学位論文要旨



No 214981
著者(漢字) 大山,勲
著者(英字)
著者(カナ) オオヤマ,イサオ
標題(和) 伝統的農村集落における道空間の形態と形成要因に関する研究 : 甲府盆地の平坦地に立地する集居農村集落を対象として
標題(洋)
報告番号 214981
報告番号 乙14981
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14981号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 天野,光一
 東京大学 講師 寺部,慎太郎
 東京工業大学 助教授 斎藤,潮
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、アノニマス(Anonymous)に形成された伝統的農村集落の道空間(道路上に立つ人が見渡す囲まれた空間)を対象にして、次の3点を明らかにすることを目的とした研究である。(1)道空間の「形態」を定性的・定量的に明らかにすること。(2)道空間の形態の「形成要因」を明らかにすること。(3)道空間に潜む従来にない「道づくりの原理」を明らかにし、(1)(2)の意義を示すこと。

 第1章では、研究の背景・目的・対象・構成・既往研究との位置づけ・社会的な意義を述べた。アノニマスに形成された伝統的な農村集落の道空間は、無名の民衆たちの個々の意図の寄せ集めによってつくられた空間であり、そこには計画的空間には無い魅力があり、その形態は現代の空間設計に対して示唆を与えてくれると考えられているが、その空間の把握は定性的な把握に留まっており、定量的・形成要因の観点からは明らかにされていないことを述べた。

 第2章では対象の選定について述べた。アノニマスに形成される道の形態は地方・集落形熊・地形に影響を受けると考えられる。本研究は対象地を山梨県甲府盆地とし、集落形態は日本の典型である集居集落とし、地形が道の制約には必ずしもならないと考えられる平坦地の集落を対象とした。集落形成の史料や古地図等に基づいて集落を選定した結果、甲府盆地の集居集落495の中で、平坦地(土地傾斜4%以下)に立地しアノニマスに形成された集落は189、その中で、車社会以前(明治期〜昭和初期)の道の形(これを伝統的形態とみなす)を今に留めている集落は7集落であった。この7集落の道空間を対象とした。

 道空間の形態は「道の形態(第3章)」と「沿道(農家)の形態(第5章)」に分けて検討した。形態は現地測量によって定量的に把握し、全ての対象集落に共通して出現する一般性のある形態を明らかにした。

 第3章(道の形態)の主要な結果は次の通りである。(1)直線線形であり、その形態は直線区間(Line)長、および隣接するLineの間の屈曲角で把握できる。Line長は最頻値12間半(1間=1.82m)、中央値14間半、95%Tile値39間。屈曲角は、0度・90度という幾何学的角度からのズレの角度に特徴があり、その角度は最頻値5度、中央値10度、95%Tile値38度。(2)交差点形態はT字に近いY字型三叉路が典型。(3)幅員は最頻値・中央値・平均値ともに2間。(4)以上のような道の平面形態によって出現する透視空間の道路縦断方向の大きさ(中心見通し距離)は最頻値18間、中央値22間半。(5)Line長と見通し距離の分布形は、5%Tile値〜95%Tile値が中央値の1/2〜5/2倍となる対数正規分布を示した。

 第4章では「道の形態」の形成要因を検討した。考えられる要因を仮説的に列挙し、形態の出現を説明し得る要因を特定した。仮説要因は「道の微地形選択、目標点への最短直線、山アテ」といった《道の要因》、「Lotや街区の方形指向、南向き指向、微地形選択」によってLotや街区が決まりその隙間が道になる《沿道区画の要因》、「自由歩行軌跡、人間の目標点設定、規模選定の比例的感覚」が道を決める《人間の要因》を挙げた。「Line長・屈曲角」に関して、まず「道の微地形選択」要因を検討した。1/2500国土基本図に描かれている比高1mの等高線を頼りに、造成の加わっていない比高20cmの等高線で微地形を復元し、この復元微地形とLineの関係を検討した。その結果、Lineの方向は等高線の平行・垂直方向に規定され、Lineの端点は尾根線・谷線によって限定され、Line長・屈曲角ともにその70%が微地形に規定されていた。次に「Lotの要因」を検討した結果、Line端点の95%がLotの境界と一致し、Lineの76%が1間口に近く、微地形に規定されないLineの95%がLotを方形にするために地形からずれており、Lotの90%は微地形の傾斜方向にLot辺を対応させていたが表界線以外のLot辺は地形との関係が弱い、等が分かった。その他の要因の関与は否定された。これらの結果から「Line長・屈曲角は、微地形を選択し方形を指向するLotに出来るだけ合わせて曲面の微地形から直線を取り出す人為(道の微地形選択)によって形成された」という解釈以外に考えられない。「Line長の分布形」は「地形から直線を取り出すときに人間の比例的感覚が働いてLine長の分布形が対数正規分布となり、その分布範囲が地形のフラクタル分布とLotの平均間口長に影響されて中央値の1/2〜5/2倍にばらつく対数正規分布が出現する」ことを検証できた。「交差点形態」がT字に近い三叉路であるという実態は「道を横に出す、あるいは横から繋ぐ」という「ミチ」の語源(方向を分ける)に一致する道の形成過程が働いていることを示しており、さらにY字型になる理由は、Y字型交差点の62%はその交差点をつくるLineが地形に従わずに横に出る道の方へショートカットしている実態と、全てのLotの表界線と側界線のなす角度は90度以上の角が73%を占めてLotの間隙はY字を形成しやすいという実態から、「道の最短距離要因(ショートカット)と、Lotの鈍角指向要因」によって説明でき、それ以外の要因では説明できなかった。「幅員」は荷車等の通行に対応した古来から用いられてきた幅員であった。「見通し距離」の要因は「Line長・屈曲角」の要因に帰着された。

