学位論文要旨



No 214978
著者(漢字) 池田,正太
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ショウタ
標題(和) 新規エンドセリンETA/ETB受容体拮抗薬TAK-044の薬効薬理に関する研究
標題(洋)
報告番号 214978
報告番号 乙14978
学位授与日 2001.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14978号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 黒瀬,等
内容要旨 要旨を表示する

 エンドセリンは強力な血管収縮作用を筆頭に、血管弛緩作用、心筋収縮力増強作用、細胞増殖作用など、多種多様な生理活性を有する内因性のペプチドであり、心筋梗塞、心不全、高血圧、急性腎不全、肺高血圧、くも膜下出血後の血管れん縮などの多くの疾患において、病態悪化因子としての役割が注目されている。内因性エンドセリンの作用を阻害する低分子化合物は、エンドセリンの生理学的作用を明らかにするツールとしてのみならず、これらの疾患に対する新しい治療薬となることが期待されている。本研究では、6つのアミノ酸からなる環状ペプチド誘導体であり、ETAおよびETB受容体に対して高い親和性を持つ新規エンドセリンETA/ETB受容体拮抗薬、TAK-044(cyclo[D-α-aspartyl-3[(4-phenylpiperazin-1-y1)carbonyl]-L-alanyl-L-α-aspartyl-D-2-(2-thienyl)glycyl-L-leucyl-D-tryptophyl]disodium、図1)の薬理学的プロファイルを明らかにし、病態モデルにおける有効性を検証する目的で、以下の検討をおこなった。

 ウサギ心室筋膜標本(主にETA受容体を含む)および小脳膜標本(主にETB受容体を含む)への標識エンドセリン-1(ET-1)の結合をTAK-044はIC50値3.8nMおよび130nMで濃度依存的に完全に阻害した。また、ブタ冠動脈摘出血管標本のETAおよびETB両受容体を介したET-1収縮をTAK-044はpA2値8.4で抑制し、100nMのTAK-044によってET-1収縮反応はほぼ完全に抑制された。更に、低濃度のET-3刺激によって生じる、ETB受容体を介した血管収縮反応に対してもTAK-044(10nM)は抑制作用を示した。これらによりin vitroの標本においてTAK-044はETAおよびETB受容体に対して強い拮抗作用を示すことが明らかとなった。

 TAK-044のin vivoにおけるエンドセリン拮抗作用の薬理学的プロファイルを明らかにする目的で、麻酔ラットを用いて以下の検討をおこなった。麻酔ラットにET-1(0.3nmol/kg)を静脈内投与することにより、ETB受容体を介する一過性の降圧反応に引き続き、主にETA受容体を介する持続的な昇圧反応が生じた。TAK-044(0.1-10mg/kg,i.v.)の前処置によってET-1昇圧反応は用量依存的に有意に抑制され、10mg/kgでほぼ完全に抑制された(図2左)。一方、ETA受容体選択的拮抗薬のBQ-123(10mg/kg,i.v.)では昇圧反応は部分的にしか抑制されず(図2右)、ET-1昇圧反応におけるETA受容体以外の受容体サブタイプの関与が示唆された。また、ET-1による降圧反応に対してもTAK-044(1-10mg/kg)は有意な抑制作用を示した。TAK-044 10mg/kg,i.v.によるET-1昇圧抑制作用は3時間以上持続した。

 ETB選択的作動薬であるサラフォトキシン(SRTX)S6c(0.3nmol/kg)の静脈内投与によっても一過性の降圧反応に引き続き持続的な昇圧反応が生じた。この昇圧反応の大きさはBQ-123非感受性のET-1昇圧反応の程度と一致し、麻酔ラットにおけるETB受容体を介した昇圧反応の存在が確認された。SRTX S6cによる降圧反応に対してTAK-044(0.1-10mg/kg,i.v.)は低用量から有意な抑制作用を示し、高用量の10mg/kgではSRTX S6cによる昇圧反応をも有意に抑制した。一方、高用量(10mg/kg)のBQ-123を用いてもSRTX S6c昇圧反応は抑制されなかった。このETB受容体を介した昇圧反応と降圧反応における、TAK-044とBQ-123に対する感受性の差異は、SRTX S6c(1nmol/kg,i.v.)投与による腎血管収縮反応においても同様に認められた。すなわちTAK-044は、STRX S6cの降圧反応を抑制する低用量の0.3mg/kg,i.v.ではETB受容体を介した腎血管収縮反応には無影響であったが、高用量の3mg/kgでは降圧および収縮反応の両者を有意に抑制した。一方、BQ-123(3-30mg/kg,i.v.)にETB受容体を介した収縮反応に対する抑制作用は認められなかった。

