学位論文要旨



No 214939
著者(漢字) 西脇,芳文
著者(英字)
著者(カナ) ニシワキ,ヨシフミ
標題(和) 水力発電所水圧鉄管への高張力鋼の適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214939
報告番号 乙14939
学位授与日 2001.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14939号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
内容要旨 要旨を表示する

 国内水圧鉄管においては,揚水式発電所の大型化・高落差化への要求に対応するため,鋼材の高張力化が図られてきたが,1975年完成の九州電力(株)大平発電所においてHT-80の適用を果たして以来20年以上が経過した.この間,更なる揚水式発電所の大型化・高落差化に伴い,水圧鉄管用鋼板の増厚化が進んでおり,これに対応すべく様々な設計・施工上の工夫がなされてきたが,そろそろ技術的な成熟期を迎え,設計・施工上の工夫のみでは大きなコストダウンを生み出すことは難しい状況になってきている.更に揚水式発電所は,地形的に有利な立地地点から開発が進められてきたため,特に近年では地形的な立地条件が不利,すなわち上部調整池と下部調整池との離隔が大きくなり,水路構造物,とりわけ水圧鉄管の工事費が増大してきている.また,海外では,既にスイスのCleuson Dixence発電所において,HT-100の水圧鉄管への適用が開始されており,国内水圧鉄管においても建設工事における重要課題であるコストダウンに寄与する新たな高張力鋼材の開発・適用が望まれてきた.

 このような背景を踏まえ,高張力鋼HT-100の国内初の水圧鉄管への実機適用を目指し,「実績のあるHT-80の延長線上の設計思想で同等の安全性を有すること」を基本方針として,研究を行った.

 まず,HT-100採用によるコストダウン効果を明らかにするため,東京電力(株)神流川発電所水圧鉄管をモデルとして,鉄管重量および据付工程の検討を行った.この結果,HT-100を採用することにより,HT-80までの設計に対し,鋼材重量で10%の低減,工期で3月半の短縮が図られ,工事費でも8%のコストダウンが図れるとの結論を得た.

 このコストダウン効果を効率的に引き出すためには,HT-100鋼板製造費を抑えること,HT-80と同等の溶接施工条件下で所要の溶接継手性能確保が可能なことが条件となり,鋼板としてこれらの条件を満足するにはTMCP法により製造された鋼板の使用が有力と考えられた.このため,水圧鉄管一般管胴部への適用を考慮し,TMCP法により製造した板厚75mm・50mmのHT-100鋼板およびその溶接継手について,例えば鋼板の引張性能は板厚方向に1/4t・1/2tなど板厚位置別に,靭性については引張試験と同様板厚位置別にシャルピー衝撃試験を行うなど,実績の豊富なHT-80と同一の試験方法によりその性能確認試験を行った.その結果,すべて所要の性能を満足することを確認した.

 しかしながら,HT-80において行われてきた試験方法による性能確認では,下記の課題が残された.

(1)水圧鉄管は薄肉円筒理論により板厚方向に均一な応力状態を仮定して設計されるため,全厚状態における性能が重要となるが,特にTMCP法により製造された鋼板のように板厚方向に引張性能差を有する鋼板では,従来の板厚方向の部位別の試験では,全厚状態での引張性能が明確にできない.このため全厚状態での鋼板の引張特性を把握する必要がある.

(2)HT-80におけるひずみ時効引張試験は,平板の供試体に一様な引張予ひずみを与えて行ってきた.今回もこの試験により一様伸びが0となる性状が確認されたが,実機水圧鉄管では冷間曲げ加工が行われるため,曲げ圧縮側には引張荷重に対する余裕が生じる.このため,冷間曲げ加工を行った全厚状態の鋼板の引張特性を把握しておく必要がある.

(3)HT-80における溶接継手引張試験片は試験片に占める溶接金属の割合が高く,溶接継手の引張強さは溶接金属の引張強さに大きく影響され,今回の試験でもこの傾向が確認された.特に今回のように良好な溶接性・靱性を確保するために鋼板より若干軟質とした溶接材料を用いる場合には従来の試験片では溶接継手の本来の引張強さが把握できないため,より実構造物に近い状態での溶接継手引張特性を把握する必要がある.

(4)水圧鉄管用鋼板には,最低使用温度0℃での亀裂伝播停止靱性を要求しているが,シャルピー衝撃試験は,この特性を直接説明できる試験方法ではない.このため亀裂伝播停止靭性を直接確認できる試験により,鋼板の脆性破壊に対する安全性を検証する必要がある.

