学位論文要旨



No 214930
著者(漢字) 小泉,聡司
著者(英字)
著者(カナ) コイズミ,サトシ
標題(和) Corynebacterium ammoniagenesのGTP生産能を利用した物質生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 214930
報告番号 乙14930
学位授与日 2001.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14930号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 Corynebacterium ammoniagenesはイノシン、イノシン5'-一リン酸、グアノシン5'-一リン酸、アデノシン5'-三リン酸などのヌクレオシドおよびヌクレオチドの工業的製造に用いられている微生物である。本菌株が有する強力なウリジン5'-三リン酸生産能を利用したCDP-コリンの生産法も開発されているが、グアノシン5'-三リン酸(GTP)生産能の利用に関しては、まだ報告されていない。

 リボフラビン(ビタミンB2)は酸化還元反応や酸素添加反応を触媒する酵素(フラビン酵素)の補酵素として作用するフラビンモノヌクレオチド(FMN)およびフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)の型で生体内に存在し、エネルギー獲得、物質代謝、薬物代謝に関与している。リボフラビンはGTPおよびリブロース-5-リン酸を出発基質として6段階の酵素反応により生合成される。C.ammoniagenesにおいては、両出発基質とも豊富に供給されていると予想されることから、リボフラビンの生合成に関してはGTP以降のリボフラビン生合成系の活性が律速していると考えられた。そのため、生合成遺伝子をクローン化して遺伝子増幅をかければ、その生産性が飛躍的に向上すると考えられた。そこで、本研究では遺伝子増幅株を用いた発酵法によるリボフラビン生産系の構築を目的として検討を行った。

 GTP,を出発基質として生合成される生体物質には、リボフラビンの他にGDP-マンノース・GDP-フコースなどが知られている。GDP-マンノース・GDP-フコースは糖転移酵素の基質となり、細胞表面に存在するリポ多糖などの生合成に関与している重要な化合物である。これらの糖ヌクレオチドは、工業的な製造法がないため非常に高価な試薬としてのみ供給されている。本研究では、GTP生産能が高いC.ammoniagenesの活性を利用したGDP-マンノース・GDP-フコースの効率的な生産についても検討した。さらにGDP-フコース生産系にフコース転移酵素を組み込むことによりフコースを含有するオリゴ糖の生産系を構築することができたので、併せて報告する。

第1部 リボフラビンの発酵生産

第1章 リボフラビン生合成遺伝子のクローニング

 C.ammoniagenesからリボフラビン生合成遺伝子を取得するため、変異処理によりリボフラビン要求性変異株を取得した。これら変異株の中には、リボフラビンの直前の前駆物質である6,7-dimethyl-8-ribityllumazine(DMRL)を蓄積する変異株が含まれていた。この変異株のDMRL蓄積量は添加したリボフラビン量には影響されなかったことから、C.ammoniagenesにおいてはBacillus subtilisの場合と異なり、リボフラビンの生合成がリボフラビンまたはその代謝産物により制御されない可能性が示唆された。

 次に、これらのリボフラビン要求性変異株を宿主としたショットガンクローニングを行い、栄養要求性の相補によりリボフラビン生合成に関与する遺伝子を取得した。得られたリボフラビン生合成に関与する遺伝子を増幅した菌株のコロニーは、コロニー周辺が黄色を呈しており、リボフラビンが過剰生産されていることが示唆された。

 リボフラビン要求性を相補する断片(5.6kb)につき、そのDNA塩基配列を決定したところ、5つのORFを見い出した。塩基配列から推定されるポリペプチドのアミノ酸配列を既知の配列と比較したところ、B.subtilisのリボフラビンオペロンに存在するORFの配列と高い相同性を示した。このことから、C.ammoniagenesにおいても、リボフラビン生合成遺伝子がオペロン構造となって存在することが示唆された。

第2章 生合成遣伝子発現強化株によるリボフラビン生産

 リボフラビン生合成に関与する遺伝子を増幅した菌株では、リボフラビンの過剰生産が認められたが、その生産性は十分なものではなかった。さらに生産性を向上させるためには、生合成遺伝子群の発現量を上げることが必要であると考えられた。しかしながら、C.ammoniagenesにおいては、強力なプロモーターは知られていなかった。そこで、新たにプロモーター活性を有する断片を取得するために、β-ガラクトシダーゼ活性を指標としたプロモータープローブを造成した。

