学位論文要旨



No 214965
著者(漢字) 薛,国新
著者(英字)
著者(カナ) シュエ,ゴーシン
標題(和) アカシアおよびポプラ早生造林木のパルプ化特性に関す研究
標題(洋) Studies on Pulping Characteristics of Plantation Fast-growing Acacia and Poplar Woods
報告番号 214965
報告番号 乙14965
学位授与日 2001.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14965号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 松本,雄二
内容要旨 要旨を表示する

 中国ではパルプ・製紙用の原料となる木材が著しく不足しており、それを打開するために各種早生樹のプランテーション植林が積極的に進められている。本研究はこれらのプランテーション植林から供給される材が、果たしてパルプ原木として適するものであるかどうかを、中国の現状に即したパルプ化法・蒸解法を適用することによって実証的に検討したものである。また、パルプ製造が環境に与える負荷を減少するために蒸解法・漂白法の検討も試みた。

 第1章において、中国のパルプ産業が抱える問題点が総括されている。中国では、パルプ原料の中に占める木材の比重が著しく低く、輸入もあわせて、木材パルプの割合は15%程にすぎない。これはパルプ原料としての木材が不足しているという事を示すのみでなく、木材をパルプ化し得る近代的規模の工場の割合が著しく低いことをも示している。多くの工場は零細な規模であり、ワラその他の非木材繊維や古紙を原料としてパルプを生産している。これら零細な工場では中質紙以上の製紙原料を供給することができないだけでなく、環境対策も十分ではない。このように、原料としての木材が不足していることが、産業構造の近代化をはばむ要因となっており、それによって消費者の現代的ニーズに見合った紙を供給できないという問題や、環境汚染の問題が生じている。したがって、パルプ原料としての木材の供給量を増大することが、これらパルプ産業の構造的問題を解決するために必要である、という認識の基に本研究は展開されている。

 中国政府は、各種早生樹のプランテーション植林を積極的に進めており、2010年までに、710万ヘクタールのプランテーション林をつくり、それにより、年間1000万トンの木材パルプを製造する計画を立てている。これらの早生樹がパルプ原料たり得るかどうか、どの樹種が最も良好なパルプ原木であるか、また、パルプ生産量が最大となるようにするためには伐期をどう設定するのが良いか、などの点は、パルプ化・漂白研究を積み重ねることによってのみ、明らかにされる。

 第2章では、プランテーション早生樹アカシアの化学組成とパルプ化特性を詳細に検討した。中国のプランテーションで栽培する3種類の早生樹アカシアを樹齢の異なった段階で伐採し、クラフトパルプ化と漂白(CEHシークエンス)に供し、パルプ化特性、漂白特性を検討した。化学組成と、細胞構成成分の構造的特徴の分析も行った。用いたアカシアは、Acacia mangium,Acacia auriculiformis,Acacia crassicarpaである。これらのアカシアはコンベンショナルなクラフトパルプ化法で容易にパルプ化され、カッパー価20で約50%の収率を与えた。同一樹種で樹齢が3年、6年および9年と異なったチップの混合蒸解、あるいは、樹種の異なったチップの混合蒸解の結果も良好であった。アンソラキノンを添加したクラフト・アンソラキノン蒸解では、どの樹種でも、より低いリグニン量でより高い収率を与え、クラフト蒸解法の改良にも対応し得る樹種であることが分かった。漂白の容易さを調べるために、CEHシークエンスを用いた漂白特性を調べた結果、漂白条件の最適化を行わなくても、75%以上の白色度が容易に達成された。

 細胞壁成分の分析結果は、1%水酸化ナトリウム抽出分については代表的な早生樹であるイタリアポプラに比べて少ない(イタリアポプラで21%、3種のアカシアは14%〜16%)という利点を示し、その他(リグニン量、ホロセルロース量など)の点では典型的な広葉樹の化学組成を示した。特筆すべき点は樹齢3年のものでも、化学パルプ化に不適当な組成を示さなかったという点である。

 一方、手すきシートの強度特性も良好であった。これらを総括するに、3種のプランテーションアカシアは、数年伐期という短いサイクルを設定しても良好なパルプ原料となり得ることが明らかになった。

 第3章では、プランテーション早生樹アカシアについて改良クラフトパルプ化法(低カッパー価蒸解法)を適用し、その結果を従来法によるパルプ化と比較した。改良クラフトパルプ化法を試みたのは、パルプ化段階での脱リグニンを従来法よりも進め引続く漂白段階での負荷を減ずることによって、漂白段階での塩素系薬品の使用量を削減することを目的としている。

