学位論文要旨



No 214950
著者(漢字) 上月,裕一
著者(英字)
著者(カナ) コウヅキ,ヒロカズ
標題(和) 有機アニオン系化合物の肝取り込みに占めるsodium taurocholate cotransporting polypeptideおよびorganic anion transporting polypeptide1の寄与
標題(洋)
報告番号 214950
報告番号 乙14950
学位授与日 2001.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14950号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 近年,リード化合物創製のためのcombinatorial chemistry, high throughput screening手法の必要性が唱えられ,実践されている.一方,これまで,in vitroの薬効の強さのみを指標にして医薬品の開発を進めていった場合,それらの薬物動態的特性のために開発を断念する例が続出している.こうした経験を通して,開発の早い段階で薬物動態特性の至適化の必要性が唱えられ始めている.開発初期段階における動態予測が重要と思われる対象は,消化管吸収性の予測,肝代謝の予測,胆汁及び尿排泄の予測が考えられる.このうち肝代謝に関しては,ヒト肝ミクロソーム,ヒト肝細胞,ヒトP-450発現系を用いたin vitro代謝試験により,消化管吸収性の予測に関しては,ヒト大腸癌由来のCaco-2細胞を用いる方法により,ある程度可能となりつつある.一方,胆汁及び尿排泄の予測に関しては,現在そのスクリーニング系は検討段階にある.

 胆汁及び尿排泄は,生体の異物の解毒機構として重要な役割を果たしている.一方,多くの医薬品に対し,肝腎への取り込み,排泄過程に輸送担体の関与が報告されている.更に,肝腎における輸送担体と医薬品動態の関わりが明らかになっている多くの実例がある.こうした輸送特性を医薬品の開発初期のスクリーニング段階で把握できれば,効率の良い開発が可能になるものと考えられる.そこで,本研究においては,胆汁排泄の最初のステップである,輸送担体を介した肝取り込み過程に焦点をおき,検討を加えた.

 近年,薬物の肝取り込み機構が分子レベルで解明されつつある.有機アニオンを取り込む輸送担体としては,Na+非依存性のorganic anion transporting polypeptide(oatp1-3),multispecific organic anion transporter(oat2-3),Na+依存性のsodium taurocholate cotransporting polypeptide(Ntcp)の存在が知られている.更に,clone化されたこれら輸送担体のcRNAをoocyteにinjectionする事により,またcDNAを哺乳類細胞にtransfectionする事により,これら輸送担体の基質認識特異性が明らかになりつつある.しかしながら,薬物の肝取り込みに輸送担体がどの程度寄与しているかに関する研究はほとんどなされていない.輸送担体の寄与を定量的に見積もる方法が確立されれば,医薬品開発の早い段階での薬物動態特性の至適化に向け,有用な情報を与えることができるものと考えられる.そこで本研究においては,初代培養肝細胞及びNtcp,oatp1発現細胞を用いて,有機アニオン系化合物の肝取り込みに占める輸送担体の寄与を見積もる方法の確立を行った.

 また,医薬品開発の初期の段階において,薬物間相互作用を予測することは,臨床上の副作用を回避する上で非常に重要である.肝,腎への取り込み,排泄過程が輸送担体を介して行われる場合,輸送担体レベルでの相互作用が生じる可能性がある.しかしながら,輸送担体による相互作用の予測に関しては,未だスクリーニング系は検討段階にある.更に,医薬品開発の初期の段階においては,リード化合物及びその一連の構造類似体が候補にあげられる.従来,リード化合物の輸送に対する阻害実験により,類似構造体の輸送特性を予測する方法が提唱されてきている.この方法論は,阻害剤が必ず基質になりうる場合のみ成立するものであるが,その妥当性は実証されていない.そこで本研究においては,Ntcp及びoatp1発現細胞への取り込みに対する有機アニオンの阻害効果を検討し,肝細胞と比較することにより,阻害実験を基にして輸送担体の基質認識性を推定できる否か,更には,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測し得るか否かの検討を行った.

1 有機アニオン系化合物の肝取り込みに占めるNtcpの寄与

 目的化合物の肝取り込みにNtcpがどの程度寄与するかを決定するために,目的化合物及びそのほとんどがNtcpにより輸送される事が知られているtaurocholate(TC)の,肝細胞及びNtcp発現細胞への取り込みを測定し,比較検討を行った.Rhepは目的化合物の肝取り込みクリアランスをTCの肝取り込みクリアランスで除した値,Rcosは発現細胞における同様の値と定義し,RcosをRhepで除した値をNtcpの寄与率とした.

