学位論文要旨



No 214935
著者(漢字) 井阪,圭孝
著者(英字)
著者(カナ) イサカ,ヨシタカ
標題(和) ヒトおよびサル免疫不全ウイルスの分子生物学的手法を用いた研究
標題(洋)
報告番号 214935
報告番号 乙14935
学位授与日 2001.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14935号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

 後天性免疫不全症候群(AIDS:acquired immunodeficiency syndrome)は、human immunodeficiency virus(HIV)の感染によって引き起こされるウイルス疾患である。HIVは、1型(HIV-1)と2型(HIV-2)のグループに二分されている。また、サルにおいても、同様のウイルス疾患が発見され、その原因ウイルスとしてsimian immunodeficiency virus(SIV)が分離、同定されている。これらのウイルスの感染・複製機構・感染から発症に至る機序について様々な研究がなされているが、依然として決定的なAIDS発症予防、治療法は確立されていない。HIV、SIVの遺伝子群のうち、pol遺伝子にコードされている蛋白、逆転写酵素(RT)は、標的細胞に侵入した後、ウイルスゲノムをRNA型からDNA型へと逆転写するステップを担っている為、主要な抗HIV薬のターゲットとして考えられており、現在まで核酸系や非核酸系の有用なRT阻害剤が幾つか発見されている。このうち非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)は、HIV-1のRTを特異的に阻害し、HIV-2およびSIVに対しては阻害効果が認められない。SIVは、HIV/SIVの感染、AIDSの発症モデルとして有用であり、NNRTIに感受性をもつHIV-2、SIVの作製は、AIDS治療に多大な貢献が期待されるテーマとなっている。今までに、HIV-1のRTを持つSIVmac/HIV-1キメラウイルスの作製が報告されているが、増殖性が悪くサルに発症させるまでには至っていない。この様な背景から、NNRTI感受性のSIV、HIV-2を作製する為、SIVmac/HIV-1キメラウイルスを作製したところ、RT活性の顕著な低下により感染性は消失した。しかし、そのキメラRT蛋白を作製し、そのNNRTI感受性の回復は確認できた。次に、今後の検討の為には、ウイルス増殖性に影響を受けない高感度な測定系の構築が必要であると考え、レポーター遺伝子を持つ細胞を樹立し、この細胞を用いてHIV-1、HIV-2、SIVの簡易な測定系を構築した。これにより、SIVと近縁関係にあるHIV-2gp120上にあるコレセプターの指向性を決定する部位を同定できた。さらに、NNRTIに対して感受性を示すHIV-1、SIVagmについて、感受性のないHIV-2、SIVmacとの違いを調べることにより、HIV-2、SIVmacのRT蛋白のL188がNNRTIの感受性に関与する可能性を示唆した。この変異を導入したウイルスを作製し、NNRTIに対して感受性を獲得したSIVmacやHIV-2の作製に成功した。これらの結果は、今後のNNRTI感受性SIVを用いた動物モデルの作製に多いに貢献できると思われる。本研究は4部より構成され、得られた成果は以下のように要約される。

1)非核酸系逆転写酵素阻害剤に感受性を持つSIV/HIV-1キメラRT蛋白の作製 : NNRTIはHIV-1を特異的に阻害し、HIV-2およびSIVをほとんど阻害しない。そこで、NNRTI感受性SIVを作製する為、SIVmac感染性クローンpMA239のRT遺伝子に、HIV-1感染性クローンpNL432の対応するRT遺伝子の部位(176-190,176-383,176-495アミノ酸に対応する遺伝子部位)に置換した3種のキメラウイルスを作製した。3種のキメラウイルスのうち、HIV-1の176-190アミノ酸に置換したウイルスのみが、RT活性を保持しており、3種のNNRTI(nevirapine、HEPT E-EBU-dM、TIBO R82913)に対して感受性を示した。しかし、ウイルスのRT活性は顕著に低下しており、細胞での増殖性はなかった。続いて、このウイルスのキメラRT蛋白の酵素学的解析を行う為に、このキメラRTを大腸菌中で発現し精製を行った。キメラRT蛋白とHIV-1 RT蛋白のHEPT E-EBU-dMに対するKi値と阻害様式を比較したところ、キメラRT蛋白はHIV-1 RT 蛋白のKi値の9倍になったが、阻害様式は共に非拮抗型である事が判明し、NNRTIが同様なメカニズムで作用可能な事が確認できた。

