学位論文要旨



No 214983
著者(漢字) 早野,公敏
著者(英字)
著者(カナ) ハヤノ,キミトシ
標題(和) 堆積軟岩の破壊前変形特性
標題(洋)
報告番号 214983
報告番号 乙14983
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14983号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 講師 桑野,玲子
内容要旨 要旨を表示する

 堆積軟岩は土が岩になる過程にある半固結状の岩石である。洪積世の後半から新第三紀までの堆積岩を堆積軟岩と呼ぶことが多く、わが国に広く分布している。特に関東近辺には、堆積軟岩が広く厚く、比較的浅い深度に存在している。

 最近まで堆積軟岩は小規模構造物基礎の良好な支持地盤として考えられ、変形特性が特に注目されることは少なかった。仮に注目された場合も、一軸圧縮試験や従来型の孔内水平載荷試験による変形係数でその変形特性が評価されることが多く、それ以上の評価を行うことは少なかった。

 しかし、近年社会基盤サービスの拡大に伴い、堆積軟岩が長大橋梁やダムなど大規模構造物の基礎地盤として、またLNGタンクや地下鉄などの地下空間として対象となるケースが増えている。そこでは一軸圧縮試験などによる従来の調査法による評価では不十分であり、より詳細な破壊前変形特性の解明が必要とされている。

 多くの施工事例は、堆積軟岩地盤が破壊に遠い小ひずみレベルで変形していることを示している。その変形を正確に予測できれば、基礎幅の縮小や地下連続壁の薄肉化など施工の採算性が向上する。さらに立地条件の制約により生じる構造物の安定・不安定性や周辺環境への影響を評価できる。しかし、従来の慣用的な室内試験方法には欠陥があり、また単純な線形等方弾性体を用いた解析手法には限界がある。

 本研究は、不明な点が多かった堆積軟岩の破壊前変形特性を、従来と比較して非常に精密な室内要素試験を行ない明らかにしている。さらに弾性変形特性の応力状態誘導異方性と時間依存非線形変形特性を考慮した新たな構成則を適用し、その有効性を示している。

 まず試験方法について得られた重要な知見を示す。

(1)従来の慣用的な三軸クリープ試験は、軸ひずみを過大評価している。これは、軸ひずみを、載荷軸やキャップの変位から求めているからである。供試体上下端面のゆるみ層やキャップ・ペデスタルとの不整合から生じるベディング・エラー(B.E.)は、荷重の増加とともに増加すると考えられていた。しかし、荷重が一定でもB.E.に時間効果があり、誤差は無視できない。従って、クリープを含む時間依存変形特性を評価するうえで、単調載荷試験と同様に、供試体側面での局所的な変形測定は必要不可欠である。従来の慣用的な堆積軟岩のクリープ試験結果は再評価しなければならない。

(2)供試体の固有異方性や応力状態誘導異方性を評価するうえで、角柱供試体を用いて鉛直ひずみとともに水平ひずみを局所的に正確に測定できる三主応力制御試験装置は非常に有効である。特に一つの供試体から弾性変形特性の異方性が得られる利点がある。しかし、微小ひずみレベルにおける変形特性を評価するには供試体側面で変形を測定する必要がある。加えて、正確な三次元弾性変形特性を評価するためには、載荷板と供試体の間に摩擦軽減層を設けて過剰な摩擦力が生じないように実施する必要がある。

 堆積軟岩は、小ひずみレベルから非線形変形特性を示す。従来の試験方法とその結果に対する慣用的な解釈は、非線形変形特性の評価を間違った方向に導く恐れがある。これについての知見を記す。

(3)接線ヤング率と同様に接線ポアソン比も小さい応力レベルから非線形変形特性を示す。その評価には、局所的に高精度なひずみを測定する必要がある。従来の慣用的な圧密排水三軸圧縮試験で間接的測定による接線ポアソン比(νvh)tan,extを評価し、これが一定となる部分を弾性変形領域あるいは弾性変形が卓越する領域と見なすことは不合理である。また大きな繰返し載荷を受ける堆積軟岩は、未固結の粒状体材料の非線形変形特性とは一見異なる挙動を示す。しかし、鉛直方向ヤング率Evの鉛直応力状態依存性と構造の損傷の影響を考慮すると合理的に説明できる。

