学位論文要旨



No 214964
著者(漢字) 田中,省吾
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ショウゴ
標題(和) ヨーネ菌実験感染マウスモデルの肉芽腫形成に関する病理学的検討
標題(洋)
報告番号 214964
報告番号 乙14964
学位授与日 2001.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14964号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 ウシのヨーネ病は,Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis(ヨーネ菌)感染に起因する疾病で,臨床的に慢性持続性の下痢や削痩を主徴とし,病理組織学的には肉芽腫性腸炎や肉芽腫性リンパ節炎を特徴としている.本病は,1895年に初めて論文に記載されて以来,今や全世界の畜産国への蔓延が推測され,我が国の畜産界においても最重要損耗疾病として認識されている.実用的で有効なヨーネ病の新しい早期診断法および予防法の開発には,本病の病理発生機序を解明することが必要不可欠であるが,未だ不明な点が数多い.ヨーネ病の病理発生に関する研究を困難にしてきた原因の一つは,適当な実験小動物モデルが存在しなかったことであり,今日までヨーネ病感染モデルの確立を目的として様々な実験小動物による感染実験が試みられてきた.マウスは,他の実験小動物に比べヨーネ菌に対して感受性が高いことが知られている.しかし,系統間の感受性差異が大きいことや病変形成に長時間を要することから,より感受性が高く早期に確実に病変を再現できるマウス系統を見いだし,菌の由来,接種法および接種生菌数を明確にしてヨーネ病実験感染モデルとして確立することが期待されてきた.また近年,近交系マウスのヨーネ菌に対する感受性は,第1染色体上に存在するBcg遺伝子に支配されることが報告され,哺乳動物の抗病性を支配する遺伝的形質も一躍注目されてきた.

 そこで本論文では,ヨーネ菌実験感染モデルの確立を目Iとして,対立するBcg遺伝子型を持つ近交系のBALB/cマウス(感受性)とC3H/HeJマウス(抵抗性)にヨーネ菌感染実験を試み,Bcg遺伝子に支配される感受性の系統間差異を病理組織学的に検討した.また,形成される病変の系統間差異を組織化学的,超微細形態学的および免疫組織化学的に比較した.さらにウシの腸管粘膜に多数分布するγδ型Tリンパ球が,ヨーネ菌に対するウシの高い感受性にどのような役割を果たしているのかを解明するため,感受性系統BALB/cマウスから作出したγδ型Tリンパ球欠損ミュータントマウスにヨーネ菌感染実験を試みた.そして,γδ型Tリンパ球の欠損による肉芽腫形成および菌増殖性への影響を検討した.

第一章:近交系マウスを用いたヨーネ病実験感染モデルの確立.

 ヨーネ菌に対する感受性を比較するため,対立するBcg遺伝子型を持つ近交系のBALB/cマウスとC3H/HeJマウスにヨーネ菌ATCC19698株生菌(5X108 CFU/頭)を腹腔内接種し,形成される病変を病理組織学的および形態計測学的に比較した.

 BALB/cマウスでは,類上皮細胞や多核巨細胞からなる類上皮細胞肉芽腫の形成を肝臓,脾臓,膵臓,子宮,胸腺,肺および心臓の多種臓器に認め,肝臓と脾臓の肉芽腫面積および菌数は,菌接種後に漸次増加した.また,ウシのヨーネ病でみられるような腸管粘膜固有層やパイエル板における類上皮細胞肉芽腫の形成が,菌接種後6週以降に認められた.これらのことからBALB/cマウスは,ヨーネ菌に対してウシと同様の高い感受性を示すことが明らかにされた.一方,C3H/HeJマウスでは,多核巨細胞の出現が希で類上皮細胞の数が少なく,マクロファージと多数のリンパ球からなる肉芽腫を肝臓,脾臓,膵臓および肺に認めた.しかし,腸管での肉芽腫形成はみられなかった.さらに肝臓と脾臓に形成された肉芽腫面積は,菌接種後6週以降に縮小し,病変内の菌数もBALB/cマウスに比べて有意に少なく,ヨーネ菌に対して強い抵抗性を示した.以上の結果から,ヨーネ病実験感染モデルとして両マウス系統間の病変形成過程を比較することは,ヨーネ病の病理発生機序を解明する上で簡便かつ有効であると考えられた.