 以上より、麻酔ラットにおけるETB受容体を介した昇圧および血管収縮反応の存在が確認され、昇圧(血管収縮)に関与するETB受容体(ETB2)と降圧(血管弛緩)に関与するETB受容体(ETB1)はTAK-044とBQ-123に対する感受性の差によって薬理学的に区別された。TAK-044はin vivoにおいても持続性のあるエンドセリン拮抗薬として働き、低用量ではETA受容体による昇圧反応とETB1受容体による降圧反応を、高用量では更にETB2受容体を介する昇圧反応と腎血管収縮反応を抑制した。

 エンドセリン拮抗薬の臨床適応疾患の一つと考えられる急性心筋梗塞に対する有効性を検証する目的で、ラット冠動脈虚血-再灌流心筋梗塞モデルにおけるTAK-044の作用について検討した(図3)。ラットの冠動脈を1時間閉塞し、その後24時間再灌流する事で、生理食塩水投与群において危険領域あたり60%の梗塞巣が生じた。TAK-044(0.3-3mg/kg,i.v.)の虚血10分前の投与によって心筋梗塞巣は用量依存的に有意に縮小し、3mg/kg投与群における危険領域あたりの梗塞巣は28%となった。更に、TAK-044は、虚血10分前投与、再灌流10分前投与および再灌流1時間後投与においても、ほぼ同程度の心筋梗塞巣進展抑制作用を示した。以上の成績から、心筋梗塞巣の進展に内因性のエンドセリンが重要な役割を担っていることが示されたとともに、TAK-044が臨床において急性心筋梗塞に対する有用な治療薬となる可能性が示唆された。

 TAK-044の虚血心筋保護作用の作用機序を解明する目的で、麻酔犬スタンドマイオカーディウムモデルにおける作用を検討した。短時間(15分)の冠動脈結紮とその後の再灌流によって、生理食塩水投与群の虚血領域での心筋局所壁運動は、再灌流時の心筋血流量低下や心筋壊死を伴うことなく、再灌流5時間後まで持続的に低下した。TAK-044(3mg/kg,i.v.)の虚血10分前の投与は、虚血中および再灌流後の心筋局所壁運動の低下を有意に抑制したが、局所心筋血流に対しては有意な作用を示さなかった。更に、TAK-044の投与は、非虚血領域の局所心筋壁運動や全身循環動態に対しても影響を与えなかった。以上より、スタンドマイオカーディウムの病態における内因性エンドセリンの関与が初めて示されたとともに、TAK-044が血流量の改善に起因しない、直接的な虚血心筋保護作用(内因性エンドセリンによる虚血増悪作用の阻害)を有することが示唆された。

 以上の成績により、1)TAK-044はin vitroおよびin vivoにおいて、ETAおよびETB受容体を介する血管収縮反応、昇圧反応および降圧反応を強力に抑制すること、2)血管収縮に関与するETB受容体(ETB2)と血管弛緩に関与するETB受容体(ETB1)はTAK-044とBQ-123に対する感受性の差によって薬理学的に区別され、高用量のTAK-044はその両者に対して抑制作用を示すこと、3)TAK-044はラット心筋梗塞モデルおよび麻酔犬スタンドマイオカーディウムモデルにおいて、心筋梗塞進展抑制作用および局所心筋壁運動改善作用を示すこと、4)TAK-044の虚血心筋保護作用の少なくとも一部に、血流量の改善では説明できない心筋直接的な保護機構が関与していることが示された。TAK-044を用いて内因性ET-1が作用するすべてのエンドセリン受容体サブクラスを阻害することで、心臓の虚血-再灌流障害は改善された。この結果は新規エンドセリンETA/ETB受容体拮抗薬TAK-044が、エンドセリンの生理学的作用を明らかにするツールとしてのみならず、虚血性心疾患に対する有用な治療薬となることを示唆している。

図1 TAK-044の構造

図2 ET-1の昇圧および降圧反応に対するTAK-044(左)とBQ-123(右)の作用

生理食塩水もしくはエンドセリン拮抗薬の投与10分後にET-1(0.3nmol/kg)を静脈内投与し、生じた昇圧および降圧反応の最大値を平均値と標準誤差で示した(n=4-12)。図中**は生理食塩水投与群に対する有意差を示す(**P<.01)。

