学位論文要旨



No 214952
著者(漢字) 魚津,公一郎
著者(英字)
著者(カナ) ウオツ,コウイチロウ
標題(和) プロテインキナーゼCの光アフィニティーラベリング
標題(洋)
報告番号 214952
報告番号 乙14952
学位授与日 2001.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14952号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 影近,弘之
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 講師 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 ホルボールエステルは動物実験における強力な発癌プロモーター活性が知られており、また細胞レベルにおいては、プロテインキナーゼC(PKC)に結合し活性化することが知られている。ホルボールエステルとPKCの相互作用を明らかにすることは、発癌プロモーションメカニズムの解明、細胞内情報伝達メカニズムの解明につながると考えられる。そこで筆者は光アフィニティラベリングを主な手法として用いることにより、ホルボールエステルとPKCの相互作用の解明を行うことを計画した。

1. ホルボールエステルの構造活性相関と光アフィニティープローブのデザイン

 PKC活性化剤の構造活性相関に関するモデルがいくつか提唱されており、PKCとの結合において、岸らはホルボールの3、9、20位の酸素官能基、板井・首藤らは3、4、20位の酸素官能基が重要であると指摘している。また本研究に着手した後、Zhangらは、PKCのホルボールエステル結合部位とホルボール13-アセテートの複合体のX線結晶構造解析に成功しているが、その結晶構造ではホルボールの3、4、20位の酸素官能基がPKCと水素結合をしている。これによりホルボールエステルの構造活性相関については明らかになったと思われたが、この結晶構造に関してはいくつかの点で疑問がもたれた。すなわち、この結晶構造は高親和性結合に必須なホスファチジルセリンを含むリン脂質膜を欠いており、またホルボールエステルも12位の疎水性基を持たない結合親和性の低いホルボール13-アセテートが用いられていることである。

 柴崎・杉田らは、11-デメチル-13-デオキシホルボールエステルアナログを設計・合成していおり、合成した化合物についてPKCへの結合親和性とPKC活性化能を検討したところ13-デオキシホルボール誘導体の結合親和性はPMAの10分の1程度であり、PKC活性化能についてはほとんど見られていないことを報告している。この結果はホルボール13位アセトキシル基がホルボールエステル-PKC相互作用において重要である可能性をはじめて指摘している。

ティーラベリングを試みた例が知られているが、光反応性基を12位疎水基上に有していたため、複合体において光反応性基は脂質膜に埋もれてしまいPKCから離れた場所に位置していたために、光照射によりリン脂質をラベルするのみで蛋白成分のラベルに成功した例は知られていない。蛋白質成分であるPKCを効率良くラベルするためには、光反応性基が脂質膜ではなくPKCの近傍に位置するようにデザインする必要がある。上に記した13-デオキシホルボール誘導体の活性評価の結果から、ホルボールエステルの13位アシル基がPKCと水素結合による相互作用をしている可能性が高いと考えた。したがって、その13位に光反応性基を導入すれば光照射により生成したカルベンは脂質ではなくPKCの近傍に位置し、ホルボールエステルとPKCの間に共有結合が効率良く形成される可能性が高いと考えた。そこで13位に光反応性基としてジアゾアセチル基またはトリフルオロジアゾプロピオニル基を導入し、12位には蛍光ラベルとしてピレン基を導入した化合物をデザインし、合成を行った。

 これらの化合物が光アフィニティープローブとして有効であるためには、PKCへの高い結合親和性を持つことが必須である。そこで結合親和性を調べたところトリフルオロメチル基を有するPPTDはPMAと同程度、PPDAはPMAの1/10程度とどちらも十分に高い親和性を持つことが示された。またPKCの活性化能についてはPPTDがPMAの1/10、PPTDがPMAの1/100程度であった。

2. PKCの光アフィニティーラベリング

 そこでこれらのプローブを用いてPKCの光アフィニティーラベリング実験を行うこととした。蛋白質試料としてはラット脳より部分精製した粗精製物を用いた。必要なコファクター存在下[3H]PPDAをインキュベートしたのちUVランプで光照射し、蛋白成分を未反応のプローブと分離し、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離した。ゲルを切り取り、各フラクションに含まれる放射活性を測定した。その結果、PKCを含むフラクションに放射活性が認められPKCとホルボールエステルの間に共有結合が形成されたことを示した。同様の実験を過剰量のPMA存在下に行うと、このフラクションのラベルは抑えられ、このラベルが特異的であることを示している。

 次に、単一のPKCアイソザイムを用いた光アフィニティーラベリングを行った。PKCとしてヒトリコンビナントPKCβ1、プローブとして[3H]PPTDを用いている。その結果、PKCを含むフラクションの放射活性は、過剰量のPMAにより抑制され、特異的なクロスリンクが生成していることを確認した。

