学位論文要旨



No 214991
著者(漢字) 新木,廣海
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ヒロミ
標題(和) 製品開発プロセス変革のための協調作業環境に関する研究
標題(洋)
報告番号 214991
報告番号 乙14991
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14991号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 増田,宏
内容要旨 要旨を表示する

 21世紀を目前に控え自動車産業を取り巻く経営・技術環境は激変し、企業の生き残りを賭けた競争が日夜繰り広げられている。競争分野は多方面に亘っているが、なかでも製品開発競争は熾烈を極め、期間短縮・コストダウンを不断の努力として追求し続けている。グローバル・ボーダレスの時代に、わが国自動車産業が国際競争に打ち勝っていくためには、新たな企業モデルを持ち、最新の情報技術を製品開発プロセスに取り入れ、革新を図っていくことが課題となる。製品開発CAD/CAMシステムを設計者・作業者の設計・作業効率を上げるための個人用CADと捉えた従来のコンセプトから、グローバル・ボーダーレス時代に即した組織用CADとして捉える新たなコンセプトへと次元を高める必要がある。

 本研究は、対象を自動車製造業の製品開発プロセスの分野とし、1970年代から今日まで実施した製品開発プロセスの変革、とくに製品開発の期間短縮を目的とした「先行研究」と将来の新たなプロセス変革を目的とする「現在の研究」をまとめたものである。「先行研究」は、ボデー生産準備のモノ造り分野および仕入先メーカのデータ基準化に関する研究であり、以下の4項目から成っている。

 (1)マスタデータ方式用のCAM/CATソフトウェアシステムの研究・開発

 (2)マスタデータ方式によるボデー生産準備のプロセス変革

 (3)プレス金型製作の「流れ化」とマスタデータ方式の融合

 (4)仕入先メーカにおける図面・モデル基準からデータ基準への変革

 プレス型曲面NC加工に始まり、基準原器、加工方法、品質保証・検査法の全てに亘り、従来の実体モデル基準からデジタルデータ基準に変換し、マスタデータ方式とよぶデジタルデータシステムを確立することができた。その適用効果を期間短縮にまで繋げるために、プレス金型製作分野にリーン生産方式に基づく「流れ化生産方式」を導入した。さらにマスタデータ方式を広く仕入先メーカにまで普及するため、WS型CAD/CAMシステムCaelumを研究・開発し、仕入先メーカに提供し、仕入先メーカの図面・モデル基準からデータ基準へのプロセス変革を推進することができた。また、設計情報の授受に関して従来の図面正・データ副からデータ正・図面副に切り替えることができた。

 以上の「先行研究」によって、トヨタ自動車の1980年代の標準的な製品開発期間48ヶ月を、1990年代初期には24ヶ月以上の期間短縮ができ、目標を達成することができた。ボデー生産準備のモノ造り分野の立場からは、自動車メーカと仕入先メーカ間における円滑なデータ授受体制ができれば目的を達することができたが、設計部門の立場から考えた究極目的は、コンカレントな製品開発体制の確立であることがわかった。即ち、製品開発プロセスに協調作業環境を付加することである。「先行研究」のデータ基準化の研究は、「現在の研究」の対象とする協調作業環境のための前提条件を実現している。

 「現在の研究」は、「先行研究」を受けてグローバル・ボーダーレス時代に即した製品開発プロセスには、新たなコンセプトに基づく協調作業環境が必要であるとの提言をし、プロセス変革の可能性を実証するものである。

 ここで協調作業とは、隘路となる仕事には持てる要員を集中して同時共同作業を可能とし、またコンカレントに処理できる仕事はオーバーラップして業務の遂行を可能とする製品開発の作業形態である。協調作業環境とは、ネットワークを駆使したCAD/CAMシステムを活用して遠距離に位置するオフィス間であたかも同一オフィスにいるかのように協調作業を可能とする状態のことを指す。

 自動車の製品開発において協調作業環境を構成する主たる要素技術は、次の2つである。

(1)「協調作業支援CADシステム」という新たな概念のCADとしてCollaborative CADを定義する。また(2)協調作業中の情報交換、指示・連絡などの「プロセス支援システム」としてProcess Behavior Management(PBM)を定義する。

 「現在の研究」の主たる目的は、Collaborative CADとPBMが協調作業環境の要素技術として有効であることの実証であり、Collaborative CADの具体化システムである「C-CAD」を実装し、協調作業環境の実現可能性を確認することである。「現在の研究」で取り組んだ次世代の製品開発プロセス変革に関する新たな課題は次の4項目である。

 (1)グローバル・ボーダレス時代の製品開発プロセス変革に関する研究

 将来の自動車製造業のあるべき姿・達成すべき目標を明確にし、システムの基本理念を確立することが大切である。自動車製造業を取り巻く経営・技術環境を明確にし、あるべき将来の姿を企業モデルとして表わした。さらにグローバルな製品開発プロセスのモデルとして「日欧米の設計拠点を結ぶ3極協調作業環境モデル」を想定し、具体化のための構成技術要件を導き出した。

