学位論文要旨



No 214948
著者(漢字) 山崎,英之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ヒデユキ
標題(和) 次世代半導体デバイス開発のための高性能二次イオン質量分析法の研究
標題(洋)
報告番号 214948
報告番号 乙14948
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14948号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 坂本,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)は半導体デバイスの開発・製造における各プロセスの評価手段として現在広く利用されている分析技術であるが、半導体デバイスの発展とともにさらに高度な分析技術が要求されている。

 本研究では、次世代半導体デバイスの分析評価に対応可能な高性能二次イオン質量分析法を開発することを目的とし、(1)分析精度の向上、(2)微量不純物元素の深さ方向分析における検出限界の向上、及び(3)深さ方向分解能を向上させる分析技術の研究を行った。

2.分析精度の試料ホルダー形状依存性に関する検討

 二次イオンを効率的に引き出すために試料に印加する高電圧は、試料面と引き出し電極間に電場を形成するが、試料ホルダーの窓エッジ部での段差により生じる電場ひずみによって、二次イオンの測定強度が影響される問題がある。本研究では、二次イオン強度が変化する領域の試料ホルダー形状依存性を明らかにした。又、電場ひずみの問題を解消するため、窓エッジ部をなだらかに加工した改良型試料ホルダーの有効性を示した。

3.二次イオン運動エネルギーのフィルタリングによる微量不純物元素の深さ方向分析

 炭素、酸素などの大気成分元素やスパッタ膜の堆積時にスパッタガスとして用いられるアルゴンなどの希ガス元素の半導体材料への混入は、半導体デバイスの電気的・機械的特性に大きな影響を与える。このため、大気成分元素や希ガスについて、ppm(1016atoms/cm3)以下の検出限界での高感度分析が重要となっている。大気成分元素の分析は、試料分析室内の水、ハイドロカーボンなどの残留ガス成分が試料表面に吸着する等して、試料中に含まれる元素と同様に、区別されることなく二次イオンとして検出されるため、検出限界を低下させる問題がある。希ガス元素の分析では、そのイオン化率が低いため高感度分析が困難である。本研究では、水素、炭素、窒素、酸素、及びアルゴンの深さ方向分析おける検出限界を向上させる分析技術を開発することを目的とし検討を行った。

 その結果、試料内部から発生する二次イオンは試料分析室内の残留ガスに由来する二次イオンと比較して、試料表面垂直方向の運動エネルギー成分が大きく、又横方向のエネルギー成分が小さいことを見出した。エネルギーフィルタにより残留ガス成分に由来する二次イオンを抑制し、試料内部からの二次イオンの検出率を増大させることで、高度な真空技術やスパッタ速度を増大させることなく検出限界を従来技術より1桁ほど向上させる分析技術を開発した。窒素、アルゴンの二次イオン化プロセスは、試料表面上空100μm以内の真空中で生じている(気相イオン化)ことを確認し、気相イオンもエネルギーフィルタ技術により検出することで高感度分析が可能になった。又、窒素やアルゴンの質量干渉イオンは、試料表面で形成されることから、エネルギーフィルタリング法は、質量干渉イオンを除去するためにも有効であることが示された。

4.SIMSマトリックス効果と定量分析への影響

 p/n接合形成技術では、ドーピング元素の高ドーズイオン注入技術が展開しているが、イオン注入量の高精度定量分析が重要である。Siウェーハ表面に絶縁膜やエピタキシャル膜を形成する工程では、膜質とウェーハ表面の自然酸化膜などの不純物汚染量との関係を把握することが要求されている。しかし、ドーピング元素や不純物元素が高濃度であると、低濃度領域とは異なる二次イオン化率が予想される。本研究の目的は、高濃度ホウ素、及び酸素のSIMS分析における二次イオン化率について検討することである。

 検討の結果、ホウ素の濃度が1×1020atoms/cm3を超えると二次イオン強度と濃度との間の比例関係が失われることが判った。酸素濃度の分析では、X線光電子分光法(XPS)を併用し、酸素濃度が9×1014atoms/cm2(酸化膜厚:0.66nm)を上回ると、二次イオン増大効果が現れることが判明した。従って、ホウ素及び酸素のSIMS分析では、上記濃度よりも低ければ高精度定量分析が可能であることが判った。又、二次イオン化率が変化する現象のメカニズムの解明も行った。その結果、高濃度ホウ素の二次イオン生成メカニズムは、ボンドブレーキングモデルと電子トンネリングモデルで説明できることが判った。高濃度ホウ素の定量分析の信頼性を高めるには、スパッタ表面の電子状態を把握することが重要であると考えられた。高濃度酸素分析における二次イオン化率増大現象は、バンド構造モデル及びイオンペアー生成モデル、並びに酸化膜の構造変化によって説明できることが判った。高濃度酸素の高精度SIMS分析は困難で、透過型電子顕微鏡(TEM)、或いはXPSによる膜厚評価が必要であると考えられた。

