学位論文要旨



No 214941
著者(漢字) 松橋,啓介
著者(英字)
著者(カナ) マツハシ,ケイスケ
標題(和) 環境共生都市の都市空間形態に関する研究
標題(洋)
報告番号 214941
報告番号 乙14941
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14941号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 室町,泰徳
内容要旨 要旨を表示する

 1990年代に,環境共生都市,環境調和型都市,持続可能な都市等の名称で,環境問題に配慮した都市が,行政や学会から数多く提案された。その内容は技術開発に関する施策に偏っており,都市の土地利用密度や建築物の形態に関する検討は不十分である。環境に配慮した都市空間形態として重要な提案の一つは,省資源・省エネルギーを重視して都市機能を狭い地域に高密度に集積させるコンパクト・シティである。しかしその一方で,自然と親しむことや地域内での物質循環を重視する低密度な自然環境共生型の都市も環境に配慮した都市として提案されている。こうした提案の都市空間形態は極端すぎるため,都市計画等を通じて実現することは困難であり,都市の将来を示すビジョンとしては有効に機能していない。例えば,多くの自治体が総合計画で環境共生を提唱しているものの,中長期的な都市のあるべき姿を示す都市マスタープランには,既存の緑地の保全等が土地利用計画に位置づけられる程度であり,用途や容積率には環境配慮の視点がほとんど反映されていない。本研究は,環境共生都市のビジョンを自治体等の都市計画に反映させることを目指して,環境負荷の低減と自然環境との共生といった環境共生の複数の目標を同時に満たす環境共生都市の都市空間形態を明らかにすることと,そのために環境共生の目標の選択や目標相互の重み付けの方法を改善することを主な目的とする。環境負荷の低減と自然環境との共生を両立させる都市空間形態として,拠点分散型都市を挙げることができる。しかし,拠点問の移動量が計画通りに減少しない場合,郊外化に伴って移動量と環境負荷が増加する可能性が高い。また,拠点の密度や都市全体の空間形態は明らかにされていない。そこで本研究では,都市のボリュームを表す床面積および都市の活動量を表す移動頻度を一定とした上で,環境の観点からみて望ましい都市地域の広がりと建築物の形態を検討することにした。

 約二百万人が半径5kmの都市域に集積するようなコンパクト・シティでは,容易に都市外部に出られるとされているものの,都市内で自然の日光や空気に触れられない点が一般に受け入れられにくいと考えられる。そこでまず,垂直・水平方向の移動にかかるエネルギーの削減のみならず都市内における公園・緑地等の空間の確保を考慮して職住床配置のシミュレーションを行うことにした。都市内の空地量を検討するため,土地利用密度だけでなく建物形態も考慮することとした。また,できるだけ現実的な都市空間形態を提示するため,都市空間を表す床面積を業務用と居住用に区分し,通勤交通や業務間交通等が発生すると考えた。東京都区部を対象としたシミュレーションでは,徒歩や自転車を除く通勤交通に対する業務間交通のトリップ数の比を0.6とするとき,業務床は現状程度,居住床については都心居住を推進して現状の約3倍に集積させることで,移動エネルギーは約3割削減できることを明らかにした。ただし,建築物の建設にかかるエネルギーをさらに考慮する場合,図1に示す通り,一部の業務床と居住床が拠点として分離する都市空間形態が望ましいとの結果が得られた。

 上では都市内空地面積を制約条件として移動エネルギーの最小化を目指したが,次に,複数の環境の目標をバランスさせる都市空間形態を検討した。目的変数のバランス解を見てその最小要求値と要望水準を再設定するプロセスを通じて,意思決定主体の目的変数に対する重み付けを明確にし,それらの条件を満たす決定変数を求める多基準意思決定分析を用いた。後述する環境問題の重大性比較の結果も踏まえて,エネルギー消費量,都市内空地面積,都市的土地利用面積,大気汚染曝露を目的変数とし,都市を構成する数種類の地区形態の比を決定変数とした。地区形態は,床面積が一定の場合の扱いの容易さから,床面積当たりの建築面積および床面積当たり地区面積で表した。試行の結果,望ましい都市空間形態の一例として中層の建物からなる高密度な土地利用が求められた。決定プロセスを通じて,駐車場や道路等に広い面積を必要とする自動車は占有空間の面からもエネルギー大量消費型の交通手段であることを指摘した。日本では移動エネルギーの低減や都市近郊の自然地および農地の保全の観点から都市的土地利用面積を小さくする考え方は一般的ではないが,確保すべき都市内空地を積極的に位置づけた上で都市的土地利用を効率化する必要があると考えられた。多基準意思決定分析のプロセスは,環境負荷の低減と自然環境との共生といった複数の環境の目的を満たしかつ市民の価値観や地域特性を反映する環境共生都市の空間形態を計画する支援ツールとして,利用可能と考えられた。

