学位論文要旨



No 214987
著者(漢字) 市川,保正
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,ヤスマサ
標題(和) 円柱周り気泡流の流動構造
標題(洋)
報告番号 214987
報告番号 乙14987
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14987号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 加藤,千幸
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と工学的意義 近年の流体機械には,高温流体による熱交換機や液体ヘリウム,液体窒素などの極低温流体のポンプあるいは深い油井などの圧力差の大きいところからの汲み上げポンプのように既に気液二相流状態下にある流体を駆動するものが増大している.このような流体機械に対しては,水や空気といった単相流を前提とした性能予測や設計では十分でなく,事故につながる危険性もある.このような問題を解決するために,気泡流下での流体機械の性能予測や最適設計を可能にするための基礎的な知見の蓄積が必要とされている.本研究は,気泡流下における流体機械や物体周りの流体現象の基本構造を明らかにするために企画された.研究の遂行にあたって,まず流体機械の基本要素である翼や翼列あるいは円柱などに対する気泡流実験ができるように縦型の気液二相流回流水槽を設計制作した[1].また,製作された回流水槽をもちいて,気泡流下における翼性能の実験的研究を行い,いくつかの現象を発見し,その原因が気泡の翼周りへの集積と剥離構造の変化に起因していることを突き止めた[2].この結果を前提にして気泡流の剥離構造に対するより基礎的な知見を得るために,本論文の「円柱周り気泡流の流動構造」に関する研究を始めた.

 本研究では気泡流下における剥離構造の変化をより詳細に明らかにするために,最も基本的な流体要素である円柱を用いて剥離構造とボイド率の関係に重点をおいて研究した.気泡流における剥離構造変化の微細構造が明らかされることによって以下のような工学的応用が期待できる.

 (1) 物体に働く揚力や抗力といった基本的な力の変化が推測でき,気泡流下で作動する流体機械の設計や性能予測,あるいは,熱交換器などの円管周りの流れや振動にたいする予測などが可能になることが期待される.

 (2) 物体周りの流動構造や剥離構造を気泡流によって制御するための基礎的知見が得られることが期待される.

2.測定条件 本研究が対象とするのは,流動相が気液二相状態にある流れの中で,気泡が分散相として流体中に存在する流れであるが,この領域での研究は主として内部流れを中心にして行われており,物体周りに関してはあまり多くないのが現状である.

 Zdravkovich[3]は現在までの単相流下における円柱周りの研究を総括し,円柱周りの流動構造をレイノルズ数をパラメータとして乱流遷移の位置によって分類している.

 本研究では,円柱近傍の後流で自由剪断層が乱流化している領域から,円柱表面の境界層が乱流化し始める領域(Re 1.5×104〜Re 1.8×105)までを対象として研究を行った.また,測定パラメータは,円柱径(20mm,30mm),平均流速(0.5m/s〜6m/s),平均ボイド率(0%〜12%),とした.

3.実験装置 実験には,テストセクション流路断面が幅200mm,奥行き100mmの縦型気液二相流回流水槽を用いた.テストセクション内流速範囲とボイド率範囲はそれぞれ0.5m/s〜10m/s,0.1%〜12%(4m/s時)である.また,テストセクションの前後(100mm方向=スパン方向)は可視化のためにアクリル製の側壁を設けている.

 本実験では,スパン方向に供試円柱を設置し,円柱表面の圧力分布の測定と可視化によって円柱周りの気泡流の特性を測定した.供試円柱はアクリル製の外円筒と鏡を取り付けた真鍮製の内円筒より構成されている.外円筒は,外径30mm,内径24mmの薄肉円筒に0.5φの静圧孔およびインク吐出口を開けてあり,この孔は外径1φ,内径0.5φのステンレスパイプによって円筒外部までつながっている.内円筒は外径24mm内径18mmの真鍮製であり,先端に45°の角度で鏡が張り付けてある.内円筒は,円柱表面の鏡面の真上の画像を円柱中心軸上におかれた高速度ビデオカメラで望遠接写できるように作られている.静圧孔から引き出されたステンレスパイプはビニールチューブを介して圧力センサーに接続されている.また,インク吐出口から外部に引き出されたステンレスパイプはダイポンプ(1000ml/sまで可変)に接続されている.

 円柱はテストセクション外部のアクリル壁に取り付けた回転装置により,最小0.036°刻みで回転させることができ,これにより円柱まわりの圧力分布の測定結果から剥離点を高精度で決めることができる.