(5)水圧鉄管の溶接継手には,使用最低温度0℃において脆性破壊が発生しない靭性を要求しているが,シャルピー衝撃試験は,この特性を直接説明できる試験方法ではない.このため脆性破壊発生特性を直接確認できる試験により,溶接継手の脆性破壊に対する安全性を検証する必要がある.

 またHT-80においては,非破壊検査における合格基準と要求靱性との関連性が明確でないため,非破壊検査における合格基準との整合性を考慮した靱性に関する安全性評価が必要である.

(6)HT-80においては,溶接性の確認はy形溶接割れ試験により行われてきたが,今回のHT-100用溶接材料のような新規開発材料の評価を行うためには,その割れ感受性,多層溶接における拡散性水素量の影響の評価を,実用的な範囲内で,多面的に把握しておく必要がある.

 よって,上記6項目について,更なる研究を行い,以下の事項を明らかにした.

(1)鋼板の全厚状態の引張特性については,全厚試験により,目標値を満足することを確認した.また.全厚での引張強さは1/4tの引張強さと,0.2%耐力は1/2tの0.2%耐力とよく一致することを確認した.

(2)冷間曲げ加工を受けた鋼板の応力〜ひずみ特性については,曲げ加工により圧縮側に引張荷重に対する余裕が生じることから,全厚状態においては,原鋼板に近い応力〜ひずみ特性が得られることを確認した.また一様伸びのない曲げ引張側でも15%以上の破断伸びを有することから,オーバーラップ,アンダーカットなどの溶接欠陥を見逃さなければ,溶接継手周辺部での割れ発生の可能性も回避できると考えられる.

(3)溶接継手の引張強さについては,実構造物に近い条件として,試験片幅を板厚の5〜7倍とした広幅継手引張試験を実施し,目標値を50N/mm2以上上回る引張強さおよび原鋼板に近い一様伸びを有し,継手の引張特性として問題ないことを確認した.

(4)鋼板の靭性については,ESSO試験により目標とする亀裂伝播停止靱性を有することを確認した.しかし,シャルピー衝撃試験による破面遷移温度が目標値より低い場合でも,必ずしも期待した亀裂伝播停止靱性が得られるとは限らないこと,HT-80鋼板のシャルピー衝撃試験における板厚方向代表位置として選定されていた1/4t位置が,HT-100鋼板の場合,ESSO試験による全厚靱性を代表できるとは限らないことを明らかにした.

(5)溶接継手の靱性については,CTOD試験結果に基づき,応力拡大係数および脆性破壊発生特性を示す限界CTOD値により評価を行った.特に限界CTOD値による評価においては,溶接継手において考慮する必要のある残留応力および施工誤差の影響を取り入れると共に,非破壊検査における合格基準との整合性をも考慮した評価基準算定法の試案を提案し,これに基づく評価を行った.この結果,いずれの評価によってもHT-100溶接継手は,靭性に関してHT-80溶接継手と同等の安全性を有することを確認した.

(6)予熱・後熱条件については,HT-80において行われていたy形溶接割れ試験に加え,U形溶接割れ試験および多層溶接割れ試験も含めた評価を行い,多層溶接の初層にHT-80用溶接材料を用いることによる予熱低減効果および後熱の重要性について明らかにすると共に,1パス溶接による予熱温度の確認を行う場合には,y形溶接割れ試験に加え,U形溶接割れ試験による検討も必要であることを明らかにした.

 さらに,上記の研究成果に基づき品質管理上の課題を抽出し,HT-100鋼板では,全厚状態の性能を評価するためHT-80において行われていた板厚位置1/4t以外の部位における試験も行う必要があること,溶接継手の非破壊検査については主応力を負担する縦方向継手については溶接線全線,溶接残留応力の重なる恐れのある継手交差部についても全箇所について実施し,欠陥寸法を的確に把握することが必要であり,施工誤差についても,特に溶接継手の靭性に直接影響を及ぼす段違いおよび角変形について,入念な管理を行うことが必要であることを明らかにした.

 以上より,「板厚75mm以下のHT-100鋼板および溶接継手については,目標値として掲げた性能および確性試験で継手性能を確認した溶接条件を確保すること,ならびに品質管理における課題で検討した事項に留意することにより,HT-80と同等の安全性を確保でき,水圧鉄管への実機適用は可能である」と結論する.

 本研究成果により,高張力鋼HT-100の国内初の実機適用への道筋は開けた.今後は,本研究成果を踏まえ,水圧鉄管における設計・施工の更なる合理化に努めていくものとする.