 また,環境の目標の選び方や重み付けの方法を改善することと,先に用いた目的変数が環境全体に占める相場観を把握することを目的として,環境問題の全体像の整理と相対的重要性を把握するための総合評価手法の枠組みの改善を行った。専門家ワークショップを通じて,環境のまもるべき本質と定量的計測が可能な環境負荷項目との関係に配慮しながら,多様で複雑に絡み合う環境問題を15種類の問題領域と4種類の保護対象からなる行列へ整理した。その枠組みを用いて,環境問題の相対的重要性を市民に尋ねたところ,環境に関する科学的情報を与えることで,専門家による重み付けと同様の結果が得られた。環境問題の全体像の整理と相対的重要性の把握は,従来は曖昧で定性的な議論に用いられる傾向があった環境共生都市や持続可能な都市における環境共生のコンセプトの内容を明確化することに役立ち,多基準意思決定分析で用いる環境評価項目の選択のガイドラインとして利用できると考えられる。

 さらに,京阪神都市圏のパーソントリップデータから,端末交通手段や走行速度を考慮して,地域別に1回の移動にかかるエネルギーを求め,都市空間形態と交通エネルギーの関係を検証し,これまでに提示した都市空間形態の実現可能性について検討した。土地利用密度は,平均移動距離よりも交通手段分担率への影響を通じて,間接的にエネルギー消費量に影響を与えると考えられた。ただし,都市的土地利用面積当たり人口密度と交通エネルギーとの相関が強いことから,都市空間形態の検討において,交通エネルギーを説明する指標として土地利用密度を用いることは妥当と判断した。また,居住床を都心部やその周辺部に増加させた都市空間形態が望ましいとしたここまでの結果は,ここでの都市圏の中で都心周辺部のトリップ・エネルギーが小さい結果とほぼ一致していることから,大都市圏の郊外部から都心周辺部に居住床を移動させた都市空間形態が環境共生型となると考えられた。ただし,居住床を高密度化させる際には,公園等の都市内空地を確保しながら高層化を進め,徒歩や自転車や鉄道の分担率を上げる施策を同時に行う必要がある。第二章の結果として,一部の業務床と居住床が拠点として分散立地することが望ましいと考えられる場合でも,都市内空地を確保した上で,徒歩や自転車や鉄道の分担率を上げるために,鉄道網が面的に整備される範囲内に立地することと,業務床周辺に居住床を集積させることが望ましいと考えられる。

 以上,環境共生都市が満たすべき環境の目標とその都市空間形態の関係について論じ,大都市圏では,居住用途床を郊外部から都心部周辺へ移動・集積させた都市空間形態が望ましいことを示した。また,環境共生都市に関する意思決定主体の価値観や地域特性を反映した都市空間形態を議論する方法を提案した。これら一連の研究成果は,地方自治体が都市マスタープランを策定する際に,中長期的に望ましいと考えられる環境共生都市の都市空間形態を計画するために有用である。国土内および都市圏内の都市配置については,都市の規模や集積に関する議論が他に必要となることから,今後の研究課題とした。

図1 環境共生都市の業務床および居住床の配置例

審査要旨 要旨を表示する

 1990年代に,環境共生都市,持続可能な都市等の名称で,環境に配慮した都市のビジョンが,行政や学会によって立て続けに提案された。そのコンセプトは,地方自治体の総合計画等でも唱われるようになったものの,具体的な都市計画へはほとんど反映されていない。一つには,提案が技術開発に関する内容に偏っており,都市の土地利用密度や建築物の形態に関する検討がほとんどされていないためである。もう一つは,省資源・省エネルギーを重視して都市機能を狭い地域に高密度に集積させるコンパクト・シティという提案がある一方で,自然と近接することを重視して比較的低密度とする自然環境共生型都市という提案があるなど,都市空間形態のイメージが極端すぎるためである。

