学位論文要旨



No 214982
著者(漢字) 浜岡,秀勝
著者(英字)
著者(カナ) ハマオカ,ヒデカツ
標題(和) 地理情報システムを用いた交通事故分析方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214982
報告番号 乙14982
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14982号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 天野,光一
内容要旨 要旨を表示する

 交通事故による死傷者数が平成11年に100万人を超過し、現在もなお深刻な社会問題であることは言うまでもない。この状況に鑑み、平成9年に警察庁および建設省は交通事故多発地点(3196箇所)を公表し、これら多発地点では重点的に交通事故対策を実施している。しかしながら、これらの多発地点で発生する事故すべてを解消したとしても、合計で2万件程度の交通事故が減少するに過ぎず、平成11年に85万件の事故が発生したことを考慮すると、交通事故多発地点にとどまらず、すべての道路を視座に入れた交通安全対策を打ち出す必要がある。

 これまでの交通事故分析をふりかえると、事故データの利用制約および整備状況、事故の要因の複雑性、事故発生の稀少性等が、交通事故研究の難しさとして挙げられる。事故は多くの要因が複雑に絡み合い発生するものであり、分析するためには多くのデータ収集が望まれる。しかしながら、事故は元来稀に生起するものであり、必要とするデータを十分に確保できないことが現状である。したがって、多くの地点を対象とした交通事故発生状況の把握が重要であり、交通事故との関連性を見るために共通の基盤となるデータベースの構築が必要と考えられる。

 以上の背景をもとに、本研究では第一に交通事故GIS(Geographic Information System;地理情報システム)を構築した。GISは、広くは地球環境の分析から小地域での商圏の分析まで用いられており、現状の空間把握に有効なシステムである。GIS構築により、(1)事故発生の実態を画像情報として把握した上で、(2)事故発生要因、事故数に関する統計的な分析を行い、さらに(3)得られた結果の現況再現性の確認、危険箇所の抽出等をシステム上で表現し、(4)統計分析の再検討や、箇所別の特殊性の検討といった、統計処理と画像情報とを相互に関係づけた分析が可能となった。また本研究で構築したGISは、対象地域内のすべての道路を取り込んでいるため、従来行われてきた国道、主要地方道レベルの幹線道路の分析にとどまらず、通過交通の卓越する補助幹線道路、住区内の区画街路を対象とした分析も可能である。さらに、過去12年のデータを蓄積しているため、事故のもつ稀少性を回避できるだけでなく、事前事後比較により実施された交通事故対策の効果が把握可能である。

 第二に、GISによる12年間のデータをもとに、交通事故の数量分析を行った。道路区間を対象とした要因分析では、これまで重回帰分析、数量化理論等の方法が主として用いられてきた。これらは構造が簡潔であり、意味解釈が容易にできるため用いられたと言える。しかし、これらの分析方法は基本的に大標本を前提にしており、交通事故のような稀発生事象に対する適用にはバイアスが生じる。そこで本研究では、事故の発生事象にさかのぼり、稀現象を表現する方法としてポアソン回帰モデルを用いた。ポアソン回帰モデルはある期間内に事象が生起する確率が低いとき、その事象の生起する確率がポアソン分布に従うことに基づく分析方法であり、事故現象の表現に十分適している。ポアソン回帰モデルを適用した結果、従来の分析では十分に表現できなかった要因について、本論文で提案した方法の有効性を明らかにできた。

 また、これまで行われてきた事故の要因分析は、基本的に物理量を説明変数としていることが特徴である。これは、これら研究が最終的に安全性の高い道路インフラ整備を実現するための方策提案を目的とするためであり、この意味で道路インフラに関する物理量が多く用いられきた。しかし、事故発生の要因を、人、車、環境の主要な3要因で考えたとき、その8割は人的要因と言われ、人的要因は無視できないことは明らかである。そこで本論文では、心理的要因を考慮し、これがどれだけ事故の発生に影響を及ぼすか把握した。その結果、事故の発生と危険意識には、危険意識の最も高いところおよび低いところで両者に乖離が見られることが確認できた。これは、非常に危険と感じる地点では、運転者は十分に注意喚起するため、相対的に事故発生が少なくなると考えられる。このような違いがこれまでの事故モデルの現況再現性を低下させた一要因と推察できる。またこの結果は、道路整備にあたって、運転者の危険性認識やその連続性について着目した設計の必要性を指摘している。さらに、危険意識の生成過程として運転者の注視行動特性と事故発生との関連を分析した。これは、運転者の視点移動が無意識のうちに事故に対する危険性を示すとの仮説のもと、生理的な運転者の視点移動と心理的な道路走行時の危険意識、そして物理的な交通事故の発生状況との関連をみたものである。分析結果から幹線道路の抜け道として使われる道路において事故の危険性が高まることが確認でき、このような状況を回避するためにも運転者の視線をコントロールする必要性を指摘した。

 第三に、GISを用いて得られた交通事故多発地点に対しては、ミクロ分析を行い、事故発生メカニズムを想定した上で、事故発生要因を明らかにした。交通事故多発地点では、当該地点で事故が多発するがゆえに、人的要因はある程度無視できると考えられ、ここでは物理的側面から分析している。

 右折直進事故に関しては、現地調査から対向右折車による見通しの悪化が、事故発生の要因として想定できる。現在の道路構造令では交差点の設計に際して視距を確保するよう定めているものの、状態として交差点に車両が一台も存在しない状況を仮定しており、実際に交差点内に存在する対向右折車両の存在等は考慮されていない。この設計と運用のミスマッチが交通事故を引き起こしたと考えられる。そこで、これを実証するために、交通流調査、注視行動調査、及び事故発生の瞬間をビデオ録画できる装置による撮影を行い、これら調査結果から右折時に必要とされる見通し距離を計算し、実際の見通し距離と比較することによって、その危険性を評価する方法と、評価指標を提案した。その結果を他の地点にも適用して事故発生頻度を説明できることを確認し、これが交通事故の危険性の評価指標としてなり得ることを示した。

 追突事故については、交通流の中に生じる乱れが原因で発生すると考え、本論文では、路上駐車車両により生じる交通流の乱れが追突事故に及ぼす危険性を評価した。その評価に際しては、交通流シミュレーションモデルを構築したため、交通量、走行速度等の特性値を変化させることにより、仮想的な交通状況を再現でき、その中での交通事故の危険性が評価可能である。その結果、最も危険な状況となる走行車線、追越車線の交通量比が示された。また、交通量比を同じにした場合は、交通量が少ない状況では交通量による差異は認められないものの、交通量が500台/hを境にして、両者に乖離が生じることを明らかにした。

 高齢者の事故については、横断施設外横断による事故が問題であることを指摘し、現地調査およびヒアリング調査によりその要因を明らかにした。ヒアリング調査から高齢者の意識として横断を開始すると、接近する車両に対して回避行動をとることなく歩行を続ける特性があることを明らかにした。この状況と運転者の認識のミスマッチが高齢者の横断施設外横断事故の危険性を高める一要因と考えられる。また、高齢者の実行動調査から、高齢者は横断施設外横断に関して比較的遠回りであっても横断歩道を渡る割合が高く、安全側に判断することがわかる。また横断の判断については、接近する車両の速度よりも位置を重視する傾向にあるため、遠くから高速度で接近する場合は高齢者にとって危険な状況であることを明らかにした。

 以上、多発地点における要因分析より、交通事故対策を実施するにあたり、各種分散の考慮が必要であることを明らかにした。ここで分散とは、物理環境、交通状況、個人行動等、様々な対象に分類され、右折直進事故を対象とした場合、それぞれ対向右折車両等の存在による見通し距離の分散、対向直進車両の走行速度の分散、右折所要時間の分散および右折判断の個人差が該当する。今後は、これら分散を減少させるような道路整備が必要と考えられる。具体的に右折直進事故を例にすると、見通し距離については、対向右折車の存在による見通しの悪化が生じないような交差点設計、ひいては信号制御方法の変更や立体交差化等による錯綜が生じない道路整備、交通状況については、信号制御方法の変更等による交通流の整流化、個人行動については、情報機器等の整備による運転行動のばらつきの減少等が挙げられる。

 以上の研究成果は、交通事故分析のためのGIS構築とそれを利用した交通事故分析方法を示したものであり、これらは今後の交通事故対策や、より安全な道路設計方法に対して大きな示唆を得るものと考えられる。

図 GISによる交通事故発生状況の表示

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年増加傾向を示す交通事故発生状況に着目し、交通事故分析支援の地理情報システムの構築に基づき、事故の発生状況を把握した上で、数量分析による事故発生事象の定量的解明、および交通事故多発地点における事故発生メカニズムの構築による事故発生要因の特定化を行ったものである。

 本論文の成果として評価し得る点は、以下のようにまとめられる。

(1)第2章では、従来の交通事故研究のレビューを行い、これまでに行われてきた交通事故研究を、1)交通事故の特性把握を目的とした研究、2)交通事故対策地点の抽出を目的とした研究、3)交通事故の発生要因分析、4)交通事故対策の考案を目的とした研究、5)交通事故対策の効果を把握する研究に分類し、交通事故を減少させるための研究面での問題点と進めるべき研究上の課題を整理した上で、本研究を位置づけている。

(2)第3章では、これまでの交通事故分析には、1)数値化された事故データによる解析の限界、2)ピンマップ分析の限界が存在することを踏まえ、それらを解決する手段として、我が国で最初に交通事故GIS(Geographic Information System;地理情報システム)を構築している。GISにより交差点や単路部等、現場単位で分析できることに加え、交通事故が稀現象の為、統計的分析を都市や県など大きな単位でしか行えなかったことの問題を解消するため、データを12年間蓄積し、統計分析を可能とした。

 さらにGISを用いて、交通事故類型別、発生地点別、地区別の交通事故発生状況と道路特性、交通特性、土地利用特性との関係を明らかにしている。こうした分析結果から、例えば、出合頭事故が多発する交差点では、個別事故発生地点ごとに、1)縦断勾配、平面曲線等、道路構造による見通しの悪化、2)橋の欄干、盛土、沿道建築物等、構造物による見通しの悪化、3)路上駐車車両の存在による見通しの悪化、4)道路の階層化が行われてないことによる優先関係不明確、5)道路構造と沿道土地利用のミスマッチによる交差点の存在不明確等の事故発生原因を明らかにしている。

(3)第4章では、GISによるデータをもとに、交通事故の数量分析を行っている。道路区間を対象とした要因分析では、これまで重回帰分析、数量化理論等の方法が主として用いられてきた。これらは構造が簡潔であり、意味解釈が容易にできるため用いられたと言える。しかし、これらの分析方法は基本的に大標本を前提にしており、交通事故のような稀現象に対する適用にはバイアスが生じる。本論文では、事故の発生事象にさかのぼり、稀現象を表現する方法として、上記データ上の工夫に加えて、ポアソン回帰モデルを用いている。その結果、従来の分析では十分に表現できなかった要因について本論文で提案した方法の有効性を明らかにしている。

 また、道路ユーザーの心理要因に着目し、それがどれだけ事故発生に影響を及ぼすかを把握している。その結果、事故発生と危険意識には、危険意識の最も高いところおよび低いところで両者に乖離が見られることを確認している。これは、非常に危険と感じる地点では、運転者は十分に注意喚起するため、相対的に事故発生が減少すると考えられる。この結果、道路整備にあたって、運転者の危険性認識やその連続性にも着目した設計の必要性を指摘している。

(4)第5章では、多発地点分析の視点として、1)多発地点での事故減少、2)事故要因と対策の明確化、3)多発地点分析での成果を他地域へ適用を挙げ、交通事故類型別には、右折直進事故(対向右折車両の存在による影響)、出合頭事故(不連続な見通しによる影響)、追突事故(路上駐車車両の存在による影響)、また属性別には高齢者事故(歩行における行動特性の差異)を対象に、事故発生メカニズムを想定した上で、その検証を行い、事故発生要因を明らかにしている。

 例えば、右折直進事故に関しては、対向右折車による見通しの悪化を現行道路設計上の問題点として指摘している。即ち、現在の道路構造令では交差点の設計に際して十分な視距を確保するよう定めているものの、交差点に車両が一台も存在しない状況を仮定しており、実際に交差点内に存在する対向右折車両の存在等は考慮されていない。この設計と運用のミスマッチが交通事故を引き起こしたと考え、これを実証するために、交通流調査、注視行動調査、及び事故発生の瞬間をビデオ録画できる装置による撮影を行い、これら調査結果から右折時に必要とされる見通し距離、及び実際の見通し距離を計算・比較することで、その危険性を評価する方法と評価指標を提案している。その成果を他の地点にも適用して事故発生頻度を説明できることを確認し、これが交通事故の危険性の評価指標となり得ることを示している。

 以上の研究成果は、交通事故分析のためのGISの構築とそれを利用した交通事故分析方法を示したものであり、これらは今後の交通事故対策やより安全な道路設計方法に対して大きな示唆を得るものと考えられる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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