学位論文要旨



No 214938
著者(漢字) 塙,光雄
著者(英字)
著者(カナ) ハナワ,ミツオ
標題(和) 営業線土路盤上に適用する省力化軌道の研究
標題(洋)
報告番号 214938
報告番号 乙14938
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14938号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 21世紀の鉄道は目本における少子、高齢化の社会情勢の影響を受け、鉄道のメンテナンスにおいて、特に省力化が求められている。既に新幹線などの新線建設時にできる限り、スラブ軌道などの省力化軌道の導入を図ってきた。しかし、営業線の土路盤上のバラスト軌道を省力化軌道に取り替えるには、営業線の列車運行に影響がないように、数時間の線路保守間合で、施工する必要があり、かつ、敷設コストも経営的に合理的なものでなければならなかった。土路盤上の軌道としても省力化性能が優れ、経費的にも合理的なTC型省力化軌道を開発し、日本で最も稠密な線区である山手線に1998年から本格導入した。

 この論文は、営業線土路盤の軌道として本格導入したTC型省力化軌道の開発にあたっての研究内容ついて論ずる。以下、論文の概要を記す。

第1章 研究の背景

 明治5年の新橋・横浜間の日本の鉄道開業以来、バラスト軌道が日本のみならず、世界の鉄道で使用されている。バラスト軌道は列車の通過に伴い軌道破壊が少しずつ進み、保守を前提とした軌道である。一方、より一層の鉄道の安全、安定輸送の確保や列車の高速化などのサービスレベル向上といった目的から、近年、保守のレベルアップが求められるようになった。また、日本が少子、高齢化社会に移行することに伴い、より少ない保守従事員での効率的な保守が重要な課題となってきた。

 これら課題を踏まえ、21世紀においても鉄道を維持発展させるために、線路構造の抜本的な革新が必要である。

第2章 省力化軌道の研究の必要性

 保線技術者は保線作業の機械化、情報技術(IT)の導入による検査技術革新などの取り組みだけでなく、線路構造の革新を求めて研究・開発を進めてきた。代表的な線路構造としては、スラブ軌道が挙げられる。山陽新幹線、東北・上越新幹線、長野新幹線などの建設時には積極的に導入されてきた。

 しかし、すでに営業に使用されている鉄道線路は、ほとんどがバラスト軌道であり、これらの線路構造の革新が大きな課題であった。この課題は30年以上前から保線技術者の大きな開発・研究テーマであり、特に、東京、大阪の大都市稠密線区用省力化軌道の研究・開発が進められてきた。省力化軌道の開発の達成目標は、省力化性能がよいこと、営業線の保守間合で短時間の施工が可能であることなどの施工性がよいこと、そして、敷設コストだけでなく、ライフサイクルコスト(LCC)が安いことなどである。この目標に向けて、各種の省力化軌道が提案され、試験敷設されてきた。

 JR東日本発足後、本格的に山手線に敷設する省力化軌道の候補として鉄道総合技術研究所(以下総研という)が開発したE型舗装軌道を山手線原宿構内に敷設し、調査測定をおこなった。E型舗装軌道は省力化性能についてはほぼ満足するものの、施工期間中一時的に徐行を必要とし、また、精度のよい軌道の仕上がりをすることが難しいなどの施工性に課題があり、さらには敷設コストが高く、本格的に敷設投資を進めることができなかった。

 ここで、今までの経験を踏まえ、省力化性能、施工性、経済性(コストダウン)などの視点に基づき、新しい省力化軌道の研究・開発に取り組む事になった。

第3章 新しい省力化軌道の開発

 新しい省力化軌道の研究を開始するにあたり、過去の知見を整理し、省力化性能、施工性、経済性から省力化軌道の案を検討した。経済性、施工性の観点から、省力化性能を落とさずに、E型舗装軌道のまくらぎ幅(73.3cm)よりまくらぎ幅を小さくし、填充材をセメントアスファルト系からセメント系に変更するなどの新しい提案が出された。それに基づき、5種類の試験軌道のビブロジール試験をおこない、かつ、平面二次元スラブ軌道モデルを使用し、まくらぎ幅、軌道ばね定数、まくらぎ下ばね定数、締結装置間隔を組み合わせ、それぞれのうち一つを変数として他を固定してシミュレーション計算をおこなった。

