学位論文要旨



No 214953
著者(漢字) 柴田,健志
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ケンジ
標題(和) エンドセリン拮抗ペプチドRES-701-1の誘導体合成とその環状部分構造の他の生理活性ペプチドへの利用
標題(洋)
報告番号 214953
報告番号 乙14953
学位授与日 2001.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14953号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 藤井,勲
内容要旨 要旨を表示する

1)はじめに

 エンドセリン(ET)は、非常に強力な血管収縮作用を有する内因性ペプチドであり、その作用を阻害することは、高血圧症をはじめいくつかの病態の改善につながることが期待されている。ヒトのET受容体はこれまでにA型(ETA)とB型(ETB)が同定されている。RES-701-1は協和発酵工業(株)東京研究所におけるETB選択的受容体拮抗剤探索研究の中で見出された、放線菌の培養上清由来のペプチド性化合物である。RES-701-1は16アミノ酸より成っており、N末側には、N末Glyのアミノ基と9位Aspの側鎖カルボキシル基との間のアミド結合により形成される特異な環状構造を有している(Fig.1)。

 RES-701-1が、当初報告の無かったETB選択的な結合活性を示すことと、ペプチド性化合物として非常に興味深い一次構造を有することから、その化学合成、三次元構造解析、誘導体合成などの検討を行った。

2)RES-701-1の化学合成と三次元構造

 一般的なペプチド合成の手法により合成したRES-701-1の環状構造部分(1-10)と、別途樹脂上に合成したC末端側のフラグメントとを固相上で縮合するという手法により、RES-701-1の化学合成を試みた。得られたペプチドは質量分析において、微生物由来のRES-701-1と全く同一の分子量であることが確認されたが、微生物由来のRES-701-1に較べて1000倍以上も弱いETB結合活性しか示さなかった。

 1H-NMRによる立体構造解析から、微生物由来のRES-701-1は11-16位のC端部分がN末側の環状構造の「輪」の内部を貫通した立体構造を有していることが明らかとなった。一方上記手法による化学合成品は、環状部分とC端側ペプチド鎖との間に相互作用は観測されず、微生物由来のRES-701-1とは、一次構造は同一であっても立体構造が全く異なっていることが明らかとなった。

3)RES-701-1のC端アミノ酸置換誘導体

 RES-701-1は、ETと同様にC末端にTrp残基を有しており、ET-1においてはこのC末Trp残基が活性発現に必須であることが報告されている。そこで、RES-701-1におけるC末端Trpの役割を明らかにするために、各種アミノ酸置換体を合成し、その受容体結合活性を調べた。

 合成は、微生物由来のRES-701-1を酵素処理して得たC端のTrp残基を除去したRES-701-1(1-15)を用いて行った。予想に反してTrpの除去によってもETB受容体に対する結合活性は大きくは減弱せず、Phe、Tyr、β-ナフチル-L-アラニン、D-Trpなど、芳香族系のアミノ酸残基への置換によっても、ほぼ同程度の結合活性を有していることが分かった。一方でGlyやAlaへの置換は、より大幅に活性を減弱させた。さらに、C末端カルボキシル基の受容体結合における役割を調べる目的で、C端メチルエステル体、ベンジルエステル体、アミド体、デカルボキシル体を合成した。ETBに対する結合活性はベンジルエステルを除いてほぼ保たれたが、メチルエステルのみがETAに対しても強い結合活性を示すことが分かった。

 以上のように、エンドセリンにおけるC末端Trp残基と同様に、RES-701-1のC末端Trp残基もその受容体結合に重要であることが明らかとなったが、それらの役割には異なった面もあることが分かった。

