学位論文要旨



No 214943
著者(漢字) 安部,昭則
著者(英字)
著者(カナ) アベ,アキノリ
標題(和) SPBタンク構造設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214943
報告番号 乙14943
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14943号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨 要旨を表示する

 SPB方式LNGタンク(Self-Supporting Prismatic Tank IMO Type-B:自立角型Type-Bタンク)は、LNG船用のタンクとして1950年代から実績のあるアルミ合金製角型タンクを、高度な構造解析技術、疲労・破壊強度解析技術、そして極低温断熱技術などによってIMO(International Maritime Organization:国際海事機関)の液化ガス運搬船規則のType-B基準に合致させることに成功し、1985年に開発された初の国産技術によるLNG船用タンクシステムである。

 大型LNG船のタンク方式としては、SPB方式のほかにMOSS球形方式(Norway開発、Type-B)とメンブレン方式(フランス開発、Type規定無し)があり、日本国内でも数多く建造されている(図1参照)。これらの海外技術が、LNG温度-163℃という極低温への追従性を確保するために特殊なタンク形状・支持方式とタンク材料を採用しているのに対し、SPB方式は造船技術としては極めて自然な板骨構造を採用していることにより、丈夫な自立型タンクを完全に上甲板下の船倉部へ格納することができ、復原性、操船性、船体強度など、船としての基本性能を一切損なうことなく極低温貨物の貯蔵運搬を可能とした。

 本論文は、SPB方式タンクの信頼性向上と自立角型タンク固有の設計・建造上の課題解決を目的として実施してきた研究の成果、および実船設計への適用とその評価結果を、SPBタンク構造設計法としてまとめたものである。以下に本論文の要旨を概説する。LNG船のタンクは積載貨物の危険性から、絶対に液漏れをおこしてはならず、そのためIMOによって厳しい安全基準が課せられ、各船級規則の中に液化ガス運搬船基準として取り入れられている。基準では設計法に応じてタンクのタイプをA,B,Cに分けており、最も高度な応力解析・疲労破壊解析によってタンクの疲労損傷を防止し、万一損傷が発生しても大破壊になる前に余裕をもって発見され、安全に処置できることが証明されたタンクをType-Bタンクと定義している。SPBLNGタンクは1985年、自立角型方式のタンクとしては世界で初めてUSCG(米国沿岸警備隊)および世界の主要船級協会からこのTYPE-Bの承認を取得した初の国産LNG船タンク技術である。

 SPB方式は、船体・タンクの強度、操船性、ガスオペレーションそして運行経済性などに最も優れた技術であるが、設計・建造面では、タンク構造が複雑、溶接長が長く部材数が多いなど、他の方式に比べて難易度の高いタンクであり、このことがSPBLNG船の普及を妨げるひとつの要因でもあった。そこで、著者はSPBタンクの従来の構造設計法を分析し、板骨構造の自立角型タンクを設計、建造する上での問題点を解決するために、次の4つの課題を抽出した。それは

 1)作りやすく経済的なタンク構造設計のための最適設計法の確立

 2)非線形性の高い応力・支持台反力の高精度解析法の確立

 3)工作精度影響を考慮した高精度疲労強度評価法の確立

 4)座屈後挙動を考慮した弾性座屈強度評価法の確立

の4項目である。

 本論第3章では、作りやすく建造コストの少ない経済的なSPBタンク構造を設計するために開発した、三つの新しい最適設計法を示した。

 一つ目は、タンク形状、小骨・大骨の配置要領・間隔を、材料費と溶接・加工費を合わせた建造費の観点から最適化する手法である。135型LNG船のタンク初期設計にこの手法を適用した結果、実設計に採用可能な骨間隔の組み合わせの中だけでも、タンク建造費に最大15%程度の差が出ることがわかり、経済的なSPBタンクの初期設計には本システムが非常に有効であることが確認された。

 次は、トランスやガーダ等の大骨の寸法形状を、許容応力を制約条件として最適化するために、遺伝的アルゴリズムとFEM解析を組み合わせて開発した大骨形状最適設計手法である。この手法によって大骨単体の初期形状を最適化しておけば、船殻タンク全体FEM解析で、さらに合理的な設計が可能となる。

三つめは、溶接作業のやりやすさという視点から、局部構造配置を最適化するものである。世界初の大型SPBLNG船の建造時に、支持台まわりの狭隘個所の溶接工事が、作業のやりにくさとそれに伴う能率低下のため、予想以上の工数増加を引き起こした。この問題を合理的に解決するため、構造配置要因による作業のやりにくさ、作業者の肉体負担を擬似人間モデルのシミュレーションによって定量的に評価し、具体的な構造改善を可能とする作業性定量評価法を開発した。実船建造時の初期構造(1番船)と改善後の構造(2番船)の作業時間を解析した結果、本方法の有効性が立証され、次期LNG船の標準設計では、部材配置の抜本的な改善によってさらに20%以上の合理化が可能であることが示された。