 次に、その他のPKCアイソザイムについても光アフィニティーラベリング実験を行った。PKCα、γ、εをもちいたいずれの場合にも、特異的クロスリンクの形成が認められ、過剰量のPMA存在下ではそのクロスリンクが抑制され、特異的なクロスリンクであると判断できた。PPDA、PPTDどちらを用いた場合もほぼ同等のクロスリンク収率を与えている。この実験はホスファチジルセリンから調製した脂質膜を用いているが、用いる膜成分により光アフィニティーラベリングの効率が変化する可能性がある。そこで、PKCアッセイに用いられている人工的な膜系であるトリトンX-100-ホスファチジルセリンミックスミセル系を用いた実験を行った。

 この系では、ミセル表面とPKCとの非特異的な相互作用が弱く、非特異的なクロスリンクが抑えられる可能性があると考えた。結果として、非特異的なクロスリンクは完全には抑えられなかったものの、PPTDを用いた場合には、ホスファチジルセリン膜を用いた場合よりも特異性の高いクロスリンクを与えた、これに対して、PPDAを用いた場合は、ミックスミセルを用いた系では、非常に低いクロスリンク収率を与えるのみであった。この結果はそれぞれのプローブの生成するカルベン種の反応性の違いによると考えられ、光反応性プローブのデザインにおいて興味深いものである。

3. ホスファチジルセリンへの特異的クロスリンクの生成

 以上のようにPKCとホルボールエステルの相互作用には脂質膜が重要な役割を果たしていることが示唆されるが、本系のような光アフィニティーラベリングの系においては、プローブと脂質膜との間のクロスリンクの形成も考えられる。そこで、光アフィニティープローブとホスファチジルセリンとの間にクロスリンクが形成される可能性について検討した。光アフィニティープローブをホスファチジルセリン、カルシウムイオン存在下、PKCとインキュベートし、254nmの光で照射した。得られた混合物にアセトンを加え沈殿物を生成させ、得られた沈殿に含まれる放射活性を測定した。沈殿中に含まれる放射活性は競合剤として過剰量のPDBu存在下行うと抑制されること、および同様の実験をPKC非存在下行うとこの放射活性がほとんど認められないことから、特異的なものと判断される。この沈殿物をシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分離を行い、得られたTLCをオートラジオグラフィーで解析した。その結果、ホスファチジルセリンとほぼ同じRfに放射活性を持ったスポットが検出された。このスポットはRf値からホスファチジルセリンと光アフィニティープローブとのクロスリンク体であると考えられる。同様の実験を競合剤として過剰量のPDBu存在下行うと、このスポットの生成は抑制されることから、このクロスリンクは特異的なクロスリンクであることが示された。この結果から、ホルボールエステル13位アセトキシル基周辺はPKCの近傍に位置しているのみでなく、ホスファチジルセリンの疎水基部分の近傍にも位置していることが示され、ホルボールエステル13位アシル基周辺、すなわちホルボールエステルC環α面、は疎水性領域としてPKCおよびホスファチジルセリンと相互作用をしている可能性があると考えた。

 以上まとめると筆者は11-デメチル-13-デオキシホルボールエステルの生物活性評価の結果から光アフィニティプローブを設計、合成し、PKCの光アフィニティーラベリング実験を行った。その結果PKCの光アフィニティーラベリングを行うことに初めて成功し、ホルボール13位アシル基の重要性を示した。また、PKCとのクロスリンクが生成するとともに、光アフィニティプローブとホスファチジルセリンとの間にも特異的なクロスリンクが形成することを明らかにした。これらの結果は、ホルボールエステル13位アシル基周辺の構造活性相関を考えるうえで有用な知見を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ホルボールエステルは動物実験における強力な発癌プロモーター活性が知られており、また細胞レベルにおいては、プロテインキナーゼC(PKC)に結合し活性化することが知られている。ホルボールエステルとPKCの相互作用を明らかにすることは、発癌プロモーションメカニズムの解明、細胞内情報伝達メカニズムの解明につながると考えられる。そこで魚津公一郎は光アフィニティラベリングを主な手法として用いることにより、ホルボールエステルとPKCの相互作用の解明を行うことを計画した。

