学位論文要旨



No 214945
著者(漢字) 松田,哲也
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,テツヤ
標題(和) 小型シンクロトロン放射(SR)リング用電磁石の磁気設計と評価
標題(洋)
報告番号 214945
報告番号 乙14945
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14945号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 放射光リング(SRリング)にて電子ビームを長時間蓄積し、このとき発生するX線(SR光)を使用しギガビットクラスの半導体のパターン転写を行う、X線リソグラフィーが注目を集めている。SRリングは従来大型であったが、工場にも配置可能な小型のSRリングの開発が望まれた。このため、SRリングに配置する電磁石群は、小型化が必要となりかつ電子ビーム蓄積に充分な磁気性能を満足することも必要になる。更に、電子ビームを曲げる偏向電磁石は小型化のため高磁界化可能な超電導方式としたが、長期連続運転時の低コスト化・信頼性向上も課題である。

 SRリングは、図1に示す様に、電子ビームを180度偏向させる超電導偏向電磁石を2台配置したレーストラック型とした。直線部には、ビーム収束用の常電導4極電磁石を2台、ビーム形状調整用の常電導スキュー4極電磁石を2台配置した。筆者は、これら電磁石群の磁気設計、磁界測定装置の開発、磁界評価の研究を行ってきた。

 まず、超電導電磁石の基本構成の決定と磁気設計研究を行った。超電導電磁石は、図2に示す様に、偏向磁界を発生させる主コイル、ビーム収束用4極コイル、主コイルが発生する誤差磁界補正用6極コイル、漏れ磁界を低減させるための常温磁気シールドで構成した。

(1)ビーム進行方向であるs方向に垂直な面で、空間的に高均一な磁界が必要である。この条件を満足しながら電子ビームが通過するビームチェンバーを挿入できる空間を確保するため、主コイルは、上下分割式かつビーム軌道に沿ってコイルが湾曲したバナナ型とした。s方向に沿って両端部がビーム軌道面上に不均一な磁界を発生するが、これを低減させるため端部を跳ね上げた構造とした。(2)従来、SRリングの直線部に配置していたビーム収束用の常電導4極電磁石を、超電導化し超電導電磁石に組み込んだ。更に、主コイルが発生する4極磁界を左記4極コイルで補正する、即ち補正コイルも兼用することを提案した。6極補正コイルは従来3対コイルで構成されていたが、2対で構成可能であることを示した。これらにより、超電導電磁石の小型化が可能になり、レーストラック型として世界最小の周長のSRリングを得た。(3)SR用超電導電磁石として初の永久電流モード運転の採用により、超電導コイル部への主な熱侵入源である電流リードを取り去った。これにより、SR用超電導電磁石として世界最少の液体ヘリウム蒸発量(1台当たり11/hr)を実現できた。(4)主コイル、補正コイル、磁気シールド形状のパラメータと磁界均一度、電磁力などの関係を三次元磁界計算により明らかにし、形状パラメータの最適化を行った。これらを全てモデル化した磁界計算結果から、磁気設計仕様を満足する磁界均一度が得られることを示した。

 次に、完成後の小型SRリング用超電導電磁石の磁気特性を確認するための高精度の磁界測定装置について研究を行った。

 実際のビーム軌道はs方向に沿って山線部と直線部を有するが、この軌道にほぼ沿って高精度で磁界分布を測定可能な図3に示す装置を提案した。この装置では、ビーム軌道に近い形状のレールを取り付けた高精度の磁界測定専用チェンバーを電磁石内部に組み込み、レール上を磁界測定素子であるホール素子を搭載したセンサー部がベルトによりs方向に沿って駆動する。従来装置に比較し、ビーム軌道により沿った磁界分布を測定でき、かつ超高真空対応のビームチェンバーの汚染の可能性も減少できる。なお、磁界測定用チェンバーは磁界分布測定後ビームチェンバーと交換する。

 この磁界分布測定装置の精度向上方法について研究した。(1)s方向に沿った長い領域で、ホール素子を高精度で位置設定するため、(a)s方向に沿った磁界分布の形状を活かした測定手順の工夫、(b)ホール素子のs方向への駆動に用いるベルトの特性向上を行った。(2)磁界測定素子であるホール素子の高精度化のため、(a)磁界分布測定時ホール素子が超電導電磁石内部で傾くと測定誤差になるが、この密閉空間内においてもホール素子平面の水平面からの角度ずれを確認できる方法についての提案、(b)従来、ホール素子の校正に用いられてきた高精度NMR磁界測定装置は、低磁界では測定不可能であったが、低磁界領域から4Tの高磁界領域の広い範囲に渡り、高精度でホール素子を校正可能な方法の提案、(c)ホール素子は1mm程度の大きさでパッケージ中に収納されているが、ホール素子中心を0.1mm精度で決定できる二次元高精度位置決定方法についての提案を行った。これらより、本研究成果に基づく磁界分布測定装置は超電導電磁石の磁気設計仕様の確認に充分な精度を実現できた。(3)偏向磁界の鉛直方向からの傾きは1mrad以下である必要がある。この傾き測定は困難なため従来は実施されなかった。本研究成果に基づく超電導電磁石の主コイルの形状は特殊であるため傾きが発生しやすく、傾きの確認が必要である。超電導電磁石内部のs方向に沿った偏向磁界の傾き分布を測定できる方法を提案した。この方法は以下の様である。鉛直方向磁界発生する角度補正電磁石の下でホール素子を鉛直方向に向けた後、超電導電磁石内の水平方向磁界を測定する。角度補正電磁石から超電導電磁石移動時の角度誤差を傾きセンサーで補正する。これらから、偏向磁界の傾きが評価できる。傾き測定装置の実際の調整結果についても述べ、1mradの傾き測定に充分な測定精度を有することを明らかにした。