5.最表面不純物汚染元素の定量分析技術

 最表面においては、二次イオン化率が過渡的に変化するため高精度定量分析は困難であった。この問題を解決するために試料と同一組成の材料を試料表面に堆積させた後、分析を行う手法がある。本研究の目的は、エンキャップ膜の最適膜厚と繰り返し測定精度の一次イオンのエネルギー依存性を検討することである。

 一次イオンの照射エネルギーが14.5keVのとき、最適膜厚は130nmであることが判った。繰り返し測定精度は、一次イオンのエネルギーが高いほど向上することが判った。本研究により、シリコンウェーハ最表面不純物汚染元素の高精度定量分析が可能になった。

6.ポリアトミック一次イオンによる深さ方向分析

 p/n接合を浅くする方向で技術が展開している。このため、深さ方向分解能を1 nmに高める分析技術の開発が要求されている。本研究の目的は、酸素クラスター一次イオン(O+,O2+,O3+)による深さ方向分析により、クラスター一次イオンビームの有効性を検討することである。

 検討の結果、深さ方向分解能(λ)は、クラスターサイズnの一次イオンの照射エネルギー、照射角度がそれぞれE、θのとき、〓で表され、クラスターサイズの増大とともに深さ方向分解能が向上することを見出した。表面遷移領域の幅も一次イオンビームを構成する原子の1個当たりのエネルギーの低下とともに減少することが判った。酸素クラスター一次イオンビームは、薄膜など浅い領域における不純物元素の深さ方向濃度分布を高感度に分析するのに有効であることが示された。

7.次世代半導体材料の分析評価への応用

『Si中酸素外方拡散の熱処理雰囲気依存性』

 Si結晶中の酸素は、ウェーハの機械的強度や熱処理による酸素析出物の形成に関与している。酸素析出物によって誘起される結晶欠陥が素子を形成するウェーハ表層に存在するとその電気的特性が劣化する。一方、結晶欠陥がウェーハ内部に存在すると製造プロセス中に発生する金属汚染を捕獲する役割を果たすメリットがある。従って、ウェーハ表層は内部に比べて酸素濃度を低くすることが必要で、ウェーハの高温熱処理技術が開発されている。本研究の目的は、同一規格のSiウェーハを水素及びアルゴン雰囲気下で1200℃1時間熱処理した試料における酸素深さ方向濃度分布を評価することである。

 分析結果から、酸素外方拡散プロファイルの熱処理雰囲気依存性は無いことが判った。一方、ウェーハ内部に生じる酸素析出物は、水素雰囲気の方がアルゴン雰囲気に比べて形成されやすいことを見出した。雰囲気ガスの昇温レートが遅いと酸素析出量が増大することが知られている。従って、上記現象は、アルゴンガスよりも比熱が大きい水素ガスの方が昇温レートが遅いために生じたと結論した。

『ウェーハ表面の有機物汚染の分析・評価』

 異なる製造プロセス間において、siウェーハを一時的に保管するプラスチック製キャリアケースが用いられている。本研究では、キャリアケースから発生するアウトガスによって汚染されたウェーハ表面の汚染量について、保管時間及びキャリアケースの材質依存性を評価した。

 検討の結果、保管時間とともにウェーハ表面汚染量が増大することを確認した。キャリアケースの材質によってウェーハ表面汚染量が異なることも判った。又、これは、プラスチックの物理的・化学的安定性によることを示した。

8.総括

 本研究では、次世代半導体デバイスの開発に対応可能な高性能二次イオン質量分析法の開発を行った。具体的には、分析精度を向上させるための技術、超微量大気成分元素やアルゴン不純物の高感度深さ方向分析技術、最表面不純物汚染元素の定量分析技術及び、深さ方向分解能を向上させる分析技術を開発した。又、高濃度ホウ素や酸素分析における問題点と分析法を示した。開発した分析技術を次世代半導体材料の分析評価へ応用し、半導体プロセスの評価に適用可能であることが示された。本研究で検討した分析技術は、Si系半導体材料、LSI製造プロセスの評価だけでなく、化合物半導体や金属材料の評価にも応用が可能であり有効であると結論した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「次世代半導体デバイス開発のための高性能二次イオン質量分析法の研究」と題し、高度情報化時代を実現するための次世代半導体デバイスの開発における分析評価に対応可能な高性能二次イオン質量分析法(SIMS)を開発することを目的とし、定量分析精度の向上、微量不純物元素の深さ方向分析における検出限界向上、ならびに深さ方向分解能向上に関するSIMS分析技術を格段に進歩させるための研究を行ったものであり、全8章からなる。