 造成したプロモータープローブにC.ammoniagenesの染色体DNAの制限酵素切断断片を導入後C.ammoniagenesを形質転換し、X-galを含有するプレート上で青色を呈するコロニーを選択した。選択した菌株について、そのβ-ガラクトシダーゼ活性を測定し、最も高い活性を示した菌株が保有するプラスミドとしてpFM54-6を取得した。

 pFM54-6に導入された断片(409bp)について、その塩基配列を決定したところ、B.subtilisのvaline tRNAと高い相同性を示す領域が存在した。また、この断片中にはEscherichia coliやC.glutamicumのプロモーターで保存されている-35,-10配列に相当する配列は認められなかった。

 上記で得られた強力なプロモーター活性を有する断片(P54-6)支配下にリボフラビン生合成遺伝子群を発現するプラスミド(pFM67)を造成した。pFM67保有株では、本来のプロモーター支配下での発現に比べて、リボフラビン生合成の最初の酵素であるGTP cyclohydrolaseII活性が2.4倍、最後の反応を触媒するriboflavin synthase活性が44倍に上昇していた。また、5Lジャー培養を行った際のリボフラビン蓄積量は5.0g/lと2.9倍上昇しており、リボフラビン生産性は初発酵素であるGTP cyclohydrolaseIIの活性と高い相関が認められた。

 さらにリボフラビンの生産性を向上するためには、GTP cyclohydrolaseII活性を増強させることが必要であろうと考えられた。そこで、GTP cyclohydrolaseII遺伝子の開始コドン上流の配列を様々に改変したプラスミドを造成して、そのリボフラビン生産性を評価したところ、最高で15.3g/l(72時間)のリボフラビン生産性を示す菌株が取得できた。

第2部 GDP-マンノース、GDP-フコースおよびフコース含有オリゴ糖の生産

第1章 GDP-マンノース、GDP-フコースの生産

 大腸菌の夾膜多糖であるコラン酸の生合成遺伝子群に存在するGDP-フコース生合成に関与する遺伝子を大腸菌染色体よりPCRにて取得し、これらを強力なプロモーター支配下に高発現する組換え大腸菌を造成した。

 GMPからGTPへの強力な転換活性を有するC.ammoniagenesとGDP-フコース生合成遺伝子を高発現する組換え大腸菌の界面活性剤およびキシレン処理菌体を酵素源とし、GMPとマンノースを原料として菌体反応されたところ、30時間で4.8g/lのGDP-フコースが蓄積した。この際、反応液中には前駆物質であるGDP-マンノースが著量蓄積していた。これは生成したGDP-フコースがGDP-mannose dehydratase活性を阻害するためであろうと考えられた。そこで、その阻害を回避するためにGDP-フコースの直前の前駆物質であるGDP-4-keto-6-deoxy-mannose(GKDM)を蓄積させた後、蓄積したGKDMをGDP-フコースに転換するという2段階反応を行ったところ、30時間で18.4g/lのGDP-フコースの蓄積が認められ、生産性が大幅に向上した。

第2章 フコース含有オリゴ糖の生産

 フコース含有オリゴ糖の生産に必要なフコース転移酵素については、哺乳動物由来の遺伝子が多数取得されているが、大腸菌で活性を保持して発現させることが困難であった。そのため、大腸菌での発現が容易な細菌由来の遺伝子という観点からHelicobacter pylori由来のα1,3-フコース転移酵素を選択した。H.pyloriからPCRにてα1,3-フコース転移酵素遺伝子を取得し、PLプロモーター支配下に高発現する組換え大腸菌を造成した。

 H.pylori由来のα1,3-フコース転移酵素を発現する組換え大腸菌を、先に構築したGDP-フコース生産系に組み込むことにより、GMPとマンノースとN-アセチルラクトサミン[Galβ1-4GlcNAc]を原料として、血液型抗原として知られているオリゴ糖であるルイスX[Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc]が30時間で21g/l蓄積した。

総括

 GTP生産能が高いC.ammoniagenesの活性を利用することにより、GTPを経由して生合成されるリボフラビンおよびGDP-フコースの生産系を構築することができた。さらに、GDP-フコース生産系とフコース転移酵素を組み合わせることにより、様々な生理活性が知られているフコース含有オリゴ糖の効率的な生産系を構築することもできた。

