学位論文要旨



No 214937
著者(漢字) 清水,琢三
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,タクゾウ
標題(和) 3次元海浜変形モデルの開発と現地適用性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214937
報告番号 乙14937
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14937号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 佐藤,愼司
内容要旨 要旨を表示する

 漂砂活動の活発な砂浜海岸に漁港,港湾等の構造物を建設する際には,港の機能維持の観点から港口埋没対策のみならず,海岸保全の立場から周辺海岸に対する影響についても十分配慮する必要がある.したがって,周辺海岸への影響を予め評価し,最適な海岸構造物の配置計画を立案するためには,構造物建設に伴う海浜変形を精度よく予測評価しなければならない.近年,数値シミュレーションによる海浜変形予測手法が急速に発展した.わが国では,渡辺ら(1984)が水理模型実験結果に基づき検証された3次元海浜変形モデルのパイロットモデルを発表して以来,実際問題への適用が盛んに行われるようになってきた.しかしながら,現地への適用性については,これまで実測値に基づき十分検討されていなかった.

 そこで本研究では,汀線変化モデルと結合して汀線を含む平面地形変化の予測が可能な新しい3次元海浜変形モデル(3D-SHORE)を開発するとともに,現地データに基づきモデルの適用性を検証した.モデルは,1)波浪場の計算,2)海浜流場の計算, 3)局所漂砂量分布と地形変化の計算,4)局所漂砂量を積分することによる全沿岸漂砂量分布と汀線変化の計算の4つのサブモデルから構成されており,従来の3次元海浜変形モデルに4)が新たに追加されている.モデルの現地適用性は,波浪場の計算,海浜流場の計算,漂砂量の計算,地形変化の計算の各計算モデル毎に,現地データあるいは実規模スケールの実験データに基づき検証した.

 第2章では,海浜変形モデルに関する既往の研究をレビューするとともに,流れの計算モデルとモデル中で考慮する漂砂機構によって海浜変形モデルを分類し,各モデルの特徴と適用範囲を整理した.3次元海浜変形モデルについては,海浜流による漂砂のみを考慮した長期予測モデルと波と戻り流れによる縦断地形変化も考慮した短期予測モデルに分類した.1年以上の長期的な地変変化に対して縦断地形変化が無視できるという長期予測モデルの仮定は,実際の地形変化や同様の仮定に基づく汀線変化モデルの現地適用性から判断してほぼ妥当な仮定であると判断される.長期予測モデルは,沿岸漂砂に加えて,海浜循環流による岸沖方向の砂移動も考慮できるため,汀線変化モデルを平面的に拡張したモデルと位置付けた.

 第3章では,平面波浪場計算モデルの現地適用性を検討した.本研究では,3次元海浜変形モデルに用いる実用的な平面波浪場計算法として,屈折・回折を同時に計算できる磯部(1986)の緩勾配方程式を放物型近似した放物型波動方程式に砕波減衰項を付加した方法と多方向不規則波の屈折計算法であるエネルギー平衡方程式に砕波減衰項を付加した方法を取り上げその適用性を現地の複雑な海底地形上における現地観測結果と比較・検証した.放物型波動方程式による方法は,屈折と回折が同時に生じる浅瀬や防波堤背後の波エネルギーの変化を精度よく評価できることがわかった.また,エネルギー平衡方程式による方法は,回折は原理的には考慮できないが,回折が顕著なところを除けば実用的には精度よく現地に適用できることが確認された.

 第4章では,海浜流場の計算法について,底面摩擦項と水平拡散項の一般化を試みた.摩擦係数は,従来,調整すべき係数として扱われてきたが,全てのflow regimeに適用可能な田中・Thu(1993)の波・流れ共存場の摩擦則を用いて底面摩擦項を直接評価する方法を導入した.水平拡散項については,一様海底勾配の自然海浜の沿岸流場に対して,従来,一般的に用いられているLonguet-Higgins(1970)の評価法に一致し,構造物の遮蔽域などでは乱れの強さが局所的な外力条件に依存する形で評価されるLarson・Kraus(1991)の評価法を導入した.改良したモデルの妥当性を実験データと現地データの両方に対して検証したころ,スケール効果なしに統一的に適用できることが確認された.

