学位論文要旨



No 214986
著者(漢字) 加藤,文武
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,フミタケ
標題(和) 光学的相互相関法の開発と粒子・流体計測への応用
標題(洋)
報告番号 214986
報告番号 乙14986
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14986号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「光学的相互相関法の開発と粒子・流体計測への応用」と題して,ホログラフィ技術を母体としたフィルタリング法(多重マッチトフィルタ法)を画像解析処理における光学的相互相関法として位置付け,その画像解析法の開発および粒子計測,流体計測,流体実時間計測への応用を行い,その有効性を検討したものである.本論文は第1章から第7章までの七つの章から構成される.以下,各章の概要について述べる.

第1章 序論

 本章では,研究の背景および目的の概要的な説明を行った.現在,形状認識を含む画像処理・解析技術の分野ではコンピュータを用いたディジタル処理が多く用いられている.中でも画像の相関演算(ディジタル相互相関)は,画像解析技術の分野において形状認識や情報抽出に用いられ,画像のディジタルフーリエ変換を行うことにより効率的な処理が行われている.画像解析技術の分野では,処理の高速化,高効率化という重要な要請があるが,アナログ光情報処理の並列性や多重性という特質を生かすことにより,画像解析技術の処理速度及び効率が大幅に改善されることが予想される.筆者は,画像の相互相関を光学的に瞬時並列に行うことができる多重マッチトフィルタ法に着目し,より実用的な光学的アナログ画像解析システムとしての開発および同手法を用いた粒子計測,流体計測への応用を目的として研究を行った.

第2章 既往の研究状況

 本章では,粒子計測および流体計測の各分野における既往の研究状況について概略を述べ・本研究の位置付けを明らかにした.まず,粒子計測の分野における代表的な計測技術として,レーザ回折・散乱法および画像解析法を挙げ,それぞれの特長と問題点を示した.空間を浮遊する粒子群の挙動の観測は,流体中を移動するトレーサ粒子群の観測,すなわち粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry:PIV)と関連付けることができる.流体計測の分野における代表的な計測技術として,PIVを挙げ,その画像解析法について従来の手法(レーザスペックル法,ディジタル法)の特長と問題点を示した.

 粒子計測および流体計測において,計測対象となるターゲット画像の解析,すなわち画像の相互相関が重要な要素となる.従来のディジタル相互相関法では,画像データ(二画像)のフーリエ変換→フーリエ変換データの積(コンボリューション演算)→逆フーリエ変換(相関ピーク表示)という三段階のアルゴリズムのプロセスを経る必要がある.同様のプロセスを光学的アナログ解析法では二つのフーリエ変換レンズを用いることにより容易に実現することができる.光学的演算処理では,その演算過程は瞬時に行われる.本研究で用いる多重マッチトフィルタ法では,参照画像のフーリエ変換像を多重マッチトフィルタとしてあらかじめ用意し,その画像とターゲット画像との相互相関を光学的フィルタリングにより行う.

 本研究の具体的な目的を以下に記す.

 1)参照画像と計測対象画像との光学的相互相関を行う光学系の開発

 2)画像中に含まれる複数の異なる形状群の瞬時並列識別および形状ごとの空間分布の分離表示の実現

 3)光学的相互相関法の粒子計測および流体計測への応用

 4)粒子計測および流体計測への応用に際しての問題点の検討及び改善

 5)光学的な画像の相互相関による実時間画像解析システム開発の検討

第3章 光学的相互相関法の原理

 本章では,光学的相互相関演算を行うための多重マッチトフィルタ法の基本原理について詳細に述べた.画像の相関をとるということは,形状のパタンマッチングおよび対象画像の情報を抽出する上で中心的なものである.画像の相関をとることにより,変位や変形,移動量などの情報を得ることができる.従来用いられてきた光学的自己相関法は,対象画像にレーザなどのコヒレント光を照射し,フーリエ変換レンズでフーリエ変換像(回折パタン)を得,得られた回折パタンをもう一つのフーリエ変換レンズで逆フーリエ変換を行い,自己相関演算を行うものである.光学的自己相関が対象画像それ自身のみの相関を行うのに対し,光学的相互相関は対象画像と予め用意された参照画像との相関を行うため,相対的な変化の情報を得ることができる.自己相関法は対象画像のみを用意すれば相関が行え簡便であるのに対し,光学的相互相関法は計測対象画像との相関をとるためのフィルタ(多重マッチトフィルタ)を作成するという段階を踏む必要がある.多重マッチトフィルタはホログラフィックフィルタであり,フィルタの作成はホログフフィ技術に基づいている.従来は,高解像度の銀塩乾板によるホログラム作成が行われており,暗室でのホログラム撮影および現像・定着処理が必要であった.本研究では,独自に開発した溶剤蒸気現像型光導電プラスチックホログラム作成装置を用いてホログラムである多重マッチトフィルタの簡便・迅速な作成を実現し,実用性のある光アナログ解析システムの構築を目指した.溶剤蒸気現像型光導電プラスチックホログラム作成装置を用いて多重マッチトフィルタを作成し,○や△などの合成形状画像の相互相関を行い,光導電プラスチックホログラムの有効性を示した.

