学位論文要旨



No 214940
著者(漢字) 原,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,テツオ
標題(和) k-ε型2方程式乱流モデルに基づく建物内の火災時の煙流動数値予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 214940
報告番号 乙14940
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14940号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 建築物の防災計画においては、出火、煙伝播、火災拡大等の火災進展のフェーズに応じて防火・避難のシステムに関し、建築空間への配慮や建築設備による安全上の対策を講じて人命および財産の保護が行なわれている。避難については、避難安全に支障のない要求条件として、有効な避難路を確保することおよび煙の害・熱放射の害がないこと等があげられる。これらのうち特に、初期火災において避難者を煙から防護することの重要性が多くの火災事例から認識され、建築空間内の火災時の防煙・排煙が重視されている。避難者を煙から防護するための煙制御の機能には、煙の拡散および降下を抑制して視認性に優れた避難路を確保すること、火災が進展して煙が空間内に拡散した状況においては安全な濃度まで希釈すること等があげられ、消火や救助のための消防活動空間を確保する上でも不可欠である。

 建物内の煙流動解析には、従来より、火災室内の熱移動に上部の煙層と下部の空気層の分離を仮定して、火災室の煙層の平均温度と平均厚みを予測する2層ゾーンモデルが用いられている。このモデルは、計算上の取扱いが容易であることから、広い範囲の条件を対象として適用が可能であり、煙制御の実設計を行う上で、有効な解析手段となっている。しかし、その一方で、煙層と空気層の明確な分離という前提条件を伴っており、この条件がどのような空間形状、火源発熱速度・位置、煙・空気の流動状況において成立するのか、十分な検討が必要とされる。

 本研究は、このような2層ゾーンモデルを基調とした建物内の火災時の煙制御計画・設計手法に対して、3次元の煙流動数値予測のCFD解析に関して空間特性に応じた適用法を検討し、その計画・設計手法としての可能性を追究するものである。ここでは、CFD解析の目的を空間内における煙流動性状の解明とし、煙の発生源となる火源については、燃焼現象を単純化してガス反応を除外した発熱モデルを想定する。この発熱モデルから発生する上昇気流は、周辺空気を連行しながら増量し空間上部に達する。このとき、煙流動の主体は上昇気流の移流成分であるが、気流が乱流拡散性状を有していることから、拡散成分も無視し得ない影響がある。煙流動に影響を及ぼす主要な空間的な因子は、(1)火源周辺の空間条件すなわち壁、天井等との離隔距離、ならびに(2)上昇気流および壁面、天井面を周回する気流が接触または衝突する空間の形状や熱性状であり、これらの設定条件により同一強度の火源においても、空間内の煙流動性状は、異なる様相を呈する。従って、これらの空間的な因子に関してCFD解析の性能を知ることは、3次元の煙流動数値予測に際し重要な事項である。

 本研究における主要な検討課題は以下の2項目である。

(1)既往の研究によれば、自由プルーム、天井ジェット等の煙流動現象についてCFD解析が試みられているが、これらは、各研究者が実験・解析の対象とした単一の煙流動現象についてそれぞれ固有の条件の下に実施されている。従って、煙流動特性予測のCFD解析に関して、相応の予測精度が検証された解析モデルにおいては体系化されていない。本研究では、煙流動特性予測のプロセスを考察し、主要な煙流動現象について実用的な解析モデルを適用し、この体系化を検討する。CFD解析の適用法の検討として、初期火災における煙流動特性とそれらに対する影響要因が煙制御システムに及ぼす作用を整理する。次に、2層ゾーンモデルに代表される従来の火災時の煙流動数値予測法がこれらの煙流動現象に関して有している解析性能の程度を判定し、CFD解析との得失を比較検討する。これにより、3次元の煙流動数値予測法の重点とすべき解析対象およびCFD解析の体系化に必要とされる煙流動の要素と考察のプロセスを示し、要求性能と予測精度を設定する。

(2)(1)で考察した煙流動の要素に関して、煙流動特性予測のプロセスの全体構成の有効性を検証するために、基本的なものから応用的なものについてCFD解析を行い、実験値と比較検討する。計算モデルは、実用的観点からk-ε型2方程式乱流モデル(以下、標準k-εモデル)とする。感度分析の対象として、(1)解析領域の大きさ、(2)火源近傍の分割幅、(3)解析スキーム、(4)火源での流入k,ε、(5)圧縮性と非圧縮性(ブシネスク近似)、を取り上げ実用上の観点から検討を行う。防災・安全計画の実務においては、計算機能力、時間等の制約条件により火災現象のモデルの設定に何らかの簡易化が必要とされる。従って、(1)(2)(3)(4)の相違が解析結果に与える影響を定量的に把握することはモデルを簡易化する上で重要である。(5)については、非圧縮性モデルの適用限界の検討と共に、密度変化に関して定圧場を仮定する簡易圧縮性モデルを検討対象とする。放射については、対流と連成させた計算を実施すると熱量の授受が複雑となり、感度分析が困難であることから、あらかじめ火源発熱速度から放射成分を減じて対流成分のみを入力値として扱う。