 ビブロジール試験及びシミュレーション計算から、まくらぎ幅40cm以上、締結間隔はまくらぎ折損に対して許容範囲内となる値とした。さらに道床圧力と填充層強度の関係から、セメント系填充材が望ましいことが分かった。

 しかし、この点に関して結論を得るために現場試験敷設による詳細な挙動確認および、路盤も含めた構造解析が必要であった。

第4章 東海道貨物支線での省力化効果試験

 まくらぎ下200mmのバラスト内にセメント系填充材を注入する軌道構造としたが、軌道の仕上がり精度を向上するため、填充前の軌道整備にMTT(軌道を整備する大型機械)を使用することができるようにしたため、MTTの機械性能から施工可能限度であるまくらぎ幅60cmとするか、それとも、まくらぎの製作コストが安く、かつMTT作業がしやすい40cm幅にするかの課題が残った。このような省力化軌道を、機械化施工型軌道と呼ぶことにした。

 また、原宿駅構内に敷設されたE型舗装軌道と同等の省力化性能を確保しながら、施工性、およびコストダウンに挑戦した軌道として、総研からSUグラウト補強型舗装軌道が提案された。この軌道はセメントアスファルト填充層厚をE型舗装軌道の80mmから30mmとして浅層化し、道床下部を貧配合セメントグラウトで補強した軌道で、かつ、MTT施工が可能なようにまくらぎ幅も最大60cmにしたものである。以上のような省力化軌道を東京貨物ターミナル駅構内の東海道貨物支線に敷設し、調査、測定をおこなった。測定結果から、40cm幅のまくらぎを使用し、セメント系填充層厚200mmの機械化施工型軌道(略称名 40C200)が、省力化性能、施工性、経済性に優れていることが判明した。

第5章 山手線での試験

 東海道貨物支線の敷設結果を踏まえ、山手線への実用導入軌道を決定するために、敷設試験をおこなった。

 比較区間として、渋谷〜原宿間にバラスト系軌道、大崎駅構内にまくらぎ幅40cmセメント系填充層厚200mmの機械施工型省力化軌道(40C200)を敷設した。その後、この軌道を開発担当のテクニカルセンターの名を取り、TC型省力化軌道と呼ぶこととした。さらに、比較のためにまくらぎ幅を同じく40cmとし、セメントアスファルト系填充層厚30mmおよび、貧配合セメントグラウトで補強したSUグラウト補強型舗装軌道も敷設し、比較調査試験をおこなった。

第6章 省力化軌道の応力解析

 構造解析を2次元有限要素法と3次元有限要素法で行い、山手線の測定結果を検証した。

(1)2次元解析

(1)弾性解析結果によると、TC型省力化軌道はE型舗装軌道とほぼ同等の応力変位特性を有している。

(2)有限要素法による弾性解析結果値は、実測値と同様な傾向を表わしており、この解析手法はこのような省力化軌道の設計の目安として使用できる。

 さらに、TC型省力化軌道の応力特性を解析するため、3次元解析を実施した。

(2)3次元解析

(1)3次元解析によると、まくらぎ幅が広くなるほど路盤内最大ひずみ、填充層内圧力および填充層内最大変位が小さくなるので、広い方がよいという結果がでた。

(2)填充層の応力から見た場合は填充層厚150mm以上必要である。施工精度を考慮すると、200mmの填充層厚が妥当であると考えられる。

第7章 まとめ

 これら、ビブロジール試験、有限要素解析、東海道貨物支線、山手線での試験敷設の結果から以下のことが解明された。

(1)試験結果や、施工性、コストなどを踏まえ、山手線用に設計したTC型省力化軌道は、ほぼ弾性範囲の挙動を示している。構造解析と実測値もよく適合しており、路盤のひずみも10-3のオーダーにあることが確認され、山手線では、10年程度軌道狂いの整備が不要であることが分かった。