 第5章では「沿道(農家)の形態」を明らかにした。典型的な屋敷構が存在し、それによって開放空間(庭)と閉鎖空間(建物が道に近接した空間)が沿道に交互に出現する等の定性的な特徴に加えて、次のような定量的な特徴を明らかにした。(1)中央値で約10間の開放空間長(庭の間口長と奥行き長)。(2)開放空間と閉鎖空間の間口長の平均的プロポーションは南面で開放2:閉鎖1、東西面で開放1:閉鎖2。(3)開放空間長、閉鎖空間の間口長、の分布は、概ね中央値の1/2〜5/2倍の範囲にばらつく対数正規分布。

 第6章では「沿道の形態」の形成要因を検討した。定性的特徴および閉鎖空間の間口長は、農家一般の典型的な屋敷構によって説明できた。庭(開放空間)の大きさの形成要因については、「庭の面積・長さ」と「Lotの面積・長さ、建物面積」の相関が弱いこと、Lotはそこにあった田畑などの画地に規定されないこと、Lotは建物の増減に応じて大きさを増減させていること、庭は主屋への日照を確保する十分な大きさを持っていること、等の実態から、庭の大きさはLotに建物が配置された後の残余空間の大きさといった消極的なものではなく、Lot拡大の制約や必要な建物配置に関連させながら「個々が決定した必要な庭の大きさ」であると解釈できた。したがって、その分布が対数正規分布を示す理由は「比較的自由な規模決定が人間の比例的感覚に従う」ためであり、特有の分布範囲は必要な庭の大きさの限度が規定すると解釈できた。

 第7章では、「道空間(道と沿道)の形態」が「従来指摘されたことの無い道空間の形態」であるか確認し、その形態に、従来から指摘されていた原理(例:ヒュマンスケールなど)ではない「道づくりの原理」が潜んでいるか検討した。従来指摘されたことのない形態は次の5つである。(1)Hidden Line(最頻値12間半のLine長と最頻値5度の屈曲角がつくる折線の線形)。(2)Hidden Scale-1(22間半を中心に9〜56間の道路縦断方向の透視空間長)(3)Hidden Joint(T字に近いY型三叉路の交差点形態)(4)Hidden Scale-2(10間を中心とする沿道の庭の奥行き長・間口長と、沿道に繰り返される開放空間と閉鎖空間の間口長の2:1のプロポーション)(5)Hidden Anonymous Distribution(Line長、見通し距離、沿道の庭の間口長・奥行き長・面積、閉鎖空間の間口長、といった長さや面積の分布は、5%Tile値〜95%Tile値が中央値の1/2〜5/2倍という特徴的なばらつき範囲を持つ対数正規分布)。

 これらの形態のうち(4)以外に、従来にない「道づくりの原理」が潜んでいた。(1)線形の形成原理:自然(微地形)と人間(生活空間形成と道づくり)の合作による折線線形の形成原理。(2)交差形態の形成原理:横へ出す「ミチ」の形成原理と、道の要求(ショートカット)と、生活空間形成(Lotの鈍角指向)の合作による交差形態の形成原理。(3)透視空間スケールの原理:ヒューマンスケールとは異なる「まちレベルでのヒューマンコンタクトに適したコミュニティースケール」であり、「囲まれた空間」の実体として日本に存在した「広場スケール(イタリアの中世アノニマス広場の辺長と同じスケール)」であった。(4)規模のばらつきの形成原理:人間の比例的感覚と、微地形の形態特性または生活空間の大きさのばらつき程度、が合成して生み出す、特有のばらつき範囲を持つ対数正規分布の形成原理。

 第8章では、結論と今後の課題を述べた。長い間我々の目の前に当たり前にあったが、その実態を定量的に分析されることのなかった「伝統的農村集落のアノニマスな道空間」の形態を定量的かつ形成要因の観点から明らかにし、そこに潜む「道づくりの原理」を示して形態を意義付け、本研究は目的を達成した。

