No | 214955 | |
著者(漢字) | 山城,徹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマシロ,トオル | |
標題(和) | トカラ海峡周辺における黒潮流軸・流速の変動特性 | |
標題(洋) | Characteristics of variations in current axis and velocity of the Kuroshio around the Tokara Strait | |
報告番号 | 214955 | |
報告番号 | 乙14955 | |
学位授与日 | 2001.02.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第14955号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 黒潮は,奄美大島と種子島の間のトカラ海峡を通って東シナ海から本州南岸域にはいり,本州南方では2つの典型的流路,すなわち大蛇行流路と非大蛇行流路を交互にとる(図1)。流量と流速が小さい時には,黒潮は非大蛇行流路をとり,流量と流速が大きい時には,大蛇行と非大蛇行両方の流路をとる。後者の場合,黒潮大蛇行はトカラ海峡の黒潮流軸が北側に変位している時に存在し,その形成と消滅に先駆けてトカラ海峡での流軸が,それぞれ北側と南側に変位していることが,これまでの観測データに基づく研究で明らかになっている。このように,トカラ海峡での黒潮の変動は,日本南岸域での黒潮大蛇行の消長に密接に関係している。 トカラ海峡での黒潮表面流軸の位置は,南西諸島の名瀬・中之島・西之表(図1)の潮位データを使ったKuroshio Position Index(KPI)と呼ばれる指標でモニターできる。しかし,実際には験潮所の基準高度が測定されていないので潮位の絶対値はわからず,潮位の長期間の平均値を適当に仮定してKPIを計算してきた。また,過去の研究では,月平均潮位値が使われており,時間的に粗い使い方しかされていない。そこで,第2章では,日平均潮位データを使ってKPIの特性を調べ,最良のKPIを求めた。さらに,そのKPIを用いてトカラ海峡での黒潮流軸の南北変動と大蛇行との関係を詳しく調べた。 トカラ海峡での黒潮は,流軸の緯度変化だけでなく,流軸の形状,すなわち正弦曲線のような波形をとる蛇行の形状も,下流の日本南岸域での黒潮流路に大きく影響すると考えられる。事実,その波形の曲率がある程度大きくなると本州南岸で大蛇行流路にはならず,大蛇行流路をとるにはトカラ海峡での流路の曲率が小さくないといけないことが,モデル研究で示されている。そこで,第3章では,我が国の現業官庁によって取られてきた水温データと第2章でのKPIを使って,トカラ海峡周辺での黒潮表面流軸を作図し,その形状の特徴(波形の振幅や波長,曲率など)を調べ,大蛇行・非大蛇行流路に対応して特徴の異なることを明らかにした。 黒潮の変動は深さで異なる可能性があるので,海面流軸だけでなく亜表層の流軸・流速の変動特性を調べることも重要である。そのため,トカラ海峡中央に係留系を設置し,深さ360mと560mで水温と流速の連続測定を行った。第4章ではそれらの時系列を解析し,水温・流速変動の特性を調べ,KPIから見積った黒潮表面流軸の南北変動との関係を明らかにした。 2.トカラ海峡での黒潮流軸位置の南北変化 トカラ海峡における黒潮表面流軸の位置の指標KPIはKPI=b/a=(X+Mx)/(Y+My) (1)で定義される。ここで,aは名瀬-西之表の潮位差(図2のa),bは中之島-西之表の潮位差(図2のb)であり,MxとMyは中之島-西之表と名瀬-西之表の潮位差の長期間平均,XとYはその長期間平均からの偏差である。黒潮表面流軸の位置は,指標水温(200m 深 17.2℃)を使って決定できる。1984-91年のFES線(図1)での水温資料から見積った流軸位置と日平均潮位データを使って計算したKPIとの相関係数が,(1)式のMxとMyの取り方によってどのように変わるかを調べた。その結果,Myの現実的な範囲(60cm≦My≦140cm)ではMx/My=0.83の時に相関係数が最も高く,Mx=83cm,My=100cmとすれば,流軸位置を最も良く表現できることがわかった。そこで,KPI=(X+83cm)/(Y+100cm)を新たにKPIと定義した。 このKPIによるFES線での黒潮流軸緯度(Z°N)の回帰式はZ=1.8165×KPI+28.389 であり,これを使って毎日の黒潮表面流軸の緯度を見積ることができる。こうして計算された1984-92年の黒潮表面流軸の緯度が図3である。