学位論文要旨



No 214942
著者(漢字) 大槻,治明
著者(英字)
著者(カナ) オオツキ,ハルアキ
標題(和) メカトロニクス機器サーボ機構の制御方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 214942
報告番号 乙14942
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14942号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 堀,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 各種メカトロニクス機器に用いられているサーボ機構の応答は、種々の要因により設計された応答に対して誤差を持つ。本研究では、これら誤差を生じさせる要因のサーボ系の応答への影響を効果的に抑圧することのできる制御系の構成を明らかにし、高精度なサーボ機構設計のための制御手法を導く。以下に述べる種々の条件における誤差要因の性格に対応して、誤差要因の影響を抑圧できる制御系の構成法及びこれに従った制御系の構成を提案し、その効果を確認する。

 制御対象の特性変動や外乱がシステマティックな性格を持つ場合として、図1に示す直並列駆動方式の水平多関節形アームの各関節を駆動するサーボ系を対象として取り上げ、軌道精度を向上させる方式について検討した。アームの運動方程式を、質量分布の調整により姿勢による負荷慣性の変動、遠心力やコリオリの力による干渉トルクの影響を除いて次式に線形定係数化する。

さらに、サーボ系の非干渉化補償により結合慣性の影響を除くとともに、プログラム制御による逆システムを用いた応答遅れの補正によって、サーボ系の応答遅れの影響を打ち消す方式を導き、これに基づく設計法を示した。水平多関節形ロボットのアーム部駆動系にこの方式を適用した場合の効果について、シミュレーションおよび試作機を用いた実験によって検討し、本方式を適用しない場合と比較して30%程度に誤差が抑圧される結果を得て、本方式の有効性を確認した。

 制御対象の特性変動や外乱がランダムである場合に対する線形制御による対応策として、直流もしくは交流電気サーボ機構において、負荷の力学的特性の影響を打ち消して、動特性を一定に保つための補償方式について検討し、(1)モータの出力トルク、(2)電機子電流、(3)電機子電圧及び角速度の3つのうちいずれかを検出し、所定の補償要素を介してサーボ増幅器に帰還することにより、動特性の負荷依存性を抑圧する方式を明らかにした。この方式に加えて、閉ループ系の応答改善のため、角加速度、角速度のフィードバックを行う図2の構成(ここでは(2)の方式を用いた例を示している)により、負荷依存性を抑圧しつつ、適当な応答特性を実現するサーボ機構を試作した。これらのサーボ機構により、上述の補償要素を用いない従来のサーボ系に比べ、負荷変動と外乱トルクに起因する応答特性変動の抑圧が実現されることを実験で確認した。また、本方式のロバスト安定性を数値解析により評価した。

 制御対象の特性変動や外乱がランダムである場合に対する非線形制御による対応策として、定速動作を行うサーボ系を対象に、フィードバック信号としてエンコーダ信号を用いるのみで、位置とともに速度も高速に検出して動作し、完全にディジタル化されたスライディングモードサーボ系を可能にする構成を提案し、このサーボ系でスライディングモードによる定速動作が実現されるための十分条件を明らかにして設計法を示した。また、このサーボ系をレーザビームプリンタの用紙搬送サーボ機構に応用し、検出器としてエンコーダを用いるのみで、全ディジタル制御によりスライディングモード制御を実現した。図3にこのサーボ系の位相面軌跡を示す原点付近の切替曲線上にスライディングモードが存在し、[I]〜[IV]のいずれの領域からでも状態は原点に到達する。このサーボ系では、従来のアナログ要素を併用したサーボ系での実験結果と比べ、チャタリングによる速度変動率1/2以下、変動周波数10倍以上の応答性改善が得られ、良好な印字動作を確認した。

 外乱抑圧のためサーボ機構の帯域拡大が必要で、このために2ステージサーボ機構を適用する場合として、小ストロークながら高い応答能力を持つ積層形圧電素子を微動アクチュエータとして追加し、これら2つのアクチュエータを協調動作させる磁気ディスク装置の2ステージアクセスサーボ機構の制御系について検討した。2つのアクチュエータの動的な干渉が無視できる場合、安定性及び外乱抑圧特性の観点から、2ステージサーボ系の設計を各々の単一アクチュエータによるサーボ系の設計に分割することができ、2ステージサーボ系の設計・調整等が容易に可能となる図4の制御系の構成を明らかにした。微動系、粗動系の前向き伝達関数をそれぞれG1(s)、G2(s)とすると、図4の系の特性方程式は次式となり、各段単独のサーボ系の特性方程式の積になる。