第二章 ヨーネ菌実験感染マウスに形成される肉芽腫性病変の組織化学的,超微細形態学的および免疫組織化学的比較.

 ヨーネ病実験感染モデルとして確立した感受性系統BALB/cマウスと抵抗性系統C3H/HeJマウスにおける感受性差異の機序を解明するため,肉芽腫に参画するマクロファージ系細胞の活性を酸性フォスファターゼの局在を指標として系統間で比較した.また,肉芽腫の超微細形態学的差異についても検索した.さらにマウス系統間の病変形成過程におけるTリンパ球およびBリンパ球の動態を免疫組織学的に比較するとともに肉芽腫に参画するマクロファージ系細胞のMHC classII抗原提示能を検索した.

 BALB/cマウスでは,肉芽腫面積の拡大に伴って肝臓で3週以降,脾臓で6週以降に酸性フォスファターゼが減少し,電顕的にライソゾーム酵素が少ない多数の小型のファゴライソゾーム内で菌が増殖していた.反対にC3H/HeJマウスでは,菌接種後9週以降に肝臓と脾臓における肉芽腫の退縮に伴って酸性フォスファターゼが漸次増加し,電顕的には,類上皮細胞内に多量のライソゾーム酵素と変性した菌を内包した大型のファゴライソゾームがみられた.これらのことからBALB/cマウスでは,肉芽腫を構成する類上皮細胞の菌処理酵素の産生能低下が考えられた.また両マウス系統の脾臓を免疫組織学的に比較するとBALB/cマウスでは,菌接種後9週までに類上皮細胞肉芽腫の拡大に伴ってBリンパ球,CD4+およびCD8+Tリンパ球がともに減少し,細胞性免疫応答の抑制が示唆された.一方,C3H/HeJマウスでは,感染後早期に肉芽腫性病変が出現する赤脾髄においてCD4+Tリンパ球およびCD8+Tリンパ球の有意な増加がみられた.さらに類上皮細胞のMHC classII抗原の発現が,同細胞内に菌が増殖したBALB/cマウスでは弱く,菌の少ないC3H/HeJマウスでは強いことから,類上皮細胞の抗原提示能の差異が免疫応答の系統間差異に起因するものと推察された.

第三章 ヨーネ菌実験感染γδ型Tリンパ球欠損BALB/cマウスにみられた肉芽腫形成の抑制について.

 ウシの腸管粘膜には,ヒトやマウスに比べて多数のγδ型Tリンパ球が分布している.そこでヨーネ菌感染に対するウシの高い感受性がγδ型Tリンパ球に関連があるかどうかを明らかにするため,以下の実験を行った.感受性系統BALB/cマウスから作出されたγδ型Tリンパ球欠損ミュータントマウス(ミュータントマウス)と野生型BALB/cマウスにヨーネ菌ATCC19698株生菌(多量接種群;4x109CFU/頭,少量接種群;4x106CFU/頭)を腹腔内接種した.これらのマウスにおいて,肉芽腫形成と菌増殖におけるγδ型Tリンパ球の役割を病理組織学的および形態計測学的に解析した.また,両マウスの脾臓におけるヨーネ菌の増殖性を比較した.

 野生型BALB/cマウスでは,胸腺や腸管パイエル板などの胸腔内および腹腔内の多種臓器に類上皮細胞肉芽腫の形成がみられ,肝臓の肉芽腫面積は,接種菌量および接種後の経過時間に伴って拡大した.一方,ミュータントマウスでは,胸腺とパイエル板に病変形成が見られず,肝臓の肉芽腫面積も菌接種後18週までに縮小する傾向にあった.さらにミュータントマウスの病変は,類上皮細胞や多核巨細胞の出現を伴わず,リンパ球が著明に浸潤する特異な肉芽腫像を呈していた.脾臓における菌の増殖は,γδ型Tリンパ球の存在の有無に関わらず,いずれのマウスでも菌接種後18週まで有意に増加していた.これらの結果から,γδ型Tリンパ球は,殺菌的には機能せず,主に類上皮細胞肉芽腫の形成に関与することが考えられた.