審査要旨 要旨を表示する

 自然発生的に形成された農村の道は平坦地でも曲がりくねり、それが農村特有の景観を生み出している。本論文は、日本の代表的な伝統的アノニマス空間である平坦地の農村集落の道に注目し、その空間形態の実態を定量的に明らかにするとともに、その背後に隠されていた形成要因と道づくりの原理を発見して形態の意義を明らかにすることを目的としている。日本の重要な空間であるにも係わらず、定量的な視点からは目が向けられてこなかったアノニマスな農村集落の道に着目した点に本論文の特徴がある。

 本論文は8章からなっている。第1章は序論であり、研究の背景、目的、対象、論文の構成、従来の研究、研究の社会的意義が述べられている。アノニマスな形態は地方によって異なることが予想されるため、本論文は対象地域を絞って議論することとし、対象を山梨県甲府盆地の集落としている。

 第2章では、甲府盆地に立地する495の全ての集落の史料および現地調査によって、平坦地に立地しアノニマスに形成され伝統的形態を今に留める7つの対象集落を選定した過程を述べている。

 本論文が注目する道空間とは道路上の人が見渡す囲まれた空間であり、それは「道」と「沿道」から成る。第3章では「道」の形態を明らかにしている。折線線形、最頻値12間半(1間=1.818m)のLine長(直線区間長)、Line長の分布形は概ね5間半から38間半の範囲をとる対数正規分布、0度90度の幾何学的角度から最頻値5度でずれる屈曲角、交差点形態はT字に近いY字型三叉路が典型、最頻値18間の視距離、視距離の分布形は概ね9間から56間の範囲をとる対数正規分布、連続性と奥行き性のある典型的な透視空間の形態等の、全ての対象集落に共通して現れる特徴を現地調査によって定量的に把握し、従来知られていなかった「道の形態特徴」を明らかにしている。

 第4章では、第3章で明らかにされた形態がなぜ出現するのか、その形成要因を検討している。考えられる全ての要因を仮説的に列挙し、どの要因が形態の出現を説明し得るか検証している。Line長、屈曲角の形成要因は「出来るだけLotを方形にするように微細な微地形から直線を取り出すという人為」であることを明らかにした。Line長の分布形が特定の分布範囲をもつ対数正規分布になる理由は、地形形態の特性であるフラクタル分布が、人間の比例的感覚と、ロットの1間口長の最頻値によって変形して形成することを明らかにした。また、交差点の形態は、横へ出す・横から繋ぐという交差形成の過程と、四隅の角が鋭角になることを嫌うロットに影響を受けながら、微地形から外れてもショートカットを指向する道の特性によって説明された。

 このように、アノニマスな道の形態の形成メカニズムを実証的に明らかにした点は重要な成果として高く評価できる。

 第5章では「沿道」の形態を明らかにしている。建物壁面がつくる閉鎖空間と、庭がつくる開放空間が交互に出現する変化に富む空間に特徴があり、開放空間は東西長12間、南北長7間を中心に対数正規分布でばらつき、平均的に15間の間口を開放空間と閉鎖空間が東西面で2:1、南北面で1:2の比率で分けるという空間の特徴を明らかにしている。従来、農家の屋敷構に関しては定性的把握の成果があるものの、道空間の視点からみた空間に関する知見は乏しく、道空間の視点での定量的把握に本論文の特徴がある。

 第6章では「沿道」の形態の形成要因を明らかにしている。対象集落の典型的な屋敷構を明らかにし、その屋敷構によって沿道の定性的特徴の出現を説明し、さらに屋敷構の形成理由を考察している。また定量的特徴の形成要因の検討によって庭(開放空間)の大きさの決定理由を考察している。

 第7章では、本論文が明らかにした形態を従来の空間と比較し、従来指摘されたことのない5つの形態を明らかにしている。さらに、道空間を形成する原理で、かつ従来指摘されたことのない原理を、対象空間の形態特徴および形成要因の中から抽出した。その結果、(1)線形(Hidden Line)の形成原理(自然と人間の合作による道の形成原理)、(2)交差形態(Hidden Joint)の形成原理、(3)透視空間スケール(Hidden Scale-1)の原理(コミュニティースケール、広場スケール、の原理)、(4)規模のばらつき(Hidden Anonymous Distribution)の原理、の4つの原理が抽出された。従来指摘されていなかった道空間形態を特定し、そのアノニマスな形態の背後に隠されていた道づくりの原理を明らかにして、アノニマスな形態の意義を明確にしたことは重要な成果として注目される。

 第8章は結論である。

 以上のように、従来、農村集落の道の形態の実態は定性的に把握されているのみで、その意義付けも経験的であるのに対して、本論文はその形態を定量的かつ形成要因の観点から詳細に明らかにして、その実態把握に基づいて形態の意義を明確にしている点で、さらにその方法論を明確にした点で、景観研究、農村集落研究、および道路空間設計に対する有益な知見を与えており高く評価ができる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42846