学位論文要旨



No 214980
著者(漢字) 増田,民夫
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,タミオ
標題(和) 電力流通設備の地震時被害推定と対策に関する研究
標題(洋)
報告番号 214980
報告番号 乙14980
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14980号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 埼玉大学 教授 渡邉,啓行
内容要旨 要旨を表示する

 電力流通設備の耐震性評価手法については、昭和39年の新潟地震、昭和41年の茨城県沖地震以来検討がなされてきた。

 特に,千葉県東方沖地震(昭和62年12月17日発生)により得られた知見をもとに,変電機器の耐震性評価について新たな試みがなされた。

 また,液状化に対する電力流通設備の安全性評価については,新潟地震(昭和39年6月16日発生)での電力設備の被害に端を発し,既設設備の耐震性評価および新規設備の耐震設計に関し,種々の検討がなされてきた。

 しかし,電力業界を取り巻く昨今の状況から,設備投資の抑制が大きな課題となっており,このため電力流通設備についても大規模地震を考慮し,しかも経済的に負担のかからない範囲での構造物の設計法確立に向けた取り組みが要求されるようになった。

 この種の経済的な設計手法を考える上では,「設計で考慮する地震力」および「地震時に確保すべき構造物の性能」の両面を適切に組み合わせて評価することが必要であり,このため,当研究においてはこのような最近の現状に基づき,最初の項目である“設計で考慮する地震力”すなわち外力側の面での精度向上に主として着目し、いくつかの観点から検討を進めた。

 本研究においては,このような観点から2章において従来の電力流通設備の耐震設計の考え方について述べると共に,第3章においては,平成4年に発生した釧路沖地震および北海道南西沖地震の際の電力流通設備を主体に,同設備の耐震性評価の上で興味深い下水道等のインフラ設備について,その被害実態を詳細に調べ,結果を記した。

 また,第4章以降においては,第2,3章で電力流通設備の耐震性を評価する上で浮かび上がった下記の課題について,現地調査,室内実験およびいくつかの解析を行い課題の解決を試みた。各課題に関する結論の概要は以下の通りである。

1.詳細な調査・試験結果の動的応答解析への反映

 今回,地盤の動的変形特性を適切に評価するため,東京湾内の埋立地において,非常に詳細に地盤調査,室内試験を実施した。この結果,以下の事が明らかになった。

○ダウンホール法とサスペンション法による比較試験を実施したが,後者の方が細かい層構造を把握可能である。

○原位置および室内試験によるG0の比較により,深い所から採取した試料では応力解放等により原位置試験結果と一致しないこともあるという,従来から指摘されている事実が確認された。

○深さ方向の動的変形特性を見ると,同一層内においても,深さ方向にG-γ,h-γ関係が変化していることが認められ,層厚が厚い場合には,同一層であっても複数の試験が必要であることが認められた。また,地層境界において,堆積年代が大きく異なる場合には,境界の上下層で動的変形特性が急激に変化することが確認された。

○サスペンション法では,ボーリング位置での極めの細かい地盤構造を把握することが出来る。しかし,そのことが,サスペンション法により求めた地盤構造がサイトの地震応答解析を行うモデルとして最適とは限らない。それは,サスペンション法ではより局所的な特性を求めることが出来るが,そのような局所的な特性が水平方向に連続しているとは限らないからである。

○硬,軟層が混在する地盤では,急激な剛性低下を起こす可能性のある軟らかい方の地盤の剛性が解析結果に及ぼす影響が大きい。また,この傾向は硬い地盤より,軟らかい地盤においてより顕著である。

○設定した物性が同一であれば,解析上の層分割は,1m以下の薄い層を設定しても解析結果はほとんど変わらず、1m程度毎の物性評価や層分割で,精度の良い解析結果が得られるものと思われる。

2.周波数特性を考慮した応答解析

 詳細な地盤調査結果を基に作成した解析モデルを用いて,加速度波形から,基盤(GL-38.5m)での加速度波形を従来のSHAKEと今回改良した手法により計算し比較した。その結果,次のことが明らかになった。

 高周波数領域では従来のSHAKEではこれまで指摘されてきたように増幅率を過小に評価しているのに対して,今回提案した手法による結果では増幅率の過小評価は見られず,その上,3,4次の高次モードまで観測値によく対応した。