 (2)協調作業支援のためのデータと表示制御のアルゴリズムに関する研究

 協調作業環境に必須の構成要素技術である同時共同設計を可能とするCollaborative CADのデータと表示制御のアルゴリズムに関する研究を行ない、新たなCADのカテゴリに属するTeamcadを実装した。Teamcadは遠距離間の設計オフィスを接続し、あたかも同一オフィスであるかのような仮想コ・ロケーションオフィスを作ることを目的とする。従来型のCADシステムは形状処理に注力したシステムであり、データファイルへのアクセスは1人に限定した排他・独占的なファイルアーキテクチャを持ち、同時共同設計の機能は持てなかった。

 これに対し、Teamcadは単一共有データベースに複数人がアクセス可能な構造を持ち、同時共同設計や必要以上のファイル分割を避けることを可能とした。さらに単一共有データベースとしているため、大画面表示による設計マネージャの進捗チェックや設計指導も可能となる。NTTの「高速ネットワークATM実験」に参画し、東京・名古屋の拠点間に設置したTeamcadによる実証実験を行ない、協調作業環境の実現可能性を検証した。その結果、Collaborative CADのアルゴリズムの有効性を確認できたが、実効ある協調作業環境とするためにはプロセス支援システムが必要であることがわかった。

 (3)協調作業におけるプロセス支援システムに関する研究

 協調作業環境の具体的な適用業務として、ボデー設計を中心とした車両開発業務を選定した。車両開発の業務内容と処理情報を明らかにするため、車両開発業務全体の概略フローと、ボデー設計の中核となる構造設計業務に対する詳細な作業内容・手順および処理される情報に関して業務調査を実施した。

 これらの業務分析に基づいて、ボデー設計業務における協調作業を支援する観点から、以下の2点を目的としてPBM(プロセスモデル,ワークフローやメッセージングシステム)のプロトタイプを作成し、実証実験を行い有効性を検証した。

 (1)情報を一元的に管理し共有することで、誰でも必要な時に必要な場所で必要な情報を利用できるようにすること。

 (2)作業の最小単位を明確にし、互いの依存関係を定義すること。さらに個々の作業の成果物を明確にし、全体に対する成果物の位置付けを関連付けること。

 この実証実験により、以下の知見を得ることができた。

 知識の蓄積と活用を図ることの重要性を明確にすることができ、設計者や設計マネージャが相互に伝達しあった情報(電子メールや添付資料)を蓄積・再利用することにより設計変更や次期設計作業に有効であることを明らかにできた。

 (4)Collaborative CAD及びPBMのアーキテクチャ構想とその実装

 システムの基本コンセプトを明らかにし、Collaborative CAD及びPBMのアーキテクチャを設計し、具体化システム「C-CAD」の実装を行なった。

 C-CADには、プラットフォーム部を中核とした3層アーキテクチャを採用し、アプリケーションのプラグイン接続を可能とし、モデラ・データベースなどのコアエンジン群も取替え可能とした。また、異機種CADと幾何形状レベルでデータ互換性を持たせるためのマルチモデラ対応の枠組みとインターネットに対応した同一JOB並行実行方式によるチーム設計機能および設計同期型デジタルモックアップ機能を併せ持っている。

 実装後のC-CADを使用して、名古屋-米国SanJose間で実証実験を行ない、インターネット環境におけるコラボレーション機能の有用性を確認できた。

 以上により得られた知見をまとめると以下のようになる。

 「先行研究」の“仕入れ先まで含めた製品開発プロセスのデータ基準化”により協調作業環境の前提条件を確立できた。「現在の研究」においては“Collaborative CADのアルゴリズムおよび協調作業における情報交換、指示・連絡などプロセス支援の在り方”についての実証実験により協調作業環境の2つの重要な要素技術の有用性を確認することができた。

 これらの実証を受けて、C-CADを実装し、インターネットによる協調作業環境の実証実験を行った。その結果、PBMを実装し、C-CADと組み合わせれば、実効ある協調作業環境が実現できるとの結論を得ることができた。また、現在の製品開発CAD/CAMシステムをCORBA対応させC-CAD、PBMとデータ共有することにより「3極協調作業環境モデル」を具現化することは可能であり、製品開発期間に関してはフルモデルチェンジで数ヶ月のオーダーで短縮可能と予測する。