 さらに,高波浪時に砕波帯内で生じる砕波に伴う沖向きの戻り流れについても,現地観測データに基づき検討した.佐藤ら(1987)の実験式により戻り流れの大きさを評価するとともに,向きは波の進行方向と逆方向と仮定して,海浜流の計算結果と単純にベクトル合成することにより戻り流れを含む砕波帯内の流況場が実用的には十分な精度で評価できることを明らかにした.

 第5章では,渡辺ら(1984)によって提案された局所漂砂量モデルの現地適用性を高めるため,種々の現地データならびに実規模スケールの実験データに基づきモデルの汎用化を試みた.漂砂量係数について,現地海岸で卓越するシートフロー漂砂に適用可能で,しかも0.2〜1.0mmの広範囲の粒径条件に適用できる一般的な評価法を提案した.改良した局所漂砂量モデルを用いることにより,実規模スケールの大型造波水路実験の縦断地形変化を工学的には十分な精度で再現できることを明らかにした.このことからも,縦断地形変化は,シートフロー漂砂による岸向きの波による漂砂と戻り流れによる沖向きの流れによる漂砂のバランスで生じることが確認された.

 第6章では,3次元海浜変形モデルと汀線変化モデルを組み合わせることにより汀線変化も含む平面的な地形変化を計算できるように改良した3次元海浜変形モデル(3D-SHORE)を新たに開発した.モデルの適用性については,一様勾配海浜上での全沿岸漂砂量式として一般に用いられているCERC公式との比較,離岸堤設置海浜を対象とした移動床水理実験結果ならびに島式漁港建設に伴う4年間の地形変化の再現を通して良好に検証された.汀線変化モデルでは,汀線に対して砕波波向が直角となり,汀線平行方向の漂砂量がゼロになる静的な平衡状態しか計算できないのに対して,3D-SHOREでは,海浜流速がゼロになることによる静的平衡状態と循環流が汀線に沿って流れることによる動的な平衡状態が計算できるので,地形変化の時間変化についても適切に評価できるという点で汀線変化モデルよりも有効であることを明らかにした.

 つぎに,現地の2つの港湾における1〜5年の長期的な港口部の地形変化に対してモデルの現地適用性を定量的に検証した.その結果,3次元海浜変形モデルは,港口部の維持浚渫土量の評価や港内堆積防止工の検討に実用的に適用できる段階に達していることを明らかにした.

 さらに,港湾や沖合人工島の建設に伴う沿岸漂砂の遮断によって引き起こされる典型的な地形変化に対して海浜変形モデルの相互比較を試みた.3D-SHOREとこれまで環境アセスメントなどに広く用いられている汀線変化モデルおよび宇多・河野(1996)の等深線変化モデルとの相互比較を試みた.汀線変化モデルと等深線変化モデルは,長期的かつ広域的な土砂収支の不均衡に伴う海浜変形を議論するには十分な精度を有しているが,海浜循環流による沖向きの砂移動が生じる構造物近傍では適用性には限界があり,3D-SHOREの適用性が高いことを明らかにした.

 実際に港湾構造物建設に伴う影響評価を行う際には,完成後数十年,空間的には数十kmの範囲の地形変化を評価することが要求される.しかしながら,3D-SHOREは現段階では計算時間がかかるため,そのような時・空間スケールの海浜変形の予測に適用するのは現実的でない.そこで,対象とする地形変化とその時・空間スケールに応じてモデルを適切に使い分けることを提案した.

 最後に,第7章においては,本論文を構成する各章で得られた結論の要約と海浜変形モデルの今後の課題と展望について論じた.

審査要旨 要旨を表示する

 海岸構造物や漁港・港湾施設の建設に伴う海浜変形は,主に周辺海岸の侵食ならびに航路・港内埋没等の問題と対策の面より,過去永い間にわたり研究されてきた。また近年では沿岸域の生態環境との関連からも注目を浴び,ますます重要視されている。しかしこのように重要な問題でありながら,特にその現象の複雑性の故に,充分な精度の海浜変形予測手法が確立されているとは言い難かった。本論文は「3次元海浜変形モデルの開発と現地適用性に関する研究」と題し,外力である波浪場と海浜流場,海浜変形に直接寄与する局所漂砂量分布,そして結果として生じる3次元海浜変形について,信頼性と実用性の高い計算モデルを提案し,またそれらを現地データにより検証したものである。

 本論文は7章より構成されている。第1章は「序論」であり,研究の動機と目的を述べた後,海浜変形問題を構造物の影響の有無と現象の時空間スケールによって分類し,説明している。