以上

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,高張力鋼HT-100の水圧鉄管への実機適用を目指し,HT-80に対する試験方法・性能確認の課題を解決するだめの研究の成果を取りまとめたものである.板厚75mm以下のHT-100鋼板および溶接継手については,目標値として掲げた性能および確性試験で継手性能を確認した溶接条件を確保すること,ならびに品質管理における課題で検討した事項に留意することにより,HT-80と同等の安全性を確保でき,水圧鉄管への実機適用は可能であるとの結論を導いた。本論文により,HT-100の実機適用への道筋が開かれた.

 国内水圧鉄管においては,1975年完成の九州電力(株)大平発電所においてHT-80の適用を果たして以来20年以上が経過した.この間,揚水式発電所の大型化・高落差化に伴い,水圧鉄管用鋼板の増厚化が進んでおり,これに対応すべく様々な設計・施工上の工夫がなされてきたが,そろそろ技術的な成熟期を迎え,設計・施工上の工夫のみでは大きなコストダウンを生み出すことは難しい状況になってきている.建設工事における重要課題であるコストダウンに寄与する新たな高張力鋼材の開発・適用が望まれてきた.

 このような背景を踏まえ,本論文では,高張力鋼HT-100の国内初の水圧鉄管への実機適用を目指し,「実績のあるHT-80の延長線上の設計思想で同等の安全性を有すること」を基本方針として,研究を行っている.

 第1章「序章」では,研究の背景と目的および本論文の構成を示している.

 第2章「水圧鉄管に用いる材料の推移」では,揚水式発電所の形式・出力・落差などの推移と,それに伴う水圧鉄管の大型化と使用鋼板の高張力化の推移を示している.これにより,国内水圧鉄管の使用鋼板の高張力化は大規模揚水式発電所開発の歴史と共に行われてきたこと,近年の更なる揚水式発電所の大型化・高落差化に伴い板厚の増厚化が進んでおり,更なる高張力鋼の開発・適用による合理化を検討する時期にきていることを明らかにしている.

 第3章「HT-80の仕様と実績」では,近年の大規模揚水式発電所水圧鉄管の主流となっている岩盤内埋設型水圧鉄管の設計法を概説するとともに,東京電力で初めてHT-80を採用した玉原発電所水圧鉄管をモデルとして,設計・施工・計測結果の事例を示している.これにより,HT-80については,設計理論の発展と相まってその仕様体系が確立されていったこと,玉原発電所の事例で示したように,安定した品質の水圧鉄管が施工されているとともに,計測結果においてもその安全性が検証されていることを明らかにしている.

 第4章「HT-100適用への取り組み」では,HT-80の課題と本研究におけるHT-100適用検討方針およびHT-100採用のメリットの検討を行っている.これにより,HT-80には鋼板および溶接継手の靭性規定に関する課題を有するものの,設計体系が確立され,その安全性は豊富な実績に基づき検証されていることから,本研究におけるHT-100適用検討の基本方針を「実績のあるHT-80の延長線上の設計思想で同等の安全性を有すること」としている.また東京電力神流川発電所水圧鉄管をモデルとした比較検討の結果,HT-100採用により,HT-80までの設計と比較し,鉄管重量で約10%の低減,工事費で約8%のコストダウンを図れるとの結論を得ている.なおこのコストダウン効果を効果的に引き出すためにはTMCP法による鋼板製造が有力と考えられたことから,TMCP法による鋼板製造の考え方を明らかにしている・

 第5章「HT-100の性能評価」では,HT-80の延長線上の設計思想により目標性能および目標値を設定し,品質・コストとも実用化のレベルに達したと判断されるTMCP法により製造した鋼板およびその溶接継手について,安全性の確認を実験的に行っている.これにより,HT-100鋼板およびその溶接継手は,すべての目標値を満足し,所要の安全性を有することを確認すると共に,更なる詳細検討が必要な課題を抽出している.

 第6章「HT-100適用に当たっての検討事項」では,第5章で抽出した課題および第4章で抽出した鋼板および溶接継手の靭性に関する課題について実験的検討を行うと共に,実工事における品質管理上の課題の検討を行っている.これにより,本章の検討結果からもHT-100鋼板および溶接継手はHT-80と同等の安全性を有することを確認するとともに,実施工における品質管理上の留意事項を明らかにしている.

 第7章「結論と今後の課題」では,本研究で得られた結論および水圧鉄管設計における今後の課題についてとりまとめている.本研究における総まとめとして「板厚75mm以下のHT-100銅板および溶接継手については,目標値として掲げた性能および確性試験で継手性能を確認した溶接条件を確保すること,ならびに品質管理における課題で検討した事項に留意することにより,HT-80と同等の安全件を有し,水圧鉄管への実機適用は可能」と結論している.

 以上のように,本論文は、HT-80に対する試験方法・性能確認の課題を解決するための研究を実施し、HT-100の実機適用への道筋を開くものであり・その工学的貢献には大きいものがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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