血に対する理想な外科的治療とは,手術による脳の損傷を最小限に,発症後できるだけ早い時期に可能な限り多くの血腫を吸引除去することである.もし定位血腫吸引術の利点である低侵襲性を生かしたまま,開頭術と同等の血腫吸引を行い,なおかつ確実な止血による再出血の予防を実現させる新たなる方法があれば,外科的治療の成績が向上するはずである.これを実現させる方法として新たに内視鏡手術用透明外筒を開発し全く新しい発想の手術方法を考案した.外筒を透明にすることにより,外筒越しに視野が得られるため脳実質内または血腫腔内での広い視野を確保することが可能となり内視鏡用外筒と内視鏡をフレームに固定せずにフリーハンドで手術を行うことに三次元的な手術操作を可能とした.また透明外筒により術野が確保できるため,電気凝固による確実な止血操作が可能となった.

神経内視鏡システム.付属機器

 今回,新たに開発・製作した内視鏡下血腫吸引手術用透明外筒は、材質はアクリル樹脂性であり外径8mm,内径6mmで長さは100mmで、内筒はステンレス製で外径5.9mmで長さは120mmである.

内視鏡的脳内血腫吸引術の手術方法

 手術は局所麻酔下に直径10mmの頭蓋穿頭をおこなう.血腫の方向と深さを確認後に透過性外筒を血腫腔内に内筒と共に挿入する.内筒を抜去した後,直径2.7mmの硬性鏡を挿入し,吸引はフレジャー型吸引管を用いてテレビモニターで術野を観察し内視鏡下に血腫を吸引する.外筒の先端を微妙に移動し血腫と脳実質の境界を確認しつつ血腫を手術野の手前から奥へと吸引する.穿通枝からの動脈性出血は出血部位を吸引しつつ,吸引管を経由し電気凝固することにより止血する.

 本研究の目的は,新しく開発した機材を用いた手術を脳出血の症例に臨床応用し,この手術が過去のCT誘導定位的血腫除去術の問題点をどの程度克服できたかを,比較により検討することである.

研究方法

対象;内視鏡手術施行群:1997年4月1日から1998年12月31日の間に入院治療を123例の脳出血患者のうち内視鏡的脳内血腫吸引術を施行した27例を検討の対象とした.

CT定位的手術施行群:内視鏡的脳内血腫吸引術の手術成績を評価するため,同一施設でCT定位的脳内血腫吸引術をおこなった計20例をヒストリカルコントロールとした.

内視鏡血腫吸引術とCT定位血腫吸引術における術前の比較:2群間において統計学的に術前の比較をおこなった結果,出血部位,年齢,発症から手術までの時間,術前の神経学的重症度の分布はいずれも有意差を認めなかった.術前血腫量において内視鏡手術群はCT定位手術群より血腫量が有意に多かった.

 以上のデータをもとに内視鏡的血腫吸引術を施行した群とCT定位的脳内血腫吸引術を施行した群の2群間で,手術時間,手術による血腫吸引率,CT施行回数,集中治療室入室期間,再出血の頻度,3ヶ月後の転帰を比較検討した.また手術1週間後の神経学的改善度について,両群の全症例47例のうち,術前に意識障害を伴った内視鏡手術症例18例とCT定位的手術症例の14例で比較検討した.さらに被殻出血の症例について同様に血腫吸引率,手術1週間後の神経学的改善度と3ヶ月後の転帰について比較検討した.

結果

手術時間:手術時間は,内視鏡手術群では平均71.7±22.5分であり,CT定位手術群の平均101.9±18.1分より有意に短かった.

手術による血腫吸引率:内視鏡手術群では血腫吸引率は95.4±4.6%であった.CT定位手術群ではドレナージ期間は平均3.8±3.3日で,最終的な血腫吸引率は72.2±19.2%であった.以上から血腫吸引率は内視鏡手術群でCT定位手術群より有意に高かった.被殻出血の症例においても内視鏡手術群での血腫吸引率93.7±4.1%は,CT定位手術群での最終的な血腫吸引率77.6±18.9%に比較して有意に吸引率が高かった.

再出血率:内視鏡手術群において術後の血腫の増大は全例で認めなかったのに対し,CT定位手術群では20例中で1例に増大を認め緊急で開頭血腫除去術を必要とした.