 本研究で明らかにした協調作業環境の主要要素技術であるCollaborative CADとPBMは、ネットワークに基づいた新たな発想から生まれた技術であり、現在全盛を極めるWS・PC分散型CADからネットワーク型CADへパラダイムシフトを起こす可能性を有するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 新木廣海氏は、過去30年間にわたり自動車産業のコンピュータ化に取り組んできた。その技術的展開を振り返り、そして今後の自動車産業における情報技術の展開のあり方について協調作業環境の実現が鍵になるとし、その基幹的な部分について実装し、今後の展開について方向付けを行った。

本論文は、9章、約400ページからなる。全体の研究を「先行研究」と「現在の研究」とに分けて論旨をまとめている。「先行研究」は、現在の自動車産業IT化の基盤をなす生産を中心としたデータ基準化による成果に関するものであり、「現在の研究」は筆者が中心となり開発したCADシステムをべースに協調作業環境の研究開発を行い、その今後のありかたについて検討している。

第1章は、序論として本論文の目的と着眼点を示している。自動車産業における従来の目標が開発期間の短縮であり、これまではハードのソフト化で行われてきたが、今後は協調作業環境の構築がそのキーテクノロジーたる位置をしめ、社会の知識化、グローバル化などへの対応には必須であり、本論文の目的がその基幹的システムの提案にあることが述べられている。「先行研究」と「現在の研究」の位置付けについても整理している。

第2章は、自動車産業の産業特性と製品開発プロセスをまとめている。本論文のベースとなる自動車産業は総合組み立て産業であり、すばやい製品開発のための、生産現場のCAT、CAM、設計部門のCAD、そして仕入先メーカとの連携の3点について整理している。

第3章は、自動車産業と造船航空機などの大規模総合組み立て産業における情報技術の現状と将来動向について検討評価している。いずれの分野においても、メインフレームから、ワークステーション、さらに分散ネットワーク環境への対応を行っており、また協調作業環境の構築が緊急の課題として認識され、具体的なシステムの検討がなされていることを紹介している。著者はさらに踏み込んで今後のコラボラティブCADとProcess Behavior Management(PBM)の実装がソフトウエアの課題としている。

第4章は、自動車産業のこれまでのプロセス変革について述べている。その中心はディジタルデータ基準化であり、CAD・CAMの統合的利用などが可能になり、精度の向上や製品開発期間の短縮が実現した。CATシステムについては特に著者本人の開発になるソフトウエアなどの詳細な報告も含まれている。著者は、技術開発の中心的な部分をにない、独創的なシステムを着想し実際に実用システムを構築し多大の貢献をしている。

第5章以下が「現在の研究」である。

第5章では、グローバル時代の製品開発プロセスの変革について述べている。特に、自動車産業の日米欧の三極分業なども具体的に提案し、CADのアーキテクチャについて検討している。その結果、協調作業における支援システム、コラボラティブCADのためのデータと表示制御、Process Behavior Modelのあり方、の3点が基盤を構成する技術で、本研究の課題であるとしている。続く3章ではこれらについて論じている。

第6章では、協調支援のためのデータと表示制御のアルゴリズムについて論じている。具体的にはCAD、TeamCAD、MultiheadCADとデータの管理手法を進歩させ、ネットワーク上のコラボレーションに対応できるようにしていることが示されている。またその表示制御のあり方として、ファイル共有排他方式、マルチヘッド方式、同一ジョブ並行実行方式の3つの方法を提案実装し、それぞれの特徴を確認している。

第7章では、協調作業のプロセス支援について検討している。具体的に自動車のボディ、とくにドアの設計手順について考察している。プロセス表現はオリジナルなものを用いており、プロダクトモデルとの関連も簡明な図で表現している。市販ソフトなどを用いながら、ドアヒンジの設計を行い、その表現方法で実装が可能であることを示している。一般的な記法ではないが、十分に実用に耐えるものと評価できる。また、協調作業にはプロセス表現の可能な定型的なものと、そうでない非定型的なもののあることに言及し、さらにメールをベースにした協調作業環境を支えるサブシステムについても検討している。

第8章では、コラボラティブCADとPBMのアーキテクチャと実装について提案し、基幹的な部分の立証を行っている。第6章で定義した表示制御方式と、第7章で定義したPBM手法により、携帯電話の協調設計をインターネット上で名古屋事務所-米国サンノゼ事務所間で行う実験を実施している。これによって、PBMとコラボラティブCADの統合が行え、実際に十分な機能を発揮するものであることを立証している。

第9章は総括と結論にあてている。「先行研究」ではディジタルデータによるプロセスの進化過程を追い、今後の課題として協調作業環境の構築がポイントであり、「現在の研究」でコラボラティブCADとPBMによりシステムの基本的な構造を提案し、実証を行ったとしている。過去30年にわたる自動車産業情報化の歴史と、今後の情報システムのあり方をひとつの提案として明瞭に示している。

以上要するに、本研究は自動車産業における情報技術の発展過程を意義づけ、今後のあり方について明確に提言し、基幹部分について立証している。この分野の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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