 第4章では、SPB方式タンクの支持台反力や大骨応力等の非線形構造解析法についてまとめた。まず、従来の解析手法と著者が確立した大規模FEMモデルによる新しいSPBタンク構造解析法を比較し、大骨の応力解析精度はSPBタンク開発当時の±10%から±5%へ、また非線形性の特に高い支持台反力の解析精度も同じく±25%から±10%へと大きく向上していることを示した。次に、支持台・チョックの据付精度影響の定量的評価法を示し、さらに、全体計算における支持台の摩擦力の評価法と、チョック反力の非線形計算法を示した。タンクの横荷重は底部と頂部に設けられたチョック構造と底部支持台の摩擦力で支持されるが、各支持台の横荷重(支持台のせん断力)が摩擦力を上回った場合には、摩擦力を頭打ちさせて繰り返し計算を行う新しい方法を開発した。この解析法によって底部チョックの荷重が精度良く求められるようになり、タンク構造の大幅な合理化が達成できた。次にSPBLNG船の就航後1年間にわたる航海中の応力・反力計測結果を解析し、計測結果が設計推定値と非常に良く一致していることを確認した。これにより、SPBLNGタンクの設計荷重設定法(波浪外力とタンク内圧分布の組み合わせ法)、応力解析法が実用上十分の精度であることを示した。

 第5章では、応力集中個所の多さや工作精度影響評価の困難さといった、SPBタンク固有の課題を解決するために開発した疲労強度自動評価システムについて、その詳細と適用例を示した。これは発生応力データを格納するFEMモデル、溶接継ぎ手の位置情報、構造寸法などを格納する構造モデル、工作精度、完成品質に関するデータを格納する品質モデルという三つのモデルをコンピュータ上で合体させ、高速かつ高精度でタンク全体の疲労強度解析を実施するものである。従来のType-B解析では膜応力の高い部分の疲労強度を選択評価すれば全体の安全性は確保されると考えられていた。しかし、疲労強度は目違いや歪、溶接ビード形状といった工作精度に大きく影響されるため、たとえ公称応力は低くても、精度のばらつきなどによって局部応力が拡大され、損傷が発生する可能性がある。このシステムは、1タンク数万mの溶接線全ての疲労強度を、溶接ビード形状、目違い、やせ馬などの工作誤差影響を定量的に評価して解析することが可能であり、Type-Bタンクの必要条件である、疲労クラックが発生しないことを精度良く証明することが可能となった。

 第6章では、皮板弾性座屈後の構造耐力や荷重再配分を、等価剛性要素を導入した線形FEM解析で精度良くかつ簡易に確認できる新しい解析方法とその適用例を示した。この方法は、従来の非線形大撓み解析などに比べて1/10以下の計算時間で、数十万自由度の大規模FEMモデルの座屈後挙動を解析することが可能である。タンク初期冷却時の過渡的温度分布による熱座屈解析や、タンク内負圧時の座屈後耐力解析などに適用した結果、座屈後のタンク全体強度を確認した上で最も効果的な補強対策が採れること、検討もれによる損傷などを完全に防止できる効果があることが示された。この手法はLNG船を含む一般船殻構造の座屈強度解析にも適用され、座屈後挙動を確認した上で最も効果的な補強法を決定するために利用されている。

 世界初のSPBLNG船“Polar Eagle”と“Arctic Sun”は、1993年に就航後、過酷なアラスカ-日本航路でLNGの定期輸送に従事し、首都圏へのエネルギー安定供給に寄与している。これまで3回のタンク定期検査を実施したが、疲労亀裂などの損傷は全くなく、設計どおりの高い安全性が確認されている。1996年に引渡ししたSPB-LPGFSO(浮体式LPG貯蔵積み出し設備)もアフリカで順調に稼動し、現地の経済発展および環境維持に貢献しており、その良好な実績が高く評価され、将来のLNGFSO,FPSOなどへの採用が検討されつつある。さらに21世紀の液体水素運搬船や、着底式LNGタンク(GBS)などへのSPBタンクの利用も現在研究開発中であり、応用範囲が非常に広い技術である。

 本研究によって、Type-B疲労破壊解析をふくむSPBタンク構造設計法が確立され、自立角型タンクの設計・建造上の問題点を合理的に解決できたことで、21世紀に向けて国産SPB技術によるさらなる国際貢献の可能性が広がるものと信ずる。