 第4章 光学的相互相関法の粒子計測への応用

 本章では,光学的相互相関法の粒子計測への応用として,複数の異なる形状および寸法の粒子を多重マッチトフィルタを用いて識別し,粒子の形状および寸法ごとの空間分布の瞬時・並列分離を行った例について述べた.ここでは,多重マッチトフィルタにフーリエ変換像として記録されている参照粒子群画像と計測対象となる粒子群画像の相互相関演算を行う.粒子計測において,粒子の寸法の変動や,粒子形状が楕円や繊維状のように異方性がある場合,粒子形状の傾き(回転)が多重マッチトフィルタの識別精度に影響する.このことから,合成粒子画像を用いて寸法の変動,形状の回転および識別のダイナミックレンジに対する多重マッチトフィルタの識別精度の検討を行った.参照粒子と計測対象の粒子の形状および寸法が同一である場合,高い相関ピークが得られる.しかし,計測対象の粒子の寸法の変動や形状の回転により,相関ピーク強度は弱くなる.相関ピーク強度の閾値を設定することにより,識別精度を高くするか低くするかを決めることができる.実験の結果,寸法の変動は±15%,回転の角度は±7.5°まで識別が可能であり,識別のダイナミックレンジは最大の寸法と最小の寸法の比は10倍程度であることが実験的に分かった.以上の結果を元に,粒径の分散がある粒子の識別を行った.得られた相関ピークの画像に対してピーク強度の閾値を高くすることにより,参照粒子の寸法に近い粒子のみの空間分布表示を行うことができた.顕微鏡で拡大しCCDカメラで取り込んだ粒子画像を,空間光変調器(Spatial Light Modulator:SLM)を用いてインコヒレント-コヒレント変換し,多重マッチトフィルタ光学系に入力することにより,粒子画像の実時間入力・識別が可能となった.顕微鏡等の拡大機器を用いることにより,サブミクロン粒子の形状・寸法ごとの識別が可能となった.

第5章 光学的相互相関法の流体計測への応用

 本章では,光学的相互相関法の流体計測への応用として,流体可視化画像を多重マッチトフィルタを用いて識別し,流体中の粒子軌跡の瞬時・並列識別,粒子軌跡ごとの空間分布表示を行った例について述べた.ここでは,多重マッチトフィルタにフーリエ変換像として記録されている参照粒子軌跡画像と計測対象である流体可視化画像の相互相関演算を行う.流体可視化において,変形二重露光を用いた粒子軌跡流速測定法(Particle Tracking Velocimetry:PTV)を適用した.変形二重露光を用いたPTVによる流体可視化画像(粒子軌跡画像)より,流体中のトレーサ粒子移動の向きと速度を可視化することができる.本研究では,この変形二重露光を用いたPTVによる可視化法,CCDカメラと露光の同期法について述べ,キャビティフローの流体可視化の結果を示した.これより,PIV法では困難であったせん断や渦などの複雑流れにおける曲がった粒子移動の可視化を行うことができた.可視化実験により得られた可視化画像において,曲がった粒子軌跡やそれらが交差した粒子軌道が観測された.そこで,曲がった粒子軌跡の交差した画像の多重マッチトフィルタの識別の可否の検討を行った.その結果,粒子軌跡の重なりの少ない交差した可視化画像では識別が可能であることが実験的に確認できた.これより,粒子軌跡が交差する程度にトレーサ粒子数密度を高くしても,得られた可視化画像を多重マッチトフィルタを用いて光学的に解析することが可能であるという可能性が得られた.前述のキャビティフローの可視化画像を多重マッチトフィルタを用いて識別を行ったところ,参照粒子軌跡ごとに相関輝点群が得られた.これより,流体可視化画像における特定の粒子軌跡群を瞬時・並列に検知でき,その空間分布を実時間表示することが可能となった.

