学位論文要旨



No 214992
著者(漢字) 樺島,重憲
著者(英字)
著者(カナ) カバシマ,シゲノリ
標題(和) 複合材料表皮を有する衛星構造用ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 214992
報告番号 乙14992
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14991号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

背景

 通信衛星の通信容量の増大、科学衛星・観測衛星の高性能化は、衛星構造に対して厳しい要求を突きつけるようになってきている。衛星構造の材料として樹脂系複合材料(PMC:Polymer Matrix Composite)が多用されるが、これは単にPMCが高い比剛性、比強度を有しているというだけの理由によるのではなく、炭素繊維やアラミド繊維といった負の熱膨張率を有する強化繊維を用いることで熱膨張率をニアゼロとし、構造の寸法安定性を高め、衛星に搭載される通信機器や観測機器の高性能化を図ることができるからである。衛星の高性能化に伴い、衛星構造の寸法安定性に対する精度要求はますます厳しくなってきており、0.1×10-6/Kの精度が求められることも珍しくない。衛星構造の形態としては、ハニカムサンドイッチパネル構造が大きな比重を占めるが、これは、高い比剛性が要求される衛星構造の設計に有利だからである。このような状況を受け、衛星構造用のハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率を任意に制御して、寸法安定性に優れた衛星構造を実現することが求められているが、ハニカムサンドイッチパネルは複雑な構造を有するため熱膨張率の制御が容易ではなく、その精度は0.5〜1.0×106/Kである。ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率を、0.1×10-6/Kの精度で制御することが可能となれば、現状、衛星システムの中で、寸法安定性要求の厳しい部位に用いられている、PMC積層板やインバー合金、ゼロ膨張ガラスからなる構造をサンドイッチパネル構造に置き換えて、大幅な軽量化を達成することができる。

また、すでにハニカムサンドイッチパネル構造となっている部分についても、さらなる高性能化が期待される。

 このようなところから本研究においては、寸法安定性に優れたPMC表皮ハニカムサンドイッチパネルを実現して、衛星構造へ適用することを目的とし、0.1×10-6/Kの精度でのハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御技術の開発に取り組んだ。

熱膨張率の測定法に関する検討

 まず最初に、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張を0.1×10-6/Kの精度で測定する方法を検討した。

 サンドイッチパネルの熱膨張率を正しく測定するために必要な試料寸法を、有限要素解析により検討し、これをもとに熱膨張率を測定するシステムを開発した。開発したシステムの測定精度を、標準試料を用いて評価したところ、概ね0.1×10-6/Kの測定精度を持つことがわかった。この装置を用いて、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率測定を実際に実施した。

 また、測定作業が容易な汎用の熱膨張率測定装置が活用できれば有用であるとの観点から、汎用の熱膨張率測定装置を用いてハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率を測定した場合の精度を、有限要素解析および実測によって検討した。この結果、10個程度の試料を製作して測定を行ない、0.2×10-6/K程度の誤差を許容するなら、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率の温度依存性が見たい場合など、限定的な条件下で汎用装置による測定が有用であることが明らかになった。

熱膨張率の計算法に関する検討

 次いで、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率を0.1×10-6/Kの精度で計算するための方法を検討した。

 従来行なわれていた、積層理論による方法や、ハニカムサンドイッチパネルの形状を単純に有限要素法によりモデル化する方法の問題点を指摘し、サンドイッチパネルを構成する表皮、接着剤、コアといった材料の実際の挙動を考慮した有限要素解析の方法を示した。ここでは、効率的で使いやすい計算法とするため、汎用の有限要素解析プログラムを用い、ハニカムサンドイッチパネルのユニットセルのみをモデル化することとした。ユニットセルには周期境界条件を導入して、多数のユニットセルをモデル化した場合と同様の計算精度が得られるようにした。さらに、ハニカムコアの初期不整の影響や、接着剤の塗布形態の影響などを考慮して、モデル化の手法を開発した。このユニットセルモデルによる計算結果と、異なった方法で接着された複数のサンドイッチパネルの熱膨張率の実測の結果を比較したところ、およそ0.1×10-6/Kの精度で一致し、この計算法が十分に高い計算精度を持っていることが確認された。