3.地中埋設物の液状化時の浮上りのメカニズムと抑止策

 釧路沖地震および北海道南西沖地震の際に下水のマンホールや管渠が浮き上がった。この現象のメカニズム解明のため振動台を用いたモデル実験を行った。

 その結果,埋設物が浮き上がるためには,埋設物下部の過剰間隙水圧が上昇するとともに,埋設物周囲の地盤の土粒子が埋設物底部に向かって移動する必要のあることが判明した。また,この浮上りに影響する要因として,周辺地盤の透水性,埋設物と掘削側面との幅および,構造物下面までの埋戻し層の高さが関係のあることが分かった。

 これらのメカニズムを踏まえモデル実験により,土砂の回り込みを抑止する方法として,埋設物に一対の羽根をつけたり,埋設物の両側にシートパイルやジオテキスタイルによる膜を設けることが効果的であるとことも判明した。

 今回,実験的に検討した浮上り現象については,電力流通設備としての洞道,マンホールの他,火力発電所の放水路構造物を検討する際の重要な項目となっている。

 今回,定性的なメカニズムについて,その現象を把握しえたと考えられるが,今後上記構造物の性能設計をする上では,浮上りの定量的評価が必要であり,今後は浮上りの評価方法の検討を進めていく必要がある。

4.液状化による地盤の永久変位量の推定

 これまで,流通設備の耐震性を評価するための液状化による地盤の永久変位量については,簡易式で推定を行ってきたが、今回,液状化に伴う流動を簡単にしかもある程度の精度で解析できる方法として,残留解析方法の利用を検討した。

○適用した3ケースいずれも解析結果は実被害の全体的な変位を捉えており,簡易法として十分実用的に使うことが出来る。

○本解析方法では,液状化後の変形特性によって得られる結果が大きく影響を受ける。変形特性の設定計算のためのせん断剛性低下率と細粒分含有率の関係図(図8.24)を提案したが,可能であれば,対象とする土の液状化後の変形特性を繰り返しねじりせん断試験等で求めることが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、変電所や送電線からなる電力の送配電施設(これを本論文では電力流通設備と呼んでいる)を対象にして、その耐震性の評価方法と向上策とについて、特に地盤の動的挙動を中心として、基本的な立場から抜本的な現代化を目指したものである。そしてその成果は、論文提出者の勤務する電力会社において、耐震性検討マニュアルとして、すでに実用化されている。

 本論文は全体で十章から構成されている。第一章は序論であり、提出者の勤務する電力会社における流通設備の規模の概要を紹介するとともに、本論文の全体像を概括している。

 第二章では、1980年代までの地震において電力流通設備が被った被害について、回顧た。そして1987年千葉東方沖地震においては変圧器が過大な振動によって損傷したこと、1964年新潟地震においては地盤の液状化と過大な地盤変形の結果、送電線鉄塔基礎や埋設地中送電線に損傷が起こったことを、記述した。これらの経験は、本研究の焦点が地盤の震動と液状化地盤変形に当てられる動機となるものである。さらに既往の耐震設計の考え方をも紹介し、一層の精密化、合理化と信頼性の向上とが課題であることを示した。

 第三章では、より近年の地震における電力流通設備の被災状況を取り扱っている。1990年代に入ると、地震観測施設の高密度化が進んだことと、液状化地盤の変形の重要性が認識されたこととが相まって、地盤の地震時挙動に関する重要な知見が、数多く得られるようになった。そして、それらと電力設備の損傷との関係についても詳細な調査が実施されるようになり、有用な記録が残されている。液状化地盤においてマンホールや埋設管が浮上がる現象が重要視され、地盤調査や模型実験が行なわれるようになったことも、その一例である。本論文では特に、1993_年の北海道南西沖地震の後志利別川沿岸の地盤流動現象、1995年の兵庫県南部地震における送配電施設の損傷に着目し、強い地盤震動の正確な予測と液状化地盤に起こり得る永久変形の推定とが、重要な課題であることを論じている。