4)RES-701-1とエンドセリンとのハイブリッドペプチドおよびその直鎖状誘導体

 ET類は、生理活性発現に重要な役割を持つ二つの構造的特徴を有している。すなわち、N末側の二つのジスルフィド結合から成る環状構造と、C末側に集中する疎水性的アミノ酸残基、である。RES-701-1も同様の一次配列上の特徴を有していると考えられる。そこで、RES-701-1の特異な環状部分構造に、ET類のC末端配列を付加した、RES-701-1(1-10)/ET-1(12-21)ハイブリッド型ペプチド(12,Fig.2)を設計、合成し、その受容体結合活性を調べた。

 RES-701-1の環状部分ペプチドや、ET由来のC末ペプチドだけてはETB受容体に対する結合活性は非常に弱いのに対して、ハイブリッドペプチド12は、RES-701-1よりもさらに強いETB結合活性を示した。しかも、ET-1はETA/ETB両受容体に対してほぼ同程度の親和性を有するのに対し、ハイブリッドペプチドはRES-701-1の有するETB受容体特異性を保持していた。

 このハイブリッド型ペプチドが高い受容体結合活性を示した理由は、RES-701-1由来環状部分ペプチドがC末側ペプチド鎖と相互作用し、C末側ペプチド鎖の立体構造を安定化したことであると推察している。後述するようにRES-701-1由来環状ペプチドに他の生理活性ペプチドを結合させた誘導体で、N末側環状部分とC末側ペプチド鎖との間の相互作用が観測されていることから、本ハイブリッドペプチドでも上記の構造安定化作用が類推できる。

 RES-701-1は、その環状構造が活性発現に必須であり、同一配列を有する直鎖状ペプチドには有意な受容体結合活性は認められない。一方で、上記RES-701-1/ET-1ハイブリッドペプチドは、直鎖状にしても、非常に強いETB結合活性と選択性を保持していることが分かった(13(KT7421),Fig.2)。この直鎖状ハイブリッドペプチドKT7421をもとに多種の誘導体を合成し、その受容体結合活性と、ETAまたはETBをトランスフェクトしたCOS-7細胞内のCa2+濃度上昇を指標にアゴニスト/アンタゴニスト活性を調べた。

 まず、RES-701-1由来のN末端側アミノ酸の置換あるいは欠失体を合成した誘導体は、KT7421と同様にETBに対して強い結合活性と選択性を有していた。また、C末端TrpをPheに置換すると、ET-1における報告と同様に活性が大幅に減弱した。KT7421に関して、ET受容体発現COS-7細胞に対する作用を調べたところ、ETAに対しては高濃度でET-1の作用を阻害するアンタゴニストとして働くのに対し、ETBに対しては低濃度で単独でCa2+濃度上昇を引き起こすアゴニストとして働いていることが分かった。ETBアゴニストがETAアンタゴニスト活性を併せ持つ例はこれまでに報告がない。

