学位論文要旨



No 214944
著者(漢字) 渡邉,信公
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ノブヒロ
標題(和) 漏電遮断器の雷サージによる誤動作の防止に関する研究
標題(洋)
報告番号 214944
報告番号 乙14944
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14944号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
内容要旨 要旨を表示する

 現在の高度情報社会では,需要家内の低圧屋内配線に接続される機器の多くがマイコンなどを内蔵した機器であり,特に近年ではインターネットをはじめとする情報通信の発展により,コンピュータなどの高度情報通信機器も一般低圧屋内配線に接続されるようになってきた。これらの機器は,瞬時電圧低下・瞬時停電も機器の安定運用上問題となるため,電気の安定供給が強く望まれている。

 一方,低圧屋内配線においては,電気の知識のない不特定多数の使用者に対して安全を確保する観点から,漏電・感電事故の保護装置である漏電遮断器が需要家の電源引き込み口に設置されている。この漏電遮断器の普及により漏電・感電に関係する事故災害は急激に減少している。しかし,漏電遮断器は,微小電流(30mA)を感知し高速(0.1sec以内)に遮断するように設計されているため,その検出感度から襲雷時に漏電遮断器が動作することが従来から指摘・報告されている。この襲雷時に発生する漏電遮断器の動作は,漏電・感電事故が発生していないにも関わらず回路の停電を引き起こすため,上記のような社会的背景から近年大きな問題となっている。漏電遮断器の襲雷時の誤動作(不要動作ともいわれるが本論文では誤動作と言う)については,現在まで,電気学会の常置専門委員会,日本電機工業会などを中心に検討が行われたが,有効な結論及び指針が出されていない。また,漏電遮断器の機能を規定するJIS規格では,漏電遮断器の雷サージによる誤動作を考慮して雷インパルス不動作試験が定められており,基準に合格した機種は,耐雷性能を有する衝撃波不動作形漏電遮断器として市販されている。しかし,この衝撃波不動作形でも依然として襲雷時に誤動作することが報告されている。

 本論文は,襲雷時における漏電遮断器の誤動作発生メカニズムを明らかにし,雷サージに対する動作信頼性の評価法を確立すると共に,新たな誤動作防止方法とその効果・性能評価をとりまとめたものである。

 筆者は,漏電遮断器の雷サージに対する誤動作防止対策及び動作信頼性評価を行うには,低圧屋内配線に侵入する雷サージ様相の解明と漏電遮断器の雷サージに対する応答特性を把握する必要があると考え,特に漏電遮断器の漏電電流検出機構から,襲雷時に大地帰路回路を流れる雷サージ電流に着目し検討を行った。

 襲雷時に大地帰路回路を流れるサージ電流は,負荷側条件に影響されるが,現在の負荷機器の雷防護対策の状況から対地間にサージ抑制素子が挿入された場合が最も大きな電流となると推定される。そこで,EMTP(Electromagnetic Transients Program)を用いたシミュレーションにより襲雷時に大地帰路回路を流れる雷サージ電流の検討を行った。その結果,低圧回路の試験波形としてIEEE(The lnstitute of Electrical and Electronics Engineers)で推奨されている,0.5μs-100kHzの双極性減衰振動波形については,若干振動周波数が異なるが同様の減衰振動波形が配線末端が開放の条件で確認できた。この波形の振動周波数の違いは,屋内配線の線路定数などの影響と考えられる。また,対地間にサージ抑制素子が挿入された条件では,第1図に示すように波高値数百Aから1kAのサージ電流が流れることが確認できた。

 襲雷時における漏電遮断器の誤動作の発生要因について,漏電検出機構を雷サージ応答の観点から分析し,特性を検討すると共に,誤動作の発生メカニズムを雷サージの侵入・伝播・検出の関係から推論した。大地帰路サージ電流に着目した誤動作発生に影響をおよぼす各種パラメータの検出を実験的に行い,第2図に示すように大地帰路回路を流れるサージ電流の電荷量(電流・時間積)が誤動作発生に影響をおよぼしていることがわかった。

 以上の解析・実験結果から,現状の雷インパルス電圧を基準とした雷サージに対する動作信頼性の評価法の問題点を指摘し,新たに大地帰路回路を流れる雷サージ電流に着目したサージ電流電荷量で評価する新しい評価法を,雷インパルス電圧発生器,コンビネーション雷インパルス発生器及び0.5μs-100kHzの双極性減衰振動波形発生器を用いて検討し,それぞれの試験法の特徴を分析して新たな雷サージに対する動作信頼性評価法について次のように提案した。

 (1)試験回路のインパルス発生器はコンビネーション波形発生器を用い,大地帰路サージ電流を基準に評価する(電流電荷量もしくは標準インパルス電流であれば波高値)