黒潮の流軸は,29,29°Nと30.52°Nの間に存在し,平均緯度は29.9°Nである。この時系列から以下のことがわかった。 (1)トカラ海峡の黒潮流軸は,1985年2月,1986年11月,1989年10月の大蛇行の形成に,それぞれ4か月,3.2か月,2.6か月先行して平均緯度より北に変位した。すなわち,トカラ海峡で黒潮が北方に変位して平均3.3か月後に,黒潮大蛇行が形成されている。 (2)黒潮流軸が北側に移動する時期は,九州南東に発生した黒潮小蛇行と呼ばれる流路の擾乱が東向きに伝播し始める時期に一致している。 (3)トカラ海峡の黒潮流軸は,1985年6月,1988年7月,1991年1月の大蛇行の消滅に,それぞれ4.4か月,4.5か月,6.3か月先行して平均緯度より南に変位した。すなわち,トカラ海峡で黒潮が南方に変位して平均5.1か月後に,黒潮大蛇行が消滅している。 (4)トカラ海峡の黒潮流軸は,大蛇行期間は比較的安定して北側に位置しているが,10〜20日程度の期間南側に変位することもある。この程度の期間の南方変位は,大蛇行の消滅に関係しない。 3.九州南方での黒潮流軸の形状変化 海上保安庁第十管区海上保安本部,気象庁長崎海洋気象台,鹿児島県水産試験場が年4回行っている定線(定域)観測等による水温データを使い,KPIによるFES線での黒潮流軸位置を参考にして引いた200m深17℃等温線から,1964-95年の黒潮表面流軸114本を作図し,トカラ海峡周辺での黒潮表面流軸の特徴を明らかにした。 黒潮はトカラ群島の西側で時計回り,東側で反時計回りに蛇行し、正弦曲線の1波長のような形状をとる。そして,その波形の振幅によって,振幅小,振幅中,振幅大の3つのカテゴリーに分けることができる。大蛇行期には振幅小,非大蛇行期には振幅中が5割以上を占め(図4),流軸の波形の振幅は,平均して大蛇行期の方が非大蛇行期よりも小さい。そのため,流路の曲率は大蛇行期の方が非大蛇行期よりも小さく,過去のモデル研究による結論を支持した。非大蛇行期の振幅中と振幅大の黒潮流軸の分布は,種子島南東で大きく分散している。大きく離岸した流路は,小蛇行と呼ばれる流路の擾乱によるものである。 大蛇行期の平均流軸は,非大蛇行期の平均流軸よりも全域で北側に位置し,その差はトカラ群島の西側で小さく,東側で大きい(図5)。トカラ群島東方での流軸の最南点緯度は,大蛇行期と非大蛇行期で明らかに異なり,その差は95%の統計的有意性をもつ。 過去の研究によると,大蛇行は黒潮の流量が23.6Sv以下の時には起きておらず,非大蛇行流路はこの流量より大きい時にも小さい時にも存在する。そこで,非大蛇行期の流軸形状を23.6Svよりも大きい時と小さい時に分けて比べたところ,黒潮流軸の波形の振幅,曲率,位置のいずれもがほぼ同じであることがわかった。つまり,非大蛇行期のトカラ海峡周辺での黒潮流軸の形状は,流量の大小によって変わらない。 黒潮大蛇行の形成期と消滅期については,事例が少なく有意性に問題はあるものの,次のような傾向がみられる。すなわち,大蛇行形成期にはトカラ海峡での黒潮流軸の波形の振幅小,中,大が同じ割合で存在するのに対し,消滅期には振幅大が6割以上を占め,振幅小は存在しない。1回ごとの大蛇行の形成と消滅に対してトカラ海峡での流軸変動を追いかけると,形成期にはトカラ群島の西方で流路の変化が小さく,東方で小蛇行に伴う変動が卓越する。消滅期には九州南東と東方で流路が安定して接岸するという特徴がある。 4.トカラ海峡表層下での流速・水温変化 1990年12月から1991年6月までの7か月間,FES線の西約14kmの点(29.52°N,129.85°E)の深さ360mと560mで水温と流速を測定した。 水温変動は,(2)式から計算した黒潮流軸の南北変動と非常に相関が高く,360m深の水温は相関係数0.86で位相は2日早く,560m深は0.71で3日早い。つまり,亜表層の水温場が南北に変位してから数日遅れで黒潮の表面流軸が変位している。これは,トカラ海峡での黒潮流軸の南北変動は深いほど早く起きており,560m深では海面流軸より3日早く移動し始めていることを示している。 測流データの流向は深さで大きく異なる。360m深では東南東向きと北北西向きが卓越するのに対し、560m深では南向きが卓越する。亜表層の流速変動は黒潮表面流軸の位置と相関が高く,表面流軸が測流地点に最も近づく数日前に極大をとる。流軸変動の位相が深いほど早いことも,この一因として考えられる。 図1. 黒潮の代表的流路と潮位測点。tLM:典型的大蛇行流路,nNLM:非大蛇行接岸流路,oNLM:非大蛇行離岸流路,Nz:名瀬,Na:中之島,Ni:西之表.細線は500m等深線。 