学位論文要旨



No 214949
著者(漢字) 藤井,真理子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,マリコ
標題(和) 金融システムと資本市場の機能に関する研究 : リスク管理の視点から
標題(洋)
報告番号 214949
報告番号 乙14949
学位授与日 2001.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第14949号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 南谷,崇
 東京大学 教授 廣松,毅
内容要旨 要旨を表示する

 金融システムがリスクの問題をどのように扱うことができるかによって、経済活動の展開や家計の経済厚生は大きく変化する。本論文は、金融システムと資本市場が経済主体の直面するリスクの問題にどのような機能を果たすことによって合理的な対処を改善できるのか、また、そうした機能を果たすメカニズムのあり方と経済構造との関係を分析、検証し、リスク管理の視点からみた現代的な金融の機能とその展開を考察するものである。

 金融の最も古典的な機能は、決済を行い、流動性を提供し、家計部門の貯蓄超過を企業部門に仲介することである。この機能は引き続き重要であるが、より現代的には、そうした機能と並行的に、広い意味での投資に関わるリスクを移転、分散、あるいは、取引するためのサービスやツールを提供することが重要視されるにいたっている。

 世界経済は、ブレトン・ウッズ体制の崩壊と変動為替相場制への移行に始まる1970年代には2度の石油危機を経験し、80年代からの金融の自由化、国際化の進展、87年の株式市場における大暴落、旧社会主義経済圏をはじめとする市場経済化の進展、日本などの先進諸国における資産価格の高騰とその崩壊、90年代後半のアジア通貨危機など、数々の実物面、金融面でのショックに見舞われている。

 こうした流れは、いずれも経済主体の意思決定に係る不確実性を高め、市場リスクをはじめとするリスクへの合理的な対応を不可欠の課題としている。また、産業構造の展開を展望しても、従来の発展パターンと比較すると、今後成長が見込まれる新産業の特性などには多くの不確実性がともなっている。進行中のIT革命によって産業構造が大きく変わる可能性も考えられる。

 こうした状況での金融システムの役割を把握し、評価するため、第1章においては、金融に対する機能的アプローチにしたがい、金融が提供するサービスや役割をそれらが経済活動に対して果たす機能という観点から位置付け、現実の制度を考察する基本的枠組みを明確にした。各国の現実の金融システムは、歴史的発展の経緯もあり、銀行中心型システム、あるいは、市場中心型システムとしてそれぞれ特色あるシステムとなっている。これらのシステムを整理してみると資金の配分において異なるメカニズムとなっているだけではなく、リスクの取引や移転という機能の面でも特色に違いがある。最近では、情報通信技術の発展を一つの背景として、金融のサービスや取引の分野でも伝統的な制度の枠組みにとらわれない形態での展開がみられる。また、2つのシステムの相互作用から生じると理解されるような展開もあり、これらのシステムは相互に排他的であるわけではない。しかし、その機能の果たし方が異なるために、より高い機能を発揮すると考えられる経済条件や経済環境の前提が異なる面がある。第1章においては、これらの違いを論じ、実体経済の構造や仕組みが変化すれば、その条件のもとで効率的に機能できる金融システムのあり方が変化することを議論している。

 第2章においては、以上の考察に基づき、これまでの日本の金融システムについての実証的分析を行なった。日本の金融システムは、マクロ的な資金の流れの面からも1980年代後半までの時期においては銀行中心型システムと位置付けられる。銀行中心型システムでは資産価格に影響を与えるような経済に生じるさまざまなショックは、まず銀行セクターが保有する資産価格の変動で吸収される面がある。不動産担保、株式保有の仕組みの下で展開されてきた日本の銀行セクターにおけるポートフォリオの構造は、地価と株価に対する継続的上昇期待が実現している間は、合理的な融資保全とインターテンポラルなリスクシェアリング機能発揮のためのメカニズムを提供していたと考えられる。また、メインバンク関係についても情報の処理を効率的に行なうだけでなく、メインバンクによる融資先企業の株式保有の意味をファイナンス理論の立場から分析すれば、投資のリスクに肯定的な利害関係者として成長促進的に機能していたとの仮説を提起することもできる。