 中国のプランテーションで栽培する早生樹であるAcacia auriculiformisを従来法によるクラフトパルプ化に供したところ、初期脱リグニンからバルク脱リグニンへの移行は、脱リグニンが22%進行した段階で、温度は130℃から140℃のところで観測された。カッパー価が18以下になると、収率とパルプ粘度の低下が著しくなった。これらの観測結果に基づいて、より脱リグニンをすすめたパルプを得るために2つの改良クラフトパルプ化法、硫化ソーダ水溶液あるいは高硫化度白液を用いたチップの前処理、を試みた。これらの2種類の前処理の後にクラフトパルプ化を行うことによってカッパー価を3から4下げることができたが、粘度低下を最少限に抑える限り、これ以上のカッパー価減少は達成できなかった。従来法によってカッパー価18のパルプを良好なパルプ収率とパルプ粘度を保ったままで容易に得ることができるのであるから、改良クラフトパルプ化法をこの樹種に適用する必要はない。すなわち、改良クラフトパルプ化法を適用しなくても環境問題に配慮した漂白シークエンスの構築が可能である、と結論した。

 第4章では、同一量の、あるいは、同一相当量の薬品を用いて、漂白シークエンスを変えた場合に、脱リグニンあるいはパルプ白色度がどう変わるかを、基礎的な観点から追究した。

 まず、塩素(C)、ハイポクロライト(H)、過酸化水素(P)量が同一になる条件でのCEHPシークエンスとCEpHシークエンスの比較を比較したところ、どのレベルの薬品添加量でも、白色度が後者の方が1ポイント程低いかわりに粘度は若干高いという傾向が見られた。したがって、若千量の薬品添加量の増加により、より簡単なCEpHシークエンスによっても十分な白色度と強度を備えたパルプを得ることが可能であることが示された。早生樹が簡単なシークエンスにより漂白できることが分かったことは、中国の現状に照らして意味のあることである。

 同一有効塩素量で塩素漂白と二酸化塩素漂白を行い、パルプ中のメトキシル量とパルプのカッパー価の関係から酸化リグニンが漂白後もどの程度パルプ中に残存しているかを推定するTongらの方法を用いて、塩素あるいは二酸化塩素処理後のアルカリ抽出過程も含めて脱リグニン挙動を解析したところ、二酸化塩素処理と塩素処理では、アルカリ抽出後のカッパー価はほぼ同じであるが、二酸化塩素処理では、残存リグニンとしてパルプ中にとどまっているリグニン芳香核にも酸化が進行していることが示唆された。この結果は、早生樹の漂白について何らかの知見を与えるものではないが、塩素と二酸化塩素の反応の違いを明らかにしている点で興味深い。

 第5章では、1〜3年生の早生樹ポプラ(Populous Bolleana Lauche)を樹皮をつけたままパルプ化に供し、活性アルカリ、硫化度、最高温度、最高温度保持時間の4要因について、3水準合計27種類の条件を実験計画法により設定し、この樹種のパルプ化特性を詳しく検討した。解析の結果、パルプ収率に最も影響する因子は全アルカリ量であり、ついで最高温度、硫過度の順であった。脱リグニンに最も影響する因子は最高温度であり、ついで全アルカリ量であった。これらにより、最適なパルプ化条件を確立することができた。

 ここで得られたパルプを中国の状況に合致した簡単なシークエンスで漂白することを目的としてCEHシークエンスの改良を試みた。パルプ当たり0.5%程の過酸化水素を添加するCEHPシークエンスにより、白色度80%を上回るパルプが得られることが明らかになった。この結果と、第4章で得られた知見をもとに考えると、より簡単なCEpHシークエンスによっても同等のパルプを得ることができると期待できよう。なお、これらの結果は塩素比で表すと0.5にも相当する高い全塩素投与量で得られたものであるが、今後、塩素投与量の少ない漂白法の開発を進める上で、本研究で明らかになったこの樹種の漂白特性に関する知見が有効に生かされると期待できる。