 ET-1の誘導体では、18、19位を置換することでETA、ETB両受容体に対してアンタゴニストとして働くようになることが報告されている。そこで、ETBに対してアゴニスト作用を示す上記ハイブリッドペプチドにおいても、ET-1の18、19位に相当する位置、すなわち17、18位を置換することで、受容体選択性の変化やアゴニスト/アンタゴニストの変換ができると期待し、この部分のアミノ酸を置換した誘導体合成と評価を行った。18位IleをLeuに置換するとETAに対する親和性が大幅に向上すると同時にETBに対する親和性は低下し、ETA/ETB非選択的な受容体結合特性を示すようになった。この[Leu18]体はETBに対してアゴニストとして働くことが分かったが、さらに17位AspをThrに置換した[Thr17,Leu18]体はアンタゴニストとして働くことが判明した。17位はETBに対してアゴニスト作用を示すかアンタゴニスト作用を示すかに重要な残基であり、18位はETA/ETBの選択性に重要な残基であると考えられる。そこで17位をSerあるいはThrに、さらに18位をLeu、Met、β-チエニル-L-アラニン(Thi)、β-シクロヘキシル-L-アラニン(Cha)等に置換した誘導体を種々合成し、受容体結合活性とアゴニスト/アンタゴニスト作用を調べた。受容体選択性の面では、[Thr17,Leu18]体、[Thr17,Cha18]体はETA/ETB非選択的(ETA/ETBに対するIC50値<10)、[Ser17,Met18]体、[Thr17,Thi18]体はETB選択的(ETA/ETBに対するIC50値>10)であった。アゴニスト/アンタゴニスト作用に関しては、ETAに対しては作用の強弱はあるが全てアンタゴニストとして作用し、ETBに対してはアンタゴニストであるものも数種存在することが分かった。すなわち上述の[Thr17,Leu18]体以外に、[Thr17,Met18]体、[Ser17,Met18]体、[Thr17,Thi18]体は、ETBを介したET-1による細胞内Ca2+濃度上昇を抑制した。ETA/ETB両受容体に対する選択性とETBに対してアゴニストかアンタゴニストかの2つの観点から、以下の4タイプの誘導体が創製できたと言える。すなわち、1)弱いETAアンタゴニスト活性を持つETB選択的アゴニスト、2)弱い町アンタゴニスト活性を持つETB選択的アンタゴニスト、3)強いETAアンタゴニスト活性を併せ持つETBアゴニスト、4)ETA/ETB非選択的アンタゴニスト、の4種である。これらは、エンドセリン受容体の生体内での役割を解明する上での重要なツールとなり得る。

5)RES-701-1の環状部分構造を利用した生理活性ペプチドの立体構造安定化

 RES-701-1の環状部分構造は、RES-701-1自身の活性発現や、蛋白質分解酵素による分解への耐性を示すのに、必要不可欠である。ET-1(12-21)にRES-701-1の環状部分ペプチドを結合させた場合にも、受容体結合活性が大幅に向上した。このペプチドは直鎖状にしても活性は保持されていたが、蛋白分解酵素の一つズブチリシンによって、環状構造を持つペプチドに比べ非常に早く分解されることが分かった。ET-1の(12-21)部分はターン構造を有しており、この構造が受容体結合に重要であると考えられている。RES-701-1/ET-1ハイブリッドペプチドでは、C末側の構造がRES-701-1環状部分ペプチドによって安定化され、活性向上に加えてプロテアーゼに対する安定性も向上させたと推測できる。そこで私は、RES-701-1環状部分ペプチドが、そのC末側に結合した様々なペプチドの溶液中での立体構造、とりわけターン構造を安定化し、その結果として活性や酵素分解に対する安定性の向上を達成できるのではないかと予測した。この予測を検証するために、まずRES-701-1環状部分ペプチドに、ターン構造を有する次の2種のペプチドを結合し、それらの生理活性とプロテアーゼに対する安定性を調べた。一つは、細胞と細胞外マトリックスとの接着を阻害することが知られているRGD配列を有するペプチド(RGDペプチド)、もう一つは、細胞増殖シグナル伝達に重要なファルネシルトランスフェラーゼ(FTase)阻害ペプチドである(Fig.3)。

 ヒトフィブロネクチンの配列に由来する2種類の典型的なRGDペプチド(48a,49a)を、RES-701-1環状部分ペプチドに結合したもの(48b,49b)について、マウス表皮癌細胞株のマウスフィブロネクチンに対する接着阻害活性を指標に生理活性を調べた。一つのペプチド48aでは、RES-701-1環状部分ペプチドを結合することにより、IC50値にして約4倍の活性向上が認められた。このペプチドでは、環状ペプチド結合により、トリプシンに対する安定性も大幅に向上することが分かった。

 ヒトN-RasのC末端部分に由来する2種のFTase阻害ペプチドについても環状ペプチドと結合し、Ras蛋白質のファルネシル化を指標に生理活性を調べたところ、50bは50aに比べ阻害活性が3倍に向上した。また、プロリルエンドペプチダーゼに対する安定性も大幅に向上していることが分かった。