 次に、完成後の超電導電磁石に関し、上記で述べた磁界測定装置を用いて磁界測定を行った。

(1)磁界分布の一例としてs方向に沿った磁界均一度の分布を計算結果と併せて図4に示す。s方向中心部で仕様1×10-3を満足し、計算値6.8×10-4に対し実測値6.4×10-4と高い精度で一致していることを確認できた。その他、偏向磁界、4極、6極磁界等の各種s方向に沿った磁界分布も、計算と良く一致していることを確認でき、両者の差は他の研究機関に比較し数分の一と良い結果であった。(2)BI特性、s方向に沿った磁界分布の電流依存性に、磁気シールドの鉄の飽和特性と超電導線の磁化特性が混在した複雑な現象が観測され、この理由について定性的な説明を行った。(3)初めて0.5mradという微小な偏向磁界の傾き測定を実施し、偏向磁界の傾きが仕様1mrad以下であることを確認した。これらの測定より、本研究成果に基づく超電導電磁石は、SRリング用電磁石として充分な磁気性能を有することが確認できた。

 超電導電磁石の長期の永久電流モード運転を実現するため、コイル保護回路を構成するクエンチ検出器について、上記運転モードに対応した設定方法について提案した。これにより、大きなインダクタンス68Hを有する超電導電磁石としては他に例を見ない最大約二年の永久電流モード下の安定な運転が可能となり、高信頼性を実証できた。上記連続運転中、磁界基準であるNMR磁界測定装置では測定不可能な不均一4極磁界の存在下で、ホール素子を用いた磁界の連続測定を可能とし、6×10-5/年という極めて微小な磁界減衰を確認できた。

 次に、常電導電磁石の磁界補正結果について述べた。SRリング直線部に配置する4極、スキュー4極常電導電磁石には、高均一な磁界、即ち4極、スキュー4極磁界成分以外の誤差磁界成分が仕様以下であることが必要である。これには磁極構造の最適化が必要であるが、電磁石構造が複雑であり高精度三次元磁界計算は困難なため、従来は分解可能な磁極を磁界測定結果に基づきNC加工した後、再度電磁石に取り付け磁界測定する方法を繰り返していた。(1)4極あるいはスキュー4極電磁石の8カ所存在するs方向両端部の磁極部に微小鉄板を張り付け、鉄板の厚みの調整により磁界分布を補正する、従来に比べより簡易かつ実用的な方法を提案した。この補正方法を実際の補正に適用した結果数回で補正でき、従来方法に比較し大幅に補正時間を短縮できた。

(2)補正鉄板厚みを変化させた場合の、4極、スキュー4極常電導電磁石の磁界分布の傾向が逆であり、この原因について考察した。POISSON方程式の解を元に高次の誤差磁界成分を評価したが、この磁界成分の符号が、4極、スキュー4極電磁石とでは逆であった。これが、上記補正鉄板の磁界分布への影響が逆になる理由であることを明らかにした。

 上記で述べた超電導・常電導各電磁石を配置したSRリングは、レーストラック型として世界最小の周長を実現でき、また電子ビームの最大蓄積電流は440mA、蓄積に要する時間は10分と充分短くX線リソグラフィーに十分な性能を有することを実証できた。これにより超電導・常電導各電磁石とも充分な磁気性能を有することが実証できた。

図1 SRリング平面図

図2 超電導電磁石外観図

図3 磁界分布測定装置

図4 s方向に沿った磁界均一度分布

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「小型シンクロトロン放射(SR)リング用電磁石の磁気設計と評価」と題し,小型シンクロトロン放射リング(SRリング)に配置する超電導及び常電導電磁石の磁気設計とその評価に関する研究成果をまとめたものであり,全体で8章から構成されている。

 第1章は「序論」であり,SR光の利用分野と,従来の加速器用電磁石の問題点,特に超電導電磁石の問題点を整理し,続いて,本研究の目的,すなわちSRリングのビーム蓄積に充分な磁気性能を確保しながらレーストラック型としてできるだけ小型のSRリングを実現すること,超電導電磁石の液体ヘリウム蒸発量を抑制し運転コスト低減と信頼性向上を図ることが述べられている。