 最初に,Ntcp発現細胞のキャラクタリゼーションを行った.Western blot解析により,発現細胞におけるNtcpの分子サイズは,肝臓に比べ減少が認められたが,これは糖鎖の欠落によるものと考えられた.またその発現量は,肝細胞および発現細胞においてほぼ同程度であった.TCのNa+依存性の取り込みに対するKmおよびVmaxは,肝細胞およびNtcp発現細胞で良好な一致を示した(Km=17.7vs.17.4μM;Vmax=1.63vs.1.45nmol/min/mg protein).これらの結果をもとに,本発現細胞を用いてNtcpの寄与率を見積もった.その結果,glycocholateにおいて約80%,cholate(CA)において約40%であった.一方,肝細胞において少なくとも一部はNa+依存性の取り込みが観察されたいくつかの有機アニオンにおいては,Ntcpの寄与はほとんどないことが示された(表1).以上の様に,本方法を用いることにより,化合物の肝取り込みに占めるNtcpの寄与を決定することができた.

2 有機アニオン系化合物の肝取り込みに占めるoatp1の寄与

 oatp1に対してもNtcpと同様の検討を進めた.Western blot解析により,発現細胞におけるoatp1の分子サイズは,肝臓に比べ減少が認められたが,これは糖鎖の欠落によるものと考えられた.またその発現量は,肝臓の1/7程度であった.17β-estradiol-d-glucuronide(E217βG)の取り込みのKmは,肝細胞および発現細胞でほぼ同程度(12.3vs.20.4μM)であったが,Vmaxは発現細胞で肝細胞の1/7程度であった(1.30vs.0.175nmol/min/mg protein).従って,これらの結果をもとに,本発現細胞を用いて,Ntcpと同様の方法論に基づき,E217βGを基準化合物とし,oatp1の寄与率を見積もった.その結果,TCおよびCAで50-60%以上,estrone-3-sulfateおよびE3040 sulfateで20-30%であった.一方,肝細胞においてNa+非依存性の取り込みが観察されたいくつかの有機アニオンにおいては,oatp1の寄与はほとんどないことが示された(表2).以上の様に,本方法を用いることにより,化合物の肝取り込みに占めるoatp1の寄与を決定することができた.

3 肝細胞及びNtcp,oatp1発現細胞への取り込みに対する有機アニオン系化合物の阻害効果

 肝細胞及びNtcp発現細胞によるTCの取り込みは,9種の胆汁酸及びNtcpの寄与はほとんどないindomethacin,BQ-123を含む5種の有機アニオンにより,両細胞系ともにほぼ同程度に濃度依存的な阻害をうけ,阻害効果は両細胞系で良好な相関を示した.同様に,肝細胞及びoatp1発現細胞によるE217βGの取り込みは,oatp1の寄与はほとんどないBQ-123,pravastatin,indomethacinを含む15種の有機アニオンにより,両細胞系ともにほぼ同程度に濃度依存的な阻害をうけ,阻害効果は良好な相関を示した.以上より,Ntcp,oatp1の基質とはならないいくつかの化合物においても,これら輸送担体による取り込みを肝細胞と同程度に阻害し,阻害実験を基に輸送担体の基質認識性を推定できないことが明らかとなった.一方,肝細胞及び発現細胞において同程度の阻害が認められたことから,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測し得るものと考えられた.

【結論】

 初代培養肝細胞及びNtcp,oatp1発現細胞を用いて,目的化合物と基準化合物の輸送速度を比較する事により,肝取り込みに占める各輸送担体の寄与率を見積もる方法を提唱し,有機アニオン系化合物を用いて実践した.本方法は,医薬品の肝取り込みに占める寄与率を決定できる有用な方法であるものと考えられる.

 また,Ntcpあるいはoatp1の基質とはならないいくつかの化合物においても,これら輸送担体による取り込みを肝細胞と同程度に阻害し,阻害実験を基に輸送担体の基質認識性を推定できないことが明らかとなった.一方,肝細胞及び発現細胞において同程度の阻害が認められたことから,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測しうる事が示された.

 以上,本研究により,医薬品開発の初期段階での薬物動態特性の至適化に向け,有用な知見を与えることができた.

表1 有機アニオン系化合物のNa+依存性の肝取り込みに占めるNtcpの寄与率

表2 有機アニオン系化合物のNa+非依存性の肝取り込みに占めるoatp1の寄与

審査要旨 要旨を表示する

 近年,薬理活性のみならず薬物動態学的特性の優れた化合物を医薬品開発初期のスクリーニング段階でピックアップしようとするhigh throughput screeningの動きが高まってきている.一方,多くの医薬品に対し,肝,腎への取り込み,排泄過程に輸送担体の関与が報告されているにも関わらず,現在そのスクリーニング系は未だ確立していない。そこで本研究においては,医薬品開発の初期段階での薬物動態特性の至適化に向け,初代培養肝細胞およびNtcp,oatp1発現細胞を用いて,有機アニオン系化合物の肝取り込みに占める輸送担体の寄与を見積もる方法の検討がなされた.併せて,発現細胞への取り込みに対する有機アニオンの阻害効果を検討し,肝細胞と比較することにより,阻害実験を基にして輸送担体の基質認識性を推定できる否か,更には,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測し得るか否かについて検討された.

