学位論文要旨



No 214947
著者(漢字) 中平,篤
著者(英字)
著者(カナ) ナカダイラ,アツシ
標題(和) 立方晶III族窒化物半導体のMOVPE成長とその評価
標題(洋)
報告番号 214947
報告番号 乙14947
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14947号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 埼玉大学 助教授 矢口,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 GaNを中心としたIII族窒化物半導体は青色から紫外の波長領域の発光素子用材料として注目を集めている.この窒化物半導体は六方晶系ウルツ鉱型と立方晶系閃亜鉛鉱型の結晶構造を有する相があることが知られている.六方晶系ウルツ鉱型窒化物半導体は発光素子として開発が進み,半導体レーザまで実用化に至っている.しかしながら,結晶成長用基板としてサファイアを用いているため,レーザ共振器端面形成プロセスに劈開を用いることが難しく,安価で大量に生産可能な端面形成プロセスが課題となっている.これに対して,立方晶系閃亜鉛鉱型窒化物半導体は立方晶系の結晶構造であるガリウム砒素を結晶成長用基板として成長することが知られていた.劈開が容易なガリウム砒素を基板としてレーザ構造を作製できれば,端面形成に劈開プロセスを採用できるため,安価なIII族窒化物半導体レーザの実現が期待できる.しかし,立方晶系III族窒化物半導体は結晶成長技術が確立しておらず,得られる結晶品質が劣っていたたため,その物性に関する研究も進んでいなかった.このため,レーザ応用可能な品質の立方晶系III族窒化物半導体結晶の実現が期待される.以上の観点から,本論文では半導体レーザヘの応用が可能な立方晶III族窒化半導体結晶の実現を目標として,有機金属気相エピタキシャル成長法による結晶成長技術の確立およびその結晶評価について得られた知見をまとめた.

 有機金属気相エピタキシャル成長法によるガリウム砒素(100)基板上の立方晶GaNの成長について,二段階成長,成長温度,原料供給比等について成長条件の検討を進め,結晶の高品質化を行った.一般に,結晶成長用基板と異なる結晶を成長するヘテロエピタキシャル成長では,比較的低い温度で薄い結晶を成長した後に本来の結晶成長温度で成長を行う二段階成長法により,高品質化することが試みられている.ここで,比較的低い温度で成長した低温バッファ層は高温成長層の転位密度の低減化の役割を果たす.ガリウム砒素基板上のGaNの成長でも二段階成長が有効であるが,GaNの成長温度はガリウム砒素の分解温度よりも高いため,低温GaNバッファ層は高温成長におけるガリウム砒素の分解を防ぐ役割も担っていることを明らかにした.このバッファ層成長条件を最適化することにより,これまでの立方晶GaNの成長温度と比較して非常に高い950℃で立方晶GaNの成長を実現し,これにより結晶の高品質化に成功した.また,高温では立方晶(111)方向と六方晶のc軸が平行になる結晶方位で混入する六方晶相が顕著となる.この六方晶相混入の評価としてフォトルミネッセンス評価が有効であることを見出し,V族とIII族の原料供給比であるV/III比が低い条件が立方晶GaN結晶の高品質化に重要であることを初めて明らかにした.この結果,六方晶GaNの混入がほとんどみられない立方晶GaNの結晶成長に成功した.この結晶の室温でのバンド端近傍の発光ピーク半値幅は約70meVであり,報告されていた値約200meVに比べて大幅に結晶品質が向上したことが示された.

 このようにして得られた高品質な立方晶GaNの主に低温でのフォトルミネッセンスに関する詳細な検討を行った.GaNでは32-800Kの温度範囲でバンド端近傍の発光を確認することに成功した.このバンド端近傍の発光起源は150K以下では束縛励起子発光,150-500Kまでは自由励起子発光であり,500K以上ではバンド間遷移になっていると考えられる.また,低温で強い発光を示すドナアクセプタペア発光は150Kより高温では自由電子アクセプタ発光に遷移している.シリコン添加GaNでは低温においては,ドナアクセプタペア発光の強度がアンドープの試料と比較して強く,ピークエネルギーも高エネルギー側にシフトしており,キャリア濃度の高い特徴を示した.マグネシウム添加GaNでは,マグネシウムの関与した二つのアクセプタ準位が形成されることを見出した.熱処理前の試料からは二つのマグネシウム準位に関与する自由電子アクセプタ発光がみられるのに対して,窒素雰囲気中の熱処理を行った試料では二つのマグネシウム準位に関与するドナアクセプタペア発光がみられる.これは,熱処理によるマグネシウムの活性化により自由電子濃度が低下した結果であると考えられる.

