学位論文要旨



No 214968
著者(漢字) 取出,恭彦
著者(英字)
著者(カナ) トリデ,ヤスヒコ
標題(和) 酵素処理ブレビバクテリウム菌体末の畜産及び水産養殖への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214968
報告番号 乙14968
学位授与日 2001.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14968号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

 近年、畜産業、水産養殖業において、抗生物質等の薬剤を使用する事に対する懸念が高まっており、できるだけ薬剤を使わない飼育を目指す動きが強まっている。抗生物質等に替わるものとして、安全性の高い天然物を添加する事により、動物の抗病性を高めてやることを目指した種々の試みがなされているが、効果が明確でない、あるいはコストが高い等の問題があった。本論文では細菌の細胞壁構成成分である、ペプチドグリカンが免疫賦活活性を持つ事に着目し、種々の菌株の中から、強い活性を持つBrevibacterium lactofermentumを選抜し、同菌株の酵素処理菌体末の畜産、水産養殖への応用を試みた。また、菌体が含有する栄養成分の有効活用の一つとして、還元型葉酸に着目し、その養豚への応用を検討した。これは、豚においては、従来用いられていた酸化型の葉酸の利用性が極めて低く、酸化型でなく、還元型の葉酸を飼料から供給してやる必要があるという小久江らの研究に基づいている。また、より経済的な還元型葉酸源としてのDBCP生産の為に、還元型葉酸高含有菌体の調製方法についても検討をおこなった。

 第1章では、種々の菌株の免疫賦活活性をマウス脾臓細胞のIgM生産能を指標としたin vitroのアッセイ系で測定し、活性の高い菌株をスクリーニングした。その結果最も活性の高い菌株としてBrevibacterium lactofermentumが選抜された。同菌株から調製した酵素処理菌体末(DBCP)はマウスマクロファージの活性化能においても免疫賦活剤と知られるE.coli由来のリポ多糖に匹敵する強い活性を持つ事が確認された。Brevibacterium lactofermentumはアミノ酸生産菌として長年の使用実績があり安全性も確認されており、DBCPの工業生産に適した菌株であると考えられられた。

 DBCPの持つ免疫賦活能の畜産への応用として、哺乳期子豚における下痢防止効果を調べたところ、DBCPを経口投与する事により、ロタウイルス感染による下痢の防止に顕著な効果を有する事が見出された。この効果は、菌体の細胞壁構成成分、ペプチドグリカンの非特異的免疫賦活効果によるものと推測された。

 第2章ではより実用的な応用として、離乳子豚の飼料へのDBCP添加、母豚、哺乳子豚飼料へのDBCP添加の子豚生育、下痢罹患率等への効果を調べた。その結果、離乳子豚ではDBCPとして飼料中0.01-0.03%添加で、下痢防止効果が確認された。これは、有効成分と考えられるペプチドグリカンの投与量としては約4-12 ppmに相当する。また、母豚への投与により、哺乳子豚の下痢罹患率を下げ、生存率を上げる効果がある事が確認され、これは、母豚での下痢症に対する免疫性が母乳を通して哺乳子豚に移行した可能性が考えられた。

 第3章では、第2章で確認されたDBCPの母豚への投与効果について更に詳細に効果を確認するとともに、そのメカニズムについて検討した。その結果、DBCP投与により母豚の糞中の大腸菌数を減少させる効果がある事、またDBCP投与の母豚では初乳中の蛋白質レベル、特にβラクトグロブリンおよびγラクトグロブリン含量が増加する傾向がみられ、これらの効果が哺乳子豚の下痢罹患率の低下、生存率の向上に寄与している可能性が示唆された。これらの効果において、有効成分として考えられるペプチドグリカンの非特異的免疫賦活作用がどのように寄与しているのか、今後更に検討が必要である。DBCPの投与方法としては、母豚に妊娠期初期から、授乳期を通して投与し、また哺乳期の子豚飼料(CreepFeed)への添加も行うことが最も望ましく、高い子豚生存率、1腹あたりの子豚体重が得られることがわかった。また、DBCPを妊娠の初期から投与する事により、生存産子数が増加する事が見出された。

