学位論文要旨



No 214970
著者(漢字) 矢鍋,誠
著者(英字)
著者(カナ) ヤナベ,マコト
標題(和) ノトバイオート技術を用いた動物種固有な腸内菌叢を保有するSPFウサギ、モルモットおよびラットコロニーの設立
標題(洋)
報告番号 214970
報告番号 乙14970
学位授与日 2001.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14970号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 局,博一
 実験動物中央研究所 動物医学研究室室長 伊藤,豊志雄
内容要旨 要旨を表示する

 実験動物のSPF化が進みその使用が一般的になるにつれ、生産者側ではPseudomonas aeruginosaの昜定着性や動物の輸送時にみられる下痢症および死亡が、研究の場では、日和見感染症や実験成績への影響が大きな問題として生じてきた。これらの問題は、SPF動物の保有する腸内菌叢が単純で動物種固有なものではないことを示唆する報告が多くあり、SPF動物の腸内菌叢の標準化が強く望まれるようになった。この問題を解決する方法として、生理的に正常で日和見感染を起こす菌に対して拮抗作用をもつノトバイオートを作出し、それを種親としてSPF動物を作出することが考えられた。

 ノトバイオート技術を用いることにより、必要最小限の菌種を定着させたノトバイオート動物を作出することが可能となり、これを種親としてふつう動物と類似の腸内菌叢を保有する生理的正常なSPF実験動物を作出することが可能となった。この技術の研究は、マウスに始まりラット、モルモットおよびウサギについて検討され始められた段階である。この中で、伊藤らによって無菌マウスのnormalizationに最低限必要な構成菌種が明らかにされ、SPFマウスの腸内菌叢の標準化の方法が確立した。本研究ではこれまでに構築されたノトバイオート技術を用い、第1,2,3章において腸内菌叢構成菌種、およびその役割が明確にされておらず、早急な検討が必要なSPFウサギおよびモルモットのnormalizationについて検討した。さらに、第4章で今までに報告のないラットのnormalizationについて検討した。

 第1章では、SPFウサギ繁殖コロニーのための種親を作出する目的で子宮切断術で得た無菌ウサギにふつうウサギの盲腸より分離した腸内菌を投与して、9群のlimited-flora(LF)ウサギを作出した。2〜3週齢のふつうウサギより分離した6株のBacteroidesと2株のStreptococcusを前投与菌として用いた。LFウサギの死亡率は前投与がない場合、無菌マウスの盲腸内容物の10-5希釈したものをEGならびにSM10寒天培地に接種し嫌気的に培養したコロニーを投与されたもので(CF)71.4%〜94.4%であった。Bacteroidesを前投与した群はCF投与後も全て生残したが、BacteroidesとStreptococcusを前投与した群では20.0%と45.5%であった。また、Bacteroidesだけを投与されたものでは43%の死亡率であった。BacteroidesとCF,ふつうウサギの盲腸内容物を投与された元無菌マウスの盲腸内容物(MF),ふつうウサギの盲腸内容物のクロロホルム処理液(CHF)の組み合わせは全て生残したが、Bacteroides+CHF群では健康状態は良好とは言えず、わずかに下痢ぎみであった。以上の結果から無菌ウサギの正常化にはBacteroidesとCFまたはMFの組み合わせ投与が有効であった。ウサギにおいて前投与菌としてBacteroidesが必須の要因であり、しかもBacteroidesは生後すぐに定着し成熟後も常に最優性菌として腸内に定着していることからウサギの腸内菌叢におけるKeyとなる菌種と考えられる。これは今まで知られているヒト、イヌ、ブタ、ニワトリ、マウスなど多くの哺乳動物にみられる乳酸産生菌をKeyとする腸内菌叢とは大きく異なるものであった。

 第2章では、2種類のLFウサギ(Bacteroides+CFまたはMF)を用いてSPFウサギ繁殖コロニーを作出した。ふつうウサギ由来盲腸内菌叢を投与された2つのLFウサギはそれぞれ別のバリア室に搬入され、一部のLFウサギは腸内菌叢保存のためアイソレータ内で維持された。LFウサギの盲腸内菌叢構成は長期間安定しており、bacteroidaceaeが最優性でclostridiaが優性菌であった。SPFウサギからはenterobacteriaceaeやstreptococciなどのLFウサギにない菌群も低い菌数で検出されたが、LFウサギの盲腸内菌叢の基本的構成は長期間変化しなかった。SPFウサギの菌叢構成は徐々にふつうウサギの菌叢構成に類似したものとなった。繁殖率や離乳率はSPFウサギとして満足できるものであった。また、作出したSPFコロニーは作出後1年以上にわたりウサギ固有の病原体は全てフリーであった。これらの結果から第1章で作出したLFウサギはSPFコロニー作出のための種親として、きわめて有効であることが立証された。