 第2章「海浜変形モデルの概要」では,先ず既存の海浜変形数値計算モデルをレビューし,新たに特に海浜流鉛直分布の考慮の有無ならびに岸沖漂砂と縦断地形変化の考慮の有無によって分類・比較し,各々の適用条件を論じた。そして本論文で提案する3次元海浜変形モデルを,目的に応じ短期的モデルと長期的モデルとに使い分けられるものと位置付けた。

 第3章「平面波浪場計算モデルの現地適用性」以降が本論文の主要部である。浅海域の平面波浪場を沖波と地形条件から計算する手法は多数あるが,実海岸の海浜変形の外力場である波浪場計算は波の多方向不規則性と砕波過程を合理的に包含したものである必要がある。本研究では過去の研究のレビューに基づき,ともに砕波減衰項を付加した放物型波動方程式とエネルギー平衡方程式の2つが適当であると判断し採用した。そして波高分布や方向スペクトルの計算結果を現地観測のデータと比較することにより,両者ともに実用上充分な精度を有することを実証的に示した。波浪場計算手法の現地データによる綿密な検証は数少ないことから,これは本研究の貴重な成果の1つであると判定される。

 次いで第4章では「海浜流場計算モデルの現地適用性」について示している。先ず海浜流場の計算において問題であった底面摩擦項と水平拡散項の評価について,これまで行ってきた多様な条件での計算と実測結果の比較検討の経験に基づき,従来一般に用いられてきた単純な扱いでは極めて精度が低い結果しか得られないと論じた。そして近年別途提案された波流れ共存下の底面摩擦則および水平拡散係数評価法を導入した新たな海浜流計算モデルを構築し,それを室内実験および現地観測データと比較することにより,スケール効果を排した計算が可能となることを示した。このように本海浜流モデルは広範な時空間スケールに適用できる従来に比し格段に一般性の高いものであると評価される。

 第5章は「局所漂砂量モデルの現地適用性と縦断地形変化への適用」と題する。従来の漂砂量算定式をレビューし,本研究の3次元海浜変形モデルに採用すべき局所漂砂量モデルとして渡辺モデルが実用性の点で最も適当であると結論した。そしてその普遍性を高めるために,現地観測と実規模実験のデータを用いて綿密に検討し,モデル中の漂砂移動方向関数の表示式を改良してシートフロー領域まで拡張するとともに,式中2つの漂砂量係数の一般的な評価算定法を確立した。こうして改良・提案された本研究の局所漂砂量モデルは,広範な底質粒径に適用可能で,また浮遊砂・掃流砂・シートフローをカバーする普遍性と実用性に富むものとなっており,極めて有用な研究成果である。

 第6章「3次元海浜変形モデルの現地適用性」では,本研究で開発した汀線変化を含む平面2次元での地形変化の予測計算モデル(3D-SHORE)について記述している。これは従来の3次元海浜変形モデルには汀線変化を計算できないという致命的欠陥があったことから,上述の局所漂砂量モデルによって求まる各岸沖断面での総沿岸漂砂量を介して既存の汀線変化モデルと組み合わせることにより,この欠陥を解消して応用範囲を拡張したものである。扱いの妥当性については,総沿岸漂砂量式として信頼性が高いとされるCERC公式との比較ならびに移動床水理実験と現地海岸での構造物背後の地形変化データとの比較により検証している。また実港湾港口部における長期的な地形変化についても高い現地適用性を実証した。さらに構造物による沿岸漂砂の遮断に伴う典型的な海浜変形に対して既存の汀線変化モデルおよび等深線変化モデルと3D-SHOREとの比較計算を実施し,3D-SHOREによればこれら2つのモデルでは再現できない構造物近傍の地形変化までも予測計算が可能であることを示した。これらの結果から,新たに開発されたモデル(3D-SHORE)は3次元海浜変形の予測手法の応用範囲を大幅に拡大し信頼性と実用性をも格段に向上させたものとして高く評価される。

 第7章「総合的結論および今後の課題」では,本研究の成果を取りまとめ,3次元海浜変形モデルについて残された研究課題と将来展望を示している。

 上記のように本研究は,海岸工学における最重要課題の1つである海浜変形予測手法の確立のために波浪場・海浜流場・局所漂砂量分布の算定を包含する総合的な3次元海浜変形モデルを構築し,モデルの信頼性を実測データとの比較によって実証することに成功したものであり,実務上の価値が極めて高いのみならず,今後の基礎研究の発展にも寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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