 (2)試験器は,出力端短絡時2kA以上の標準雷インパルス電流(電荷量40mC以上)が発生できる装置とする

 (3)負荷側素子はギャップ付き避雷器もしくは避雷素子とする

 (4)誤動作の発生に電流検出極性が関係するため,必ず正負両極性のサージ電流の対し評価を行う

 (5)0.5μs-100kHzの双極性減衰振動波形での評価は,本論文で示した発生器回路を用いることで,減衰振動電流に加え波尾の長い電流に対する評価も可能となる

 (6)雷サージに対する動作信頼性は,標準雷インパルス電流波形1.5kAで動作しないことを目標とする

 誤動作防止対策に対しては,漏電遮断器の大地帰路電流検出部である零相変流器二次側発生電圧に着目して,雷サージに対する検出能力を低下させることを目標に行った。対策法として,簡単でかつ低コストでできる第3図に示す逆並列ダイオード及び積分回路を用いた誤動作防止対策と,サージ抑制素子で漏電遮断器内をサージ電流が通過しないようにするバイパス法の二つの方法を提案した。その対策を基に耐雷性能向上漏電遮断器を試作しその性能評価を行った。その結果,第3図に示す逆並列ダイオードと積分回路を用いた防止対策は,バイパス法よりも誤動作防止効果が大きく,1.5kAのサージ電流に対しても誤動作を生じなかった。これは,低圧屋内配線の雷サージ様相の観測内容や本論文のEMTP解析結果から判断しても十分な耐雷性能であるといえる。また,本耐雷対策漏電遮断器は,第1表に示すように商用周波数における漏電・感電保護性能を低下させることがなく,実用上においても問題ないことを確認した。

 以上の結果は,漏電遮断器の動作信頼性向上に関する開発研究及び評価法を確立する指針となると同時に,低圧屋内配線における電力の安定供給に寄与するものと考える。

第1図 D種接地抵抗値に対する大地帰路電流波高値

第2図 電流継続時間と最小動作電荷量の関係

第3図 誤動作防止対策回路

第1表 誤動作防止対策施工時の商用周波数電源に対する特性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「漏電遮断器の雷サージによる誤動作の防止に関する研究」と題し,襲雷時における漏電遮断器の誤動作発生メカニズムを明らかにし,雷サージに対する動作信頼性の評価法を確立すると共に,新たに提案した誤動作防止方法についてとりまとめたもので,7章より構成される。

 第1章は緒言で,低圧屋内配線に設置される漏電遮断器が雷サージによって誤動作する現象を研究対象とした理由について述べ,本研究の経緯を明らかにしている。

 第2章は「雷サージによる誤動作発生の概要と誤動作防止対策の現状」と題し,雷サージによる漏電遮断器の誤動作発生についての概要をこれまでの調査報告を集約することによって述べ,それに影響を及ぼす各種雷サージの発生要因の分類,分析を行っている。また,誤動作防止対策の現状,関連する各種規格の整備状況,雷サージに対する動作信頼性の評価法の問題点を整理して記述している。

 第3章は「低圧屋内配線に想定される大地帰路雷サージ電流様相の検討」と題し,低圧屋内配線に生じる雷サージの観測例を示すと共に,そのモデル回路を提示してEMTPを用いて解析を行い,襲雷時に大地帰路回路を流れる雷サージ電流について検討した結果を示す。

 第4章は「雷サージによる誤動作発生メカニズムと誤動作要因の検討」と題し,漏電遮断器の重要な構成要素である漏電電流検出用の零相変流器の特性について,その周波数特性と大電流域の非線形性を実地に調査し,雷サージに対する誤動作の発生メカニズムを雷サージの侵入・伝播・検出の過程から推論している。

 第5章は「雷サージに対する新しい動作信頼性評価法の検討」と題し,従来の雷インパルス電圧を基準とした雷サージに対する動作信頼性の評価法の問題点を指摘した。そして大地帰路回路を流れる雷サージ電流の運ぶ電荷量に着目し,雷インパルス電圧発生器,雷インパルス電流発生器,及び0.5μs-100kHzの双極性減衰振動波形(リングウェーブ)発生器を用いて実験的に検討した結果にもとづき,新たな雷サージに対する動作信頼性評価法を提案した。

 第6章は「誤動作防止対策の検討と効果」と題し,大地帰路回路を流れる雷サージ電流に対する零相変流器二次側出力の電圧に着目して,漏電遮断器に外付けできる誤動作防止対策を考案し,その効果を実験的に確認した。更にその成果を基に耐雷性能向上形漏電遮断器を試作し,十分な性能を有することを確認した。

 第7章は「結言」で,本論文の成果を総括している。

 以上これを要するに本論文は,低圧電力の供給信頼性に影響を及ぼす漏電遮断器の雷サージによる誤動作現象に着目し,その発生原因について,漏電遮断器内部回路に関する実験的検討のみならず,低圧系統に生じる雷サージの様相の解析をも実施し,その成果にもとづいて、合理的な試験法および誤動作を生じにくい実用的な漏電遮断器を提案したもので、電気工学、特に電力工学上,貢献するところが少なくない。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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