 第四章から六章までは、地盤の地震応答解析法の改良を扱っている。これまでの経験によれば、広く使われているSHAKEという重複反射解析には、最大加速度を過小に評価する、という問題点のあることが知られている。そしてこの過小評価の度合は、軟弱地盤ほど著しい。このような現況を改善するため、本論文では地盤調査法の見直しと動的解析方法の改良、という二つの面から、研究を行なった。このうち四章では、東京湾大井の埋め立て地で行なわれた地盤調査を説明している。地盤物性の詳細な調査を目的とし、特に地盤物性の深さ方向の変化状況を把握することを試みた。そのために、通常の標準貫入試験に加えてPS検層、そして第五章に記述されるような連続不撹乱試料採取を行なった。またPS検層においては、通常のダウンホール法だけではなく、物性をさらに詳しく調査できるサスペンションタイプの調査をも実施し、20cmおきにS波伝播速度を計測した。その結果、たとえば埋め土層と原海底地盤の境界のように、堆積年代と土質とが不連続なところ(不整合面)では、S波速度や非線形性(せん断定数や減衰比のひずみ依存性)もまた不連続になっていることが判明した。これとは対象的に、沖積層の中で粘性土から砂質土に変化する位置でも、年代、有効応力の変化が深さ方向に連続であれば(整合)、土の動的性質もまた連続して変化することが、明らかとなった。

 以上の結果を受けて、動的解析手法の改良を試みたのが、第六章である。まずサスペンション手法の測定結果をそのまま入力データとして採用する方法、すなわち深さ20cmごとに物性を変える方法でSHAKEによる動的解析を行ない、1mごとに物性を変化させる、やや粗い方法との比較を行なった。それによると動的応答計算結果には大きな差異が現われず、地盤物性の細かな変動は、局所的な堆積物に過ぎない、として無視できることがわかった。しかしサスペンション法の結果とダウンホール法の結果を使って1mごとに物性を変化させた比較解析では、ダウンホール法の方が実地震観測結果に近い計算結果を与えた。しかしこのことはかならずしも、ダウンホール法のほうが地盤調査法としてすぐれていることを意味しない。サスペンション法には細かな土質調査を捕えうる、という長所があり、局所的に堆積している軟弱な薄層を正確に捕えてしまった結果、応答計算結果に悪影響が出てしまった可能性もあるからである。堆積物の空間的広がりを複数点での地盤調査などによって正しく把握する努力が、さらに必要である。

 SHAKE解析の問題点として、高周波数領域で波動の減衰を過大に評価することがある。その結果、最大加速度を発生するような高周波数成分が減衰しすぎ、地表の加速度が過小に計算されてしまうのである。このような問題を解決するために提案されてきたのが、周波数成分ごとに物性、とくに減衰比を変化させて動的解析を行なう手法である。本論文でもこの手法を取り上げて大井調査地点の動的解析に適用し、実地震観測結果とよく整合することを示した。

 第七章以降の話題は、液状化関連の諸問題である。はじめに取り扱われるのは、1993年の地震で釧路において問題となった埋設管とマンホールの浮上がりである。本研究では浮上がりの発生機構を明らかにするするとともに、浮上がり量の軽減を目的とする対策を提案するため、模型振動実験を行なった。実験結果によれば、埋め戻し部分の幅が狭いほど埋設管は浮上がりにくい。これは、液状化した埋め戻し土が管の横を通り抜けて管の下へ回り込み、その分だけ管が浮上がる、という運動機構が起こりにくくなるからである。また埋め戻し土で発生した過剰間隙水圧が周辺地盤へ消散するのを助けると、埋め戻し土の内部の過剰間隙水圧が小さくなるため、管も浮上がりにくくなることが示された。さらに、埋設管本体に羽根などの付属物を取り付け、浮上しにくくする工夫も試され、一応の成果を得た。

 次の第八章では、液状化地盤の側方流動の予測を扱っている。流動する液状化地盤の変形予測はライフライン工学の分野で重要な課題である。従来の研究には、液状化砂を粘性流体のように扱う手法と、剛性を大幅に失って軟化した固体である、と見なす手法とがある。本論文は後者の立場に基づき、砂の剛性を下げる度合について、液状化させた砂試料のせん断実験を行なった。そして細粒分含有率と液状化安全率FLに基づき、せん断剛性の低減率を決定する手法を、提案した。そして有限要素解析プログラムを作成していくつかの事例を計算し、良い結果を得た。ただし実際の実験結果では、軟化した砂もある程度変形すると剛性を取り戻すことがわかっている。このことは、本論文の計算手法には、まだ考慮されていない。

 第九章は全体の総括と結論である。そして第十章で今後の課題を指摘している。

 以上をまとめると本論文は、電力の流通設備の耐震性向上という問題に対して、地盤調査、室内実験、及び解析手法の検討という三方向から研究したものである。その成果は軟弱地盤に代表される地震危険地域のエネルギー供給の信頼性向上のために有用であり、地盤工学と耐震工学上の業績は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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