 さらに、ナトリウム利尿ペプチド(NP)のクリアランス受容体(NP-CRe)結合阻害ペプチドについてもRES-701-1の環状ペプチド結合の効果を調べた。NP-CRe結合ペプチドとしてANPの部分ペプチド52aが知られている。これにRES-701-1の環状ペプチドを結合させたところ、NP-CRe結合活性が約10倍にも向上した。このペプチドに関してNMRによる立体構造解析を行ったところ、環状ペプチド部分のTrp3、Ala7、Pro8と、C端側ANP部分ペプチド配列中のPhe11、Ile15との間にNOEが観測され、環状部分がC端側ペプチド鎖と相互作用し、C端側ペプチド鎖の立体構造の安定化に寄与していることが直接示された。

 この事実から、上記ET-1部分ペプチド、RGDペプチドおよびFTase阻害ペプチドに関しても、RES-701-1環状部分ペプチドがC端側のそれぞれのペプチド鎖と相互作用し、その立体構造を安定化することが、生理活性および/またはプロテアーゼに対する安定性の向上につながったものと考えられる。

 一般にペプチドをそれ自身環状化することで立体構造を安定化し、生理活性や生体内での安定性を向上させることは知られているが、上記のように、全く由来の異なる別の環状ペプチドを結合することで同様の効果を得ることは、全く新しく、また応用範囲も広いペプチド安定化法である。

6)まとめ

 非常に特異的な一次構造及び立体構造を有するエンドセリン拮抗ペプチドRES-701-1の部分的な構造活性相関を明らかにし、エンドセリンの生理的意義を解明する上での重要なツールとなりうる様々な誘導体を創製することができた。

 加えて、RES-701-1の環状部分ペプチドを用いて、各種生理活性ペプチドの立体構造を安定化し、生理活性や生体内安定性の向上をはかる新たな手法を見いだすことができた。

Fig.1:Structure of RES-701-1

Fig.2 Structures of RES-701-1,ET-1 and their hybrid peptides.

Fig.3.Structures of RES-701-1(1)and biologically active peptides coupled with the cyclic moiety of 1.

審査要旨 要旨を表示する

1)はじめに

 エンドセリン(ET)は、非常に強力な血管収縮作用を有する内因性ペプチドであり、その作用を阻害することは、高血圧症をはじめいくつかの病態の改善につながることが期待されている。ヒトのET受容体はこれまでにA型(ETA)と:B型(ETB)が同定されている。RES-701-1は協和発酵工業(株)東京研究所におけるETB選択的受容体拮抗剤探索研究の中で見出された、放線菌の培養上清由来のペプチド性化合物である。RES-701-1は16アミノ酸より成っており、N末側には、N末Glyのアミノ基と9位Aspの側鎖カルボキシル基との間のアミド結合により形成される特異な環状構造を有している(Fig.1)。

 RES-701-1が、当初報告の無かったETB選択的な結合活性を示すことと、ペプチド性化合物として非常に興味深い一次構造を有することから、柴田健志はその化学合成、三次元構造解析、誘導体合成などの検討を行った。

2)RES-701-1の化学合成と三次元構造

 RES-701-1の環状構造部分(1-10)と、別途合成したC末端側のフラグメントとを固相上で縮合するという手法により、RES-701-1の合成を試みた。得られたペプチドは質量分析において、微生物由来のRES-701-1と全く同一の分子量であることが確認されたが、微生物由来のRES-701-1に較べて1000倍以上も弱いETB結合活性しか示さなかった。

 本合成と1H-NMRによる立体構造解析から、微生物由来のRES-701-1は11-16位のC端部分がN末側の環状構造の「輪」の内部を貫通した立体構造を有していることが明らかとなった。