図3 ラット虚血-再灌流心筋梗塞モデルにおけるTAK-044の心筋梗塞巣進展抑制作用

生理食塩水もしくはTAK-044(0.03-3mg/kg)を静脈内投与し、その10分後にラットの冠動脈を1時間閉塞し、その後再灌流した。再灌流24時間後の心筋梗塞巣を危険領域に対する割合で示した。結果は5-12例の平均値と標準誤差とで表した。図中**は生理食塩水投与群に対する有意差を示す(**P<.01)。

審査要旨 要旨を表示する

 エンドセリンは強力な血管収縮作用を筆頭に、血管弛緩作用、心筋収縮力増強作用、細胞増殖作用など、多種多様な生理活性を有する内因性のペプチドであり、心筋梗塞や心不全をはじめとする多くの疾患において、病態悪化因子としての役割が注目されている。内因性エンドセリンの作用を阻害する低分子化合物は、エンドセリンの生理学的作用を明らかにするツールとしてのみならず、これらの疾患に対する新しい治療薬となることが期待されているが、ETAおよびETB両受容体に対して拮抗作用を示す薬剤の報告は無く、臨床における有用性も不明であった。本研究では、6つのアミノ酸からなる環状ペプチド誘導体であり、ETAおよびETB両受容体に対して高い親和性を持つ新規エンドセリンETA/ETB受容体拮抗薬、TAK-044の薬理学的プロファイルと病態モデルにおける有効性が検討された。

 まず、in vitroの実験系を用いて、TAK-044のエンドセリン拮抗作用が検討された(ウサギ心室筋膜標本および小脳膜標本への標識エンドセリン-1(ET-1)の結合阻害実験と、ブタ冠動脈摘出血管標本を用いたエンドセリン収縮拮抗実験により、TAK-044はETAおよびETB受容体に対して強いエンドセリン拮抗作用を示すことが明らかとなった。

 次に、TAK-044のin vivoにおけるエンドセリン拮抗作用の薬理学的プロファイルを明らかにする目的で、麻酔ラットを用いた検討が行われた。麻酔ラットにET-1もしくはETB選択的作動薬であるサラフォトキシンS6cを静脈内投与することにより生じる、一過性の降圧反応と、その後の持続的な昇圧反応に対する、TAK-044と、ETA受容体選択的拮抗薬のBQ-123の作用が比較検討された。その結果、TAK-044はin vivoにおいても持続性のあるエンドセリン拮抗薬として働き、ETAおよびETB両受容体による昇圧反応とETB受容体による降圧反応を強力に抑制する事が明らかとなった。更にサラフォトキシンS6cを用いた精査実験により、昇圧(血管収縮)に関与するETB受容体(ETB2)と降圧(血管弛緩)に関与するETB受容体(ETB1)がTAK-044とBQ-123に対する感受性の差によって薬理学的に区別されることが明らかとなった。

 更に、エンドセリン拮抗薬の臨床適応疾患の一つと考えられる急性心筋梗塞に対する有効性が検証された。ラット冠動脈虚血-再灌流心筋梗塞モデルにおいてTAK-044の虚血前投与、再灌流前投与および再灌流1時間後投与は有意な心筋梗塞巣進展抑制作用を示し、TAK-044が臨床において急性心筋梗塞に対する有用な治療薬となる可能性が示唆された。

 TAK-044の虚血心筋保護作用の作用機序を解明する目的で、麻酔犬スタンドマイオカーディウムモデルにおける作用が検討された。TAK-044の投与は、心筋血流量に影響することなく、心筋局所壁運動の低下を有意に抑制し、スタンドマイオカーディウムの病態における内因性エンドセリンの関与が初めて示されたとともに、TAK-044が血流量の改善に起因しない、直接的な虚血心筋保護作用を有することが示唆された。

 以上、本研究により、TAK-044は、内因性ET-1が作用するすべてのエンドセリン受容体サブクラスに対してin vitroおよびin vivoで強力な拮抗作用を示し、心臓の虚血-再灌流障害を改善することが明らかとなった。また、生理学的な役割の異なるETB受容体が拮抗薬の感受性の差によって薬理学的に区別されることが明らかにされた。これらの成績は、新規エンドセリンETA/ETB受容体拮抗薬TAK-044が、虚血性心疾患に対する有用な治療薬となることを示唆するとともに、ETB受容体の薬理学的サブタイプ(ETB1,ETB2)の確立に貢献したものであり、博士(薬学)に値するものと認めた。

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