学位論文要旨



No 214959
著者(漢字) 宮内,彰人
著者(英字)
著者(カナ) ミヤウチ,アキト
標題(和) ヒト子宮内膜におけるステロイドホルモンおよび上皮成長因子による線溶系の調節
標題(洋)
報告番号 214959
報告番号 乙14959
学位授与日 2001.02.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14959号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 加藤,賢朗
 東京大学 助教授 簑和田,滋
 東京大学 助教授 北村,聖
内容要旨 要旨を表示する

 プラスミノーゲンアクチベーター(PA)はプラスミノーゲンをプラスミンに変換するセリンプロテアーゼである。プラスミンは広いスペクトルを持った蛋白分解酵素であり,血管内線溶だけでなく、組織の成長・リモデリングや腫瘍の浸潤・転移といった広範囲の生理的・病理的過程に深く関与している。

 子宮内膜組織が線溶活性を持つことは古くから知られており、子宮内膜がtissue-type PA(t-PA)とurokinase-type PA(u-PA)の2種類のPAやこれらの特異的なインヒビターであるPA inhibitor-1(PAI-1>を分泌することが知られている。子宮内膜のPA活性は月経周期に伴い変化することが示されており、子宮内膜の増殖・分化に深く関与していることが推測される。また、着床現象におけるトロホブラストの浸潤にPA活性が関与していることは知られており、その制御には脱落膜細胞が重要な役割を果たしていると推察されている。

 子宮内膜の増殖・分化は古典的には卵巣から分泌されるステロイドホルモンにより制御されていると理解されてきたが、最近、様々な成長因子やサイトカインがステロイドホルモンの作用を修飾していることが示されている。上皮成長因子(EGF;epidermal growth factor)は53個のアミノ酸からなるペプチドで種々の組織で細胞増殖効果が知られているが、ヒト子宮内膜においてもその存在が示されおり、細胞増殖以外にも、培養ヒト子宮内膜細胞においてグリコーゲン代謝を調節したり,プロスタグランジンE2の分泌を促進するなど、ヒト子宮内膜細胞の機能分化の調節因子としても重要な役割を演じていると考えられている.

 本研究では、ヒト子宮内膜細胞培養系を用いて線溶系の各因子が性ステロイドホルモンによって調節されているか否かを明らかにし、また、EGFが単独または性ステロイドホルモンの存在下で線溶系因子の産生に影響を及ぼすか否かを検討した。さらに、ヒト子宮内膜間質細胞培養系を用いてプロゲステロン処理により脱落膜化を誘導し、それに伴う線溶系因子の変化とEGFの影響についても検討した。

 子宮内膜病変を有しない良性疾患のために子宮摘出手術をうけた45歳以下の正常月経周期を有する女性より承諾を得た上で子宮内膜を無菌的に採取し、コラゲナーゼ処理により細胞浮遊液を作成し、培養した。腺上皮細胞と間質細胞の混合培養系が形成されconfluentに達した後、各ステロイドホルモンや成長因子を添加し、一定時間培養後に培養液を採取した。また、コラゲナーゼ処理後にナイロンメッシュにより子宮内膜間質細胞を分離し、プロゲステロン存在下で培養し、脱落膜化を誘導した。培養液中のt-PA、u-PA及びPAI-1濃度はELISA法にて測定した。

 まず、ヒト子宮内膜培養細胞のt-PA、u-PA、PAI-1分泌に及ぼす各種ステロイドホルモンの影響を検討した。ホルモン無添加のコントロール群でt-PA、u-PA、PAI-1のいずれも十分測定可能な量が分泌されていた。プロゲステロン添加によりt-PA分泌が有意に増加し、u-PA分泌は有意に減少した。PAI-1の総分泌量はプロゲステロン添加により約4倍に増加し、PAと結合していない遊離のPAI-1が有意に増加した。プロゲステロンの受容体レベルの拮抗剤であるRU486とプロゲステロン受容体の特異的リガンドであるR5020を用いて、このプロゲステロンの作用は受容体を介する作用であることが明らかとなった。エストラジオールは単独、あるいはプロゲステロンとの同時添加においてもt-PA、u-PA、PAI-1分泌に影響を与えなかった。テストステロン、コーチゾールはPAI-1分泌を増加させたが、その効果はプロゲステロンよりも軽度であった。