3)RES-701-1のC端アミノ酸置換誘導体

 RES-701-1は、ETと同様にC末端にTrp残基を有しており、ET-1においてはこのC末Trp残基が活性発現に必須であることが報告されている。そこで、RES-701-1におけるC末端Trpの役割を明らかにするために、各種アミノ酸置換体を合成し、その受容体結合活性を調べた。予想に反してTrpの除去によってもETB受容体に対する結合活性は大きくは減弱せず、Phe、Tyr、β-ナフチル-L-アラニン、D-Trpなど、芳香族系のアミノ酸残基への置換によっても、ほぼ同程度の結合活性を有していることが分かった。一方でGlyやAlaへの置換は、より大幅に活性を減弱させた。さらに、C末端カルボキシル基の受容体結合における役割を調べる目的で、C端メチルエステル体、ベンジルエステル体、アミド体、デカルボキシル体を合成した。ETBに対する結合活性はベンジルエステルを除いてほぼ保たれたが、メチルエステルのみがETAに対しても強い結合活性を示すことが分かった。

4)RES-701-1とエンドセリンとのハイブリッドペプチドおよびその直鎖状誘導体

 柴田健志は、RES-701-1の特異な環状部分構造に、ET類のC末端配列を付加した、RES-701-1(1-10)ET-1(12-21)ハイブリッド型ペプチド(12,FiG.2)を設計、合成し、その受容体結合活性を調べた。その結果、ハイブリッドペプチド12は、RES-701-1よりもさらに強いETB結合活性を示した。しかも、ET-1はETA/ETB両受容体に対してほぼ同程度の親和性を有するのに対し、ハイブリッドペプチドはRES-701-1の有するETB受容体特異性を保持していた。このハイブリッド型ペプチドが高い受容体結合活性を示した理由は、RES-701-1由来環状部分ペプチドがC末側ペプチド鎖と相互作用し、C末側ペプチド鎖の立体構造を安定化したことであると推察している。

 RES-701-1は、その環状構造が活性発現に必須であり、同一配列を有する直鎖状ペプチドには有意な受容体結合活性は認められないが、上記RES-701-1/ET-1ハイブリッドペプチドは、直鎖状にしても、非常に強いETB結合活性と選択性を保持していることが分かった(13(KT7421),Fig.2)。そこで、この直鎖状ハイブリッドペプチドKT7421をもとに多種の誘導体を合成し、その受容体結合活性と、受容体発現細胞内のCa2+濃度上昇を指標にアゴニスト/アンタゴニスト活性を調べた。

 まず、ETB選択的結合ペプチドの代表例として、KT7421に関してET受容体発現COS-7細胞に対する作用を調べたところ、ETAに対しては高濃度でET-1の作用を阻害するアンタゴニストとして働くのに対し、ETBに対しては低濃度で単独でCa2+濃度上昇を引き起こすアゴニストとして働いていることが分かった。ETBアゴニストがETAアンタゴニスト活性を併せ持つ例はこれまでに報告がない。

 ET-1の誘導体に関する報告を参考にし、受容体選択性の変化やアゴニスト/アンタゴニストの変換を意図して、17、18位を置換した誘導体の合成と評価を行った。18位IleをLeuに置換すると、ETA/ETB非選択的な受容体結合特性を示すようになった。この[Leu18]体はETBに対してアゴニストとして働くことが明らかとなったが、さらに17位AspをThrに置換した[Thrl7,Leu18]体はアンタゴニストとして働くことが判明した。合成した誘導体を受容体選択性の面から見ると、[Thr17,Leu18]体、[Thr17,Cha18]体はETA/ETB非選択的(ETA/ETBに対するIC50値く10)、[Ser17,Met18]体、[Thr17,Thi18]体は/ETB選択的(ETA/ETBに対するIC50値>10)であった。アゴニスト/アンタゴニスト作用に関しては、ETAに対しては作用の強弱はあるが全てアンタゴストとして作用し、ETBに対してはアンタゴニストであるものも数種存在することが分かった。ETA/ETB両受容体に対する選択性とETBに対してアゴニストかアンタゴニストかの2つの観点から、柴田健志は以下の4タイプの誘導体を創製したと言える。すなわち、1)弱いETAアンタゴニスト活性を持つETB選択的アゴニスト、2)弱いETAアンタゴニスト活性を持つETB選択的アンタゴニスト、3)強いETAアンタゴニスト活性を併せ持つETBアゴニスト、4)ETA/ETB非選択的アンタゴニスト、の4種である。