1. 有機アニオン系化合物の肝取り込みに占めるNtcpの寄与

 Ntcpを発現させたCOS-7細胞,および初代培養ラット肝細胞への有機アニオンの取り込みを比較することにより,肝取り込みに占めるNtcpの寄与率を,taurocholate(TC)を基準化合物として規格化することにより決定した.最初に,Ntcp発現細胞の性質が調べられた.Western blot解析により,発現細胞におけるNtcpの分子サイズは,肝臓に比べ減少が認められたが,これは糖鎖の欠落によるものと考えられた.またその発現量は,肝細胞および発現細胞においてほぼ同程度であった.TCのNa+依存性の取り込みに対するKmおよびVmaxは,肝細胞およびNtcp発現細胞で良好な一致を示した(Km=17.7vs.17.4μM;Vmax=1.63 vs.1.45nmol/min/mg protein).従って,Ntcpの糖鎖は,輸送担体の親和性および輸送活性に影響を及ぼさないことが示唆された.これらの結果をもとに,本発現細胞を用いてNtcpの寄与率を見積もった.その結果,glycocholateにおいて約80%,cholate(CA)において約40%であった.一方,肝細胞において少なくとも一部はNa+依存性の取り込みが観察されたいくつかの有機アニオン系化合物(BSP-SG,E3040 glucuronide,E3040 sulfate,ibuprofen,ouabain)の肝取り込みにおいては,Ntcpの寄与はほとんどないことが示された.

2. 有機アニオン系化合物の肝取り込みに占めるoatp1の寄与

 oatp1に対しても17β-estradiol-d-glucuronide(E217βG)を基準化合物とし,Ntcpと同様の検討がなされた.Western blot解析により,発現細胞におけるoatp1の分子サイズは,肝臓に比べ減少が認められたが,これは糖鎖の欠落によるものと考えられた.またその発現量は,肝臓の1/7程度であった.E217βGの取り込みのKmは,肝細胞および発現細胞でほぼ同程度(12.3vs.20.4μM)であったが,Vmaxは発現細胞で肝細胞の1/7程度であった(1.30vs.0.175nmol/min/mg protein).従って,oatp1の糖鎖は,輸送担体の親和性および輸送活性に影響を及ぼさないことが示唆された.これらの結果をもとに,本発現細胞を用いてoatp1の寄与率を見積もった.その結果,TCおよびCAで50-60%以上,estrone-3-sulfateおよびE3040 sulfateで20-30%であった.一方,肝細胞においてNa+非依存性の取り込みが観察されたいくつかの有機アニオン系化合物(ibuprofen,pravastatin,ouabain,DNP-SG,E3040 glucuronide)の肝取り込みにおいては,oatp1の寄与はほとんどないことが示された.

 以上示した方法論が肝臓に発現している主要な輸送担体の全てに対して適用されるならば、当該化合物の肝取り込みに種々の輸送担体の寄与を決定することが可能になると思われる.

3. 肝細胞およびNtcp,oatp1発現細胞への取り込みに対する有機アニオン系化合物の阻害効果

 Ntcpおよびoatp1を発現させたCOS-7細胞を用いて,それぞれの代表的基質であるTC,E217βGの取り込みに対する有機アニオン(胆汁酸を含む)の阻害効果を検討し,肝細胞と比較した.その結果,肝細胞及びNtcp発現細胞によるTCの取り込みは,9種の胆汁酸及びNtcpの寄与はほとんどないindomethacin,BQ-123を含む5種の有機アニオンにより,両細胞系ともにほぼ同程度に濃度依存的な阻害をうけ,阻害効果は両細胞系で良好な相関を示した.同様に,肝細胞及びoatp1発現細胞によるE217βGの取り込みは,oatp1の寄与はほとんどないBQ-123,pravastatin,indomethacinを含む15種の有機アニオンにより,両細胞系ともにほぼ同程度に濃度依存的な阻害をうけ,阻害効果は良好な相関を示した.以上より,Ntcp,oatp1の基質とはならないいくつかの化合物においても,これら輸送担体による取り込みを肝細胞と同程度に阻害し,阻害実験を基に輸送担体の基質認識性を推定できないことが明らかとなった.一方,肝細胞及び発現細胞において同程度の阻害が認められたことから,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測し得るものと考えられた.

 以上より,初代培養肝細胞およびNtcp,oatp1発現細胞を用いて,目的化合物と基準化合物の輸送速度を比較する事により,肝取り込みに占める各輸送担体の寄与率を見積もる方法を提唱し,有機アニオン系化合物を用いて実践した.本方法は,医薬品の肝取り込みに占める寄与率を決定できる有用な方法であるものと考えられる.また,Ntcpあるいはoatp1の基質とはならないいくつかの化合物においても,これら輸送担体による取り込みを肝細胞と同程度に阻害し,阻害実験を基に輸送担体の基質認識性を推定できないことが明らかとなった.一方,肝細胞及び発現細胞において同程度の阻害が認められたことから,輸送担体発現細胞を用いた阻害実験から,輸送担体による薬物間相互作用を予測しうる事が示された.本研究により,医薬品開発の初期段階での薬物動態特性の至適化に向け,有用な知見を与えることができ,博士(薬学)の学位を授与するに値するものと考えられた.

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