図1 LNG船タンク方式

審査要旨 要旨を表示する

 LNG船は、液温-163℃かつ引火性の高い液化天然ガス(LNG)を運搬する船であるため、タンクから液が漏れたと船体が脆性破壊により破断したり、爆発を起こすなどの危険性がある。従って、LNG船の設計に関してはIMO(国際海事機関)によって厳しい統一安全基準がつくられている。この規則では設計法に応じてタンクタイプをA,B,Cに分類しており、その中で最も高度な応力解析・疲労破壊解析によってタンクの疲労損傷を防止し、万一が発生しても大破壊にならないことが証明されたタンクをType-Bタンクとしている。SPBタンク(自立角型Type-Bタンク)は、アルミ合金製角型タンクをIMOの液化ガス運搬船規則のType-B基準に合致させることに成功した初の国産LNG船タンク技術である。大型LNG船のタンク方式としては、SPB方式のほかに海外技術として球形方式とメンブレン方式があり、数多く建造されている。これらが特殊なタンク形状・支持方式とタンク材料を採用しているのに対し、SPB方式は自立型タンクを完全に上甲板下の船倉部へ格納することができ、船としての基本性能を一切損なわない。このように、SPB方式は操船性、ガスオペレーションなどに最も優れた技術であるが、タンクが板骨構造であるため複雑で他の方式に比べて設計・建造面では難易度の高いタンクであり、このことがSPBLNG船の普及を妨げるひとつの要因でもあった。

 本論文は、著者がSPB方式タンクの設計・建造の難易度を下げることを目的として、自立角型タンク固有の設計・建造上の課題を分析し、課題解決法を検討し、SPBタンク構造設計法としてまとめ、さらに実船設計への適用しその評価結果を示したものである。

 著者はSPBタンクの従来の構造設計法を分析し、解決すべき点として次の4つの課題を抽出した。

 1)作りやすく経済的なタンク構造設計のための最適設計法の確立

 2)非線形性の高い応力・支持台反力の高精度解析法の確立

 3)工作精度影響を考慮した高精度疲労強度評価法の確立

 4)座屈後挙動を考慮した弾性座屈強度評価法の確立

 第3章で、作りやすく建造コストの少ないSPBタンク構造を設計するために著者が開発した3つの新しい最適設計法について述べている。

1番目は、タンク形状、小骨・大骨の配置要領・間隔を、建造費を最適するように決定する手法である。実船の例で、タンク建造費に最大15%程度の減らせることがわかり、本システムの有効性が示された。

2番目は、トランスやガーダ等の大骨の形状をさらに最適設計するものである。許容応力を制約条件として、遺伝的アルゴリズムとFEM解析を組み合わせた最適設計手法である。

3番目は、溶接作業のやりやすさという視点から、局部構造配置を最適化するものである。狭隘個所の溶接工事が作業のやりにくさのため工数増加を引き起こすことがある。作業者の肉体負担を擬似する人間モデルのシミュレーションによって作業のやりにくさを定量的に評価し方法を開発した。定量化が難しい現象に対し人間モデルを導入して評価したことは非常に独創性がある。

 第4章では、SPB方式タンクの支持台反力や大骨応力等の非線形構造解析法について述べている。タンクの横荷重は底部と頂部に設けられたチョック構造と底部支持台の摩擦力で支持されるが、支持台の摩擦力の評価法とチョック反力の非線形計算法を示した。各支持台の横荷重が摩擦力を上回った場合には、摩擦力を頭打ちさせて繰り返し計算を行う新しい方法を開発している。この解析法によって底部チョックの荷重が精度良く求められるようになり、タンク構造の大幅な合理化が達成できた。

 第5章では、応力集中個所の多さや工作精度影響評価の困難さをもつSPBタンクのために開発した疲労強度自動評価システムについて述べている。これは発生応力データを格納するFEMモデル、溶接継ぎ手の位置情報、構造寸法などを格納する構造モデル、工作精度、完成品質に関するデータを格納する品質モデルという3つのモデルをコンピュータ上で合体させ、高速かつ高精度でタンク全体の疲労強度解析を実施するものである。このシステムは、1タンク数万mの溶接線全ての疲労強度を解析することが可能である。

 第6章では、SPBタンクの新しい座屈解析法を提案している。骨板構造の板部分が弾性座屈した後の構造耐力の変化を、座屈した板に順次等価剛性要素を導入して線形FEM解析する方法である。この方法は、非線形大撓み直接解析法に劣らない精度を有するにもかかわらず、1/10以下の計算時間しか要しない。

 本研究によって、Type-B疲労破壊解析をふくむSPBタンクの構造設計法が確立され、自立角型タンクの設計・建造上の問題点を合理的に解決できた。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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