 非線形変形特性を示さないひずみレベルは0.001%オーダーであった。この応力-ひずみ関係がほとんど可逆的な微小ひずみレベルにおいて、堆積軟岩の弾性変形特性の評価を行なった。重要な試験結果と知見を述べる。

(4)2箇所でブロックサンプリングした角柱供試体は、ヤング率について顕著な固有異方性を示さなかった。すなわち鉛直方向と水平方向のヤング率にあまり違いがない。これは、ひずみを載荷軸やキャップの変位から求めている慣用的な三軸圧縮試験がしばしば示す結果と異なる傾向である。

(5)三軸試験により、供試体の鉛直方向ヤング率Evの応力状態依存性を示した。その結果、等方応力状態および側圧一定の異方応力状態におけるEvは、基本的に鉛直応力σ'vに依存する。比較的よく用いられる平均主応力p'=(σ'v+2σ'h)/3やσ'm=(σ'v+σ'h)/2では、Evの応力状態依存性を統一的に説明できない。

 また、三主応力制御試験により、弾性変形特性の応力状態誘導異方性を示した。その結果は、ある方向Aに生じる直ひずみ増分dεAから定義するヤング率〓は、その方向に作用する直応力σ,Aに基本的に依存すると考えると合理的に説明できる。亜弾性体としての特性を示し、EAは次式のように表される。

 EA=f(σ'A) (i)

 一方でポアソン比は、拘束圧の変化によるバラツキが大きく、一般的な応力状態に対する統一的な見解は得られなかった。しかし、軸対称の側圧一定下(σ'x=σ'y)では応力比〓の増加とともに、ポアソン比νzy(=-〓),νzx(=-〓)はやや増加傾向にあり、νyz(=-〓)はやや減少傾向にある。

 堆積軟岩の長期的沈下が、主に一次圧密に由来するものなのか、それとも粘性によるクリープ(二次圧縮)によるものなのかという議論がある。B.E.の影響等により堆積軟岩の標準圧密試験結果に信用性が少ないことも問題の解決を妨げている。通常は、粘性によるクリープ(二次圧縮)変形と見なされることが多い。クリープ変形は、一次クリープ・二次クリープと遷移して最終的にクリープ破壊に至る場合もある。だからクリープ変形が十分に小さいことを予測しておくことは非常に意義がある。そこで、クリープ載荷を含む、ひずみ速度を途中で変速させた三軸試験を実施して時間依存非線形変形特性の検討を行った。次に重要な点をまとめる。

(6)軸差応力-軸ひずみ関係は、ひずみ速度の影響を受ける。過去のひずみ速度履歴に関わらず、それぞれのひずみ速度に固有の軸差応力-軸ひずみ曲線を辿るIsotach特性が生じている。

 排水クリープひずみは、クリープ載荷直前のひずみ速度の影響を受ける。直前のひずみ速度が小さいほうが、クリープひずみは小さい。ゆえに応力レベルが大きくても、直前のひずみ速度が十分に小さければ、クリープひずみは低応力レベルのクリープより小さいことも生じる。このような現象は、排水クリープにIsotach特性を適用すると合理的に説明できる。

 最初の載荷過程におけるクリープひずみより、同じ応力レベルであれば二回目の載荷過程におけるクリープひずみのほうが小さい。また除荷過程の排水クリープでは、負のクリープひずみ,“Creep Recovery”を生じる。

 (3)〜(6)に述べた性質を考慮しないと、実際の施工段階・施工速度に応じた堆積軟岩の小ひずみレベルの変形を正確に予測できない。また新しい工法の発展を阻害する恐れがある。そこで、亜弾性体とIsotach特性に立脚した新しい構成則の適用を試みた。対象は、三軸試験条件における側圧一定下の軸差応力-軸ひずみの一次元関係である。その結果、得られた知見を示す。

(7)(ii)式のように、軸差応力qを非可逆ひずみε〓と非可逆ひずみ速度〓の関数として表現すると、クリープ後の再載荷直後やひずみ速度急変時の軸差応力-軸ひずみ関係がよく表現される。したがって接線ヤング率の変化もよく表される。

 q=q(ε〓,〓) (ii)