 本論文は以下の6章により構成されている。

 第1章では、序論として本研究の背景と目的、本研究における検討課題と研究範囲、研究内容の概要を述べる。

 第2章では、煙制御システムと安全計画について触れ、本研究では初期火災における避難者の防護を対象として、煙流動特性予測のCFD解析を実用的観点から検討することを述べる。煙制御システムについては、a.蓄煙、b.排煙、c.希釈を定義し、これら相互の機能の関連を示す。火災時の煙流動の計画・設計手法に一般に用いられている2層ゾーンモデルについて、その性能限界を検証するために、成層化について解析上の感度が高いと考えられる大空間を対象として取り上げ、既往の煙流動の研究および煙流動特性を考察する。煙の成層化については、影響要因として次の4項目を定め、これらの定式化を示す。[(1)d Ta / d Z (空間内初期温度勾配)のプルームに及ぼす影響

 ただし、Ta:空気層温度、Z:鉛直方向の座標、(2)外気風速度、外気温度の開口(自然排煙口、給気口)に及ぼす影響、(3)壁面流(壁面近傍の自然対流による上昇流または下降流)の煙層に及ぼす影響、(4)浮力効果の不足による成層の不安定性、](1)〜(4)を評価指標として、煙制御システムが作用した際の大空間内の煙流動性状について、2層ゾーンモデルの性能限界を単純な形状のモデル空間(単位空間)を対象として検証する。この結果を踏まえて、安全計画の高度化のために煙流動特性予測のCFD解析に必要な煙流動の要素とその考察のプロセスおよび重点とすべき解析対象を示し、要求性能との関係を基本解析性能(煙流動の要素)と展開解析性能(空間形状への対応)に分けて設定する。これらの要求性能の目標とするCFD解析の予測精度を、解析結果への影響度の大きい要因を分析して設定する。煙流動の要素に関して、基本特性を有する自由プルームおよび空間的な制限事項を付加した制限プルームについて以下の章で検証を進める。

 第3章では、火災時の煙流動性状の基本特性を有する自由プルームに関して既往の研究を述べ、CFD解析の実用上の予測精度の程度を実験式と比較検討する。解析には、汎用的な非圧縮標準k-εモデルを用いて、実用的な観点から、(1)解析対象領域の大きさ、(2)メッシュ分割、(3)解析スキーム、(4)火源形状、の解析結果に及ぼす影響について系統的に横井式と比較し、自由プルームの温度および速度の水平分布と流量について感度分析を行う。火源形状については、平面形状と立体形状を用いてその差違を比較する。ε方程式の浮力項の解析結果への影響の検討のために、浮力生産項を算入しないケースとviollet型とを比較する。プルーム領域のセルレイノルズ数の分布により計算の安定性を検証し、プルーム中心軸上の乱流特性をk,ε分布により考察する。

 第4章では、実火災においてコーナー近傍のプルームの火災危険度が高く、煙流動性状の予測の必要性が高いことに着目して、既往の研究を調べ、そのプルーム特性と質量流量の実験式を述べる。解析には、標準k-εモデルを用いて、コーナー近傍のプルームの温度、速度の水平分布および流量について、実用的観点から感度分析を行い、実験値に基づき予測精度を検証する。解析で考慮する要因を、(1)火源位置、(2)メッシュ分割、(3)圧縮性と非圧縮性、(4)火源での流入k,ε、とし、これらが解析結果に及ぼす影響について系統的に実験値および実験式と比較する。プルーム流量については、実験値、実験式を補正して計算値と比較検討し、プルーム中心軸上の乱流特性をk,ε分布、温度、速度分布により考察する。

 第5章では、実火災において天井ジェットの煙流動性状の予測の必要性が高いことに着目して、既往の研究を調べ、CFD解析の対象として火源発熱速度が比較的大きい実験を取り上げ、その実験値、実験式を述べる。解析には、標準k-εモデルを用いて、天井ジェットの火源発熱速度を最大191kWとして実火災規模の大きさを対象とする。解析で考慮する要因を、(1)圧縮性と非圧縮性、(2)メッシュ分割、(3)火源での流入k,ε、とし、これらが解析結果に及ぼす影響について、実験値と解析値を系統的に比較して予測精度を検証する。プルームと天井ジェットの基本構造に関して、プルームが天井面に衝突して天井ジェットへと変化する現象を考察する。

 第6章では、全体のまとめを行い、本研究の成果と煙流動特性予測の高度化のためのCFD解析の今後の課題を総括する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、火災建物の避難安全計画に必要とされる建物内の煙流動特性のCFD(Computational Fluid Dynamics)予測手法の確立を最終目的とし、そのための基礎的検討を行ったものである。