 さらに,立方晶AlGaN混晶成長条件の検討とその結晶評価を光学的評価を行った.低温及び高温成長GaN薄膜上にAlGaNを成長することにより,六方晶相からの発光がほとんどみられない立方晶AlGaNの成長にはじめて成功した.また,混晶への不純物炭素の取り込みがアルミニウム組成が大きくなるにつれて顕著となる課題があった.分解性の高いトリエチルアルミニウムをアルミニウム原料として用いることが,不純物炭素濃度低減に有効であり,これに伴って混晶の光学的品質も向上することを明らかとした.また,アルミニウム原料とガリウム原料の供給比を変化することにより,組成の制御も可能である.組成の異なる混晶の室温フォトルミネッセンス評価より,バンドギャップエネルギーがアルミニウム組成xに対して,ほぼ

であることを見出し,このバンドギャップエネルギーの組成依存性が,組成約0.5まで有効であることを明らかにした.アルミニウム組成が0.5を越えるあたりで,急激に発光効率が悪化する.この悪化の原因として立方晶AlGaN混晶のバンド構造が直接遷移型から間接遷移型への転移によるものの可能性もあるが,その場合でも立方晶窒化物では発振波長が330nmの半導体レーザが原理的には可能である.また,混晶の格子定数がほぼベガード則に従うことも明らかにした.

 以上のようにして得られた結晶成長技術を用いて,レーザ構造に近い素子を作製し,立方晶系III族窒化物半導体のレーザ応用へ向けた評価を行った.レーザへの応用を考えた場合,薄膜結晶が導波路としての機能する必然性から,薄膜結晶表面の平坦性が重要となる.結晶表面の平坦化の検討を進めた結果,V/III比の低い条件での成長が有効であることを見出した.しかし,低V/III比の条件下での成長ではガリウム砒素基板が分解してしまう問題があった.これを解決する手段としてAlGaN混晶層を用いることを見出し,平坦性の良い結晶の成長に成功した.この平坦性の良い結晶成長技術及び劈開端面形成プロセスによりシングルヘテロレーザ構造素子を作製し,窒素レーザで励起した結果,立方晶III族窒化物半導体としては初めて誘導放出光の観測に成功した.これにより本研究で得られた立方晶III族窒化物半導体結晶がレーザ応用可能な品質であることが実証された.さらに,ダブルヘテロ構造の素子において閾値の低下を確認した.

 以上のように,ガリウム砒素基板上の立方晶系III族窒化物半導体結晶技術についての研究を進め,有機金属気相エピタキシャル成長法によりGaN薄膜結晶およびAlGaN混晶の高品質化に成功した.この結晶を用いてレーザ素子構造の作製を進め,立方晶系III族窒化物半導体から初めて誘導放出光を得ることに成功した.この結果,劈開が容易なガリウム砒素基板上での立方晶系III族窒化物半導体レーザの実現可能性が高まった.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「立方晶III族窒化物半導体のMOVPE成長とその評価」と題し、有機金属気相エピタキシャル成長(MOVPE)法を用いた立方晶GaN薄膜および立方晶AlGaN薄膜の成長特性および光学的性質を詳細な実験により明らかにし、さらに高品質の立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造結晶において誘導放出を初めて実現したことを述べたものであり、全6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。GaNに代表されるIII族窒化物半導体は、青色・紫外域の発光素子用材料として開発が進み、すでに半導体レーザの実用化に至っているが、それらは六方晶系の結晶構造を有する通常相に限られており、サファイア基板を一般に用いているために、レーザ共振器端面形成プロセスに結晶の劈開を用いることが難しかったこと、これに対して、III族窒化物半導体は立方晶系の結晶構造も可能であること、さらにGaAsを基板として立方晶に基づくレーザ構造を作製できれば、結晶の劈開を用いた端面形成が可能となり、安価で大量生産可能なIII族窒化物半導体レーザの実現が期待できることなどの背景を述べた上で、レーザへの応用が可能な品質の立方晶III族窒化物半導体結晶の成長技術を確立することが本研究の目的であることを述べている。