従って、感度関数GS(s)も同様に各段単独のサーボ系の感度関数の積になる。

この構成を用いて帯域2 k H zの2ステージサーボ系を実現した。同じ構成を用いて、250 H zの帯域幅をもつVCMサーボ系と1 k H zの帯域幅を持つ圧電素子サーボ系を併用して、VCMサーボ系(帯域250 Hz)のみでは追従出来ない、従来の磁気ディスク装置よりも1桁小さい1.5μmピッチのトラックに追従動作を行うことが可能であることを数値解析及び実験により示した。また、2ステージサーボ系はシーク時間短縮にも有効であることを示した。

 フィードバックループの外側での誤差要因に対処するため、サーボ面サーボ方式の磁気ディスク装置での熱オフトラック補正を対象に取り上げ、ヘッドを支持するヘッドアーム部に圧電素子を組み込み、データ面上に位置信号を記録したトラックからなる参照シリンダを設けて、マイクロコンピュータ制御により間欠的にヘッドを参照シリンダに位置ぎめし、オフトラック量の測定及び圧電素子による補正を行うオフトラック補正システムを開発した。圧電素子の持つヒステリシス及び非直線性の影響を避けるため、一定の電圧印加経路を設定し、この経路に沿った電圧一変位特性をテーブルとして記憶参照して圧電素子の設定電圧を定める方式を開発した。磁気ディスク装置の環境温度を変化させて実際に熱オフトラックを発生させた状態で本システムを動作させ、本システム非動作時に1.8μm-ppのオフトラックが発生する条件でも、オフトラックを0.6μm-ppに抑圧できる結果を得て、本システムの有効性を確認した。

 誤差要因の含むシステマティックな成分を捉えて、これを打ち消すことで誤差の影響を抑えられる場合がある。曲面ならい動作では、対象曲面形状がサーボ機構のフィードバックループの外側での誤差要因になる。これに対処するため、形状がほぼ既知の曲面に対するならい動作を取り上げ、従来は曲面形状情報を用いない制御が行われているこの動作において、理想的な曲面モデルに対して実曲面が含む誤差を設置誤差と形状誤差に分け、それぞれ座標変換及び確率過程としてモデル化した。図6のように座標系を設定すると、ならい動作中に計測される曲面位置yは次のようになる。

ただし、x1は次の方程式の解である。

設置誤差及び形状誤差は、これに基づいて、システマティックな成分としての設置誤差をインプロセスで推定できる拡張カルマンフィルタによるアルゴリズムの適用について検討した。曲面モデルをスプライン関数で表現し、これを推定された設置誤差により補正していく方式を導き、シミュレーションにより1回のならい動作で誤差10%以内で設置誤差を推定できる結果を得て、このアルゴリズムの妥当性を確認した。

 これらの結果から、従来用いられている位相余有、ゲイン余有に基づいて補償要素を付加しつつ設計されるサーボ機構に対し、制御対象の変動、ばらつき、外乱の作用等種々の誤差要因の存在下であっても、設計された応答特性を維持しうるサーボ機構の設計方法を明かにし、その効果を確認することができた。

図1 直並列駆動アーム

図2 動特性の負荷依存性を抑圧した電気サーボ系

図3 用紙搬送サーボ系の位相面軌跡

図4 2ステージサーボ系の構成

図5 熱オフトラック補正システムの動作

図6 ならい動作とモデル及び誤差

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「メカトロニクス機器サーボ機構の制御方式に関する研究」と題し,9章からなっている.

 従来のメカトロニクス機器のサーボ機構では,直列補償やフィードバック補償を用いつつループゲインの調整を行って帯域を広げ,サーボモータの制御系を構成する手法の適用に留まっており,設計手法としては経験的且つ試行錯誤に依存する部分が大きかった.