 こうした背景を踏まえて,本論文では,環境共生都市のコンセプトを地方自治体の都市マスタープランに反映させることを目指して,環境負荷の低減と自然環境との共生を両立させる都市空間形態を提示することを主な研究目的とした。環境負荷の低減と自然環境との共生を両立させる都市空間形態の一例として,拠点分散型都市が挙げられる。しかし,拠点間の移動が減少することを前提としている点や,拠点の密度が明らかにされていない点が問題である。そこで,本論文では,都市のボリュームを表す床面積および都市の活動量を表す移動頻度を一定とした上で,環境の観点からみて望ましい都市地域の広がりと建築物の形態を検討した。また,計画立案に際して,地域特性や意思決定主体の価値判断を反映させる方法を提示することをもう一つの研究目的とした。

 第二章では,古典的なコンパクト・シティでは都市内で自然の日光や空気に触れられない点が一般に受け入れられにくいことを踏まえて,都市内に公園・緑地等の空間を確保した上で垂直・水平方向の移動にかかるエネルギーを最小にする職住床配置に関するシミュレーションを行い,東京都区部を元にした環境共生都市の都市空間形態の一例を明らかにした。その際,土地利用密度だけでなく建物形態の変化を考慮することで都市内の空地量を検討し,床を業務用と居住用に区分して通勤交通や業務間交通等のエネルギーの最小化を試みた。結果の一例では,業務床は現状程度,居住床については都心居住を推進して現状の約3倍に集積させることで,移動エネルギーは約3割削減できることを示した。また建築物の建設にかかるエネルギーを考慮に入れる場合,一部の業務床と居住床が拠点として分離する都市空間形態が望ましいことを示した。

 第三章では,多基準意思決定分析を用いて複数の環境の目標をバランスさせる都市空間形態を検討した。既存の地域環境指標からエネルギー消費量,都市内空地面積,都市的土地利用面積,大気汚染曝露を目的変数とし,異なる平均階数および容積率を持つ地区パターンの構成比率を決定変数とした検討を行い,望ましい都市空間形態の一例として中層の建物からなる高密度な土地利用を示した。同時に,駐車場や道路等に広い面積を必要とする自動車は占有空間の面からもエネルギー大量消費型の交通手段であることを指摘した。

 第四章では,環境問題間の比較評価の枠組みと重み付け手法の改善を目的とするワークショップを行い,環境問題の全体像を15種類の問題領域と4種類の保護対象からなる行列へ整理し,問題の相対的重要性を把握した。その結果,先に用いた目的変数が環境全体に占める相場観を把握することができた。この整理と重み付けの枠組みは,曖昧で定性的な議論に用いられる傾向があった環境共生のコンセプトを明確化することに役立ち,地域特性や意思決定主体の価値判断に応じた環境の目標を選択するプロセスとして利用可能である。

 第五章では,京阪神都市圏のパーソントリップデータから端末交通手段や走行速度を考慮して地域別に1回の移動にかかるエネルギーを求め,交通エネルギーを説明する指標として土地利用密度を用いることの妥当性を検証した。ただし,土地利用密度は,移動距離よりも交通手段分担率への影響を通じて間接的にエネルギー消費量に影響を与えていることも分かった。

 以上,環境共生都市が満たすべき環境の目標とその都市空間形態の関係について論じ,大都市圏では,現状より居住用途床を郊外部から都心部周辺へ移動・集積させた都市空間形態が望ましいことを示した。ただし,都心部とその周辺に居住床を高密度化させる際には,公園等の都市内空地を確保しながら高層化を進め,徒歩や自転車や鉄道の分担率を上げる施策を同時に行うことが望ましい。また,意思決定主体の価値観や地域特性を反映することのできる環境共生都市の検討方法を提案した。これらの一連の研究成果は,地方自治体が都市マスタープランを策定する際に,中長期的に望ましいと考えられる環境共生型の都市空間形態を計画するために有用である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42842