 第2章では「GaAs基板上の立方晶GaNのMOVPE成長」と題して、有機金属気相エピタキシャル成長(MOVPE)法によるGaAs(100)基板上の立方晶GaNの成長とその最適化について述べている。低温成長GaNバッファ層上に高温成長GaN層を得る二段階成長法が、高温成長層における転位密度の低減および基板結晶の熱分解防止に有効であることを明らかにし、従来の立方晶GaNの成長温度より格段に高い950℃で立方晶GaNの成長を実現した。さらにV族とIII族の原料供給比が比較的低い条件が立方晶GaN結晶の高品質化に重要であることを明らかにした。以上により、六方晶の混入がほとんどみられない立方晶GaNの結晶成長に成功した。高品質結晶の室温でのバンド端近傍のフォトルミネッセンス発光ピークの半値幅は約70meVであり,従来の報告値である約200meVに比べてきわめて小さく、大幅な結晶品質の向上が実現している。

 第3章では「立方晶GaNのフォトルミネッセンス」と題して、高品質な立方晶GaNの低温を主とするフォトルミネッセンスに関する詳細な検討結果について述べている。バンド端近傍の発光は32-800Kの温度範囲で確認され、発光起源は150K以下では束縛励起子、150-500Kでは自由励起子、500K以上ではバンド間遷移によるものとみなせる。低温で強い発光を示すドナ-アクセプタ対発光は、150Kより高温では自由電子-アクセプタ発光に遷移している.シリコン添加GaNでは、低温においてドナ-アクセプタ対発光の強度が無添加試料と比較して強く、またピークエネルギーは高エネルギー側にシフトしており、キャリア濃度の高い特徴を示した。また、マグネシウム添加GaNでは、マグネシウムの関与した二つのアクセプタ準位が形成されることを見出している。さらに、窒素雰囲気中の熱処理によりマグネシウムが活性化されることを、熱処理により自由電子-アクセプタ発光からドナ-アクセプタペア発光へ遷移することから明らかにした。

 第4章では「立方晶AlGaN混晶のMOVPE成長」と題して、立方晶AlGaN混晶の成長条件の検討と結晶の光学的評価結果について述べている。高温成長GaN薄膜上にAlGaNを成長することにより,六方晶相からの発光がほとんどない立方晶AlGaNの成長にはじめて成功した.Al濃度が大きくなるにつれて不純物炭素の取り込みが顕著となる課題があったが、分解性の高いトリエチルアルミニウムをアルミニウム原料として用いることで解決している。また、各組成の混晶の室温フォトルミネッセンス評価より、バンドギャップエネルギーとアルミニウム濃度xとの関係が、x<0.5の範囲でほぼ3.20+1.85x[eV]となることを見出した。アルミニウム濃度が0.5を越えると急激に発光効率が悪化するが、この原因としてバンド構造が直接遷移型から間接遷移型へ変化することによる可能性を指摘している。

 第5章では「光励起による誘導放出光」と題して、レーザ構造に近い素子を作製し、レーザ応用へ向けた評価を行った結果について述べている。AlGaN混晶層を用いることにより平坦性の良いヘテロ構造結晶の成長を実現した。また、劈開端面形成プロセスによりシングルヘテロ構造レーザ素子を作製し、窒素レーザ励起により、立方晶III族窒化物半導体として初めての誘導放出光の観測に成功した。さらに、ダブルヘテロ構造の素子において誘導放出光閾値の低下を確認している。以上により、本研究で得た立方晶III族窒化物半導体結晶がレーザ応用可能な品質であることを実証している。

 第6章は、本論文の総括であり、本研究で明らかにされた高品質立方晶GaNおよびAlGaNの結晶成長および発光特性に関する知見、さらに実証された光励起誘導放出に関する成果が要約されているとともに、立方晶III族窒化物半導体のレーザダイオードへの応用可能性への展望が示されている。

 以上をまとめると、本論文では立方晶GaNおよびAlGaNの有機金属気相成長における高品質結晶成長の要件および発光特性が詳細にわたり明らかにされており、またレーザダイオードへの応用の可能性が実証的に示されている。それにより窒化物半導体の新しい応用を切り開く物理的・技術的課題を解決している点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク