学位論文要旨



No 214976
著者(漢字) 亀野,誠二
著者(英字)
著者(カナ) カメノ,セイジ
標題(和) 自由―自由吸収でさぐる若い電波源の環境
標題(洋) Free - Free Absorption towards Gigahertz Peaked Spectrum Sources
報告番号 214976
報告番号 乙14976
学位授与日 2001.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14976号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 祖父江,義明
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙で最も大規模なエネルギーを発する活動銀河核の多くは、電波での放射が可視光などの波長に比べて弱い「弱電波活動銀河核」であるが、約10%ほどの割合で「強電波活動銀河核」が存在し、それらはジェットや電波ローブなどの成分を持っていて〜106pcもの広がりに達することもある。活動銀河核が「強電波」になるための条件を知るためには、電波での活動性が始まってから時間があまり経過していない、若い電波源を観測的に調べることが重要である。GPS電波源(Gigahertz Peaked Spectrum Sources)はGHz帯にピークを持つ凸型の電波スペクトルを示すコンパクトな電波源で、電波ローブの広がりが1kpc以下と小さいことから、103-105年程度の進化の初期段階にある電波銀河と考えられている。スペクトルのピークより低い周波数で見られる吸収は、これまでシンクロトロン自己吸収によるものと解釈されていた。我々は電波天文衛星「はるか」を用いたスペースVLBI(超長基線干渉計)によってGPS電波源の一つOQ208を観測した結果、低周波側の吸収が電波ローブを取り巻く低温(105K)・高密度(105cm-3)のプラズマによる自由-自由吸収が原因であることを明らかにした。この発見を確認するために、9個のGPS電波源を米国VLBI専用アレイ(VLBA)を用いて3周波で観測し、自由-自由吸収の分布を測定した。その結果、クェーサー及びセイファート1型銀河に付随する1型GPS電波源と、電波銀河やセイファート2型銀河に付随する2型GPS電波源とで、自由-自由吸収の分布に差異が認められた。1型GPS電波源は自由-自由吸収係数の空間分布が非対称であるのに対して、2型GPS電波源では対称的であった。前者は双対ジェットの軸が視線となす角が小さいと考えられており、手前に近付くジェットと奥に遠ざかるジェットとで外部の吸収帯を通る長さが異なるために、自由-自由吸収係数に差異が生じたものと解釈できる。さらに、最も近距離にあるGPS電波源NGC 1052において自由-自由吸収係数の空間分布を詳細に調べた結果、中心核近傍において吸収係数が顕著に集中していることを発見した。吸収係数の分布は、近付くジェット側0.1pcと遠ざかるジェット側の0.7pcを覆っており、このことからジェットに垂直な半径0.7pcの幾何学的に厚い環体(トーラス)状に低温高密度のプラズマが分布していると考察した(図1参照)。温度として104Kを仮定すると、吸収係数から電子密度が〜104cm-3と求められる。この密度から見積もられる環帯内の電子柱密度は0.7×1023cm-2であり、X線の観測から得られている原子柱密度1023cm-2とほぼ一致した。吸収係数の分布はプラズマ環帯より外側にも希薄な成分が拡がっており、この分布は等温Kingモデルを反映した球対称の密度分布をもつプラズマの中で起こる自由-自由吸収で説明ができる。進化初期段階にある電波銀河が低温高密度プラズマに包まれていると、電波ローブが拡がるのを妨げ、かつセンチ波帯の電波放射を吸収するので、濃密なプラズマが「弱電波活動銀河核」の原因である可能性を示唆したことになる。本研究結果は、このように自由-自由吸収過程をプローブとしたVLBI観測を実施することによって、活動銀河核の熱的な物理状態をpc以下の空間分解能能で明らかにできることを示した。

図1:(a):GPS電波源NGC 1052における自由-自由吸収係数Tfの空間分布。この量は〓に比例する。(b):ジェットに沿って〓の値を表示したもの。中心核で最大となり、西側の遠ざかるジェット方向に裾野をひいている一方で、東側の近付くジェット方向では急激に吸収量が減少する。(c):吸収係数の空間分布をもとに推測したNGC 1052の構造。ジェットは視線に対して50〓傾いていて、それに垂直な環体状のプラズマが強い自由-自由吸収の起源となっている。さらに外側には等温Kingモデルの密度分布で説明できるプラズマが取り巻いている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章では本論文の背景説明や内容の概略がのべられ、第2、3、4章では、それぞれ、OQ287と呼ばれる電波源、9つの電波源、NGC1052と呼ばれる電波源の、解析結果とそれに対する考察が示され、第5章においてまとめが行われている。