 第2章は「SRリング用電磁石の基本構成の決定と磁気設計・測定仕様」と題し,超電導電磁石システムの基本構成と磁気設計,磁界測定仕様について述べられている。SRリングには,電子ビームを180度偏向させる超電導偏向電磁石を2台配置し,直線部にビーム収束用常電導4極電磁石を2台,ビーム形状調整用常電導スキュー4極電磁石を2台,ビーム位置微調整用常電導ステアリング電磁石を4台配置した。超電導電磁石は,偏向磁界発生用主コイル,ビーム収束用4極コイル,誤差磁界補正用6極コイル,および常温磁気シールドで構成し,レーストラック型SRリングの周長の最小化を実現した。さらに,液体ヘリウム蒸発量を抑制するために,超電導電磁石の永久電流運転と着脱式電流リードを採用した。また,多数のSR光ポートを確保しながら高磁界均一度を得るため,主コイルは上下に分割し,ビーム軌道に沿ってコイル巻線が湾曲したバナナ型とし,ビーム進行方向に沿った両端部を跳ね上げた構造とした。

 第3章は「SRリング用超電導電磁石の磁気設計」と題し,超電導電磁石のコイル群及びその周囲に配置される磁気シールドの磁気設計について述べられている。高磁界化に加えビーム軌道に垂直な面で高均一な磁界を進行方向に沿って広い範囲で得るために,超電導電磁石を構成する主コイル,4極コイル,6極コイルの各パラメータと磁界均一度との関係を明確化し,最適設計を実施した。特に,磁界均一度への影響が大きい主コイルの端部跳ね上げ部の跳ね上げ角度との関係を明確化した。さらに,低漏れ磁界,磁気シールドと超電導コイル間の低電磁力等の諸条件を満足するための最適化を行った。

 第4章は「SRリング用超電導磁石の高精度磁界測定装置の開発」と題し,完成後の小型SRリング用超電導電磁石の磁気特性を確認するために使用する高精度磁界分布測定装置について述べられている。実際のビーム軌道は進行方向に沿って曲線部と直線部を有するが,そのビーム軌道にできるだけ沿った形で磁界分布が測定可能な装置を提案し,さらに,磁界測定用ホール素子が水平面からどの程度傾いているかを測定する方法と低磁界領域の高精度校正方法の提案を行った。また,偏向磁界の鉛直方向からの傾きを1mrad以下にするために,ビーム進行方向に沿った傾き分布測定方法の提案と実測結果を述べ,充分な精度を有することを示した。

 第5章は「SRリング用超電導電磁石の磁気特性評価と長期運転時の信頼性向上」と題し,磁界分布測定装置を用いて,製作された超電導電磁石の磁界測定を行った結果と,安全な長期永久電流運転の実現方法について述べられている。磁界測定により,設計値を満足する高い精度の磁界均一度が確認され,また磁界均一度,2,4,6極磁界成分のビーム進行方向に沿った分布が正確に実測された。さらに,0.5mradという微小な偏向磁界の傾きの測定に成功した。これらより,この超電導電磁石はビーム蓄積に充分な磁気性能を有することが確認できた。また,安全な長期永久電流運転を実現するため,コイル保護回路のクエンチ検出器を設定する方法を提案し,常温磁気シールドを組み込みかつ68Hと大きなインダクタンスを有する電磁石として,他に例を見ない2年間にわたる永久電流モード下での安全な運転が可能となった。

 第6章は「SRリング用常電導電磁石の高磁界均一化のための磁界補正」と題し,SRリング直線部に配置する常電導電磁石の磁界補正結果についてまとめられている。4極,スキュー4極常電導電磁石の誤差磁界成分を補正するため,従来法に比べてより簡易でかつ実用的な方法として,鉄製磁極の形状最適化を提案し,実際に補正時間の大幅な短縮を実現した。特に,スキュー4極電磁石では初めて磁界補正を実施した。

 第7章は「ビーム蓄積時の測定に基づくSRリングの総合評価」と題し,完成後のSRリングにおいて,ビーム蓄積時のビーム安定領域,ビーム振動数,ビーム軌道の測定結果について述べられている。これらは,磁界分布測定結果に基づく推定値と良く一致しており,ビーム蓄積に必要な仕様を満足していた。

 第8章の「結論」では本論文の結論と次世代の電磁石に関する考察が述べられている。

 以上を要するに,本論文は,レーストラック型シンクロトロン放射(SR)リングの著しい小型化を実現するため,電子ビーム蓄積に十分な磁気性能を有する小型電磁石群の磁気設計と磁界計測の課題を明らかにしてその解決法を示すとともに,具体的設計と性能試験を行って設計法の有効性を実証し,さらにSRリング用超電導電磁石としてヘリウム蒸発量の大幅な低減を実現した成果をまとめたものであり,電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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