 第1章は、序論で半導体デバイスの開発状況と要求される分析評価技術、及びSIMS分析技術の歴史と特徴等本研究の背景を述べ、又本研究の目的と論文の構成を述べている。

 第2章では、分析試料中の測定位置により分析精度が大きく左右されることを見いだし、その改善方策に関する検討結果を述べている。まず、試料ホルダーの形状により二次イオン強度が変化する原因を明らかにした後、この形状の最適化のためのシミュレーションを行い、相対誤差3%以内で分析することを可能にした。

 第3章では、二次イオン運動エネルギーのフィルタリングを最適化することにより微量不純物元素の深さ方向分析法を高感度化するための方策を研究し、H,C,N,O及びAr等ガス成分を分析する際に問題となる試料分析室内の水、炭化水素等の残留ガス成分の影響や炭素含有質量干渉イオンを抑制するための方法について検討した。即ち、まず、試料内部から発生する二次イオンは試料分析室内の残留ガスに由来する二次イオンと比較して、試料表面垂直方向の運動エネルギー成分が大きく、又横方向のエネルギー成分が小さいこと、また、NやArの二次イオンは、試料表面上空100μm以内の真空中においても生成すること、さらに、炭素含有分子イオンは、試料表面で形成されることを明らかにした後、二次イオンに運動エネルギーフィルタを施すことにより試料表面からの二次イオンを抑制し、試料内部由来の二次イオンの検出率を増大させ、さらに気相分子より発生する二次イオンによる干渉を除去することで、検出限界を従来技術より1桁以上向上させることに成功した。

 第4章では、SIMSマトリックス効果と定量分析への影響について、高濃度ホウ素、及び酸素のSIMS分析における二次イオン化率異常現象とそのメカニズムを詳細に検討し、高濃度ドーピング条件下の定量分析法を確立した。高濃度ドーピング条件下で二次イオン化率が異常に変化する現象は、高濃度ホウ素の場合はボンドブレーキングモデルと電子トンネリングモデルにより、また、高濃度酸素の場合はバンド構造モデル、イオンペアー生成モデル、並びに酸化膜の構造変化によって説明できることを示した。

 第5章は、最表面不純物汚染元素の定量分析法について、エンキャップ法の最適膜厚と繰り返し測定精度の一次イオンのエネルギー依存性を示した。これにより、Siウェーハ最表面不純物汚染元素の高精度定量分析を可能とした。

 第6章では、ポリアトミック(クラスター)一次イオンを用いることにより、深さ方向分解能が向上し、浅い領域における不純物元素の深さ方向濃度分布を高感度に分析することが可能になることについて述べている。即ち、一次イオンのクラスターサイズを増大させると表面遷移領域の幅は減少し、深さ方向分解能が向上することが明らかになった。

 第7章は、以上述べた新しい分析法を次世代半導体材料の分析評価へ応用し、半導体製造プロセスの信頼性の向上に貢献した実例について述べている。まず、ウェーハ内部に生じる酸素析出物は、水素雰囲気下における高温熱処理過程の方がアルゴン雰囲気熱処理に比べて形成され易いことを見出したが、酸素深さ方向濃度分布のプロファイルは熱処理雰囲気には依存しないことを明らかにした。また、Siウェーハを一時的に保管するプラスチック製キャリアケースからのアウトガスによるウェーハ表面有機物汚染量について検討した結果、保管時間とともにウェーハ表面汚染量が増大すること、又キャリアケースの材質によってウェーハ表面汚染量が異なることを明らかにした。

 第8章は以上の総括である。

 以上本論文は、次世代半導体デバイス開発のためのプロセス評価に役立つ二次イオン質量分析法について研究し、超微量大気成分元素およびアルゴン不純物の高感度深さ方向分析を確立するとともに、高濃度ドーピング条件下の定量分析の高精度化、最表面層における深さ方向分析の高精度化、ならびに深さ方向分解能向上のための方法論を提示するなど、半導体分析評価技術の高度化に関し大きな貢献をしている。また、本研究の成果は、種々の化合物半導体や金属材料の評価にも応用可能であり有効であると結論した。したがって、工業分析化学、半導体素子工学、物質情報工学等の各分野に対して貢献することが顕著である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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