図2. トカラ海峡を南北に横切った時の潮位の断面。a:名瀬-西之表の潮位差,b:中之島-西之表の潮位差.Nz:名瀬,Na:中之島,Ni:西之表。 図3. KPIから求めたFES線での黒潮表面流軸の緯度変化。細線は平均緯度(29.9°N),点線は大蛇行期を示す。時系列の下の矢印は大蛇行形成期,上の矢印は大蛇行消滅期を示す。 図4. 非大蛇行期(a,b,c)と大蛇行期(d,e,f)のカテゴリー毎の黒潮流軸。カテゴリー1,2,3は,それぞれ黒潮流軸波形の振幅小,中,大に当たる。図中の%は,大蛇行・非大蛇行それぞれの期間での出現の割合を示す。 図5. 大蛇行期(太線)と非大蛇行期(細線)での黒潮の平均流軸。 | |
審査要旨 | 黒潮は、東シナ海を大陸斜面に沿って北上し、九州南方のトカラ海峡から本州南岸域に流出している。本州南岸では、大蛇行流路と非大蛇行流路を数年から10年の間隔で交互にとっているが、そのメカニズムについては未だに未解決の問題が多く残っている。例えば、黒潮は、その流量・流速が小さい時に非大蛇行路をとるが、大きい時には大蛇行、非大蛇行の両方の流路をとることがわかっている。未解決の問題は、この流量・流速の大きい時に何が本州南岸の黒潮流路を決めているかを明らかにすることである。 本論文は、トカラ海峡周辺の黒潮流路を海上保安庁や気象庁、水産庁等が観測した水温データと南西諸島で測定された潮位データ、論文提出者も参加して取得した係留観測データを用いて、トカラ海峡周辺での黒潮流軸・流速の変動特性を把握し、本州南岸の流路変動との関係を明らかにしようとするものである。内容は3つの部分よりなっている。 第1部(第2章に対応)では、トカラ海峡を横断する測線(FES線)で観測された水温分布から求めた黒潮の海面流軸位置を用いて、西之表、中之島、名瀬で連続的に計測されている潮位データから、トカラ海峡における黒潮の海面流軸位置を決める指標(KPI)を改善した。その結果、潮位観測の始まった1984年から1992年までの9年間における、毎日の流軸位置を再現することが出来た。なお、この期間に、本州南岸の黒潮は1981年に発生した大蛇行が消滅し、つづいて大蛇行形成・消滅を2回繰り返えした。この時系列から、大蛇行の形成(消滅)に3〜5ケ月先行して、トカラ海峡の黒潮が北偏(南偏)することがいづれの形成・消滅期にも見られた。そして、大蛇行期には黒潮流軸が比較的安定してトカラ海峡の北側に位置しているが、この期間の10〜20日程度の南偏は大蛇行消滅に関係しないこと等が明らかにされた。 第2部(第3章)では、気象庁、海上保安庁、水産庁が各々年4回実施している定線観測等で得られた水温データ、および第2章で改善されたKPIを用いて、トカラ海峡周辺の黒潮流路の水平分布図を作成し解析した。なお、水温データによる黒潮の流路決定には、論文提出者が過去の研究で求めた指標水温(200m深、17.2℃)を使っている。1964-95年の32年間に114本の流路を描くことに成功し、黒潮流路の九州南方のパターンと本州南岸での流路変動との関係を議論した。その結果、黒潮はトカラ海峡の西側で時計回り、東側で反時計回りに蛇行し、正弦曲線の1波長の形状をとるが、大蛇行期と非大蛇行期でその波形の振幅に有意な差があることが示された。すなわち、大蛇行期にはその振幅が小さく、非大蛇行期にはトカラ諸島の東側で南方に大きく迂回し蛇行の振幅が大きい。これは、トカラ海峡での黒潮流路の曲率が大蛇行期に小さく非大蛇行期には大きいことを示しており、黒潮に対して流路モデルが適用されることを示唆している。また、トカラ海峡周辺の黒潮の大蛇行期と非大蛇行期における特徴的な流路パターンも明らかにした。さらに、非大蛇行期のトカラ海峡周辺での流路の特徴が黒潮流量の大小によって変わらないことも示した。 第3部(第4章)では、論文提出者達がトカラ海峡で実施した係留系観測によって得られた流速と水温(360mと560m)データを解析し、それらと黒潮の流軸変動との関係を議論した。流軸の南北変位は深い層が先行するという興味ある現象を見い出している。 本論文は、トカラ海峡周辺で長期間に渡って取得された水温・潮位データを使用してそこでの黒潮の流路を図示し解析することにより、本州南岸の大蛇行・非大蛇行流路との関係を明らかにした。それにより、黒潮変動の理解がさらに深まると共に今後のモデリングによる研究に対する貴重な情報を提供している。特に、九州南方海域を含めた意味での流路モデルの正当性を指摘したことは価値ある貢献となっている。 なお、本論文の第2章と第3章は川辺正樹氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |