学位論文要旨



No 214967
著者(漢字) 田邉,智唯
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,トシユキ
標題(和) 西部北太平洋熱帯域におけるカツオの初期生態に関する研究
標題(洋)
報告番号 214967
報告番号 乙14967
学位授与日 2001.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14967号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,弘一
 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 河村,知彦
内容要旨 要旨を表示する

 カツオは全世界の熱帯から温帯にかけての広大な外洋表層域に分布しており、日本をはじめ世界各地のまき網、竿釣り漁業によって広く漁獲される水産上重要な魚種である。しかしながら、漁業資源に加入する以前の生態に関しては、仔魚期の知見が若干あるものの、稚魚期から幼魚期における生態はほとんど未知のままである。

 本研究は、西部太平洋におけるカツオ資源の加入機構を解明し、資源管理の基礎を築くために、稚魚・幼魚期の生態学的知見を得ることを目的として行った。

1.幼稚魚採集法の開発

 カツオ幼稚魚を採集するために、TANSYU型中層トロールと呼称される網口20×20m、全長72m、目合1000〜57mm(コッドエンド部13.6mの目合8mm)、最大曳網速度5ノットの採集漁具を設計・製作した。これを用いて1992年から5年間、10月下旬から12月中旬に西部北太平洋熱帯域(0〜20°N,130〜160°E)で調査航海を行い、497回の曳網で6724個体(1回の採集個体数0〜1163個体,体長6〜172mm)のカツオ幼稚魚の採集に成功した。これにより、これまで不可能であったカツオ幼稚魚の大量採集法を初めて確立した。

 TANSYU型中層トロールによれば、海面付近から水深300mまで音響機器により常時曳網水深をモニターしつつ層別採集が可能であり、これまでの漁具にはない優れた採集能力を備えることが明らかになった。また、マグロ属幼稚魚の採集結果(体長8〜140mm,1時間当たり採集個体数0〜128個体)から、TANSYU型中層トロールはカツオだけでなくマグロ類、サケ・マス類など他の外洋性大型浮魚類の幼稚魚採集にも有効であることが示された。

2.採集結果の概要

 各年のカツオ幼稚魚の総採集回数当たり出現率は41〜58%と高く、比較的年変動が小さかったが、1時間曳網当たり平均採集個体数では3〜39個体と年変動が大きかった。曳網水深0〜300mのうち、40〜80m層と80〜120m層で全体の44%および34%がそれぞれ採集され、他の層(0〜40m、120〜200m、200〜300m)での採集個体数は1〜13%と少なかった。曳網時刻別の1時間曳網当たり平均採集個体数では、日出後の06〜10時の113個体が圧倒的に多く、10〜14時、14〜18時、18〜22時、22〜02時には8〜11個体であったが、日出前および直後の02〜06時は1個体で最も少なかった。時刻別出現率でも、02〜06時は22%で最も低かったが、他の時間帯では昼間47〜54%、夜間は47〜48%で昼夜による差はなかった。曳網速度別の採集効率は、昼間は最も速い5.5ノットでの採集量が最も多かったが、夜間には4.5ノットで最大となった。

3.分布様式と環境要因

 カツオ幼稚魚採集時の水温・塩分と流向・流速の鉛直観測データの解析から、幼稚魚分布域の物理環境要因を明らかにし、研究海域を北赤道海流域、境界域、北赤道反流域に区分した。中層トロールでの採集データからカツオの出現率、分布密度を海域別に求め、海洋物理学的環境要因との関係を調べた。

 カツオ稚魚は北赤道海流域と北赤道反流域およびそれらの境界域に広く分布し、表層混合層下部から水温躍層上部を中心に生息していることを明らかにした。稚魚の海域別の総採集回数当たり出現率と1時間曳網当たり平均採集個体数は、北赤道反流域でそれぞれ61%,17個体と最も高く、境界域で35%,6個体、北赤道海流域で32%,15個体であった。稚魚の水平分布は年によって異なり、1992年と1994年は南高北低型、1995年は東偏型、1993年と1996年は海域的な偏りの少ない広範囲型の分布であった。幼魚は北赤道反流域のみで採集され、表層混合層下部を中心に分布した。