1. ホルボールエステルの構造活性相関と光アフィニティープローブのデザイン

 PKC活性化剤の構造活性相関に関するモデルがいくつか提唱されており、PKCとの結合において、岸らはホルボールの3、9、20位の酸素官能基、板井・首藤らは3、4、20位の酸素官能基が重要であると指摘している。また本研究に着手した後、Zhangらは、PKCのホルボールエステル結合部位とホルボール13-アセテートの複合体のX線結晶構造解析に成功しているが、その結晶構造ではホルボールの3、4、20位の酸素官能基がPKCと水素結合をしている。これによりホルボールエステルの構造活性相関については明らかになったと思われたが、この結晶構造に関してはいくつかの点で疑問も持たれた。すなわち、この結晶構造は高親和性結合に必須なホスファチジルセリンを含むリン脂質膜を欠いており、またホルボールエステルも12位の疎水性基を持たない結合親和性の低いホルボール13-アセテートが用いられていることである。

 魚津公一郎は柴崎・杉田らの13-デオキシホルボール誘導体の活性評価の結果から、ホルボールエステルの13位アシル基がPKCと水素結合による相互作用をしている可能性が高いと考えた。したがって、その13位に光反応性基を導入すれば光照射により生成したカルベンは脂質ではなくPKCの近傍に位置し、ホルボールエステルとPKCの間に共有結合が効率良く形成される可能性が高いと考えた。そこで13位に光反応性基としてジアゾアセチル基またはトリフルオロジアゾプロピオニル基を導入し、12位には蛍光ラベルとしてピレン基を導入した化合物をデザインし、PPDA及びPPTDの合成を行った。

 これらの化合物が光アフィニティープローブとして有効であるためには、PKCへの高い結合親和性を持つことが必須である。そこで結合親和性を調べたところいずれの化合物も十分に高い親和性を持つことが示された。

2. PKCの光アフィニティーラベリング

 そこでこれらのプローブを用いてPKCの光アフィニティーラベリング実験を行うことを計画した。蛋白質試料としてはラット脳より部分精製した粗精製物を用いた。必要なコファクター存在下[3H]PPDAをインキュベートしたのちUVランプで光照射し、蛋白成分を未反応のプローブと分離し、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離した。ゲルを切り取り、各フラクションに含まれる放射活性を測定した。その結果、PKCを含むフラクションに放射活性が認められPKCとホルボールエステルの間に共有結合が形成されたことを示した。同様の実験を過剰量のPMA存在下に行うと、このフラクションのラベルは抑えられ、このラベルが特異的であることを示している。

 次に、単一のPKCアイソザイムを用いた光アフィニティーラベリングを行った。PKCとしてヒトリコンビナントPKCβ1、プローブとして[3H]PPTDを用いた。その結果、PKCを含むフラクションの放射活性は、過剰量のPMAにより抑制され、特異的なクロスリンクが生成していることを確認した。

 次に、その他のPKCアイソザイムについても光アフィニティーラベリング実験を行った。PKCα、γ、εを用いたいずれの場合にも、特異的クロスリンクの形成が認められ、過剰量のPMA存在下ではそのクロスリンクが抑制され、特異的なクロスリンクであると判断できた。PPDA、PPTDどちらを用いた場合もほぼ同等のクロスリンク収率を与えている。

3. ホスファチジルセリンへの特異的クロスリンクの生成

 以上のようにPKCとホルボールエステルの相互作用には脂質膜が重要な役割を果たしていることが示唆されるが、本系のような光アフィニティーラベリングの系においては、プローブと脂質膜との間のクロスリンクの形成も考えられる。そこで、光アフィニティープローブとホスファチジルセリンとの間にクロスリンクが形成される可能性について検討した。光アフィニティープローブをホスファチジルセリン、カルシウムイオン存在下、PKCとインキュベートし、照射した。得られた混合物にアセトンを加え沈殿物を生成させ、得られた沈殿物をシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分離を行い、得られたTLCをオートラジオグラフィーで解析した。その結果、ホスファチジルセリンとほぼ同じRf値に放射活性を持ったスポットが検出された。このスポットはRf値からホスファチジルセリンと光アフィニティープローブとのクロスリンク体であると考えられる。同様の実験を競合剤として過剰量のPDBu存在下行うと、このスポットの生成は抑制されることから、このクロスリンクは特異的なクロスリンクであることが示された。この結果から、ホルボールエステル13位アセトキシル基周辺はPKCの近傍に位置しているのみでなく、ホスファチジルセリンの疎水基部分の近傍にも位置していることが示され、ホルボールエステル13位アシル基周辺、すなわちホルボールエステルC環α面、は疎水性領域としてPKCおよびホスファチジルセリンと相互作用をしている可能性があると考えた。

 以上、魚津公一郎はプロテインキナーゼCの光アフィニティーラベリングを行い細胞内シグナル伝達の解明において有用な知見を得た。今後の医薬化学に貢献できうる可能性があり、博士(薬学)に相当する業績と判断した。

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