5)RES-701-1の環状部分構造を利用した生理活性ペプチドの立体構造安定化

 ET-1(12-21)にRES-701-1の環状部分ペプチドを結合させた場合、受容体結合活性が大幅に向上し、さらに直鎖状にしても活性は保持されていたが、直鎖状ペプチドは蛋白分解酵素の一つズブチリシンによって、環状構造を持つペプチドに比べ非常に早く分解されることが分かった。ET-1の(12-21)部分はターン構造を有しており、この構造が受容体結合に重要であると考えられている。RES-701-1/ET-1ハイブリッドペプチドでは、C末側の構造がRES-701-1環状部分ペプチドによって安定化され、活性向上に加えてプロテアーゼに対する安定性も向上させたと推測できる。そこで柴田健志は、RES-701-1環状部分ペプチドが、そのC末側に結合した様々なペプチドの溶液中での立体構造、とりわけターン構造を安定化し、その結果として活性や酵素分解に対する安定性の向上を達成できるのではないかと予測した。まずRES-701-1環状部分ペプチドに、ターン構造を有する次の2種のペプチドを結合し、それらの生理活性とプロテアーゼに対する安定性を調べた。一つは、細胞と細胞外マトリックスとの接着を阻害することが知られているRGD配列を有するペプチド(RGDペプチド)、もう一つは、細胞増殖シグナル伝達に重要なファルネシルトランスフェラーゼ(FTase)阻害ペプチドである(Fig.3)。

 2種類の典型的なRGDペプチド(48a,49a)を、RES-701-1環状部分ペプチドに結合したもの(48b,49b)は、癌細胞のフィブロネクチンに対する接着阻害活性が最高で約4倍に向上し、トリプシンなどのプロテアーゼに対する安定性も大幅に向上した。

 2種のFTase阻害ペプチド(50a,51a)についても環状ペプチドと結合することで、FTase阻害活性が最高で3倍に向上し、プロリルエンドペプチダーゼに対する安定性も大幅に向上した。

さらに、ナトリウム利尿ペプチド(NP)のクリアランス受容体(NP-CRe)結合阻害ペプチドとして知られているANPの部分ペプチド52aにRES-701-1の環状ペプチドを結合させたところ、NP-CRe結合活性が約10倍にも向上した。このペプチドに関してNMRによる立体構造解析を行ったところ、環状ペプチド部分のTrp3、Ala7、Pro8と、C端側ANP部分ペプチド配列中のPhe11、Ile15との間にNOEが観測され、環状部分がC端側ペプチド鎖と相互作用し、C端側ペプチド鎖の立体構造の安定化に寄与していることが直接示された。

 この事実から、上記ET-1部分ペプチド、RGDペブチドおよびFTase阻害ペプチドに関しても、RES-701-1環状部分ペプチドがC端側のそれぞれのペプチド鎖と相互作用し、その立体構造を安定化することが、生理活性および/またはプロテアーゼに対する安定性の向上につながったものと考えられる。

 以上、柴田健志の研究業績は、今後の医薬開発に重要な貢献をすると期待され、博士(薬学)に値すると判断した。

Fig.1:Structure of RES-701-1

Fig.2 Structures of RES-701-1,ET-1 and their hybrid peptides.

Fig.3.Structures of RES-701-1(1)and biologically active peptides coupled with the cyclic moiety of 1.

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