 しかし、いくつかのデータを分析すると、1980年代における金融自由化の進展を背景として、銀行中心型システムのプラスの面は必ずしも経済パフォーマンスに反映されない状況となっている。第1に、産業別のデータをみると1980年代後半以降においては融資と各産業分野の業績指標の間に安定的な関係が見出し難い。第2に、銀行セクターの貸出ポートフォリオにおいてはリスクを分散、管理するとの視点は必ずしも明らかではなく、1970年代後半から不動産リスクを中心に、むしろ限られた産業分野への融資のシフトが継続している。

 資産価格インフレの時期を間にはさみ、1990年代以降はマクロ経済の資金循環の構造をはじめ、銀行セクターを取り巻く環境が変化している。そうした中にあっても情報コストの高い小規模企業においては引き続き融資への需要が存在し、また、家計の預金資産への選好も根強い。この意味で銀行セクターが資金やリスクの仲介、変換を効率的に行なう意義は依然として大きく、その機能を果たしうるポートフォリオの再構築が必要であろう。

 資本市場の機能に関連しては、その前提として、市場における情報処理の問題が極めて重要である。第3章では、「市場の効率性」に関する実証研究を行っている。市場システムは、多様なリスクを扱える点において、また、市場参加者の分権的な判断で資金の配分を行なうため、将来の見通しに不確実性が高く多様な見解がある状況ではより効率的に「経済全体における意見の集約」を行なうことができる点において、リスクを処理する機能の面で優れた特色を有しているとも評価できる。これは、市場メカニズムが本来持っている機能に基本的に由来するが、こうした機能が成り立つかどうかは、市場が価格形成のための情報を効率的に処理できる機能を有していると考えられるか否かに決定的に依存する。

 本論文では、投資信託についての実証分析を通じて市場の情報処理の問題についての検証を行なった。日本のデータを対象とした投資信託のパフォーマンスに関する実証研究はほとんど行われていない。オープン型の株式投信を対象に、米国での先行研究とも比較可能な形で行なった分析の主要な結論は、米国での研究結果とは異なり、基本的には投資信託の相対的なパフォーマンスにpersistenceはみられず、市場の効率性が支持されること、すなわち、投資信託の運用者が保有する情報セットで市場をアウトパフォームすることは難しい、ということである。この結論については、トラックレコードを用いた投資戦略のシミュレーションを行なうことによってロバストネスをチェックしている。なお、最近のデータではpersistenceが示唆される部分がやや観察されること、他方、資産価格モデル(CAPM)を想定して投資成果の水準を評価すると、対象とした1989年から1999年までの間のサンプルについては継続的な超過収益の存在は認められないこと、との結果も得られた。

 第4章においては、現実の制度、システムを対象に第1章、第2章で論じた金融の機能とリスク管理の問題について、その経済厚生に及ぼす意味を明らかにするために、金融の機能を資本市場において取引される「証券」の形で抽象化し、理論モデルを展開している。この過程においてリスクの類型を考え、現代的な経済活動に伴うリスクの類型がどのような資本市場や金融システムの機能により対処されるのかをシミュレーションを行って明らかにした。すなわち、金融システムがリスク管理の手段や仕組みを与えることができるメカニズムは、対象とするリスクの類型によって基本的に異なるが、近年重要性を増しているのは、すべての経済主体に一様に影響を及ぼすような類型のリスクであり、本源的な証券の発行などの本質的な金融革新を必要とする分野である。世界経済のグローバル化やシンクロナイゼーションといわれるような状況がこうしたリスクの問題の背景にある。近年急拡大している派生資産取引の経済機能は、上記の意味での本質的金融革新とは異なるが、取引コスト等の面で新たな類型のリスクへの対処手段として有効に機能しうる点に意味を有している。

 本質的な金融革新の意義は、リスクの配分を変える金融取引を可能とすることによって消費者の将来の選択を変更し、資源配分を変更することによって社会的な厚生を改善することにある。このメカニズムをシミュレーションでの均衡を解くことで示した。同時に、上記の分析と一体として資産価格の体系を分析した。資本市場における均衡価格が完備市場においては裁定の関係から得られることを数値解で示すとともに、裁定が働く市場モデルの下で金融革新にコストがかかる場合のイノベーションの可能性を論じた。この分析から、金融のイノベーションには公共財的側面があることが指摘される。