2)HIV-2のコレセプターCCR5、CXCR4の選択を決定する部位の同定:HIV-1のコレセプターであるケモカインレセプターCCR5とCXCR4が発見されて以来、HIV-1、HIV-2およびSIVのコレセプターが次々と同定されてきている。そこで、我々は各ウイルスの耐性度を簡易に測定する為、HIV-1 LTR-β-galactosidaseのレポーター遺伝子と各ケモカインレセプター遺伝子を組み込んだHeLa-CD4細胞を用いる感染系を構築し、HIV-1、HIV-2およびSIVのコレセプターの使用様式を調べた。その結果、HIV-1 NL432、HIV-2 RODはコレセプターとして主にCXCR4を使用し、それに対して、HIV-1 NL162、HIV-2 GH-1、SIVmacMA239、SIVagm SA212はCCR5を使いCXCR4を使用しない事が判明した。そこで、このHIV-2 ROD/GH-1のコレセプターの使用様式の違いを利用する事により、コレセプターの指向性を決定するgp120蛋白の部位を同定した。HIV-2 ROD感染性クローンpLA317とHIV-2 GH-1感染性クローンpGH-123を用いて、gp120部位を組み換えた一連のキメラウイルスを作製した。その結果、gp120のV3ループ部位のC末側半分がHIV-2 RODとHIV-2 GH-1のコレセプターの指向性を決定している事が判明した。この領域のアミノ酸配列の比較により、数アミノ酸の違いによりCCR5とCXCR4の特異性が決定している事が示唆され、V3領域の正電荷の増加によりCXCR4への特異性が増す傾向が認められた。

3)非核酸系逆転写酵素阻害剤に対する耐性SIVの分離と解析:一般にNNRTIはHIV-1を特異的に阻害し、HIV-2およびSIVをほとんど阻害しない。しかし、いくつかのNNRTIは、HIV-1以外に、アフリカミドリザルから分離されたSIVagmに対して阻害活性を有している事が判った。上記で作製した測定系を改良し、SIVagmのNNRTIに対する感受性を調べたところ、delavirdineとefavirenzは阻害活性を示したが、nevirapineは示さなかった。SIVagmとHIV-1の阻害様式を比較する為に、SIVagmのdelavirdine、efavirenz、3TCに対する耐性SIVagmを分離した。SIVagmのRT遺伝子に、delavirdine耐性はV112IとM231Iの変異、3TC耐性はM185Iの変異が認められたが、efavirenz耐性は分離できなかった。続いて、これらの変異が薬剤耐性に関与している事を証明する為、SIVagm感染性クローンpSA212に各変異を導入し、delavirdineと3TCに対する感受性を測定した。また、SIVagmのM231とM185に対応するHIV-1のM230とM184に変異を導入した感染性クローンpNL432を用いて薬剤感受性を測定した。この結果、これらのSIVagm RT変異は明らかに薬剤の感受性を低下させ、同じ部位の変異により、HIV-1も同様に感受性が低下することが判明した。これらの結果から、SIVagmは、NNRTIが作用するbinding pocketを形成し、HIV-1と同様な機構でNNRTIが作用しているものと考えられた。

4)HIV-2とSIVの逆転写酵素のLeu-188の置換による非核酸系逆転写酵素阻害剤に対する感受性の獲得 : SIVagmがNNRTIに感受性を保持していることから、HIV-1、HIV-2、SIVagm、SIVmacのアミノ酸配列を比較した結果、Leu-188のアミノ酸がHIV-2 RODとSIVmacのNNRTIの感受性に重大な影響を与えていると推察された。そこで、我々は、HIV-2とSIVmacの188番目のロイシンをシステインまたはタイロシンに置換した感染性クローンを作製し、NNRTIへの感受性を調べたところ、HIV-1、HIV-2、SIVmac共に188Y、188C、188Lの順でNNRTIに感受性を示した。続いて、これらウイルスクローンを用いてNNRTI耐性ウイルスを分離した結果、SIVmacにI106T、V108I、HIV-2にK103T、V111I、G112E、E219A、M230Lの変異が確認された。これらの変異ウイルスを作製する事により、NNRTIへの耐性度の上昇を確認し、HIV-2とSIVの薬剤感受性に関連したアミノ酸残基を同定した。これらは、NNRTI の活性に関与するHIV-1の耐性部位とほば一致した。

