学位論文要旨



No 214933
著者(漢字) 村上,弘治
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ヒロハル
標題(和) 土壌病害:アブラナ科野菜根こぶ病の総合防除に関する研究
標題(洋)
報告番号 214933
報告番号 乙14933
学位授与日 2001.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14933号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 アブラナ科野菜根こぶ病は世界各地でアブラナ科野菜に甚大な被害をもたらしている難防除土壌病害である。しかし、防除対策上必要不可欠な根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)の生態については未だ不明な点も多く残されている。また、宿主の根内でしか増殖できない絶対寄生菌であるため培地上で培養できず、病原菌密度の測定に際しては土壌中の休眠胞子を直接計数する必要がある。しかし、現在のところその検出は約1×104個g-1土壌レベルが限界であり、簡易、迅速かつ高感度な病原菌密度測定法の確立が望まれている。

 根こぶ病の防除対策として抵抗性品種の育種、利用が図られているものの、しばしば罹病化がみられることもあり、化学合成農薬ほど安定した効果をもち、かつ実用的な防除法は見出されていない。しかし、その一方で薬剤においても発病抑制効果の低下や環境への影響が懸念されている。

 そこで、薬剤だけに依存するのではなく、圃場の状況に応じた各種防除技術を効果的に組み合わせた総合的有害生物管理(Integrated Pest Management,IPM)体系を確立するとともに、生物的機能や各種資材による農薬代替技術を積極的に取り入れたBiointensive IPMの新しい展開を行った。

 まず、根こぶ病における各種防除技術のより効果的な利用を支援するための方法としてDose Response Curve(DRC)診断法を新しく確立した。土壌中の病原菌密度と発病度の関係を示すDRCは病原菌、土壌、植物により変動するため、対象圃場の種々の要因を包含した実験系、すなわち、対象圃場の病原菌、土壌および栽培植物(種類、品種)を用いることが必要であった。これらを用い、さらに底面かん水や保温マットなどを用いたポット試験を行うことによる、比較的簡便で、かつ高精度なDRC診断法を確立した。このポット試験によるDRCから圃場での発病を予測できたが、圃場では栽培期間が長いため発病度が高めになること、また、発病度から推定される収量は植物の種類によって異なることに留意する必要があった。以上のことを踏まえて、土壌中の病原菌密度の測定とDRC診断の結果から発病程度や被害程度を予測することが、圃場での適切な防除手段の策定に有効であると考えた。

 次に、根こぶ病の防除対策として、各種個別技術の開発を行い、発病軽減効果、病原菌密度低減効果およびそれらの効果的利用法について明らかにした。

 前作として栽培することで後作の宿主植物の根こぶ病を軽減する植物としてエンバクやホウレンソウ、葉ダイコンを選抜した。これらは土壌中の病原菌密度を無作付けの場合に比べ29〜62%減少させるおとり植物であることを明らかにした。

 播種2週間前に石灰資材を施用することにより発病軽減効果が認められ、播種時の土壌中の病原菌密度を無処理区に比べ石灰窒素で17〜30%、苦土石灰で12〜29%、炭酸カルシウムで20〜39%減少させることを明らかにした。石灰資材の発病軽減効果はこの病原菌密度の低減効果とともにpH上昇とそれに伴う根毛感染の抑制、交換性カルシウム量の増大などによると考えた。

 有機質資材では粉末キチンやカニガラ、米ぬかで発病軽減効果を認めた。キチンは播種1週間前に、米ぬかは2週間前に、カニガラは1〜2週間前に施用すると効果的であった。また、播種時の土壌中の病原菌密度は無処理区に対してキチン施用区で32〜38%、カニガラ施用区で71〜82%、米ぬか施用区で61〜67%に減少することを明らかにした。キチンではpH上昇による効果、カニガラではpH上昇、交換性カルシウム、交換性マグネシウムによる効果、米ぬかではそれら以外の要因の関与などが示唆された。

 さらに、以上の個別技術の防除効果はいずれも対象とするDRCパターンと土壌中の病原菌密度に影響されることを示し、これらの防除技術の効果が土壌条件によって変動する原因を明らかにした。

 一方、フルスルファミド粉剤は高菌密度でも発病抑制効果があり、その結果新たな根こぶの還元による土壌中の病原菌密度の増大は抑えられるが、病原菌密度低減効果は認められなかった。このように同薬剤の効果は静菌作用であることが示唆され、後作における残効性も認められたため、おとり植物との短期輪作体系に支障をきたす恐れがあると考えた。そこで、全面施用に比べて使用する薬剤を90%以上減量させることができる植穴部分への薬剤の局所施用法を開発し検討したところ、直播の場合は全面施用と同程度の発病抑制効果が得られた。また、セル成型苗の場合も全面施用ほどではないものの効果がみられた。この結果、植穴への薬剤の局所施用により発病をある程度軽減させた上に薬剤使用量を大幅に減少させることが可能であり、おとり植物に対する影響も軽減できると考えた。

 発病抑止的土壌の有効利用を目的として、根こぶ病に対する土壌の発病抑止要因についてDRCを用いて各病原菌密度毎に検討した結果、発病抑止的土壌である淡色黒ボク土(福島)では生物的要因と非生物的要因の双方が発病抑止性に関与していることを明らかにした。また、発病助長的である普通黒ボク土(福島)でも低菌密度では生物的要因が発病抑止要因として働いていることを明らかにした。

 セル成型苗を定植することで直播に比べ根こぶ病の発病が軽減された。さらに、育苗土への発病抑止的土壌の混和により発病軽減効果が増大する可能性を認めた。

 圃場衛生を目的として、根こぶ病罹病根の処理による次作の発病に及ぼす影響を検討した。その結果、根こぶ病罹病根を抜き取ることで前作のない対照区と同程度の低いレベルに病原菌密度を維持することが可能であった。