 第4章ではDBCPのブラックタイガーエビ(Penaeus monodon)養殖における、生育、抗病性への効果を調べた。ブラックタイガーは近年東南アジアを中心に大規模な養殖がおこなわれているが、養殖の大規模化、集約化にともない、ウイルス、細菌による感染症の頻発による被害が深刻になっている。また畜産同様、抗生物質等の薬剤をできるだけ使わない養殖がもとめられており、天然物由来の免疫賦活物質への期待は大きい。本研究ではDBCPの経口投与により、血球の貪食活性が向上する事が示された。エビの様な甲殻類では免疫機構は比較的単純であり、血球の貪食能は病原菌等の異物排除に大きな役割を果たしていると考えられ、DBCPの経口投与による貪食能の向上はエビの抗病性の向上に寄与することが期待された。実際、DBCP投与区ではYellow Head baculovirus接種による攻撃試験で、最も高い生存率を示した。同ウイルスは東南アジアでのエビ養殖で非常に広範に深刻な被害をあたえた病原ウイルスであり、有効な対策が見つかっていないのが現状で、DBCPの投与により感染が防止できれば大きな貢献が期待できる。またDBCPの投与により8週間の飼育期間で、生育促進、生存率向上の効果が認められたほか、低塩濃度ストレスを与えた場合でもDBCP添加区で高い生存率を示し、エビへのDBCP投与が、エビ養殖におけるの生産性の向上に有効である事が確認された。

 第5章ではDBCPの含有する栄養成分の一つとしての還元型葉酸の効果を調べた。小久江らの研究で、豚では、酸化型葉酸の利用性が極めて低く、酸化型葉酸を投与しても有効でない可能性があること、一方で、ロイコボリン(5-formyl tetrahydrofolate)、DBCP、肝臓粉末を還元型葉酸源として投与することが有効である事が報告された。DBCPの調製にもちられているBrevibacterium lactofermentumはグルタミン酸生産菌として選抜された菌であり、葉酸生合成の素材の一つがグルタミン酸であることを考えると、DBCPが還元型葉酸を多く含有することは理にかなっていると言える。豚では、特に妊娠豚においては胎児の成長のために、多くの葉酸を供給する必要がある為に、葉酸不足の状態にあるといわれている。そこで、還元型葉酸源としてのDBCPを母豚に投与(飼料添加)することにより、繁殖成績改善等の効果を期待して実験をおこなった。その結果、一腹あたりの生存産子数、出生時体重が有意に増加する事が確認された。これらの効果はDBCPに高含有される還元型葉酸による効果であると推定された。またDBCPの効果とロイコボリンの効果を比較した実験では、どちらも哺乳期子豚の生育を促進する効果が認められた。DBCPに含まれる還元型葉酸あるいは、ロイコボリンは、母豚への投与により毎乳を介して還元型葉酸を供給し、哺乳期子豚の生育に寄与している可能性が考えられた。

 第6章では、還元型葉酸源としてのDBCPの経済性を高めるため、含有する還元型葉酸のレベルを高める事を試みた。Brevibacterium lactofermentumの野生株からトリメトプリム耐性変異株を誘導する事により、含有する還元型葉酸の量が顕著に増加した菌株が得られた。トリメトプリムは葉酸生合成系の重要な酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素の阻害剤として知られており、葉酸合成の強化された菌株が耐性株として選抜されたものと考えられた。野生株および、トリメトプリム耐性株を用いて大量に調製した2種のDBCPの還元型葉酸含量およびその豚における有効性を比較した。種々の葉酸含量は3種の菌株を用いたバイオアッセイにより測定し、豚での利用率は経口投与後、血中の還元型葉酸レベルの推移を比較することにより調べた。その結果、両菌株に含有する葉酸の組成には違いがみられたが、豚での経口投与における有効性にはほとんど違いがないことが確認され、トリメトプリム耐性株の利用により、還元型葉酸源としてのDBCPをより経済的に生産できる事が確認された。

以上本論文では酵素処理菌体末(DBCP)が免疫賦活剤および、還元型葉酸源として、畜産、水産養殖への応用が有望であることを明らかにした。

現在実施にトリメトプリム耐性株を用いたDBCPが商品名「味の素PG」として、工業生産され、養豚用途及び、水産養殖用に以下のような目的で使用されている。

1) 哺乳期および離乳子豚における下痢防止

2) ブリ、ティラピア等の養殖魚およびクルマエビ、ブラックタイガー等の養殖エビでの歩留まり向上と抗病性向上

3) 繁殖豚での繁殖成績向上

尚、DBCP生産に用いられている菌株はアミノ酸発酵に広く用いられている菌株であり、発酵の副生物として菌体が大量に生産される。従来これは、窒素源として肥料あるいは牛用飼料に使用される以外に有効な利用方法がなかったが、本研究で、菌体のもつ生理活性成分の有効な利用方法を見出したことは、アミノ酸発酵副生菌体の新たな価値を活用する道を開いたという点でも、実用的な意義は大きい。