 カツオの鉛直分布は、成長とともに変化し、北赤道反流域の昼間のデータによれば、稚魚への移行期の体長10mm前後では0〜200m、移行後の体長10〜40mmの個体も0〜220mに分布した。しかし、体長50〜60mmに成長すると60〜140m、さらに70〜80mmになると90m前後の層に集中分布するようになった。稚魚の鉛直分布は海域の水温鉛直構造によく対応しており、水温躍層の浅い海域ではカツオの分布水深も浅くなり、深い海域では深くなった。中層トロールによる全採集生物の水深別分布密度とカツオ稚魚の鉛直分布密度はよく対応しており、カツオ稚魚が他の生物の生物量が多い水深を中心に分布していることが分かった。一方、近縁のマグロ属稚魚(キハダ、メバチ)は主に北赤道反流域の表層混合層(水深80m以浅)に分布し、カツオとは明らかに分布深度が異なっていた。カツオ稚魚の分布域は、主として水温20〜29℃、塩分33.6〜35.5PSUであったのに対し、マグロ属稚魚は水温26〜29℃、塩分33.6〜33.7PSUと高水温・低塩分域に分布していたことから、熱帯の外洋表層域においてこれら近縁種の稚魚の棲み分けが行われていることが明らかとなった。

4.食性と摂餌行動の日周性

 北赤道海流域と北赤道反流域で採集したカツオ稚魚とマグロ属稚魚の胃内容物を分析し、各餌動物群の出現率(重量%、個体数%、頻度%)から相対的重要度指数〔IRI=(重量%+個体数%)×頻度%〕を計算することにより、それぞれの餌としての重要性を評価した。魚類仔魚のIRIは北赤道海流域で14107、北赤道反流域で10852と圧倒的に高い値を示し、カツオ稚魚の基本的な餌は魚類仔魚であることを明らかにした。両海域の種類不明消化物のIRIは魚類仔魚についで2番目に高く、それぞれ214.4と346.5であったが、実体顕微鏡下での観察によりこれらの多くは消化の進んだ魚類仔魚であることが分かった。このほか、北赤道海流域ではオキアミ類(IRI=162)、端脚類(9.2)、カイアシ類(0.3)が出現し、北赤道反流域ではカイアシ類(IRI=158.4)、頭足類(66.8)、オキアミ類(24.8)、ヤムシ類・等脚類・魚卵(11.6)、端脚類(2.1)が出現したことから、北赤道反流域の方が多様な餌生物を捕食していることが明らかとなったが、これらの餌料生物としての価値は低かった。

 胃内容物重量指数、充満度、消化度の経時変化から、カツオ稚魚の摂餌活動の日周性を調べた。空胃個体の割合は、22〜02時には100%、02〜06時には80%を占めたが、日出後急速に減少し、日没前の14〜18時に5.3%で最小となった。これとは対照的に、充満個体の割合は14〜18時に最大値60.6%を示し、22時以降06時まで0%を示した。胃内容物重量指数および消化度指数も14〜18時に最大値を示し、日出前に最小値となった。したがって、カツオ稚魚は朝から夕方にかけて摂餌活動を行い、夜間には摂餌を行わない典型的な視覚捕食者であることが分かった。一方、マグロ属稚魚の餌生物は海域によらず魚類仔魚の出現率が圧倒的に高く、その他はオキアミ類と頭足類がわずかに出現しただけで、カツオよりも魚食性が強いことが明らかになった。マグロ属稚魚の摂餌活動はカツオ同様に昼間に行われ、視覚捕食を行っていると考えられた。

5.初期の成長様式と生き残り戦略

 カツオの初期成長を明らかにする目的で、1994年〜1997年に採集した仔稚魚の耳石を用いて、光学顕微鏡と画像計測の可能な耳石日輪計測システムにより耳石輪紋の計測を行い、縁辺成長率の経時変化により、稚魚期における耳石の輪紋が1日1本できる日輪であることを証明した。

 仔稚魚548個体(体長3.3〜57.7mm)の耳石日輪を用いて、日輪数と体長との関係を求め、仔魚期から稚魚期における成長速度を調べた。1996年と1997年の体長3.3〜7.8mmの仔魚15個体(3〜9日齢)では、0.55mm/日の緩やかな成長を示した。1994年の仔稚魚285個体(9〜24日齢)では3.3mm/日、1995年の仔稚魚248個体(9〜29日齢)では2.5mm/日と急速な成長を示し、ふ化後1ヶ月で体長60mm前後に成長することが明らかとなった。カツオ仔魚は、ふ化後10〜12日で稚魚期に移行し急速に成長速度を速めるとともに、この時期から成長に顕著な個体差が現れ始めた。また稚魚期の成長は、年および海域によっても大きな差があることが明らかになった。耳石日輪の中心からの距離を解析し、初期成長のよかった個体はふ化後5日目以降に成長速度が急速に速くなることが分かった。初期生活史における急速な成長は、餌サイズの大型化を保証し、餌条件の不利な熱帯の外洋表層域での生残率を高め、個体群の維持にとって重要な意味をもつと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 カツオは全世界の熱帯から温帯にかけての外洋表層域に分布しており、日本をはじめ世界各地のまき網、竿釣り漁業の対象とされる水産上重要な魚種である。しかしながら、漁業資源に加入する以前の生態に関しては、仔魚期の知見が若干あるものの、稚魚期から幼魚期における生態はほとんど未知のままである。