(2)営業線用省力化軌道の填充材はセメント系填充材が有効であり、まくらぎと填充層が一体となり、レール下に帯状のコンクリート版を構成することにより、バラスト軌道の半分の路盤圧力とすることができることが解明された。

(3)道床振動加速度と路盤圧力の相関が良く、道床振動加速度が大きくなると、路盤圧力が大きくなることが解明された。したがって、路盤圧力を小さくするには道床に填充材を填充し、固めることにより、道床振動加速度を小さくすればよいことが分かった。

(4)山手線のほとんどの路盤は経年によるバラストのめり込みにより、K30値で70 MPa/m(7kgf/cm3)以上の強度に路盤改良されているとみなすことのできる。したがって、省力化軌道の敷設に問題はないと思われる。

 この研究の成果として、線路のバラストにセメント系填充材を注入し、填充層厚200mmの無筋コンクリートと、幅40cmのPCまくらぎが一体化した帯状の軌道構造とすることにより、列車通過時の荷重に対し軌道を弾性変形化することが可能となることが解明され、山手線でTC型省力化軌道の本格施工が1998年から開始された。

 これにより填充系省力化軌道を土路盤上に敷設するという長年の保線技術者の夢を達成することができた。

TC型省力化軌道

審査要旨 要旨を表示する

 鉄道の従来の普通線路の軌道は、列車荷重をレールが支持し、レールを枕木が支持し、まくら木を大粒径でほぼ等径の礫(バラストと呼ばれる)からなる道床が支持し、道床を土路盤が支持する構造となっている。道床バラストは、車両からの絶え間ない荷重により継続的に変形し、そのためレール面が非一様に沈下や水平変位して、それが著しくなると列車運行に支障を及ぼすようになる。つまり、道床バラストは絶えず破壊が継続している構造物と言える。このため、定期的にバラストを詰め替えて締固める維持補修作業を定期的にかつ恒常的に行う必要がある。

 しかし、今後我が国では労働力が不足するようになるのは必須であり、上記の方法で鉄道軌道を維持管理して行くことは極めて困難になることが予測されている。この見通しから、初期投資は大きくても軌道の維持保守管理工事が基本的には不要になり、全過程での費用(ライフサイクルコスト)が低くなるような新しい省力化軌道構造を開発することが必要になってきた本研究は、現在膨大に存在するバラスト軌道をそのような新しい省力化軌道へ変換する工法の開発、実際の施工過程と使用状態における地盤工学的課題とその解決法、新形式の省力化軌道の実際の長期挙動の観察による工法の評価の結果を取り纏めたものである。

 第一章は上記のような研究の背景を説明している。即ち、新しい軌道構造に要求される条件は、1)初期建設費が出来るだけ低いこと、2)恒常的で定期的な維持補修工事が基本的に不必要になること、3)施工が機械化されていて能率的であり、特に従来のバラスト軌道からの取り替え工事が夜中の列車が運行しない時間内を利用して約3時間で終了すること、4)取り替え工事終了直後の始発電車から通常の運行が出来る軌道構造であること、を説明している。

 第二章は、これまで開発されてきて試みられてきた各種の省力化軌道の技術的・経済的な開発経緯と実際に使用された時の性能を総括している。従来、新設の省力化軌道としてはスラブ軌道等が採用されてきたが、現在営業しているバラスト軌道を省力化軌道に転換する工法としては、バラスト道床への加熱アスファルトの充填、大型プレキャストコンクリート(PC)大型まくら木への交換、両者の組み合わせ、バラスト道床充填材として常温型アスファルト系複合材ついでセメントアスファルトモルタルの使用、と進展してきた。しかし、これら既存のバラスト軌道の省力化軌道への転換工法の実績も施工性・経済性・性能から満足できるものではないことを総括し、更に根本的な改善が必要なことを示している。