 一方で、軸差応力qを全軸ひずみε〓と全軸ひずみ速度〓の関数とすると、ひずみ速度の急変時に軸差応カ-軸ひずみ関係が不連続になり適切に表現できない。

 さらに、(ii)式は、クリープ載荷直前のひずみ速度履歴を考慮したクリープひずみの時刻歴をも表現できる。これは従来の一般的な対数クリープ則では考慮されていない。また(ii)式に、非可逆ひずみ速度〓が0のときに軸差応力-軸ひずみ関係の下限値を導入すると、除荷過程におけるCreep Recoveryを含む時間依存非線形特性をよく表現できる。

 以上述べた堆積軟岩の破壊前変形特性について本研究は明らかにし、今後の大型構造物基礎設計・施工や地下空間利用の実務においてより合理的な展開を示す知見を得た。

審査要旨 要旨を表示する

 堆積軟岩は、海底等に堆積した粘土・シルト・砂等の土質材料が長期に亘る密度化や粒子間膠着等の続成作用により剛性・強度が増加した地盤材料であり、硬岩に到る過程の途中にある。堆積軟岩の地盤は、我が国では広く存在していて、近年では長大橋梁・高層ビル・原子力発電所・ロックフィルダム、トンネル・大深度大規模地下構造物の基礎地盤として活用されている。

 従来から堆積軟岩上や内部に構造物を建設することは少なくなかった。工事規模は相対的に小さいため、通常建設工事に伴う応力変化による堆積軟岩地盤の安定性や地盤変形の大きさは全く問題にならなかった。そのため、堆積軟岩の破壊前の小ひずみレベルでの変形特性を詳細に検討する必要性は一般に少なかった。従来は、原位置堆積軟岩地盤で平板載荷試験や孔内載荷試験を行い、地盤を一様等方線形体と仮定してその結果を解析したり、あるいはコア試料の一軸圧縮試験を行い、圧縮強度の1/2での割線ヤング率を求める場合が多かった。しかし、これらの試験法で得られた剛性は相互に整合せず、また実地盤の変形から逆算した剛性よりも一般に小さすぎる場合が多かった。

 近年、連続性が高い通常の堆積軟岩地盤では、原位置弾性波速度から求めた弾性状態の変形特性(ヤング率、せん断剛性率)と、三軸試験において乱れの少ないコア試料を原位置と同じ応力状態で圧密して正確に微少ひずみを測定することにより得られた弾性変形特性は基本的に一致することが明らかになってきた。更に、このようにして求めた弾性変形特性を基本にして、変形特性の拘束圧とひずみレベルに対する非線形依存性を考慮することにより建設に伴う軟岩地盤の変形を推定する方法が提案され、実務でも用いられるようになってきた。しかしながら、堆積軟岩の変形特性の詳細については、不明な点が非常に多いのが現状である。本研究は、変形特性のひずみレベルに対する非線形依存性に加えて、変形特性の拘束圧依存性と堆積軟岩の種類の関係、弾性的変形特性の固有異方性体、弾性変形特性の三次元応力状態に対する依存性と応力状態誘導異方性、変形特性の載荷履歴に対する依存性、クリープ変形特性等の粘性について精密な室内実験による研究で明らかにしようとしたものである。

 第1章は、序論であり、以上のような研究の背景と目的がまとめられている。

 第2章では、まず神奈川県相模原市、東京湾口海底地盤、東京都内の建設現場・建設予定地点の原位置地盤から採取した本研究で用いた不撹乱試料を説明している。対象地盤は、いずれも第四紀初頭の上総層群の堆積軟岩(泥岩と細砂岩)である。次に、本研究のために開発した2種類の室内せん断試験装置を説明している。即ち、拘束圧の容量が30kgf/cm2であり円柱形の供試体を用いる中圧三軸試験装置と、直方体の供試体を用いる中圧三主応力試験装置である。載荷・記録は、全自動化してある。特に、後者では軸ひずみとともに側方ひずみを局所変形測定装置(LDT)を用いて正確に測定でき、また同一の供試体を用いて鉛直と水平方向のヤング率・ポアソン比を任意の三次元応力状態で測定出来る所に新規性がある。

