学位論文要旨



No 214977
著者(漢字) 瀬古,弘
著者(英字)
著者(カナ) セコ,ヒロム
標題(和) 中緯度のメソβスケール線状降水系の形態と維持機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214977
報告番号 乙14977
学位授与日 2001.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14977号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 助教授 高藪,縁
内容要旨 要旨を表示する

 メソβスケール(100kmほどの水平スケール)の線状の降水系はしばしば、長時間持続して梅雨期の集中豪雨などの災害を引き起こす。このように長時間持続する降水系では、系内で対流セルが繰り返し発生している。対流セルの発生場所や移動方向は、線状降水系周辺の環境(水平風の鉛直プロファイルや中層の乾燥域など)の影響を受けるため、線状降水系は環境毎に異なった形態(降水系の走向、降水域の広がり方)になる。線状降水系の内部構造(対流セルの発生衰弱や移動の様相・気流構造)を調べ、その維持機構を明らかにするために、中緯度で発達したメソβスケール線状降水系を、特別観測の観測データや数値モデルを用いて解析した。解析結果から、線状降水系の形態や維持機構としてこれまで報告されてきたsquall line型、back-building型を確認した。squall line型やback-building型では上層風と下層inflowの向きが正反対もしくは同一方向であることが特徴であった。これらの2つの型の他にback-and side-building型と呼ぶべき新しいメカニズムを持つ線状降水系があることがわかった。このback-and side-building型の線状降水系は、上層風が下層inflowとほぼ直交するときに形成される。降水帯は上層風とほぼ並行に延び、上層風の風上で対流セルが発生して風下に移動する。対流セルが風下に移動する間も、降水帯に直交する下層inflowが側面から連続的に流入して対流を強化している。

 観測した線状降水系の比較から、下層inflowに対する上層風の風向、及び中層の湿度が線状降水系の形態を決める環境として重要であることが示唆された。そこで、これらの環境を変えた数値実験をおこない、線状降水系の形態を決める要因を調べた。下層inflowに対する上層風の風向が逆方向、同方向、直交方向の時に、それぞれsquall line型、back-building型、back-and side-building型の線状降水帯が組織化した。これらの線状降水系の形態のできるメカニズムは、「対流セルが上層風により移動すること」と『対流域から発散する気流と下層inflowが収束するところで対流セルが発生発達すること」という2つのキーポイントで説明することができる。上層風と下層inflowが同方向のback-building型の場合は、上層風(と下層inflow)の風上側で対流セルが発生し、発生した対流セルは上層風の風下に移動し、上層風(と下層inflow)に平行に延びた線状降水系になる。一旦、できた対流セルの発生地点では、対流セルからの発散流と下層inflowが収束して新しい対流セルが生成する。上層風と下層inflowが逆向きのsquall line型の場合は、上層風が降水帯内を下降して対流セルの発散流を強め下層inflowが収束して、新しい対流セルが生成する。上層風が降水帯内で下降するので、対流セルは地上の収束線よりも上層風の風上側(地上inflowの風上側)には移動せず、上層風と下層inflowに直交方向に延びた線状降水系になる。上層風と下層inflowが直交するback-and side-building型の場合は、上層風の風上で対流セルが発生し、上層風の風下に移動する。側面からの下層inflowにより風下でも発達を続ける。降水系は上層風の風向に延びるとともに、風下に行くほど幅が広がる。また、中層の乾燥化は、特にback-building型に影響する。乾燥した中層の気塊は成層をより不安定にするので、対流が広い範囲に渡って発生し降水強度が弱まり、back-building型で見られる降水域が長時間維持されなくなってしまうためである。他の2つではその影響は小さく組織化した構造が長時間維持されていた。

審査要旨 要旨を表示する

 我が国では、しばしば、梅雨末期に集中豪雨が発生する。洪水や土石流などによって、人命が失われることもまれではない。しかし、まだ、十分な精度で集中豪雨を予測することはできない。その理由は、きわめて狭い地域に長時間にわたって降水を生じさせる大気現象の仕組みが解明されていないからである。