 第三章では、新しい省力化軌道構造を開発するために行った室内実物大軌道振動試験(ビブロジール試験)の結果をとりまとめてその数値解析を行うことにより、新しい省力化軌道構造の基本形を提案し、更に充填材料の選定と施工法を具体的に検討している。即ち、現在全てのバラスト道床に対して使用されている締固め機械(マルティプルタイタンパー,MTT)が活用できるように、まくら木間隔が十分取れてまたレール方向の鉄筋補強が不要になるようにPCまくら木の幅は40cmとした。その結果、まくら木間隔は35cmとなりレール締結間隔は75cmとなった。また、置き換えて締め固めてから充填を行うバラストの厚さを施工性と必要性能から厚さ20cmと従来よりも小さくした。更に、低コストであるが強度が早期に十分出るような充填材として、超硬化セメントと鉱物質粉末フィラーからなるセメント系モルタルを用いることを提案している。また、バラストをすき取った後に型枠として不織布を敷設し、その中に新しいバラストを入れてからPCまくら木を設置して、通常のバラスト軌道整備と同様にまずMTTを用いてバラストの締固めをしつつ軌道整正を行し、その後一定期間経過後にバラスト充填作業を行う施工法を提案している。

 第四章と第五章は、東海道貨物支線(品川)と大崎駅構内と渋谷駅〜原宿駅間の山手線の実際の軌道において、従来のバラスト軌道と「今回提案している構造形式を含めて、各種の大型PCまくら木を用いてバラスト道床に充填を行う新しい省力化軌道構造」の長期に亘る性能の比較検討を行った結果を取り纏めたものである。その際、レールに加わる列車からの荷重(輪重)、レールとまくら木の間の荷重(レール荷重)、レールの変位、バラスト道床内の加速度、バラスト道床と土路盤の間の境界での圧力等を組織的に大規模に測定している。測定結果を解析して、従来形式の軌道構造と比較すると、今回提案する大型PCまくら木を用いてバラストを充填する新しい構造形式の省力化軌道では、実際の電気機関車と貨物車両からなる列車と旅客車両からなる列車による長期に亘る軌道の沈下の進みとそれに伴う軌道の狂いの進みは遙かに少なくなったことを示している。その理由として、新しい省力化軌道構造は剛性が高くなるために、同一の列車荷重に対しても輪重は増加するが、同時に動的に動くマスの大きさが大きくなるため、道床内の加速度及び道床とその下の路盤の境界での圧力は大幅に減少し、このためにレール変位と枕木変位も小さくなったことを示している。特に、今回の研究で提案している40cm幅のPCまくら木を用いて20cm厚さのバラスト道床に充填を行う構造では、枕木変位は従来のバラスト軌道の約1/8になったことを示している。また、仮に路盤の圧縮変形により軌道の沈下が進んでも軌道狂いは顕著に小さくなったことを示している。これらの現地での施工記録、長期観測結果を総合して、経済性・施工性・性能から見て本研究で提案している新しい省力化軌道が最も優れていると結論している。

 第六章は、新たに提案した省力化軌道構造の有限要素法による数値解析の結果を取り纏めたものである。その結果として、新しく提案した省力化軌道の構造形式の妥当性を示している。

 第7章は、結論である。

 以上要するに、世界に先駆けて従来のバラスト軌道構造を、優れた施工性で経済的であり恒常的な維持保守管理を不要にする省力化軌道に転換する工法を実用化し、その性能を現場記録により力学的に検討し、優れた性能を実証している。これらは、地盤工学の分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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