CTスキャン施行回数:内視鏡手術群のCTスキャン施行回数は平均で6.4±1.2回であった.これに対してCT定位手術群ではCTスキャン施行回数は平均で8.6±1.7回であり内視鏡手術群のCTスキャン施行回数に対して有意に多かった.

集中治療室入室期間:集中治療室入室期間は内視鏡手術群で平均で4.2±2.9日であった.これに対してCT定位手術群では平均6.9±4.0日であり内視鏡手術群の集中治療室入室期間はCT定位手術群の集中治療室入室期間に対して有意に短期間であった.

術後神経学的改善度:内視鏡手術群では術前の神経学的重症度は1週間後に有意に改善したのに対して,CT定位手術群では有意な改善を認めなかった.また、意識障害を伴った症例の1週間後の神経学的改善度において内視鏡手術群はCT定位的手術群に比して有意に改善した.次に,被殻出血症例において,内視鏡手術群では術前の神経学的重症度は1週間後に有意に改善したのに対してCT定位手術群では有意な改善を認めなかった.

3ヶ月後の転帰の比較:内視鏡手術群,CT定位的手術群の各症例の発症3ヶ月後の全体の転帰に統計学的な有意差は認めなかったものの,社会復帰した症例が内視鏡手術群では22.2%に対して,CT定位手術群では0%であり,内視鏡手術群で社会復帰例が有意に多かった.また変数選択-重回帰分析(stepwise regression)を用いて手術手技,術前神経学的重症度,術前血腫量,年齢,出血部位から転帰を予測する重回帰関数は,手技,術前神経学的重症度を採用した際に自由度調整R2乗が0.376で最高であり,その際の回帰係数は手術手技が0.853,術前神経学的重症度が0.672であった.

考察

 今回開発した手術方法は過去の内視鏡血腫吸引術と比較して二つの点で血腫の吸引率を高めることが可能となった.第一点は,血腫腔内に挿入する外筒を合成樹脂性の透明な外筒を新たに作成し使用した点である.今回の研究において外筒を透明にしたことにより外筒ごしに周囲脳実質や血腫,脳実質と血腫の境界が鮮明に確認可能となり手術のオリエンテーションが格段に向上し,血腫吸引率を高めることが可能となった.第二点は,定位手術装置を用いることなしに,もしくは用いた場合でも血腫腔内に外筒を挿入した時点で装置をはずし内視鏡の画面から見える血腫方向に外筒先端を移動することにより自由に血腫腔内を観察し血腫吸引できる点である.この二つの点から確実に血腫の位置を内視鏡視野で確認し,術野を確保することが可能となった.

 内視鏡手術群では術後血腫吸引率が高いために手術後に血腫吸引の程度と再出血がないことを確認すればその後は頻回のCTスキャン検査は必要はなく,集中治療室の入室期間の短縮とともに医療経済効果の面からも有用性の高い治療であると言える.

 脳出血に対する外科的治療における本方式による内視鏡的血腫吸引術の位置付けは次の通りである.血腫吸引率に関してはすでに述べたようにCT定位的血腫吸引術より有意に高く,開頭血腫除去術とほぼ同様であると言える.また血腫吸引術中の動脈性の出血を十分にコントロールすることが可能であることから内視鏡的血腫吸引術は発症後6時間以内の血腫の増大の可能性の高い超急性期にも比較的安全に手術が可能でありよい適応となる.手術侵襲度はCT定位血腫吸引術とほぼ同等であり,局所麻酔下での手術のため高齢者や合併症患者に対しても適応となる.以上から内視鏡的血腫吸引術は現在の外科的治療の適応となる症例全てが含まれると考えられる.さらには救命を行っても植物状態となる可能性が高く,現在では外科的な治療の適応が疑問視されている脳ヘルニアを伴う重症例に対して,発症から短時間で減圧手術が可能なことから救命目的のみならず,機能予後改善目的としても新たに外科的治療の適応となると考えられる.