宇宙で最も大規模なエネルギーを発する活動銀河核の多くは、電波での放射が可視光などの波長に比べて弱い「弱電波活動銀河核」であるが、約10%ほどの割合で「強電波活動銀河核」が存在し、それらはジェットや電波ローブなどの成分を持っていて106pcもの広がりに達することもある。活動銀河核が「強電波」になるための条件を知るためには、電波での活動性が始まってから時間があまり経過していない、若い電波源を観測的に調べることが重要である。GPS電波源(Giga-hertz Peaked Spectrum Sources)はGHz帯にピークを持つ凸型の電波スペクトルを示すコンパクトな電波源で、電波ローブの広がりが1kpc以下と小さいことから、103-105年程度の進化の初期段階にある電波銀河と考えられている。スペクトルのピークより低い周波数で見られる吸収は、これまでシンクロトロン自己吸収によるものと解釈されていた。論文提出者は電波天文衛星「はるか」を用いたスペースVLBI(超長基線干渉計)によってGPS電波源の一つOQ208を観測した結果、低周波側の吸収が電波ローブを取り巻く低温(105K)・高密度(105cm-3)のプラズマによる自由-自由吸収が原因であることを明らかにした。さらに、この発見を確認するために、9個のGPS電波源を米国VLBI専用アレイ(VLBA)を用いて3周波で観測し、自由-自由吸収の分布を測定した。その結果、クェーサー及びセイファート1型銀河に付随する1型GPS電波源と、電波銀河やセイファート2型銀河に付随する2型GPS電波源とで、自由-自由吸収の分布に差異が認められた。1型GPS電波源は自由-自由吸収係数の空間分布が非対称であるのに対して、2型GPS電波源では対称的であった。前者は双対ジェットの軸が視線となす角が小さいと考えられており、手前に近付くジェットと奥に遠ざかるジェットとで外部の吸収帯を通る長さが異なるために、自由-自由吸収係数に差異が生じたものと解釈できる。さらに、最も近距離にあるGPS電波源NGC 1052において自由-自由吸収係数の空間分布を詳細に調べた結果、中心核近傍において吸収係数が顕著に集中していることを発見した。吸収係数の分布は、近付くジェット側0.1pcと遠ざかるジェット側の0.7pcを覆っており、このことからジェットに垂直な半径0.7pcの幾何学的に厚い環体(トーラス)状に低温・高密度のプラズマが分布していると考察した。温度として104Kを仮定すると、吸収係数から電子密度が104cm-3と求められる。この密度から見積もられる環帯内の電子柱密度は0.7x1023cm-2であり、X線の観測から得られている原子柱密度1023cm-2とほぼ一致した。吸収係数の分布は、さらに、プラズマ環帯より外側にも希薄なプラズマ成分が存在することを示している。この分布は等温Kingモデルで再現でき、球対称の密度分布をもつプラズマの中で起こる自由-自由吸収で説明できることがわかった。

 進化初期段階にある電波銀河が低温・高密度プラズマに包まれていると、電波ローブが拡がるのを妨げ、かつセンチ波帯の電波放射を吸収するので、濃密なプラズマが「弱電波活動銀河核」の原因である可能性を示唆したことになる。本研究では、このように自由-自由吸収過程をプローブとしたVLBI観測を実施することによって、活動銀河核の熱的な物理状態をpc以下の空間分解能で明らかにできることが示されている。

 本論文は、電波領域で見られる低周波側での吸収の起源に対し、従来の考え方にかわる新しい考え方を指し示し、かつ、活動銀河核周辺の物質の様子を知る新しい手段を導入した点で、十分博士論文の価値があると判断する。なお、本論文第2、3、4章は何人かの研究者との共同研究であるが、論文提出者が研究テーマを発案し、かつ、主体となって解析及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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