審査要旨 要旨を表示する

 Corynebacterium ammoniagenesはイノシン5'-一リン酸、グアノシン5'-一リン酸、アデノシン5'-三リン酸などのヌクレオチドの工業的製造に用いられている微生物である。本菌株が有する強力なウリジン5'-三リン酸生産能を利用したCDP-コリンの生産法も開発されているが、グアノシン5'-三リン酸(GTP)生産能の利用に関する報告はない。本研究は、GTPを出発基質として生合成されるリボフラビン(ビタミンB2)およびGDP-マンノース・GDP-フコース・フコース含有オリゴ糖に関して、GTP生産能が高いC.ammoniagenesの活性を利用した効率的な生産系の構築を目的とし、生合成酵素遺伝子の取得およびその解析を行うとともに生産検討を行ったもので、緒論、2部4章、総括より構成されている。

 緒論では、研究の背景と意義、目的について概説している。

 第1部第1章では、C.ammoniagenesにおけるリボフラビン生合成の制御、生合成遺伝子の取得および解析について述べられている。C.ammoniagenesのリボフラビン要求性変異株の中で前駆物質のDMRLを蓄積する株のDMRL蓄積量が添加したリボフラビン量には影響されなかったことから、C.ammoniagenesにおいてはBacillus subtilisの場合とは異なり、その生合成がリボフラビンによる制御を受けない可能性が示された。さらに、要求株を宿主とした栄養要求性の相補によりリボフラビン生合成に関与する遺伝子を取得し、その断片(5.6kb)のDNA塩基配列を決定した。この領域に見い出された4つのORFの推定アミノ酸配列はB.subtilisのものと高い相同性が認められ、C.ammoniagenesにおいてもリボフラビン生合成遺伝子がオペロン構造となって存在することが示された。

 第1部第2章では、C.ammoniagenesからの新規プロモーターの取得およびリボフラビンの発酵生産について述べられている。β-ガラクトシダーゼ活性を指標としたプロモータープローブを利用したプロモーター取得を行い、B.subtilisのvaline tRNAと高い相同性を示す配列を含むプロモーター活性を有する断片を取得した。このプロモーター支配下に生合成遺伝子群を発現するプラスミド保有株では、生合成酵素の活性が上昇しており、リボフラビン生産性も初発酵素であるGTP cyclohydrolaseIIの活性上昇に相当する向上が認められた。GTP cyclohydrolaseII活性を増強させるために、構造遺伝子の開始コドン上流の配列を改変したプラスミドを造成したところ、最高で15.3g/l(72時間)のリボフラビン生産性を示す菌株を造成できたことが示されている。

 第2部第1章では、C.ammoniagenesと生合成遺伝子を高発現する組換え大腸菌との組合わせによるGDP-マンノースおよびGDP-フコースの生産について述べられている。GMPからGTPへの強力な転換活性を有するC.ammoniagenesとGDP-マンノース生合成遺伝子を高発現する組換え大腸菌の菌体を酵素源とし、GMPとマンノースから効率的にGDP-マンノースが蓄積したことが示されている。GDP-フコース生産においては、GDP-フコースによる阻害を回避するためにGDP-フコースの前駆物質であるGKDMを蓄積させた後、蓄積したGKDMをGDP-フコースに転換するという2段階反応を適用することにより大幅な生産性の向上が認められたことが示されている。

 第2部第2章では、フコース含有オリゴ糖の生産について述べられている。Helicobacter pylori由来のα1,3-フコース転移酵素を発現する組換え大腸菌を、GDP-フコース生産系に組み込むことにより、GMPとマンノースとN-アセチルラクトサミン[Galβ1-4GlcNAc]を原料として、血液型抗原として知られているルイスX[Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc]が効率的に蓄積したことが示されている。

 総括では、C.ammoniagenesが有する高いヌクレオシド5'-三リン酸生成活性について考察を加えている。

 以上、本論文はGTP生産能が高いC.ammoniagenesの活性を利用することにより、GTPから生合成されるリボフラビンおよびGDP-マンノース・GDP-フコース・フコース含有オリゴ糖の効率的な生産系を構築したもので、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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