まとめ

 内視鏡的脳内血腫吸引術用に新たに内視鏡用外筒を作成し,まったく新しい方法による内視鏡を用いた脳内血腫吸引術を27例に施行した.本手術方法の安全性と有用性を確認するため,従来のCT定位的脳内血腫吸引術を施行した20例と手術時間,血腫吸引率,再出血率,意識障害を伴った症例の術後の意識改善度を比較検討した結果,1)内視鏡手術群の手術時間はCT定位手術群の手術時間より有意に短かった.2)血腫吸引率は内視鏡手術群でCT定位手術群より有意に高く内視鏡手術群において術後出血は認めなかった.3)本方式による内視鏡的血腫吸引術は術前術後のCT施行回数を減らすことと集中治療室の入室期間を減らすことに貢献した.4)1週間後の神経学的改善度において内視鏡手術群はCT定位的手術群に比して有意に改善した.5)発症3ヶ月後の転帰において内視鏡手術群ではCT定位手術群内視鏡手術群に対して社会復帰例が有意に多かった.今回,我々が新たに考案した内視鏡的血腫吸引術は27例に対して施行したがその結果,安全性についてはCT定位的血腫吸引術と比較し同等もしくはそれ以上と考えられる.また長期的な転帰を含めた有効性に関しては今後症例数を重ねていくことによりさらなる評価が必要であると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は今日まで有効性と安全性が十分に証明されていない脳出血に対する外科的治療の成績が向上させるために、新たに内視鏡手術用透明外筒を開発し内視鏡を用いた全く新しい発想の手術方法を考案し、本手術を脳出血の症例27例に臨床応用した。本手術の安全性と有用性を確認するために従来の手術方法であるCT定位的脳内血腫吸引術を施行した20例に対して手術時間、血腫吸引率、再出血率、CTスキャン施行回数、術後の集中治療室入室期間、術後の意識改善度を比較検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 手術時間は内視鏡手術群では平均71.7±22.5分であり、CT定位手術群の平均101.9±18.1分であった。内視鏡手術群の手術時間はCT定位手術群のフレームの取り付けから手術装置の組み立てまでの準備時間を含めた手術時間より有意に短かった。この結果から本内視鏡手術は従来の手術よりも手術時間が短時間であることが示された。

2. 内視鏡手術群では血腫吸引率は95.4±4.6%であり、CT定位手術群ではドレナージ期間は平均3.8±3.3日で最終的な血腫吸引率は72.2±19.2%であった。以上から血腫吸引率は内視鏡手術群でCT定位手術群より有意に高かった。この結果から本内視鏡手術は従来の手術であるCT定位手術よりも血腫吸引率が高いことが示された。

3. 内視鏡手術群において術後の血腫の増大は全例で認めなかったのに対し、CT定位手術群では20例中で1例に増大を認め緊急で開頭血腫除去術を必要としたことが示された。

4. 内視鏡手術群のCTスキャン施行回数は平均で6.4±1.2回であった。これに対してCT定位手術群ではCTスキャン施行回数は平均で8.6±1.7回であり、内視鏡手術群のCTスキャン施行回数はCT定位手術群のCTスキャン施行回数に対して有意に少なかった。以上から本方式による内視鏡的血腫吸引術は術前術後のCT施行回数を減らすことに貢献したことが示された。

5. 集中治療室入室期間は内視鏡手術群で平均で4.2±2.9日であった。これに対してCT定位手術群では平均6.9±4.0日であり内視鏡手術群の集中治療室入室期間はCT定位手術群の集中治療室入室期間に対して有意に短期間であった。この結果から本内視鏡的血腫吸引術が集中治療室の入室期間を短縮することに貢献したことが示された。

6. 内視鏡手術群では術前の神経学的重症度は1週間後に有意に改善したのに対して、CT定位手術群では有意な改善を認めなかった。また、意識障害を伴った症例の1週間後の神経学的改善度において内視鏡手術群はCT定位的手術群に比して有意に改善したことが示された。

7. 内視鏡手術群、CT定位的手術群の各症例の発症3ヶ月後の全体の転帰に統計学的な有意差は認めなかったものの社会復帰した症例が内視鏡手術群では22.2%に対して、CT定位手術群では0%であり内視鏡手術群で社会復帰例が有意に多かったことが示された。

 以上、本論文は新たに手術器具を開発し考案した内視鏡的血腫吸引術が、安全性と有用性について従来のCT定位的血腫吸引術を上回ることを明らかにした。本研究は新たな手術法を考案するとともにこれまで未知に等しかった、脳出血に対する外科的治療の有用性に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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