 これらにより、繊維長が成熟材に比べて短いため得られたパルプの物理的特性は成熟材のそれよりも劣る点を除いては、この樹種は1年生のものでも漂白パルプの原料として使用できることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 中国ではパルプ・製紙用の原料となる木材が著しく不足しており、それを打開するために各種早生樹のプランテーション造林が積極的に進められている。中国政府の計画によれば、2010年までに710万ヘクタールのプランテーション造林を行い、それにより年間1000万トンの木材パルプの生産が考えられている。本研究はこれらのプランテーション造林から供給される材が、パルプ原木として適するものであるか否かを、中国の現状に即したパルプ化法、漂白法を適用することによって実証的に検討したものである。

 第1章において、中国のパルプ産業が抱える問題点が総括されている。中国では、パルプ原料の中に占める木材の比重が著しく低く、輸入もあわせて、木材パルプの割合は15%程度にすぎない。これはパルプ原料としての木材が不足していることを示すのみでなく、木材をパルプ化し得る近代的製造設備が著しく不足していることをも示している。工場の多くは零細な規模であり、ワラその他の非木材繊維や古紙を原料としてパルプを生産している。そのため中質紙以上の製紙原料の供給が困難であるだけではなく、深刻な環境問題を引き起こす要因ともなっている。したがって、パルプ原料としての木材の供給量を増大させることが、これらパルプ産業の構造的問題を解決するために不可欠であるとの認識のもとに本研究は展開されている。

 第2章では、樹齢の異なる3種の早生樹アカシア(Acacia mangium,Acacia auriculiformis,Acacia crassicarpa)材について、それらのクラフト法によるパルプ化特性と漂白(CEHシークエンス)特性を、細胞壁構成成分の量的および化学構造的特徴との関係で検討している。これらのアカシア材はコンベンショナルなクラフトパルプ化法で容易にパルプ化され、カッパー価20で約50%の収率を与えた。同一樹種で樹齢が3年、6年および9年と異なったチップの混合蒸解、あるいは、樹種の異なったチップの混合蒸解の結果も良好であった。アントラキノン添加クラフト蒸解では、いずれの樹種も、より高い脱リグニン度とより高いパルプ収率を与え、クラフト蒸解法の改良にも対応し得る樹種であることがわかった。また、塩素(C)アルカリ抽出(E)次亜塩素酸塩(H)シークエンスでの漂白パルプの白色度は75%以上に達し、良好な漂白性を有することが示された。特筆すべき点は樹齢3年生の材でも、良好なパルプ化特性と抄紙特性を示し、パルプ原料として利用できることが示された点である。

 第3章では、同様の早生樹アカシア材のパルプ化段階での脱リグニンを一層進め、引続く漂白段階での負荷を減ずることを目的として、2種類の改良クラフトパルプ化法の適用について検討している。すなわち、硫化ソーダ水溶液あるいは高硫化度白液を用いたチップの前処理を組み込んだ改良クラフトパルプ化法によって、カッパー価を3から4下げることができたが、従来法によってカッパー価18のパルプを良好なパルプ収率とパルプ粘度で得ることができるのであるから、この種の改良クラフトパルプ化法をこの樹種に適用する必要はないと結論している。

 第4章では、中国では依然として主要な漂白剤である塩素の使用量を低減した漂白システムの可能性について検討し、CEHシークエンスに代えて過酸化水素(P)段を導入したCEHPシークエンスあるいはCEpHシークエンスで、塩素消費量を25-50%低減しても良好な白色度と粘度の漂白パルプが得られることを明らかとしている。特にCEpHシークエンスはパルプ粘度が高いのみならず、漂白段が低減できる点からも中国の現状に合致した漂白法であると結論した。

 第5章では、1〜3年生の早生樹ポプラ(Populous Bolleana Lauche)材のパルプ化における剥皮の必要性について検討し、蒸解条件を適切に選択することによって、良好なパルプが得られること、得られたパルプの漂白特性および抄紙特性のいずれの面からも、剥皮の必要がないことを明らかにしている。また、パルプ繊維の特性と樹齢との関係を詳細に検討し、若年木からの繊維が薄壁である特徴は、繊維の柔軟性を高め良好な影響を与えていると考えられること、また、繊維長が成熟材に比べて短いため、得られたパルプの物理的特性が成熟材のそれよりも若干劣る点を除いては、この樹種では1年生、径2cm程度の小径材でも漂白パルプの原料として十分使用できることを明らかにした。これらの知見は早生樹林のパルプ製造原料としての利用を進める上で、非常に有益な知見である。

 以上、本研究はパルプ製造原料としての早生樹材の特性、および中国における利用上の問題点を明らかにしたものであり、学術上、応用上重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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