 以上のような根こぶ病に対する個別防除技術について効果的な組み合わせ法を検討したところ、葉ダイコンと発病抑止的土壌の組み合わせにより発病軽減効果が顕著になることが期待された。また、石灰窒素とおとり植物の併用では互いの効果に影響はなかったが、フルスルファミド粉剤とおとり植物の併用では病原菌密度低減効果が得られず、各々の利用時期等に留意する必要があった。

 また、圃場における実証試験ではおとり植物の作付けによる土壌中の病原菌密度低減効果は認めたが、病原菌密度が高い場合に発病軽減効果を得るためにはセル成型苗と組み合わせることが必要であった。石灰窒素施用により無処理区に比べ発病が軽くなり、地上部重や結球率、結球重も有意に高くなったものの、発病の激しい圃場では効果は不十分であった。そのため、圃場の状態に応じた防除技術の組み合わせが必要であることを明らかにした。

 以上の結果を基に、根こぶ病汚染圃場において、Biointensive IPMに基づいた根こぶ病の防除を試みた。すなわち、土壌中の病原菌密度推定とDRC診断を行い、発病と被害を予測した結果に基づいて、本研究で開発した個別防除技術として、石灰窒素の施用、薬剤の局所施用、セル成型苗の活用、根こぶ病罹病根の持ち出しおよびおとり植物との短期輪作を組み合わせた。その結果、薬剤の施用量を低減しつつ、慣行防除と同等に発病を抑制し、収穫を確保することが可能であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 アブラナ科野菜根こぶ病は世界各地でアブラナ科野菜に甚大な被害をもたらしている難防除土壌病害である。その防除対策としては化学農薬ほど安定した効果をもち、かつ実用的な防除法は見出されていない。しかし、その一方で昨今では発病抑制効果の低下や環境への影響が懸念されている。このような背景から、本研究では薬剤だけに依存するのではなく、圃場の状況に応じた各種防除技術を効果的に組み合わせた総合的有害生物管理(Integrated Pest Management,IPM)体系を構築し、生物的機能や各種資材による農薬代替技術を積極的に取り入れたBiointensive IPM戦略に基づいた防除を展開したもので、4章から構成されている。

 根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)の生態は不明な点が数多く残されていること、宿主の根内でしか増殖できない絶対寄生菌であるため、病原菌密度の測定に際しては土壌中の休眠胞子を直接計数する必要があり、近年ようやくその手法が確立され、これまで不明であった病原菌密度と防除手段との関係を明らかにすることの重要性を述べた第1章に続いて、第2章では根こぶ病における各種防除技術の効果的な利用を支援するための方法としてポット試験による比較的簡便かつ高精度なDose Response Curve(DRC)診断法を確立し、土壌中の病原菌密度と発病度の関係を示すDRCは病原菌、土壌、植物により変動することを述べた。さらに土壌中の病原菌密度の測定とDRC診断の結果から圃場での発病程度や被害程度を予測することが、防除手段の適切な策定に有効であることを明らかにした。

 第3章では根こぶ病の防除対策の各種個別技術について発病軽減効果、病原菌密度低減効果について述べている。エンバクやホウレンソウ、葉ダイコンは、前作として栽培することで土壌中の病原菌密度を低減させることができ、これにより後作の宿主植物の根こぶ病を軽減するおとり植物であることを明らかにした。播種2週間前に石灰質材を施用することにより、発病軽減効果が認められ、根毛感染の抑制効果とともに土壌中の病原菌密度低減効果を有することを示した。有機質資材では粉末キチンやカニガラ、米ぬかで発病軽減効果を認め、これらの効果には、pH上昇などの効果とともに土壌中の病原菌密度低減効果があることがわかった。さらに、以上の防除効果はいずれも対象とするDRCパターンと土壌中の病原菌密度に影響されることを示し、これらの防除技術の効果が土壌条件によって変動する原因を明らかにした。また、フルスルファミド粉剤は高菌密度でも発病抑制効果があり、新たな根こぶの還元による土壌中の病原菌密度の増大は抑制するものの、病原菌密度低減効果は認められなかった。このため同薬剤の効果は静菌作用であり、後作における残効性も認められるため、おとり植物との短期輪作体系に支障をきたすことが示唆された。そこで、全面施用に比べて使用する薬剤を90以上減量させつつ、全面施用と同程度の発病抑制効果が得られる植穴部分への薬剤の局所施用法を開発した。発病抑止的土壌である淡色無ボク土(福島)では生物的要因と非生物的要因の双方が、発病助長的である普通黒ボク土(福島)でも低菌密度では生物的要因が発病抑止要因として働いていることを明らかにした。セル成型苗を定植することで直播に比べ根こぶ病の発病が軽減され、さらに育苗土への発病抑止的土壌の混和によりその効果が増大する可能性を認めた。根こぶ病罹病根を抜き取ることで無作付けの場合と同程度の低いレベルに病原菌密度を維持することが可能であった。

 第4章では、根こぶ病汚染圃場において土壌中の病原菌密度確定とDRC診断を行い発病と被害を予測した結果から、Biointensive戦略に基づいて石灰窒素の施用、薬剤の局所施用、セル成型苗の活用、根こぶ病罹病根の持ち出しおよびおとり植物との短期輪作を組み合わせた防除試験を述べている。その結果、薬剤の施用量を低減しつつ、慣行防除と同等に発病を抑制し、収穫を確保することが可能であることを示した。

 以上を要するに本論文はアブラナ科野菜根こぶ病に対し総合的有害生物管理体系を構築し、生物的機能ならびにBiointensive戦略に基づいた防除法の可能性を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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