第6章 光学的相互相関法の流体実時間計測への応用

 本章では,前章の実験結果を踏まえ,光学的相互相関法の流体実時間計測への応用として流体可視化画像をCCDカメラで連続的に撮影し,得られた画像を多重マッチトフィルタを用いて粒子軌跡(流速)の実時間識別を行った例について述べた.前章で用いた多重マッチトフィルタ光学系に改良を加え,CCDカメラで取り込んだ流体可視化画像を空間光変調器(Spatial Light Modulator:SLM)を用いてインコヒレント-コヒレント変換し,多重マッチトフィルタ光学系に入力できるようにした.これにより,CCDカメラで撮影された流体可視化画像を多重マッチトフィルタに直接入力でき,入力画像を瞬時識別して粒子軌跡(流速ベクトル)ごとの空間分布を実時間で表示できるシステムが構築できた.同システムを応用することにより,配管を流れる流体の流速の空間分布を監視することができ,流速の異常な変化を実時間で検知できる実時間モニタリング法の可能性が得られた.

第7章 結論

 本論文では,画像の光学的相関法を開発し,同手法の粒子計測および流体計測への応用を行った.具体的な成果を以下に記す.

1)多重マッチトフィルタ法を用いて参照画像と計測対象画像との光学的相互相関を行う光学系を開発した.

2)ホログラフィ技術を基盤とした多重マッチトフィルタ法により,二次元画像中に含まれる複数の形状・寸法ごとの空間分布を瞬時並列に識別・分離することが可能となった.これにより,粒子画像中の粒子や流体可視化画像中の粒子軌跡の識別を行った.

3)形状の識別に関して,形状や寸法の変動,ダイナミックレンジ,形状の回転,重なりに対する識別能力の評価・検討を行った.

4)空間光変調器を多重マッチトフィルタ光学系に組み込むことにより,光学系への画像入出力が容易に行えるようになった.また,CCDカメラを用いて画像を光学系に取り込むことにより,画像の光学的相互相関の実時間処理化が実現できた.

今後の課題

1)回転や寸法にインバリアントな識別機能を有する多重マッチトフィルタの開発

 形状の回転や寸法の拡大・縮小に対して識別が可能な光学的フィルタリングを行うには,画像の光学的フーリエ変換に加え,極座標変換やMelin変換などを組み合わせる必要がある.これらの光学的処理と多重マッチトフィルタ法との組み合わせを検討する必要がある.

2)多重マッチトフィルタ(ホログラム)記録媒体の検討

 本研究では,簡便にホログラムが作成できる光導電プラスチックホログラム自動作成装置を用いた.今後は同装置および用いるホログラムプレートの改良を行い,ホログラムの高解像度化などの改善をはかることを考えている.これにより,記録情報の高密度化が実現でき,識別能力の向上が期待できる.近年ではホログラム記録媒体としてフォトリフラクティブ結晶などの利用例があるが,これらの材料も視野にいれて研究開発を行う必要があると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「光学的相互相関法の開発と粒子・流体計測への応用」と題して,ホログラフィックフィルタリング法(多重マッチトフィルタ法)を用いた光学的相互相関法を開発し,粒子計測,流体計測および流体実時間計測への応用と光学的相互相関法の精度の検証を行い,その有効性を検討したものである.

 第1章の序論では,研究の背景および目的が述べられている.ここで論文提出者は,画像解析技術の分野における処理の高速化・高効率化という重要な要請に対して,並列性や多重性が容易に実現できるアナログ光情報処理の適用を提案している.論文提出者は,画像の相互相関を光学的に瞬時並列に行うことができる多重マッチトフィルタ法に着目し,より実用的な光学的アナログ画像解析システムとしての開発および同手法を用いた粒子計測,流体計測および実時間計測への応用を目的として掲げている.