 第3章では、SPFモルモット生産コロニーを設立する目的で、ふつうモルモットの盲腸内に生息する腸内菌を子宮切断術由来の無菌モルモットに投与して、腸内菌叢構成が異なる6グループのLFモルモットを作出した。ふつうモルモット腸内から分離したBifidobacterium magnum(Bif)を前処置菌として使用した。Bifのみを投与したLFモルモットの死亡率は75%であった。Bifとクロロホルム処理した盲腸内容物(CHF)あるいはBifとCHFさらにふつうモルモットの盲腸内容物より分離した32菌株を投与したグループでは40から66.7%の死亡率であった。これらのグループは、健康状態不良で粘液性の腸炎様下痢症状を伴っていた。しかし、10-5希釈の盲腸内容物をEG培地で嫌気培養された投与物(CF)、あるいはそれにBifを加えたものを投与したグループでは6.3と15%の死亡率であった。これらのグループは健康状態良好であったため各々のバリア施設に搬入した。一部は、SPFモルモット作出のための種ストックとしてアイソレータで維持した。これらのグループの盲腸内菌叢構成は、bacteroidaceaeとpeptococcaceaeが最優勢菌として、clostridia, fusiform-shaped bacteriaそしてbifidobacteriaが優性菌として長期間安定していた。SPFモルモットからは環境由来菌と考えられる菌種も検出された。しかし、嫌気性菌を主体とする盲腸菌叢の基本構成は長期間変化せず、この菌叢構成は、ふつうモルモットのものに類似のものであった。モルモットはウサギと異なり前投与菌は必ずしも不可欠な処置ではなかった。

 第4章においては、ラットSPFコロニーを設立するための種動物としてノトバイオートWistarラットを、マウスで確立されているノトバイオート技術を用いて作出した。腸内菌叢供給源としてふつうラットからEscherichia coli 1株、bacteroidaceae 28株(B-strains),Lactobacillus 3株(L-strains),そしてクロロホルム処理したふつうラットの糞便(CHF, clostridia)を得た。最初に、E.coliとB-strainsそしてE.coliとCHFを子宮切断術由来の無菌ラットに投与し2グループのLFラットを作出した。L-strainsは-80℃で保存した。CHFグループにC.difficileが検出されないことを確認後、ノトバイオートラットを作出した。菌叢の合成はB-strainsグループが飼育されているアイソレータの中にCHFグループの2匹を搬入、保存しておいたL-strainsを経口投与することで行った。ノトバイオートラットは、緑膿菌排除能力を獲得し、糞便内大腸菌数は105-106/gであった。バリア施設に搬入したノトバイオートラットの盲腸菌叢の基本構成は、長期間bacteroidaceae, clostridia, fusiform-shaped bacteria, lactobacilliで構成された。また、36ヶ月の試験期間中P.aeruginosaの汚染はみられなかった。そして最終的にふつうラットの腸内菌叢構成と類似したものとなった。ラットではマウスで用いられたノトバイオート技術をそのまま利用することでSPFラットコロニーの種親としてのノトバイオートを作出することができた。

 今回の研究でウサギ、モルモット、ラットのSPFコロニーの種親を嫌気性を中心としたLF動物、ノトバイオート動物として作出し、それを用いて作出されたSPFコロニーの腸内菌叢のモニタリング、病原微生物のモニタリングにより種親動物の腸内菌叢の有効性を確認できたものと考える。つまり種親の腸内菌叢は生理的に正常な状態を維持し、外来病原口の排除能を有する必要最小限の菌種構成だが、SPFコロニーでは最終的にふつう動物の腸内菌叢と類似のものとなった。さらに動物の移動や飼育環境の変化にともなう下痢などの異常やP.aeruginosaやStaphylococcus aureusの定着といった問題も起こっていない。