審査要旨 要旨を表示する

 畜産業、水産養殖業において、抗生物質等の薬剤を使用する事に対する懸念が高まっている今日、それに替わる手段を開発することは、喫緊の課題である。本研究は、グルタミン酸発酵に使われて、安全性に疑いのないBrevibacterium lactofermentumの菌体が免疫賦活活性をもつことに注目して、とくにその活性の強い菌株を選抜し、それを酵素処理してペプチドグリカン画分を調製し、それを実際の養豚やエビの養殖に適用することを目的としたものである。さらに、研究の過程で、この菌体が、生物学的に活性の強い還元型の葉酸を含むことを見い出し、とくに活性型の葉酸の含有量の高い菌株を選抜し、それを母豚や子豚に給与して、産子および育成に有効であることを検証したものである。

 第1章では、種々の菌株の免疫賦活活性を、マウス脾臓細胞のIgM生産能を指標としたin vitroのアッセイ系で測定し、活性の高い菌株をスクリーニングした。その結果、Escherichia coli由来のリポ多糖に匹敵する高い活性をもつ菌株としてBrevibacterium lactofermentumを選抜し、それを酵素処理して粉末とし、免疫賦活剤として利用できないかを検定する基盤を構築した。この標品を、哺乳期の子豚に経口投与して、ロタウイルス感染による下痢の防止に顕著な効果を示すことを証明した。さらに、その活性は、菌体の細胞壁構成成分であるペプチドグリカンによる非特異的免疫賦活効果によるものであろうと推定している。

 第2章では、より実用的な応用を企図し、哺乳子豚、離乳子豚および母豚の飼料へ標品を添加し、子豚の生育や下痢防止の効果を調べた。その結果離乳子豚では、0.01-0.03%の添加で、下痢防止効果のあることを証明した。母豚への添加では、哺乳子豚の下痢罹患率を低下させ、生存率を上昇させた。

 第3章では、母豚への添加効果をより詳細に検討した。そして、母豚で、糞中の大腸菌の数を減少させる効果、初乳中のβラクトグロブリン、γラクトグロブリン含量を増加させる効果を証明した。母豚に妊娠初期から授乳期を通して投与し、かつ哺乳期の子豚の飼料に添加すると、高い子豚の生存率、1腹あたりの子豚体重の増加、生存産子数の増加効果があることを確認した。

 第4章では、ブラックタイガー(Penaeus monodon)の養殖における生育、抗病性に対する標品の効果を検証した。その結果、血球の貪食活性の向上効果のあることを証明し、さらにYellow head baculovirusの接種による耐病試験で、標品投与区では生育促進効果が認められ、かつもっとも高い生存率を示すことを明らかにした。

 第5章、第6章では、豚で、酸化型葉酸の生物活性が低く、還元型葉酸が有効であるとの知見をもとに、この標品が還元型葉酸を多く含むことに着目し、標品の葉酸源としての効果を明らかにしようとした。母豚に標品を投与することによって、1腹あたりの生存産子数、出生時体重を有意に増加させることを証明した。

 さらに、葉酸の生合成系の重要な酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素の阻害剤トリメトプリムに耐性の菌株を選抜することで、標準の標品より葉酸含量の高い菌株を選択し、この菌株を原料に高葉酸標品を調製した。この標品を豚に経口的に投与して血中の葉酸の濃度の変化を調べ、この標品中の葉酸が活性型であることを確認した。この標品は、従来用いられているロイコボリンよりはるかに安価で、実用的価値がある。

 以上の結果に基づいて開発されたBrevibacterium lactofermentumの標品は、哺乳期および離乳期の子豚の下痢防止、ブリ、ティラピアなどの養殖魚、クルマエビ、ブラックタイガーなどの養殖エビの歩留まり向上と抗病性向上、繁殖豚での繁殖成績向上等に有効な製品として市販、実用化されて、優れた成果を挙げている。

 以上、本研究は、従来付加価値の低い利用状況であったグルタミン酸発酵で派生する副産物であるBrevibacterium lactofermentumの菌体を、畜産や養殖エビ、養殖魚に与えて有効な付加価値の高い標品として利用する基盤を構築し、さらにその実用化に成功したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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