 第2章では,粒子計測および流体計測の各分野における既往の研究状況について述べ,本研究の位置づけを明らかにしている.まず,粒子計測の分野における代表的な計測技術として,レーザ回折・散乱法および画像解析法を挙げ,それぞれの特長と問題点を示している.つづいて流体計測の分野における代表的な計測技術として,粒子画像流速測定(Particle Image Velocimetry,PIV)法を挙げ,その画像解析法について従来の手法(レーザスペックル法,ディジタル法)の特長と問題点を示している.粒子計測および流体計測に共通する従来の画像のディジタル相互相関法と論文提出者が提案する光学的相互相関法との比較を行い,光学的画像解析の有効性と克服すべき問題点について論じている.

 第3章では,光学的相互相関演算を行うための多重マッチトフィルタ法の基本原理が述べられている.光学的自己相関法が対象画像それ自身のみの相関を行うのに対し,光学的相互相関は対象画像と予め用意された参照画像との相関を行うため,相対的な変化の情報が得られることを指摘している.これにより,複数の異なる形状および寸法ごとの識別が瞬時(同時)並列に実現される.また,溶剤蒸気現像型光導電プラスチックホログラム作成装置を考案し,多重マッチトフィルタの作成を実現している.同装置を用いることにより,ホログラムである多重マッチトフィルタ作成が簡便かつ迅速に行うことができ,光学的相互相関法の実用性が向上したことが述べられている.

 第4章では,光学的相互相関法の粒子計測への応用として,複数の異なる形状および寸法をもつ粒子群を多重マッチトフィルタを用いて識別し,粒子の形状および寸法ごとの空間分布の瞬時・並列分離を行った例が述べられている.形状寸法の差異,姿勢の傾きおよび識別のダイナミックレンジに対する多重マッチトフィルタの識別精度を検討するため,粒子形状の寸法の差異,姿勢の傾きに対する相関ピークの変化について調べ,相関ピーク強度の閾値と識別精度の関係が論じられている.合成画像による粒子識別精度の検証実験の一例では,±15%の寸法差,または±7.5°の姿勢の角度差に対して相関ピークが得られ,ほぼ同じ粒子として識別が可能であること,識別のダイナミックレンジは最大の寸法と最小の寸法の比が約10であることが示されている.このことは粒径の分散がある粒子群画像において,ピーク強度の閾値を設定することにより,参照粒子の寸法に近い粒子のみの空間分布を表示できることを示したものである.さらに,空間光変調器(Spatial Light Modulator,SLM)を組み込んだ多重マッチトフィルタ光学系を開発し,顕微鏡付きCCDカメラで取り込んだポリスチレンラテックス粒子群(粒径:5μmおよび10μm)画像の識別実験より,粒子画像解析における光学的相互相関法適用の有効性を示している.

 第5章では,光学的相互相関法の流体計測への応用として,流体可視化画像を多重マッチトフィルタを用いて識別し,流体中のトレーサ粒子移動軌跡群の粒子軌跡(流跡線)ごとの空間分布表示を行った例が述べられている.キャビティフローと呼ばれる流れ場の可視化に変形二重露光を用いた粒子軌跡流速測定法を適用し,参照粒子軌跡(参照流跡線)ごとに分離した粒子軌跡群画像を相関輝点群として得ることに成功している.これによって,流体中のトレーサ粒子移動の向きと速度の可視化が可能となること,粒子軌跡が交差する程度にトレーサ粒子数密度が高い場合においても多重マッチトフィルタの適用により,粒子軌跡の分離が可能であること,流体可視化画像における特定の粒子軌跡群を瞬時・並列に検知でき,その空間分布を実時間表示できることを示している.

 第6章では,光学的相互相関法の流体実時間計測への応用が述べられている.前章で用いた多重マッチトフィルタ光学系に改良を加え,CCDカメラで撮影された流体可視化画像を空間光変調器により多重マッチトフィルタに直接入力し,入力画像を瞬時に識別して粒子軌跡ごとの空間分布を実時間で表示できるシステムを開発している.このシステムを用いて,粒子軌跡の寸法の差異や姿勢角の変化に対して相関ピーク強度が変化する度合いを定量的に調べ,相関ピーク強度の閾値を決めることに必要な精度で計測が行えることを検討している.

 第7章においては全体の結論が述べられている.

 以上を要約すると,本研究は,提案した光学的相互相関法の粒子画像解析および流体画像解析の有効性を詳しく示しており,工学の進展に寄与するところが大きい.従って,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

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