 第3章は、室内試験計画の説明と本研究で開発した試験方法の説明である。特に、任意の応力経路に沿って任意のひずみ速度での単調載荷、単調載荷試験の途中の任意の応力レベルでクリープ試験を実施してクリープ試験後も単調載荷を再開したり、単調載荷の途中でひずみ速度を任意にかつ大幅に変更する試験法を開発している。特に、従来のクリープ試験法では供試体キャップの変位量からクリープ軸ひずみを求めるが、この方法で測定した軸ひずみには大幅で法則性がない誤差が含まれうることを新たに見いだし、局所的にクリープ軸ひずみを測定する重要性を示している、また、ひずみを局所的に測定する方法の詳細、三主応力試験装置で剛な拘束版と供試体の間の摩擦を除去する方法と摩擦除去の重要性を実証的に示している。

 第4章では、円柱供試体を用いた三軸試験により堆積軟岩の微小ひずみ領域における供試体軸方向(原位置での鉛直方向)での弾性ヤング率Evを詳細に調べた結果をまとめている。その結果、Evには拘束圧依存性があり、同一の地質年代では元々の土の粒径が小さくセメンテイションが発達している堆積軟岩程この依存性が小さいことを示している。また、等方・異方応力状態に拘わらずEvは基本的に鉛直方向の直応力σvの一義的な関数であり、他の直交方向の直応力には独立であることを示している。

 第5章は、第4章に示す実験結果を発展させて、一般の三次元応力状態での堆積軟岩の弾性ヤング率とポアソン比を、三主応力試験装置を用いて詳細に調べた結果をまとめている。様々な等方及び異方応力状態で、直方体供試体の軸応力だけを変化させた試験と側方一方向の直応力だけを変化させた時の軸ひずみと側方ひずみを局所的に精密に測定して、堆積軟岩の初期の構造が異方的であるための固有異方性と応力状態が異方的であるために誘起される異方性を区別して測定している。その結果、相模原市と都内の堆積軟岩地盤では、等方応力状態では水平方向のヤング率Ehは鉛直方向のヤング率Evよりも若千大きいがその差は小さいこと、いずれの方向のヤング率もその方向の直応力が増加することを示している。

 第6章では、単調載荷と大振幅繰返し載荷を受ける場合での、破壊前の非線形的な応力・ひずみ関係をモデル化する方法を検討している。その方法として、正規化応力y=q/qmax(qは偏差応力、qmaxはピーク強度で履歴に対して安定的)と正規化軸ひずみx=∫dx(dx=〓:εr=qmax/Ev:Ev=f(σv)は弾性ヤング率で軸応力σvの一義的関数)で用いることにより、一般的ひずみ硬化型正規化応力ひずみ関係(y〜x関係)が得られることを示している。この知見は、今後より一般的なモデルを開発する場合の基礎になることと思われる。

 第7章では、載荷速度が応力・ひずみ関係に与える影響やクリープ変形等の堆積軟岩の変形特性の時間依存性を、系統的な三軸圧縮試験を行うことにより検討している。その結果、繰返し載荷の有無等について同一の載荷履歴に対して、ひずみ速度に関する履歴の相違に拘わらず、任意の状態における応力値は現在のひずみ(より厳密には非可逆ひずみ)の値とひずみ速度(より厳密には非可逆ひずみ速度)の値により一義的に決定されることを実証した。即ち、時間はこのような変形特性の時間依存性を表現する場合には、不適切なパラメータであることを示している。これに対応して、同一の応力状態で同一の経過時間に対するクリープひずみ量は、クリープ載荷開始時のひずみ速度に支配されることを示した。また、除荷過程でクリープ試験を行うとひずみが時間と伴に減少する弾性余効の現象が生じること、繰返し載荷を行うと同一の応力状態では初期載荷時よりもクリープ変形量が減少すること等を明らかにした。

 第8章は、第7章で示した実験事実に基づいて、載荷途中にひずみ速度が急変したりクリープ載荷を行ったり除荷を行ったりする任意のひずみ速度履歴を持つ載荷条件に対して応力〜ひずみ〜時間関係を予測できるモデルを提案している。拘束圧一定の三軸圧縮試験と言う限定された条件ではあるが、第7章で示した実験結果をシミュレイションすることで、このモデルの有効性を実証している。特に、クリープ変形のプロセスを、非可逆ひずみ速度が継続して減少して行く現象として、シミュレーションに成功している。

 以上要するに、非常に精密な室内装置と実験方法を開発し、更に系統的な精度の高い実験を行うことにより、従来多くの点が不明であった堆積軟岩の微小ひずみからピーク状態までの変形特性に関して新しい知見を示し、今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学に分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42847