 以上の研究成績は,次のように要約される.

1)BALB/cマウスは,先天的にヨーネ菌に対してウシと同様の高い感受性を示し,腹腔内へのヨーネ菌接種後,早期に腸管を含めた多種臓器に広範囲で多数の菌増殖を伴う類上皮細胞肉芽腫を確実に再現することができた.一方,C3H/HeJマウスは,ヨーネ菌感染に強い抵抗性を示し,肉芽腫性病変の退縮および菌増殖の抑制が認められた.よって両系統マウスは,ヨーネ病における生体の防御機構および抗病性の遺伝子による調節機構を解明する上で簡便かつ有効な実験感染モデルとなることが明らかにされた.

2)BALB/cマウスの高い感受性は,ヨーネ菌を貪食したマクロファージの抗原提示能の低下とそれに伴う細胞性免疫の誘導低下に起因し,ヨーネ菌侵襲後の類上皮細胞内での殺菌能低下が菌増殖とそれに反応する肉芽腫の拡大を誘導することが明らかになった.一方,C3H/HeJマウスの強い抵抗性は,感染局所における細胞性免疫の誘導とそれに伴うマクロファージ内での酵素産生亢進による殺菌能の活性化に起因し,菌を殺菌・排除して病変修復に向かわせることが判明した.

3)ヨーネ菌接種後に野生型BALB/cマウスにみられたウシのヨーネ病と同様の広範な類上皮細胞肉芽腫の形成には,γδ型Tリンパ球が重要な役割を果たしていることが明らかになった.一方,菌増殖の抑制に対するγδ型Tリンパ球の直接的な関与は薄いものと考えられた.肉芽腫の形成は,細胞性免疫における重要な組織反応である.しかし,ヒトやマウスに比べて特に多く分布する反芻獣の腸管のγδ型Tリンパ球は,ヨーネ菌感染において殺菌よりむしろ無秩序な類上皮細胞肉芽腫の形成を誘導して正常な腸管組織の構築を破壊し,機能を阻害することに関与すると考えられた.

 これらの知見は,ヨーネ菌感受性家畜の腸管に好発するヨーネ病の病理発生機序を解明する上で有用であるばかりでなく,家畜の抗病性育種における重要な指標になると思われる.さらに病理発生の主体がマクロファージの機能不全であることから,若齢ウシにおける易感染性の機構解明とマクロファージ機能の活性化を利用した感染・発病の予防技術の開発にも貢献すると思われる.

審査要旨 要旨を表示する

 ヨーネ病は,Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis (ヨーネ菌)感染に起因し,臨床的に慢性持続性の下痢や削痩が主徴で病理組織学的には肉芽腫性腸炎や肉芽腫性リンパ節炎が特徴である。本病は,1895年に初めて論文に記載されて以来,今や全世界の畜産国へ蔓延し,我が国の畜産界でも最重要損耗疾病として認識されている。ヨーネ病の新しい早期診断法や予防法の開発には,本病の病理発生機序の解明が必要不可欠である。そのために高感受性で早期に確実に病変を再現できるヨーネ病実験感染モデルを確立することが期待されている。そこで本論文では,BALB/cマウス(感受性)とC3H/HeJマウス(抵抗性)にヨーネ菌感染実験を試み,感受性の系統間差異を比較した。さらにウシの腸管粘膜に多数分布するγδ型Tリンパ球のヨーネ病における役割を解明するため,BALB/cマウスから作出したγδ型Tリンパ球欠損ミュータントマウスに感染実験を試み,γδ型Tリンパ球の欠損による肉芽腫形成および菌増殖性への影響を検討した。