 以上の様に、HIV、SIVのNNRTIに対する感受性の相違を分子生物学的手法を用いて解析した。新たな測定系を構築し、作製した変異ウイルスを用いて、HIV-2とSIVmacがNNRTI耐性である理由として、RTの188番目のアミノ酸のロイシンが重要である事を明らかにした。この結果、NNRTI感受性なHIV-2、SIVmacを作製することができ、今後のSIV、サルを用いたAIDS発症モデルの開発に多大な貢献ができるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 後天性免疫不全症候群(AIDS)は、human immunodeficiency virus (HIV)の感染によって引き起こされるウイルス疾患である。HIVは、1型(HIV-1)と2型(HIV-2)のグループに二分されている。また、サルにおいても、simian immunodeficiency virus (SIV)が分離、同定されている。HIV、SIVの逆転写酵素(RT)の非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)は、HIV-1のRTを特異的に阻害し、HIV-2およびSIVに対しては阻害効果が認められない。現在、NNRTIに感受性をもつHIV-2、SIVの作製は、AIDS治療に多大な貢献が期待されるテーマとなっている。本研究は4部より構成され、得られた成果は以下のように要約される。

1)非核酸系逆転写酵素阻害剤に感受性を持つSIV/HIV-1キメラRT蛋白の作製:NNRTI感受性SIVを作製する為、SIVmac感染性クローンのRT遺伝子に、HIV-1感染性クローンの対応するRT遺伝子の部位に置換した3種のキメラウイルスを作製した。そのうち、HIV-1の176-190アミノ酸に置換したウイルスのみが、RT活性を保持しており、3種のNNRTIに対して感受性を示す事が判明した。しかし、ウイルスのRT活性は顕著に低下しており、細胞での増殖性はなかった。精製したキメラRT蛋白を用いて酵素学的解析を行ったところ、キメラRT蛋白はHIV-1 RT蛋白のHEPT E-EBU-dMに対するKi値の9倍になったが、阻害様式は共に非拮抗型である事が判明し、NNRTIが同様なメカニズムで作用可能な事が確認できた。

2)HIV-2のコレセプターCCR5、CXCR4の選択を決定する部位の同定:各ウイルスの耐性度を簡易に測定する為、レポーター遺伝子と各ケモカインレセプター遺伝子を組み込んだHeLa-CD4細胞を用いる感染系を構築した。次に、コレセプターの使用様式を調べたところ、HIV-1 NL432、HIV-2 RODは主にCXCR4を使用し、HIV-1 NL162、HIV-2 GH-1、SIVmac MA239、SIVagm SA212はCCR5を使用する事が判明した。さらに、HIV-2 RODとHIV-2 GH-1のキメラウイルスの結果から、gp120のV3ループ部位のC末側半分がコレセプターの指向性を決定していた。この領域のアミノ酸配列の比較により、数アミノ酸の連いによりCCR5とCXCR4の特異性が決定している事が示唆され、V3領域の正電荷の増加によりCXCR4への特異性が増す傾向が認められた。

3)非核酸系逆転写酵素阻害剤に対する耐性SIVの分離と解析:NNRTIであるdelavirdineとefavirenzは、SIVagmに対して阻害活性を有している事が判明した。続いて、SIVagmのdelavirdine、3TCに対する耐性SIVagmを分離し、SIVagm感染性クローンに各変異を導入し、感受性を測定した。また、SIVagmの変異に対応する部位に変異を導入したHIV-1感染性クローンを用いて薬剤感受性を測定した。この結果、これらのSIVagm RTの変異は明らかに薬剤の感受性を低下させ、同じ部位の変異により、HIV-1も同様に感受性が低下することが判明し、SIVagmは、NNRTIが作用するbinding pocketを形成し、HIV-1と同様な機構でNNRTIが作用しているものと考えられた。

4)HIV-2とSIVの逆転写酵素のLeu-188の置換による非核酸系逆転写酵素阻害剤に対する感受性の獲得:RTのLeu-188がHIV-2 RODとSIVmacのNNRTIの感受性に重大な影響を与えていると推察され、HIV-2とSIVmacの188番目のロイシンをシステインまたはタイロシンに置換した感染性クローンを作製し、NNRTIへの感受性を調べたところ、HIV-1、HIV-2、SIVmac共に188Y、188C、188Lの順でNNRTIに感受性を示した。これらウイルスクローンを用いてNNRTI耐性ウイルスを分離し、これらの変異ウイルスを作製する事により、NNRTIへの耐性度の上昇を確認し、HIV-2とSIVの薬剤感受性に関連したアミノ酸残基を同定した,これらは、NNRTIの活性に関与するHIV-1の耐性部位とほぼ一致した。

 以上本論文は、NNRTI感受性なHIV-2、SIVmacを作製し、今後のSIV、サルを用いたAIDS発症モデルの開発のための基礎的な知見を与えたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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