 集中豪雨は主に積乱雲によってもたらされるが、積乱雲が孤立しているかぎり、洪水を発生させるほどの雨量にはならない。集中豪雨を発生させるためには、積乱雲が長時間持続するか、または、次から次へと同じ場所に発生して、持続的に降水をもたらすような「降水系」が大気中に作られる必要がある。降水系は、一般に、積乱雲の集合によって構成される。その空間スケールは数百キロメートルに及び、気象学の分類で、メソβスケールという。また、雲が線状に並ぶことが多い。本論文の表題にある「メソβスケール線状降水系」とは、このような現象を指している。温帯低気圧や台風の研究に比べて、メソ降水系に関する研究は遅れている。スケールが小さいために、通常の気象観測網で捕らえることが難しく、また、降水系の構造が変化に富んでいるために、概念モデルとして構造を一般化することが難しいからである。

 しかし、最近、気象衛星、気象レーダー、地上からの特別観測網などによるメソ降水系の詳細な観測事例が蓄積されるようになった。また、メソスケールの現象をよく表現する数値モデルが開発され、降水系の物理を論じられるようになった。

 本研究は、このような背景のもとに、事例解析と数値シミュレーションを組み合わせて、メソ降水系の形態と維持機構との関連を論じたものである。内容は2部から構成される。第1部では、特別観測による詳細な事例解析と、それぞれに対応した数値シミュレーションに基づいて線状降水系が3種類に分類できることを示す。第2部では、環境風の条件を変化させた数値実験によって、その3種類の形態が、主に、下層風と中層風の風向によって支配されていることを示す。

 従来、メソ降水系は、スコールライン型(SL型)、バックビルディング型(BB型)、にんじん状の雲域に区別することが行われてきた。SL型とBB型に関する研究は比較的よく行われてきたが、線状降水系を統一的な視点から見て、形態と維持機構を議論されることはなかった。特に、にんじん状降水雲は海上で発生することが多く、構造がよくわからないため、SL型に分類されることもBB型に分類されることもあった。

 第1部では、「九州豪雨観測実験」、「つくば域降雨実験」で得られた特別観測資料によって詳しい解析が可能な現象の中から、それぞれの型を代表する事例を取り上げて、その構造を詳細に議論した。また、解析した事例をメソスケール現象のために開発した数値モデルを用いて再現し、気流の分布の解析など観測では直接わからない知見を得た。その結果、初めて、にんじん状雲域が、SL型でもBB型でもなく、バック・サイド・ビルディング型と著者が命名した新しいタイプの構造であることを明らかにした。

 さらに3種の構造を比較することによって、3つの型の降水系がシステムに相対的な下層風と中層風の配置によって説明できる可能性があることを発見した。

 第2部では、その可能性をさらに一般的な枠組みの中で実証するために、環境条件を統一し、下層風と中層風の配置のみが異なる12例の数値実験を行い、下層風と中層風の配置によって、第1部で解析した構造ときわめて似た3種類の線状降水系が発生することを示した。さらに、この結果が他の条件によって変化しないかどうか確かめるために、中層に乾燥した空気が流入する条件の下で12例の数値実験を行い、降水系の形態を決める要素として、下層と中層の風の配置が重要であることを確認すると共に、それぞれの型における乾燥空気の役割を明らかにした。この結果は、風の鉛直シアによって降水系の形態が分類できると提案したLeMone et al.の研究を発展させたものといえる。

 このように、本研究は、従来、個別の事例研究の多かったメソ降水系の研究を、より一般的な枠組みから考察することにより、少なくとも、線状降水系に対しては、環境風の構造によって、3種の異なる構造が発現することを明らかにし、メソ降水系の体系的な理解を大きく前進させた。本研究によって、かならずしも、すべてのメソ降水系の概念モデルが構築されたわけではないが、温帯低気圧や台風の概念モデルと同様のメソ降水系の概念モデルを確立できる可能性を示している。一般的な概念モデルの構築は単に気象学の体系的理解を深めるだけでなく、現業の数値予報モデルに組み込むことによって、集中豪雨を定量的に予測する道を開くものである。その意味で、論文提出者の気象学に対する貢献は大きく、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42845