 本研究は、西部熱帯太平洋におけるカツオ資源の加入機構を解明し、資源管理の基礎を築くために、稚魚・幼魚期の生態学的知見を得ることを目的として行われたものである。第1章で従来の知見を総括し、第2章でカツオの幼稚魚採集用トロールの開発・設計及び曳網法を確立し、第3章でその確立した方法を使って稚魚期から幼魚期の分布生態を明らかにしている。さらに第4章で摂餌生態、第5章で生活史初期の成長を扱っている。結果の概要は以下の通りである。

1.幼稚魚採集法の開発(第2章)

 カツオ幼稚魚を採集するために、TANSYU型中層トロールを設計・製作し、1992年から5年間、10月下句から12月中句に西部北太平洋熱帯域で調査航海を行い、497回の曳網で6724個体のカツオ幼稚魚の採集に成功し、これまで不可能であったカツオ幼稚魚の大量採集法を初めて確立した。この中層トロールによれば、海面付近から水深300mまで音響機器により常時曳網水深をモニターしつつ層別高速採集が可能であり、これまでの漁具にはない優れた採集能力を備えることが明らかになった。

2.分布様式と環境要因(第3章)

 カツオ幼稚魚採集時の水温・塩分と流向・流速の鉛直観測データの解析から、カツオ稚魚は北赤道海流域と北赤道反流域およびそれらの境界域に広く分布し、表層混合層下部から水温躍層上部を中心に生息していることを明らかにした。稚魚の海域別出現率と1時間曳網当たり平均採集個体数は、北赤道反流域でそれぞれ61%、17個体と最も高く、境界域で35%、6個体、北赤道海流域で32%、15個体であった。稚魚の水平分布は年によって異なり、1992年と1994年は南高北低型、1995年は東偏型、1993年と1996年は海域的な偏りの少ない広範囲型の分布であった。幼魚は北赤道反流域のみで採集され、表層混合層下部を中心に分布した。

 カツオの鉛直分布は、成長とともに変化し、北赤道反流域の昼間のデータによれば、稚魚への移行期の体長10mm前後では0〜200m、体長50〜60mmに成長すると60〜140m、さらに70〜80mmになると90m前後の層に集中分布するようになった。稚魚の鉛直分布は海域の水温鉛直構造によく対応している。

3.食性と摂餌行動の日周性(第4章)

 北赤道海流域と北赤道反流域で採集したカツオ稚魚の胃内容物を分析し、各餌生物群の出現率(重量%、個体数%、頻度%)から相対的重要度指数〔IRI=(重量%+個体数%)×頻度%〕を計算することにより、それぞれの餌としての重要性を評価した。魚類仔魚のIRIは北赤道海流域で14107、北赤道反流域で10852と圧倒的に高い値を示し、カツオ稚魚の基本的な餌は魚類仔魚であることを明らかにした。その他の動物プランクトンのIRIは、170以下であり餌としての価値は低かった。胃内容物重量指数、充満度、消化度の経時変化から、カツオ稚魚の摂餌活動の日周性を解析し、カツオ稚魚は朝から夕方にかけて摂餌活動を行い、夜間には摂餌を行わない典型的な視覚捕食者であることを明らかにした。

4.初期の成長様式と生き残り戦略(第5章)

 カツオの初期成長を明らかにする目的で、仔稚魚の耳石輪紋の計測を採集時刻と関連付けて行い、縁辺部輪紋幅の成長の経時変化により、稚魚期における耳石の輪紋が1日1本できる日輪であることを証明した。

 体長3.3〜57.7mmの仔稚魚548個体の耳石日輪を用いて、円輪数と体長との関係を求め、仔魚期から稚魚期における成長速度を調べた。3〜9日齢の仔魚は、0.55mm/日の緩やかな成長を示したが、9〜24日齢になると2.5〜3.3mm/日と急速な成長を示し、ふ化後1ヶ月で体長60mm前後に成長することを明らかにした。またカツオ仔魚は、ふ化後10〜12日で稚魚期に移行し急速に成長速度を速めるとともに、この時期から成長に顕著な個体差が現れ始めることも明らかにしている。

 本研究は、従来採集法がないために全く未知であったカツオ稚魚期の生態研究に突破口を開いたものである。開発した高遠中層トロールは、マグロ、サケ、マス類など他の大型外洋性有用魚の稚魚期の研究にも応用が期待できる。さらに西部熱帯太平洋の広範な海域での3年にわたる採集に基づき、カツオ稚魚の水平・鉛直分布様式を物理環境要因と関連付けて明らかにし、さらに初期の摂餌生態、成長に関する貴重な知見を得ている。

 よって、審査委員一同は、本論文が学術上、応用上十分価値のあるものと認め、博士(農学)に値するものと判断した。

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