 SPF動物の腸内菌叢の標準化の研究を進めるなかで、どのような菌種が腸内菌叢全体のバランスを整え、各動物種特有の菌叢を構成するか、また外来菌がどのようにして腸内に定着するか、もしくは排除されるかを研究するための手段としてノトバイオート技術は重要な役割を担っており、ノトバイオート動物は腸内菌叢の標準化に必要不可欠なものである。今回行ったウサギとモルモットではマウス、ラットで行われたようなノトバイオート動物のレベルまでは検討できなかったが、今後さらに菌種レベルでの組み合わせまで明らかにすることで菌株としての保存、つまり腸内菌叢のBacterial Cocktailの作出も可能になるものと考える。ノトバイオート技術を用い、この研究で得られた知見が今後の腸内菌叢の標準化に寄与するものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 畜産業、水産養殖業において、抗生物質等の薬剤を使用する事に対する懸念が高まっている今日、それに替わる手段を開発することは、喫緊の課題である。本研究は、グルタミン酸発酵に使われて、安全性に疑いのないBrevibacterium lactofermentumの菌体が免疫賦活活性をもつことに注目して、とくにその活性の強い菌株を選抜し、それを酵素処理してペプチドグリカン画分を調製し、それを実際の養豚やエビの養殖に適用することを目的としたものである。さらに、研究の過程で、この菌体が、生物学的に活性の強い還元型の葉酸を含むことを見い出し、とくに活性型の葉酸の含有量の高い菌株を選抜し、それを母豚や子豚に給与して、産子および育成に有効であることを検証したものである。

 第1章では、種々の菌株の免疫賦活活性を、マウス脾臓細胞のIgM生産能を指標としたin vitroのアッセイ系で測定し、活性の高い菌株をスクリーニングした。その結果、Escherichia coli由来のリポ多糖に匹敵する高い活性をもつ菌株としてBrevibacterium lactofermentumを選抜し、それを酵素処理して粉末とし、免疫賦活剤として利用できないかを検定する基盤を構築した。この標品を、哺乳期の子豚に経口投与して、ロタウイルス感染による下痢の防止に顕著な効果を示すことを証明した。さらに、その活性は、菌体の細胞壁構成成分であるペプチドグリカンによる非特異的免疫賦活効果によるものであろうと推定している。

 第2章では、より実用的な応用を企図し、哺乳子豚、離乳子豚および母豚の飼料へ標品を添加し、子豚の生育や下痢防止の効果を調べた。その結果離乳子豚では、0.01-0.03%の添加で、下痢防止効果のあることを証明した。母豚への添加では、哺乳子豚の下痢罹患率を低下させ、生存率を上昇させた。

 第3章では、母豚への添加効果をより詳細に検討した。そして、母豚で、糞中の大腸菌の数を減少させる効果、初乳中のβラクトグロブリン、γラクトグロブリン含量を増加させる効果を証明した。母豚に妊娠初期から授乳期を通して投与し、かつ哺乳期の子豚の飼料に添加すると、高い子豚の生存率、1腹あたりの子豚体重の増加、生存産子数の増加効果があることを確認した。

 第4章では、ブラックタイガー(Penaeus monodon)の養殖における生育、抗病性に対する標品の効果を検証した。その結果、血球の貪食活性の向上効果のあることを証明し、さらにYellow head baculovirusの接種による耐病試験で、標品投与区では生育促進効果が認められ、かつもっとも高い生存率を示すことを明らかにした。

 第5章、第6章では、豚で、酸化型葉酸の生物活性が低く、還元型葉酸が有効であるとの知見をもとに、この標品が還元型葉酸を多く含むことに着目し、標品の葉酸源としての効果を明らかにしようとした。母豚に標品を投与することによって、1腹あたりの生存産子数、出生時体重を有意に増加させることを証明した。

 さらに、葉酸の生合成系の重要な酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素の阻害剤トリメトプリムに耐性の菌株を選抜することで、標準の標品より葉酸含量の高い菌株を選択し、この菌株を原料に高葉酸標品を調製した。この標品を豚に経口的に投与して血中の葉酸の濃度の変化を調べ、この標品中の葉酸が活性型であることを確認した。この標品は、従来用いられているロイコボリンよりはるかに安価で、実用的価値がある。

 以上の結果に基づいて開発されたBrevibacterium lactofermentumの標品は、哺乳期および離乳期の子豚の下痢防止、ブリ、ティラピアなどの養殖魚、クルマエビ、ブラックタイガーなどの養殖エビの歩留まり向上と抗病性向上、繁殖豚での繁殖成績向上等に有効な製品として市販、実用化されて、優れた成果を挙げている。

 以上、本研究は、従来付加価値の低い利用状況であったグルタミン酸発酵で派生する副産物であるBrevibacterium lactofermentumの菌体を、畜産や養殖エビ、養殖魚に与えて有効な付加価値の高い標品として利用する基盤を構築し、さらにその実用化に成功したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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