4.実験結果

4.1円柱周り気泡流の抗力特性 Fig.1とFig.2にそれぞれRe 3.0×104,平均流速1m/s時,Re 9.0x104,平均流速3m/s時の圧力分布のボイド率による変化を示す.

 図の横軸は円柱前方よどみ点を0°とし反時計回りの測定角を示している.ただし,両図とも0°から180°までの測定データを便宜上折り返して描いている.

 図に示されるように,どちらのレイノルズ数下でも単相流時には最低圧力点位置は68±2°にあり,剥離位置を示す圧力係数が一定になる始点は79±2°にある.これは流れが層流剥離構造であることを示している.しかし,ボイド率の増加に伴って圧力分布曲線の最低圧力点は80°にシフトし,明確な剥離点は消失する.さらにボイド率をあげると,120°付近に新しい剥離点が生じてくる.Fig.3に抗力係数のレイノルズ数依存性を各ボイド率毎に示す.図を見ると単相流の臨界レイノルズ数はほぼ1.3×105にあり抗力の急減が生じている.一方,気泡流下では亜臨界領域Re4.7×104前後から抗力の急激な低減が生じており,このレイノルズ数はボイド率を変えてもあまり変わらない.また,気泡流ではより小さなレイノルズ数から抗力の減少が生じている.この様子を調べるために,Fig.4に抗力係数のボイド率依存性を各レイノルズ数毎にプロットした,図に示されたように低レイノルズ数では緩やかな減少曲線を描くが,レイノルズ数の増加に伴い,立ち上がり時の減少率が高くなり,Re1.3×105では0.03%程度のボイド率ですでに抗力は0.4まで落ちている.これは高レイノルズ数と低レイノルズ数では抗力の主因である剥離構造が異なっている事を示唆している.

4.2 円柱周り気泡流の微細構造 円柱周り気泡流の微細構造を調べるために,可視化実験を行った.この結果,Re3.0×104程度では,境界層近傍を通過する気泡は崩壊せず後流に蓄積するのにたいして,Re9.0×104以上の流れでは気泡は境界層との相互作用によって微細気泡に分裂し後流に蓄積する.また,この中間のRe6.0×104前後の流速では層流剥離点が間欠的に振動して後方移動していることが示された.剥離点の振動を示すために,円柱境界層近傍の流脈線の様子をFig.5に示す.

5.結論 気液二相流回流水槽と可視化円柱をもちいて,円柱周り気泡流に関する実験を行い,圧力分布測定と可視化実験の結果から気泡流の特性として以下の結論を得た.

1.気泡流では単相流時に層流剥離を示す低レイノルズ域においても,抗力低減が生ずる,低減量はボイド率の増大に伴って増大する.また,単相流とおなじように抗力の急激な減少を示す臨界レイノルズ数をもつ.ただし,気泡流の臨界レイノルズ数は単相流より小さい.

2.気泡流の臨界レイノルズ数近くとより低いレイノルズ数域では抗力の低減メカニズムが異なる.臨界レイノルズ数近くでは,気泡は乱れを増大させ乱流化を促進して乱流剥離を早める.しかし,より低いレイノルズ数域においては,気泡は層流境界層と相互作用することによって層流剥離点の間欠的な後方移動を促し,抗力の時間平均値を低減をさせる.

3.気泡流臨界レイノルズ数近くの流速では,境界層と相互作用した気泡のほとんどは強い剪断層によって馬蹄形に変形させられた後,微細気泡に分裂し後流に蓄積する,しかし,それ以下の流速においては,気泡の分裂は間欠的であり,主流速度が1m/s以下の剪断層では気泡は分裂せずに後流に蓄積する.このとき,剥離領域内に流れ場が生じ,後方よどみ点に向かって圧力回復する.ただし,圧力回復曲線はボイド率の増大に伴って定常値に漸近する.