 本論文は,種々のメカトロニクス機器のサーボ機構における誤差の発生する要因を広く分析分類して6つの制御系設計のアプローチ形態を抽出し,これらの各々の制御系構成手法を開発するとともにこれらを実際の系に適用して,それらの有効性を明らかにしたものである.

 本論文の第1章は「緒言」で,サーボ機構に関する技術的背景,電気サーボ機構における誤差要因の分析と分類を体系的に行い,従来からの対応策の概要を述べ,本研究の必要性を明らかにし,かつこの論文の内容及び特徴を概説したものである.

 第2章は,「サーボ機構の応答誤差の抑圧能力向上法」と題し,前章の分析分類で抽出された6課題について,(1)モデル化可能な負荷変動や外乱,フィードバック制御系の応答遅れ等,システマティックな性格を持つ誤差要因の影響を具体的な制御対象を前提に打ち消す手法,(2)外乱やパラメタ変動によってサーボ機構の動特性が影響を受け,応答誤差を発生するのを避けるための線形補償法,(3)非線形固定パラメタ方式の手法であるスライディングモード制御を定速動作を行うディジタルサーボ系に適用する手法,(4)広帯域の応答を得るための2ステージアクチュエータの制御手法,(5)サーボ機構のフィードバックループの外側にある誤差要因への対応例として機構部の熱変形を圧電素子による補償制御法,(6)外乱がシステマティックな要因を含んでいる場合の誤差推定方法を提案している.

 第3章から8章まで,第2章で導いた各補償方式を具体的な対象に適用し,提案した方式の有効性を示している。

 第3章は,「モデルに基づく補償による誤差要因の抑圧-多自由度サーボ機構系の軌道制御-」と題し,直並列駆動方式のロボットアーム軌道精度向上のため,機構部の質量配分の調整と制御系の非干渉化補償により各関節サーボ機構間の干渉を除いた上で,逆システムによる応答遅れの補正を行う方法を実際のロボットに適用した結果を述べている.

 第4章は,「ロバスト化による制御対象の特性変動,外乱の抑制1-線形補償による動特性の負荷依存性の抑圧-」と題し,線形固定パラメタ方式に属する手法である負荷無反応電気サーボ系を構成して,従来の単なる状態フィードバック系と比較している.

 第5章は,「ロバスト化による制御対象の特性変動,外乱の抑制2-スライディングモード制御系の適用-」と題し,可変構造制御系によるスライディングモード制御に基づき定速動作を行うサーボ系設計法を理論的に明らかにし,この手法による全ディジタル電気サーボ機構を高速レーザビームプリンタの紙送り機構に適用した結果について述べている.

 第6章は,「広域化による外乱の抑圧-マルチステージサーボ機構-」と題し,電気サーボ機構により駆動される機構部に圧電素子を用いた高応答微小変位アクチュエータを付加した2ステージアクチュエータのサーボ機構を磁気ディスク装置のアクセスサーボ機構に適用した結果について述べている.

 第7章は,「フィードバックループ外の誤差要因の抑圧1-誤差要因(熱変形)の検出と補正-」と題し,磁気ディスク装置の位置信号検出用ヘッドと情報記録再生用ヘッドとの間に生じる熱変形誤差を記録再生用ヘッドの相対位置を間欠的に検出して,圧電素子による微動機構で誤差を補正する方式を磁気ディスク装置に適用した結果について述べている.

 第8章は,「フィードバックループ外の誤差要因の抑圧2-ならい動作における学習的手法の応用-」と題し,刻々検出される曲面の位置情報と既知の曲面形状の情報とを用いて対象曲面の設置誤差を推定する手法を導き,水車の翼形表面の習いにこの手法を適用した場合のシミュレーション結果について述べている.

 第9章は「結言」で,以上の結果を要約したものである.

 以上を要約するに,本論文は,各種メカトロニクス機器のサーボ機構に発生する誤差の要因を体系的に分類し,これらの誤差要因の考察に基づき,種々の条件に対して誤差を抑圧できる制御系の構成法を提案し,具体的な装置への適用を示して,その効果を確かめたものである.この誤差要因の体系的分類に基づく誤差抑制の各種手法は,益々応答の高速化,高精度化をコストの制約の中で達成することが求められているメカトロニクス機器の制御系設計の指針となるものであり,機械工学ならびに制御工学に寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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