学位論文要旨



No 214972
著者(漢字) 山本,精三
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,セイゾウ
標題(和) 外傷性腕神経叢損傷における損傷高位診断のための造影MRIの有用性の検討
標題(洋)
報告番号 214972
報告番号 乙14972
学位授与日 2001.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14972号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 加茂,君孝
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

 外傷性腕神経叢損傷においては腕神経叢節前損傷を節後損傷と鑑別することは、予後を推定するためにもまた治療方針を決定する上で重要である。腕神経叢損傷の術前検査としては神経学的診察、筋電図検査、脊髄造影術,脊髄造影を併用したコンピューター断層撮影(ミエロCT)およびmagnetic resonance imaging(MRI)が行われており、MRI検査による節前損傷の診断はこれまで外傷性髄膜瘤の描出および根糸の欠損をもって診断してきた。しかしながら腕神経叢節前損傷の損傷根では外傷性髄膜瘤を形成しないことが多く、またMRIは非侵襲的検査法であるが硬膜内の神経根根糸を描出するにはその感度が脊髄造影やミエロCTよりも低く、たとえ健側においても硬膜内根糸の描出が困難なことが多く、実用的とはいえなかった。一方腰椎疾患では造影MRIが行われ症状との関連が指摘されており、臨床的にも有用となっている。腕神経叢損傷にたいしても造影MRIを応用しその感度、精度を向上できないかと考えた。

 本研究の目的は腕神経叢損傷の術前待機中に造影MRI検査をおこない、腕神経叢展開術による術中所見とを比較し、腕神経叢損傷の損傷高位診断を行う上で造影MRIが腕神経叢節前損傷の診断に有用かどうかを検討することである。

 対象は腕神経叢損傷の診断で体性感覚誘発電位などの電気生理学検査を併用した腕神経叢展開術により腕神経叢の損傷部位を確認した30症例である。全例、手術前に造影MRIを検査を行なった。受傷からMRI検査までの期間16日から113日(平均58.2日)である。硬膜内神経根あるいは脊髄表面の造影効果をそれぞれの脊椎レベルでshort TR/TE spin-echo法にて検討した。造影MRIによる造影効果は2つのタイプの所見が得られている。1つは脊髄表面の神経根糸の出口ないし入口部にみられる造影効果(‘root stump’enhancement)である。もう1つは脊柱管硬膜内で神経根糸は正常部位にあるものの、造影されるもので、神経根造影効果(nerve root enhancement)とよぶ。前根または後根の根糸が脊髄から引き抜けた場合、引き抜けた脊髄表面の部位が造影されうる。硬膜内の神経根造影効果は硬膜内で神経根が本来の位置に存在し、脊髄および他側の神経根よりも高輝度である場合に陽性とする。次にlong TR/TE fast spin echo法により、外傷性髄膜瘤の存在をみた。

 外傷性腕神経叢の損傷損傷高位および損傷型は体性感覚誘発電位測定をはじめとした術中電気生理学的検査を行い、決定した。これによる腕神経叢損傷30例の麻痺型は、C5C6型5例、C5C6C7型5例、C5C6C7C8型12例、C5C6C7C8T1型7例、C8+後束型1例であった。

 電気生理学的所見をふくめた腕神経叢展開所見により頚髄神経根の損傷形態を図のごとく節前損傷(Type I、Iv、Ia)、節前節後損傷の合併損傷(Type II(+I))、節後損傷(Type II)および正常(Normal)に分類した。TypeIは「根引き抜き損傷」(root avulsion)であり、神経根が椎間孔から引き抜けた状態である。Type Ivは「空っぽの神経鞘」(vacant sheath)で、神経根は単に繊維組織のみで椎間孔に連続している。Type Iaは「一見連続性のある損傷」(apparent continuity)で椎間孔内での根引き抜きと判断される。Type II(+I)は「節前損傷と節後損傷との合併損傷」(combined pre-and postganglionic lesion)と判断される。Type II「神経根断裂」(root rupture)で神経根部での断裂などの損傷である。

 造影MRIにより、節前損傷根97根のうち脊髄表面あるいは神経根の造影効果がみられたのは56根で57.7%の感度であった。さらに外傷性髄膜瘤は97根中42根で43.3%の感度であった。そしてこの両者いずれかの異常がみられるのは97根中75根で77.3%の感度であった。Type I,Iv,Ia,II(+I)を節前損傷として、TypeIIおよびnormalの根を節後損傷と正常根としてまとめると節前損傷にたいする造影MRIによる感度(真陽性/真陽性+真陰性〉は77.3%、特異性(真陰性/真陽性+偽陽性)は84.9%、精度(真陽性+真陰性/合計)は80.0%であった。

 個々の所見について検討すると外傷性髄膜瘤の描出は節前損傷根97根中、42根が描出された。節前損傷に対するMRIでの外傷性髄膜瘤の感度は43.3%、特異性98.1%、精度62.7%であった。節前損傷根のなかでは、Type Iaが70.0%の出現率ともっとも高かった。ついでType Iが58.1%の出現率であった。脊髄表面の造影効果は節前損傷根97根中、48根に脊髄表面の造影効果が描出された。節前損傷に対するMRIでの脊髄表面の造影効果の感度は49.5%、特異性90.6%、精度64.0%であった。節前損傷根のなかでは、Type Iaが75.0%の出現率ともっとも高かった。ついでType Ivが66.7%の出現率であった。脊髄神経根の造影効果は節前損傷根のなかでは、TypeII(+I)が20.0%の出現率で高かったが、正常根においても3根偽陽性があり、フィシャーの正確確率検定にて有意ではなかった(p=0.54)。

 造影MRIは外傷性髄膜瘤の描出を中心として節前損傷を判断した従来のMRIに対して、脊髄表面あるいは神経根の造影効果を観察することによりその感度および精度を高めることができた。節前損傷根の損傷型のなかでは特にType IvおよびTypeII(+I)の診断の感度を高めることができた。したがって造影MRIは腕神経叢節前損傷の診断に有用である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、外傷性腕神経叢損傷患者に対して、術前待機中に造影MRI検査を行い、腕神経叢節前損傷の診断の感度および精度を高めることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.外傷性腕神経叢損傷患者に対して、術前待機中に造影MRI検査を行うことにより、従来報告されてきた外傷性髄膜瘤の描出に加えて新たに脊髄表面の造影効果、脊髄神経根の造影効果の所見を観察できることを明らかにした。

2.外傷性腕神経叢損傷患者について、節前損傷にたいする造影MRIによる外傷性髄膜瘤、脊髄表面の造影効果、脊髄神経根の造影効果の所見による感度、特異性精度を明らかにした。

3.頚髄神経根の損傷形態を術中所見より分類し、造影MRIを行うことにより特に腕神経叢節前損傷の診断をより正確に行えることを明らかにした。

 以上の結果から、本論文は、造影MRIにより腕神経叢節前損傷患者では従来報告されてきた外傷性髄膜瘤の所見に加え、新たに脊髄表面の造影効果、脊髄神経根の造影効果の所見を観察することができることを明らかにした。また、これらの所見による節前損傷の診断に対する感度、特異性、精度を明らかにした。さらに術中所見との対比により造影MRIを行うことにより節前損傷の診断を正確に行えることを明らかにした。

 本研究は、外傷性腕神経叢節前損傷患者での術前MRIで従来報告されてきた外傷性髄膜瘤の所見に加えて造影MRIにより新たに脊髄表面の造影効果、脊髄神経根の造影効果の所見を観察できることを明らかにし、これらの所見と手術所見との対比を初めて明らかにし、腕神経叢節前損傷の診断をより正確に行えることを明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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