煙流動のCFD予測は、現状の半経験的な2層ゾーンモデルによる煙流動予測に比べて適用条件が広く、詳細な予測が可能であり、安全計画をより高度なものにすると考えられる。しかし現状では計算機能力の限界や火災現象の不確定性により、複雑な建物内の火災現象全てをCFD予測により忠実に予測することは期待できない。不確定な要素の多い火災時の建物の避難計画において、必要とされる事項を相応の精度で予測することが、工学的にまず必要とされる。建物内の煙流動現象は、複雑な浮力乱流であり、現状のCFD技術、計算機能力では、直接、支配方程式に基づいてこれを解析することができない。現象を簡明にモデル化した乱流モデルと解析条件のモデル化に基づき、限定された情報に関して解析を行うこととなる。そのため、解析・予測の基礎となる乱流モデルと解析条件(境界条件)のモデル化の妥当性及びその実用的な数値シミュレーション手法の検討が必須となる。

本論文は、CFD予測に必要とされる性能条件を火災時の建物の安全計画をより高度化する立場から、明らかにし、標準k-ε型2方程式モデルに基づく乱流シミュレーションが、これら必要条件を十分に満たし得ることを明らかにするとともに、必要性能を満たすための数値シミュレーション条件を明らかにしている。

本論文は、火災時の避難計画上、最も基本となる3つの建物内の煙流動現象を抽出し、これにCFD解析を適用し、その有用性を確認している。この3つの流れは自由プリューム、壁コーナー近傍の制限プリューム、及びプリュームが天井に衝突し拡散する天井ジェットであり、これらの流れに対する標準k-ε型2方程式モデルに基づくCFD解析の予測精度を実験との比較により定量的に検証し、建物内煙流動特性のCFD予測の実用化の体系を提示している。

論文は以下に示す6章で構成されている。

第1章では、序論として本研究の背景と目的、本研究における検討課題と研究範囲、研究内容の概要を述べている。

第2章では、火災時の煙流動の計画・設計手法に一般に用いられている2層ゾーンモデルについて、その性能限界を検討している。火災煙流動性状について2層ゾーンモデルの性能限界を単純な形状のモデル空間(単位空間)を対象として検討し、この結果から安全計画の高度化のための煙流動特性CFD解析の必要性能を提案している。

第3章では、火災時の煙流動性状の解析に際し、最も基本となる物理現象である自由プルームに関して、標準k-ε型2方程式モデルに基づく乱流シミュレーションの予測精度を実験結果と比較検討している。検討では、解析結果に対する様々な影響因子に関して検討を加え、安全計画の高度化という実用上の観点からは、標準k-ε型2方程式モデルに基づく乱流シミュレーションが、極めて有効であることを明らかにしている。

第4章では、実火災において壁コーナー近傍のプリュームの火災危険度が高く、煙流動性状予測の必要性が高いことに着目して、同じく標準k-ε型2方程式乱流モデルに基づくCFD解析を行い、実験値に基づきその予測精度を検証している。火源直上部分の温度、速度に関しては、流体の熱膨張に関して圧力波伝搬を除きこれを考慮する簡易圧縮モデルが、流体の熱膨張による密度変化を平均流の運動方程式のみに考慮する非圧縮モデルより実測値の再現性がよいことを示している。また火源付近の解析メッシュの格子依存性を検討し、実用上問題のない解析メッシュの程度を提案している。非圧縮モデルによるプリューム流量は、火源から離れた上部では実測値に対してよく一致し、こうした領域では非圧縮モデルによる解析も実用上十分な解析精度を与えることを示している。

第5章では、火炎プルームが天井に衝突し、水平に拡散する天井ジェットに関し標準k-ε型2方程式乱流モデルに基づくCFD解析を行い、実験値に基づきその予測精度を検証している。この流れ場では、高温火源の影響が大きいことから簡易圧縮モデルは実験値との対応がよいことを示している。

第6章では、全体のまとめを行い、各章で得られた知見をまとめ、総括的な結論を述べている。

以上を要約するに本論文では、まず建物火災時の安全計画の高度化という実用上の観点から、煙流動特性に対する安全計画上の考察プロセスを示し、2層ゾーンモデルに代表される従来法の性能限界を検証し、CFD解析の必要性能を設定している。

次に、標準k-ε型2方程式乱流モデルに基づき、建物内の煙流動の基本となる3つの流れ場((1)自由プルーム、(2)壁コーナー近傍の制限プルーム、(3)自由プリュームが天井に衝突拡散する天井ジェット)を解析し、実験値との検証を行い、安全計画の高度化の観点から相応の精度が確保されることを示している。

すなわち本論文は、今後の建築防災計画において、合理的な煙流動特性予測と避難安全設計をなすための土台を提供し、安全計画の高度化を可能としたものであり、その寄与するところは大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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