学位論文要旨



No 214925
著者(漢字) 滝田,順子
著者(英字)
著者(カナ) タキタ,ジュンコ
標題(和) 神経芽腫の発生と進展に関与するがん抑制遺伝子の探索
標題(洋) Search for tumor suppressor genes involved in the pathogenesis of neuroblastoma
報告番号 214925
報告番号 乙14925
学位授与日 2001.01.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14925号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

Iはじめに

 近年の分子生物学の発達により、がん抑制遺伝子の不活化が多くの腫瘍の発生と進展に関与することが明らかにされてきた。がん抑制遺伝子を不活化する主なメカニズムには、片側alleleの欠失に加えてもう片側alleleの変異および両alleleのホモ欠失などがある。片側alleleの欠失はalleleの不均衡(allelic imbalance;AI)とも言われ、多くの腫瘍でそれぞれに特異的な染色体領域が報告されている。これまでにそれらのAI領域から,RB、WT1、DCC、MST1(p16)およびSmad4遺伝子などのがん抑制遺伝子が単離されてきた。また最近、CpG islandのメチル化がいくつかのがん抑制遺伝子の不活化に密接に関与していることが明らかとなった。

 神経芽腫(NB)は胎生期の神経堤(neural crest)由来の原始神経芽細胞が分化・成熟する過程で発生する腫瘍と考えられている。小児悪性腫瘍の中では白血病、脳腫瘍に次いで頻度が高い。約90%が5歳以下で発症し、発症年齢が1歳未満の症例は予後良好で自然消退する例もある。一方、発症年齢が1歳以上の症例はほとんどが進行例で、予後不良である。このようにNBは生物学的に大きく2つに分けられるので、heterogeneousな疾患と考えられている。

 これまでに報告されているNBの遺伝子異常として、MYCNの遺伝子増幅およびTRKAやRASHの高発現などがある。特にMYCNの増幅は予後と相関し、臨床にも応用されている。しかしその頻度は進行例でも約50%程度で、MYCNの増幅以外にもNBの進展に関与するがん抑制遺伝子が存在することが示唆されている。またTRKAやRASHの高発現はNBの予後良好因子と考えられているが、MYCNの増幅と逆相関を示すことから、MYCNの増幅と独立した予後因子とはいえない。NBの高頻度染色体欠失領域として、これまでに1番染色体短腕(1p)、11番染色体長腕(11q)および14qが報告されているが、その頻度はいずれも50%以下で現在のところNBの原因遺伝子は単離されていない。今回、NBの発生と進展に関与するがん抑制遺伝子座位を同定する目的で、NBの新鮮腫瘍81例を用いて、全22対染色体領域のallelotype解析を行った。その結果、新たに2q、9pおよび18qも高頻度に欠失していることが判明した。特に9pの欠失は予後不良群に有意に多く認められたことから、この領域にはNBの進展に関与するがん抑制遺伝子が存在することが示唆された。また最近、この9p21の近傍からMST2(p15)、p16およびp19遺伝子が18q21の近傍よりDOC、Smad2およびSmad4遺伝子が単離された。これらの遺伝子は成人のいろいろながんで異常を起こしていることが報告され、がん抑制遺伝子と考えられている。更に、これらの遺伝子がNBの発生と進展に関与するか否かについてを検討した。

II材料と方法

 材料としてNBの細胞株19株、新鮮腫瘍81例(I期21例、II期26例、III期9例、IV期17例およびIVS期8例)を用いた。正常コントロールとして、81例の患者のリンパ球より抽出したDNAを用いた。

 方法としてはallelotype解析、9番と18番の染色体欠失地図の作成にはSouthern blot法とpolymerase chain reaction(PCR)-AI法を用いて、染色体欠失領域を同定した。p15、p16、p19、DCC、Smad2およびSmad4遺伝子の解析にはSouthern blot、Northern blot、Western blotおよびPCR-single-strand conformation polymorphism(SSCP)法を用いた。p16遺伝子に関してはメチル化の検討と、発現ベクターを用いた細胞周期の解析も行った。更にパラフィン切片を用いて、p16蛋白の免疫染色を行い、発現低下と臨床的因子との関連性を検討した。統計学的解析にはFisherの直接検定とKaplan-Meier法を用いた。