参考文献

[1]H.Ohashi,Y.Matsumoto,Y.Ichikawa,S.Tsukiyama,(1990),“Air/water two-phase flow test tunnel for airfoil studies” Experiments in Fluds Vol.8,pp249-256

[2]Ichikawa,Y.,Ohira,Ohashi,H.,H.,Matsumoto,Y.,(1991),“Bubble Motion around an Airfoil in Bubbly Flow”,FED-Vol.109,Cavitation and Multiphase Flow Forum ASME,155-158

[3]M.M.ZDRAVKOVICH,(1997),“FLOW AROUND CIRCULAR CYLINDERS”,Vol.1,0xford University Press

Fig.1 Pressure coefficient distribution at 1m/s

Fig.2 Pressure coefficient distribution at 3m/s

Fig.3 Drag coefficient in term of void fraction

Fig.4 Drag coefficient in term of Re

Fig.5 Oscillation of Separation Point

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,気液二相流状態下で運転される流体機械や円管群の周りの気泡流場の解析などにたいする基礎的知見を得るために,最も基本的な流れ場である円柱周り気泡流に対して圧力分布測定や気泡運動の可視化実験を行い,剥離構造や抗力などに及ぼすボイド率や気泡の変形分裂の影響を明らかにしている.

 本論文は全6章及び附図から構成されている.

 第1章は「序論」であり研究の目的,他の研究状況,研究の位置付け,論文の構成などについて述べられている.また,この研究が行われる前に行った気液二相流中におかれた翼性能に関する測定結果とそこで得られた知見についても言及している.

 第2章は「実験装置」であり主要な実験装置について,構成,性能,装置相互の関係にについて述べている.最も主要な装置は,テストセクション内で上昇流となる,縦型気液二相流回流水槽であり,テストセクション内平均流速範囲が0.5m/s〜10m/s,ボイド率が0%〜15%の基本性能をもっている.また,気泡発生部は翼型に作られた9本の焼結金属管で構成されている.

 第3章は「試験法及び予備実験」である.本実験では,測定パラメータを様々な方法で測定している.本章では,まず,本研究で用いられているレイノルズ数,抗力係数,圧力係数などの無次元量やボイド率の定義を述べ,次いで,設定したパラメータに対する測定方法および可視化手法について詳述し,測定データの精度や較正結果について論じている.

 可視化手法の一例をあげると円柱境界層と気泡の相互作用を可視化するために開発した供試円柱を用いて円柱内部から円柱表面近傍を通過する気泡の運動をバックライトによって撮影する方法が提示されている.

 第4章は「実験結果」であり本論文中もっとも重要な部分である.内容は,流速とボイド率をパラメータとして行った圧力分布測定の結果及び可視化実験の結果をもとに円柱周り気泡流場の流動特性を論じており,圧力分布に及ぼすボイド率の影響として,最低圧力点の低下と下流への移動,剥離点の下流への移動,背圧の上昇などが示され,これらの結果としてボイド率依存した抗力の変化が生じることが述べられている.特に抗力については,流れが層流剥離状態にある低レイノルズ数域においてもボイド率の増大に従って低減すること,さらにボイド率に依存した臨界レイノルズ数の低下などが示されている.さらに,これらの現象を解明するために円柱境界層と気泡の相互作用を見るために工夫された可視化実験が行われ,抗力の低減機構と気泡の分裂頻度との間に深い関係があり,その原因の一つとして気泡が剥離点の間欠的な変動を促している点も述べられている.

 第5章は「考察」であり円柱周り気泡流の特性を単相流場の特性と比較検討しながら,物体周り気泡流の剥離構造や流動構造を明らかにしている.特に気泡が与える影響が乱れ度の増大や粗面の影響と異なっており,また,気泡流における抗力低減機構が低レイノルズ数域と臨界レイノルズ数域で異なっていることを示している.

 第6章は「結論」であり,以下のような結論を導いている.

 気泡流では単相流時に層流剥離を示す低レイノルズ域においても,抗力低減が生ずる.気泡流における抗力の低減機構は低レイノルズ数域と臨界レイノルズ数(気泡流)近くでは異なる.境界層近傍を通過する気泡は境界層と相互作用しながら後流に集積し,離脱する.境界層と相互作用する気泡は間欠的に分裂するが,低レイノルズ数域では分裂せず,臨界レイノルズ数近くでは全て分裂する.

 円柱周りの流れ場に関する研究ついては単相流やキャビテーション流れに関して過去数多くの研究が実施されている.しかし,気泡流下にある円柱周りの流れ場は流動構造が単相流やキャビテーション流れと質的に異なるにもかかわらず,ほとんどなされておらず,ボイド率や気泡の変形分裂との関係にまで踏み込んで流動構造を論じたものは皆無である.本研究は,様々な測定手法を開発してボイド率による圧力分布の変化や気泡と円柱境界層の相互作用を測定し,気泡流特有の現象と円柱周り気泡流の流動構造の詳細な関係を解明した点で特に優れていると認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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