 次にヒト子宮内膜培養細胞のt-PA、u-PA、PAI-1分泌に及ぼすEGFの影響を検討した。EGF添加によりt-PA、u-PA、PAI-1分泌の有意な増加を認めた。プロゲステロンとEGFは単独でt-PA分泌を増加させたが、同時添加によりt-PA分泌は相乗的に増加した。プロゲステロンはu-PA分泌を抑制し、EGFはu-PA分泌を促進したが、同時添加によりその作用は相殺され、u-PA分泌量はコントロール群とほぼ同様であった。PAI-1分泌はプロゲステロン及びEGF添加により促進されたが、促進効果はプロゲステロンの方が大きかった。プロゲステロンとEGFの同時添加により、PAI-1分泌は相加的に増加した。なお、basic fibroblast growth factor(bFGF)とinterleukin(IL)-1βはt-PA及びu-PA分泌に影響せず、PAI-1分泌を促進したが、その効果はEGFと比較して軽度であった。

 次にヒト子宮内膜間質細胞培養系を用いて、プロゲステロン処理による脱落膜化過程における線溶系の変化を検討した。脱落膜化の指標であるプロラクチンはプロゲステロン処理5日目より培養液中への分泌が認められるようになり、7〜12日目まで直線的に増加した後漸減した。PAI-1分泌はプロゲステロン処理1日目にプロゲステロン無添加群の約6倍と促進され、その後も分泌亢進状態が維持された。プロゲステロン処理により脱落膜化が誘導されるとu-PA分泌は測定感度以下に抑制されるが、EGF添加により十分量のu-PA分泌が認められるようになった。一方、PAI-1分泌はプロゲステロン処理により促進されるが、EGF添加によりさらに分泌が亢進し、u-PA分泌が誘導されるにも関わらず、非結合型のPAI-1も増量した。

 ヒト子宮内膜および子宮内腔液のPA活性は増殖期に増加し、中間期に最高となり、分泌期に減少し、月経前に再び増加することが報告されている。本研究に用いたヒト子宮内膜細胞培養系においてエストラジオール添加による変化は見られなかったが、プロゲステロン添加によりt-PAとPAI-1の分泌が促進され、u-PA分泌は抑制された。プロゲステロン添加により遊離のPAI-1が増加することは、t-PAとu-PAの分泌をPAI-1の分泌が上回ったことを示しており、in vivoで見られるヒト子宮内膜の分泌期におけるPA活性の低下と合致する結果である。PAによりプラスミノーゲンが分解され、その結果生じるプラスミンはフィブリンを分解し、血管内で血栓溶解を行うだけでなく、フィブロネクチン、ラミニンなどを直接分解し、またコラゲナーゼを活性化することで間接的にも細胞外基質蛋白の分解に関与している。月経周期に伴う子宮内膜の形態学的変化に伴い、増殖期においては細胞外基質蛋白の生成・分解が急速に進行するが、排卵後はプロゲステロンの作用により細胞外基質蛋白の蓄積へとシフトが起こる。これには線溶系の変化が重要な役割を果たしていると考えられる。特に着床期の子宮内膜においてPA活性が抑制されていることはトロホブラストによる浸潤の制御にも関与していると考えられる。

 一方、本研究により、ヒト子宮内膜培養細胞系においてEGFは単独で、t-PA、u-PA分泌を促進し、かつPAI-1分泌も促進することが示された。ヒト子宮内膜においてEGFは月経周期を通じて存在しており、免疫染色により分泌期には間質細胞の染色性が強まることが知られている。EGF受容体ははヒト子宮内膜間質細胞にも存在するが、EGFの間質細胞への増殖促進効果は認められないことから、分泌期子宮内膜においてEGFは主として細胞機能の調節作用を持つと推測されており、着床への関与が推定されている。これまでにEGFがヒト子宮内膜においてグリコーゲン代謝を調節し、プロスタグランジンE2分泌を促進することが示されており、着床環境を整えるものと推察される。本研究で明らかとなった線溶系に対する作用もEGFの子宮内膜の機能調節作用の1つとして加えられるべきであろう。