 第5章では、新しい経済環境に対応した金融システムの機能を確保する方向性を見出してゆく必要性や市場の機能を高めてゆくための取り組みの重要性など、第4章までの分析を踏まえた政策的インプリケーションを議論している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「金融システムと資本市場の機能に関する研究-リスク管理の視点から-」と題し、5章から成る。金融メカニズムのあり方と経済構造との関係を分析、検証することによって、リスク管理の視点からみた現代的な金融の機能とその展開を考察したものであり、金融システムと資本市場が経済主体の直面するリスクの問題に対してどのような機能を果たすことができるかについて、貴重な知見を与えている。

 現代の経済においては、リスクを移転、分散、取引することが、金融の機能として重要視されるにいたっている。とりわけ1970年代以降は、世界経済の変遷や経済構造の変化が経済主体の意思決定に係る不確実性を高め、リスクへの合理的な対応を不可欠の課題としている。また、IT革命に典型的にみられるように、今後成長が見込まれる新産業の特性には多くの不確実性がともなっている。

 第1章においては、このような変化を背景として、金融が提供するサービスや役割をそれらが経済活動に対して果たす機能という観点に則して位置付け、現実の制度を考察する基本的枠組みを明確にしている。各国の現実の金融システムは、銀行中心型システム、あるいは、市場中心型システムとしてそれぞれ特色あるシステムとなっている。これらのシステムは、リスクの取引や移転という機能の面でも特色に違いがある。最近では、情報通信技術の発展もあり、金融のサービスや取引の分野でも伝統的な制度の枠組みにとらわれない形態での展開がみられる。この章では、実体経済の構造や仕組みが変化すれば、効率的に機能できる金融システムのあり方が変化することを論じている。同時に、機能的アプローチの立場から2つのシステムの統合的理解を展開しており、制度分析に重点を置く従来のアプローチに比較して、斬新な視点を与えるものである。

 第2章においては、日本の金融システムについて、銀行中心型システムと位置付けられる1980年代後半までの時期とその後の時期を比較しつつ、パフォーマンスに関する実証的な考察を行っている。融資と各産業分野での業績指標との関係、貸出ポートフォリオの動向の分析から、経済構造の変化と金融システムの機能の対応関係に変化が生じてきていること、しかし、1990年代以降の環境が変化している中にあっても、銀行セクターが資金やリスクの仲介、変換を効率的に行なう意義は依然として大きく、その機能を果たしうるポートフォリオの再構築が必要であることを論じている。

 第3章では、「市場の効率性」に関する実証研究を行っている。市場が適切に機能していると評価できるかどうかは、市場が価格形成のための情報を効率的に処理できる機能を有していると考えられるか否かに決定的に依存する。この章では、投資信託についての実証分析を通じてこの問題についての検証を行っている。分析の主要な結論は、基本的には投資信託の相対的なパフォーマンスにpersistenceはみられず、市場の効率性が支持されること、すなわち、投資信託の運用者が保有する情報セットで市場をアウトパフォームすることは難しい、ということである。この分析は、広範なデータベースを構築してテストを行っており、この分野における実証上の新たな貢献としてその価値が高く評価される。

 第4章においては、現実の金融システムを対象に第1、2章で論じられた金融の機能とリスクの問題について、理論モデルを展開している。金融システムがリスク管理の手段や仕組みを与えることができるメカニズムは、対象とするリスクの類型によって基本的に異なることを示し、また、近年重要性を増しているリスクの類型と金融革新の関係についての考察を行っている。本質的な金融革新の意義は、リスクの配分を変える金融取引を可能とすることによって消費者の資源配分を変更し、社会的な厚生を改善することにある。本研究では、均衡をシミュレーションで解くことでこのメカニズムを示している。同時に、モデルにおける資産価格の体系を分析し、金融のイノベーションには公共財的側面があることを指摘している。

 第5章は、結論に相当する部分であり、本論文をまとめ、今後を展望している。新しい経済環境に対応した金融システムの機能を確保する方向性を見出してゆく必要性や市場の機能を高めてゆくための取り組みの重要性など、第4章までの分析を踏まえた政策的インプリケーションを議論している。

 以上でみたように、本論文は、金融システムの分析をリスクの管理という視点から行なうことにより、重要で有益な多くの知見を示しており、経済工学および金融工学の発展に貢献するところが極めて大きい。

 よって本論文は、博士(学術)の請求論文として合格と認められる。

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