III結果と考察

(1)神経芽腫におけるallelotype解析

 NBの発生と進展に関与するがん抑制遺伝子の座位を同定するために、NBの新鮮腫瘍81例を用いて、全染色体領域のAI解析を行った。その結果、従来より報告のある1p、11qおよび14qに加え、新たに2q、9pおよび18qが高頻度に欠失していることが判明した。これらのAIの頻度は20〜30%で、その他の領域は13%以下であった。特に9pの欠失は進行例に多く、予後不良と有意な相関が認められた。これはMYCNの増幅とは独立して認められた。このことから、9pにはMYCN遺伝子とは違う経路で腫瘍め進展に関与する未知のがん抑制遺伝子が存在することが示唆された。NBでは単一の特異的な高頻度染色体欠失領域が認められず、複数の領域がほぼ同程度に欠失していた。以上より、NBの発生と進展には複数のがん抑制遺伝子が関与していることが示唆された。

(2)9番染色体に座位する神経芽腫のがん抑制遺伝子の検索

 近年、9p21領域から成人のいろいろながんで異常がみられるp15、p16およびp19遺伝子が相次いで単離された。これらの遺伝子とNBの関連性を明らかにするために、NBにおける9番染色体の欠失地図を作成した。その結果、共通欠失領域は9p21と9q34-qterであった。9pの欠失は有意に予後不良と相関していたが、9qの欠失と予後との相関は認められなかった。9p21の共通欠失領域内にp15、p16およびp19遺伝子が含まれるので、これらの遺伝子を解析したところ、NBの細胞株72%にp16遺伝子の発現の消失が認められ、新鮮腫瘍1例でexon2のmissense mutationを検出した。これに対し、p19遺伝子の発現の低下は、26%のみに認められ、p15遺伝子の発現は全て正常であった。以上より9番染色体にはNBのがん抑制遺伝子が少なくとも2個存在することが判明し、そのうち9p21に存在するがん抑制遺伝子はNBの進展に関与していることが示唆された。また9p21上のp16遺伝子はNBの候補がん抑制遺伝子である可能性が示唆された。

 NBにおけるp16遺伝子の不活化のメカニズムを明らかにし、この遺伝子がNBの進展に関与しているか否かを検討する目的で、メチル化について解析し、p16の発現ベクターを用いて細胞周期の解析も行った。更に、p16蛋白の免疫染色も行った。その結果、p16の発現がみられないNBの細胞株の54%にメチル化を検出した。またp16野生株のベクターを導入した細胞では著明なG1 arrestが認められたが、p16変異ベクターを導入した細胞では細胞周期に変化は認められなかった。免疫染色では、パラフィン切片74例中45例(61%)でp16蛋白の発現の低下が認められた。またp16の発現低下は予後不良と有意な相関が認められたがMYCNの増幅とは相関しなかった。以上より、NBでp16遺伝子は主にメチル化によって不活化されており、MYCN遺伝子とは異なる機序で腫瘍の進展に関与することが示唆された。

(3)18番染色体に座位する神経芽腫のがん抑制遺伝子の検索

 18qは以前より大腸がんや肺がんおよび膵臓がんなどで高頻度にAIが検出されている。近年、18q21領域からDCCに次いでSmad2とSmad4がん抑制遺伝子が単離された。また最近、DCC遺伝子は神経系細胞の分化に関与するごと、更に神経栄養因子であるnetrin-1の受容体であることが判明した。そこで18q21の17座位でAI解析を行い、NBにおける18番染色体欠失地図を作成した。その結果、共通欠失領域は18q21.1と18pter-q12.3の2個所であった。18q21.1の共通欠失領域内にDCC遺伝子は含まれるがSmad2とSmad4遺伝子は含まれなかった。以上より、NBの抑制遺伝子は18番染色体に少なくとも2個存在することが推定された。DCC遺伝子は18q21.1の共通欠失領域内に存在することからNBの候輔がん抑制遺伝子である可能性が示唆されたが、mutationの頻度が低かったので、この領域にはこれ以外にもNBのがん抑制遺伝子が存在する可能性が示唆された。

IVまとめ

 Allelotype解析から、従来より報告のある1p、11qおよび14qに加え、新たに2q、9pおよび18qもNBで高頻度に欠失していることを明らかにし、NBの発生と進展には複数のがん抑制遺伝子が存在することを示した。特に9pの欠失は予後不良と有意な相関を示したことから、この領域にはNBの進展に関与するがん抑制遺伝子が存在することが示唆され、9p21上のp16遺伝子はMYCN遺伝子とは異なる機序で腫瘍の進展に関与するNBの候補がん抑制遺伝子であることを明らかにした。また18番染色体上にはNBのがん抑制遺伝子が少なくとも2個存在することが推定され、18q21.1上のDCC遺伝子はNBの候補がん抑制遺伝子であることを明らかにした。この領域には更に未知のがん抑制遺伝子が存在する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は小児の固形腫瘍である神経芽腫(NB)の発生と進展に関与するがん抑制遺伝子座位を同定する目的で、NBにおける全22対染色体のallelotype解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.NBの新鮮腫瘍81例を用いて、全染色体領域のAllelic imbalance(AI)解析を行った結果、従来より報告のある1p、11qおよび14qに加え、新たに2q、9pおよび18qが高頻度に欠失していることが判明した。これらのAIの頻度は20〜30%で、その他の領域は13%以下であった。特に9pの欠失は進行例に多く、予後不良と有意な相関がMYCNの増幅とは独立して認められた。このことから、9pにはMYCN遺伝子とは違う経路で腫瘍の進展に関与する未知のがん抑制遺伝子が存在することが示唆された。NBでは単一の特異的な高頻度染色体欠失領域が認められず、複数の領域がほぼ同程度に欠失していた。以上より、NBの発生と進展には複数のがん抑制遺伝子が関与していることが示唆された。

2.近年、9p21領域から成人のいろいろながんで異常がみられるp15、p16およびp19遺伝子が相次いで単離された。これらの遺伝子とNBの関連性を明らかにするために、NBにおける9番染色体の欠失地図を作成した。その結果、共通欠失領域は9p21と9q34-qterであった。9pの欠失は有意に予後不良と相関していたが、9qの欠失と予後との相関は認められなかった。9p21の共通欠失領域内にp15、p16およびp19遺伝子が含まれるので、これらの遺伝子を解析したところ、NBの細胞株72%にp16遺伝子の発現の消失が認められ、新鮮腫瘍1例でexon2のmissense mutationを検出した。これに対し、p19遺伝子の発現の低下は、26%のみに認められ、p15遺伝子の発現は全て正常であった。以上より9番染色体にはNBのがん抑制遺伝子が少なくとも2個存在することが判明し、そのうち9p21に存在するがん抑制遺伝子はNBの進展に関与していることが示唆された。また9p21上のp16遺伝子はNBの候補がん抑制遺伝子である可能性が示唆された。

3.NBにおけるp16遺伝子の不活化のメカニズムを明らかにし、この遺伝子がNBの進展に関与しているか否かを検討する目的で、メチル化について解析し、p16の発現ベクターを用いて細胞周期の解析も行った。更に、p16蛋白の免疫染色も行った。その結果、p16の発現がみられないNBの細胞株の54%にメチル化を検出した。またp16野生株のベクターを導入した細胞では著明なG1 arrestが認められたが、p16変異ベクターを導入した細胞では細胞周期に変化は認められなかった。免疫染色では、パラフィン切片74例中45例(61%)でp16蛋白の発現の低下が認められた。またp16の発現低下は予後不良と有意な相関が認められたがMYCNの増幅とは相関しなかった。以上より、NBでp16遺伝子は主にメチル化によって不活化されており、MYCN遺伝子とは異なる機序で腫瘍の進展に関与することが示唆された。

4.近年、18q21領域からDCCに次いでSmad2とSmad4がん抑制遺伝子が単離された。また最近、DCC遺伝子は神経系細胞の分化に関与すること、更に神経栄養因子であるnetrin-1の受容体であることが判明した。そこで18q21の17座位でAI解析を行い、NBにおける18番染色体久失地図を作成した。その結果、共通欠失領域は18q21.1と18pter-q12.3の2個所であった。18q21.1の共通欠失領域内にDCC遺伝子は含まれるが、Smad2とSmad4遺伝子は含まれなかった。以上より、NBの抑制遺伝子は18番染色体に少なくとも2個存在することが推定された。DCC遺伝子は18q21.1の共通欠失領域内に存在することからNBの候補がん抑制遺伝子である可能性が示唆されたが、mutationの頻度が低かったので、この領域にはこれ以外にもNBのがん抑制遺伝子が存在する可能性が示唆された。

 以上、本論文はAllelotype解析から、新たに2q、9pおよび18qがNBで高頻度に欠失していることを明らかにし、NBの発生と進展には複数のがん抑制遺伝子が関与することを示した。特に9p21上のp16遺伝子はMYCN遺伝子とは異なる機序で腫瘍の進展に関与するNBの候補がん抑制遺伝子であることを明らかにし、18q21.1上のDCC遺伝子もNBの候補がん抑制遺伝子であることを明らかにした。本研究はこれまで不明であった神経芽腫の発生と進展の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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