 着床の際、ヒトトロホブラストの細胞表面にはu-PA受容体が存在し、これに結合したu-PA前駆体がu-PAに変換され、トロホブラスト自身の分泌するPAI-1、PAI-2の作用にうち勝ってプラスミノーゲンをプラスミンに変換し、子宮内膜局所での細胞外基質蛋白分解を惹起し、浸潤していくと考えられている。子宮外妊娠の際に見られるようにトロホブラストの浸潤能は強力であり、着床時には脱落膜によりトロホブラストの浸潤が調節されていると考えられる。本研究において、ヒト子宮内膜間質細胞のプロゲステロン処理による脱落膜化の系では、u-PA分泌がほとんど認めらなくなり、PAI-1が過剰に分泌される状態になることが示された。これによりトロホブラストに対するu-PAの供給が減少し、さらにトロホブラストの受容体に結合したu-PAの活性は脱落膜組織で増加するPAI-1により抑制されると考えられる。次に、この系にEGFを添加すると、u-PA分泌は強く抑制された状態であったにもかかわらず、u-PA分泌を認めるようになるが、一方でPAI-1分泌はさらに亢進した。ヒトトロホブラストはEGFを分泌することが知られており、脱落膜とトロホブラストの接点ではトロホブラストから分泌されるEGFの作用で脱落膜からのu-PA分泌が誘導され、これがトロホブラスト細胞表面のu-PA受容体に結合して浸潤を促進するが、脱落膜からはさらにそれを上回るPAI-1が分泌され、トロホブラストの浸潤を抑制すると解釈される。このような線溶系の調節が時間的・空間的に精妙に行われる結果として、着床の際のトロホブラストの浸潤が制御されていると推察される。

 本研究では,プロゲステロンとEGFが単独または両者の組み合わせにより、培養ヒト子宮内膜細胞において線溶系因子の産生を調節していることを示した。本研究で示された線溶系に対するEGFの効果は,着床におけるEGFの役割や着床周辺期の子宮内膜の生理を理解する上で重要な知見と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は子宮内膜の増殖・分化や妊卵の着床過程において重要な役割を演じていると考えられる上皮成長因子(EGF;epidermal growth factor)の作用の一端を明らかにするために、ヒト子宮内膜細胞培養系を用いて、線溶系因子の産生に対する性ステロイドホルモンおよびEGFの影響の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. ヒト子宮内膜培養細胞のt-PA(tissue-type plasminogen activator)、u-PA(urokinase-type PA)、およびPAI-1(PA inhibitor-1)分泌に及ぼす各種ステロイドホルモンの影響を検討した結果、プロゲステロン添加によりt-PA分泌が有意に増加し、u-PA分泌は有意に減少した。PAI-1の総分泌量はプロゲステロン添加により約4倍に増加し、PAと結合していない遊離のPAI-1が有意に増加した。これは、in vivoで見られるヒト子宮内膜の分泌期におけるPA活性の低下と合致する結果である。エストラジオールは単独、あるいはプロゲステロンとの同時添加においてもt-PA、u-PA、PAI-1分泌に影響を与えなかった。テストステロン、コーチゾールはPAI-1分泌を増加させたが、その効果はプロゲステロンよりも軽度であった。

2. ヒト子宮内膜培養細胞のt-PA、u-PA、PAI-1分泌に及ぼすEGFの影響を検討した結果、EGF添加によりt-PA、u-PA、PAI-1分泌の有意な増加を認めた。、basic fibroblast growth factor(bFGF)とinterleukin(IL)-1βはt-PA及びu-PA分泌に影響せず、PAI-1分泌を促進したが、その効果はEGFと比較して軽度であった。

3. ヒト子宮内膜培養細胞において、プロゲステロンとEGFは単独でt-PA分泌を増加させたが、同時添加によりt-PA分泌は相乗的に増加した。プロゲステロンはu-PA分泌を抑制し、EGFはu-PA分泌を促進したが、同時添加によりその作用は相殺され、u-PA分泌量はコントロール群とほぼ同様であった。PAI-1分泌はプロゲステロン及びEGF添加により促進されたが、促進効果はプロゲステロンの方が大きかった。プロゲステロンとEGFの同時添加により、PAI-1分泌は相加的に増加した。

4. ヒト子宮内膜間質細胞培養系を用いて、プロゲステロン処理による脱落膜化過程における線溶系の変化を検討した結果、PAI-1分泌はプロゲステロン処理1日目にプロゲステロン無添加群の約6倍と促進され、その後も分泌亢進状態が維持された。プロゲステロン処理により脱落膜化が誘導されるとu-PA分泌は測定感度以下に抑制されるが、EGF添加により十分量のu-PA分泌が認められるようになった。一方、PAI-1分泌はEGF添加によりさらに分泌が亢進し、u-PA分泌が誘導されるにも関わらず、非結合型のPAI-1も増量した。着床期の子宮内膜において、EGFによる線溶系の調節が行われており、トロホブラストの浸潤の制御に関与している可能性が示された。

 以上、本論文はEGFが単独またはプロゲステロンとの組み合わせにより、培養ヒト子宮内膜細胞において線溶系因子の産生を調節していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった着床におけるEGFの役割や着床周辺期の子宮内膜の生理の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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