 第一章では,BALB/cマウスとC3H/HeJマウスにヨーネ菌を接種し,病理組織学的および形態計測学的に両系統を比較した。BALB/cマウスでは,類上皮細胞肉芽腫の形成を多種臓器で認め,肝臓と脾臓の肉芽腫面積および菌数は漸次増加した。また,腸管に類上皮細胞肉芽腫の形成が早期に認められ,ウシと同様の高感受性を示した。一方,C3H/HeJマウスでも肉芽腫形成を腸管以外の臓器に認めたが,肝臓と脾臓に形成された肉芽腫面積は漸次縮小し,菌数もBALB/cマウスより有意に少なく強い抵抗性を示した。よってヨーネ病実験感染モデルとして両マウス系統間の病変形成過程を比較することは,ヨーネ病の病理発生機序を解明する上で簡便かつ有効であると考えられた。

 第二章では,両系統マウスの感受性差異の機序を解明するため,肉芽腫に参画するマクロファージ系細胞の活性を酸性フォスファターゼ(AcPase)の局在を指標として比較した。また,肉芽腫の超微細形態学的差異や病変形成過程におけるリンパ球の動態ならびに肉芽腫に参画するマクロファージ系細胞の抗原提示能についても系統間で比較した。BALB/cマウスでは,肉芽腫の拡大に伴いAcPaseが減少し,電顕的にライソゾーム酵素が少ない多数の小型のファゴライソゾーム内で菌が増殖していた。反対にC3H/HeJマウスでは,肉芽腫の退縮に伴いAcPaseが漸次増加し,電顕的には,類上皮細胞内に多量のライソゾーム酵素と変性した菌を内包した大型のファゴライソゾームがみられた。よってBALB/cマウスでは,肉芽腫を構成する類上皮細胞の菌処理酵素の産生能低下が考えられた。またBALB/cマウスの脾臓では,類上皮細胞肉芽腫の拡大に伴ってBリンパ球,CD4+およびCD8+Tリンパ球がともに減少し,細胞性免疫応答の抑制が示唆された。一方,C3H/HeJマウスの脾臓では,CD4+Tリンパ球およびCD8+Tリンパ球の有意な増加がみられた。さらに類上皮細胞のMHC classII抗原の発現が,同細胞内に菌が増殖したBALB/cマウスでは弱く,菌の少ないC3H/HeJマウスでは強いことから,類上皮細胞の抗原提示能の差異が免疫応答の系統間差異に起因すると推察された。

 第三章では,ヨーネ菌感染におけるγδ型Tリンパ球の役割を解明するため,BALB/cマウスから作出されたγδ型Tリンパ球欠損ミュータントマウスと野生型BALB/cマウスにヨーネ菌を接種し,病理組織学的および形態計測学的に解析した。また,両マウスの脾臓における菌の増殖性も比較した,野生型マウスでは,腸管を含む多種臓器に類上皮細胞肉芽腫がみられ,肝臓の肉芽腫面積は,接種菌量および接種後の経過時間に伴い拡大した。一方,ミュータントマウスの腸管には病変形成が見られず,肝臓の肉芽腫面積も縮小する傾向にあった。さらにミュータントマウスの病変は,類上皮細胞や多核巨細胞の出現を伴わず,リンパ球が著明に浸潤する特異な肉芽腫像を呈していた。脾臓における菌の増殖は,いずれのマウスでも有意に増加していた。よってγδ型Tリンパ球は,殺菌よりも主に類上皮細胞肉芽腫の形成に関与すると考えられた。

 本研究の成果は,ヨーネ菌感受性家畜の腸管に好発するヨーネ病の病理発生機序を解明する上で有用であり,家畜の抗病性育種における重要な指標となる。さらに病理発生の主体がマクロファージの機能不全であることから,若齢ウシにおける易感染性の機構解明とマクロファージ機能の活性化を利用した感染・発病の予防技術の開発にも貢献すると思われる。従って審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42843