設計・製作時の熱膨張率の変動に関する検討

 ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率の測定法、計算法が確立されたのを受け、実際のハニカムサンドイッチパネル構造の熱膨張率を所望の値に制御する上で必要な、設計・製造の過程での熱膨張率の変動に関する検討を行なった。

 まず、サンドイッチパネルの設計・製造の過程で、設計値と実際の製品の特性値に不一致をもたらす要因(変動要因)を分析した。次いで、設計時の変動要因である、構成材料の材料定数の見積り違いや、設計時の変動要因である、製造パラメータのばらつきの影響を、ユニットセルモデルを用いて計算した。この結果、各変動要因の影響度が明らかになり、設計値と実際の製品の特性値の不一致を小さく抑えるために、設計・製造時に留意すべき点が明らかになった。また、接着剤をコアのエッジ部にのみに塗布するレティキュレーションというプロセスが、熱膨張率の変動を小さくする効果をもつことがわかった他、製作するサンドイッチパネルによって、アルミハニカムコアと炭素繊維強化プラスチック(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastic)ハニカムコアの得失が異なることがわかった。

熱サイクル負荷による熱膨張率の変化に関する検討

 ここまでに、寸法安定性に優れたハニカムサンドイッチパネルを実現するための要素技術が確立されたので、実際の衛星構造への適用を考えて、性能保証の観点から、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張特性に対して、衛星軌道上の熱サイクルが与える影響を調べた。

 PMC積層板の熱膨張率およびPMC積層板を表皮とするサンドイッチパネルの熱膨張率の変化を、-198℃〜130℃の熱サイクルを負荷しながら調べた。その結果、エポキシ樹脂をマトリックスとする積層板においては、熱サイクル負荷によりマイクロクラックが発生して、熱膨張率の低下が生じる一方、高靭性のシアネートエステル樹脂をマトリックスとする積層板では、熱膨張率の低下が見られないことがわかった。また、ハニカムサンドイッチパネルにおいては、表皮の熱膨張率の低下がハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率低下を引き起こすが、表皮のマトリックスをシアネートエステル樹脂とすれば、そのような低下は起らないことがわかった。ただし、シアネートエステル樹脂系の表皮を有するサンドイッチパネルにおいても、熱サイクル負荷の初期の段階でわずかながら熱膨張率の低下が観察される場合があり、これは接着剤部分にマイクロクラックが発生するなどの変化が起きたことによるものと推測される。

ハニカムサンドイッチパネル構造の設計・試作・評価例

 本研究の検討の成果を利用して、ハニカムサンドイッチパネルからなる衛星構造を実際に設計・試作・評価した例を示した。

 第一の例は、デュアルグリッドアンテナ用ハニカムサンドイッチパネルで、低熱膨張と低電波透過損失という要求性能を満たすため、アラミド繊維を基材とするハニカムサンドイッチパネルを設計し、必要な要求性能を有することを実験的に調べた後、実際にデュアルグリッドアンテナを製作して、所期の通信性能を有することを確認した。第二の例は、衛星構体の地球指向面パネルに用いるヒートパイプ埋込ハニカムサンドイッチパネルで、低熱膨張かつ高熱伝導で、表皮とヒートパイプの熱膨張率差で表皮が破損することなく、必要な強度・剛性を有すること、という多くの要求条件が存在する中で、ハニカムサンドイッチパネルの設計を実施した。設計したハニカムサンドイッチパネルを用いて、実際に地球指向面パネルを製作し、必要な性能が満たされていることを確認した。これらの例から、本研究で確立したハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御技術が、実際の衛星構造開発において極めて有効であることが確認された。

結論

 本研究においては、PMC表皮を有するハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率の測定法、計算法を検討した後、設計・製造の過程での熱膨張率の変動の様子を調べて、寸法安定性に優れたハニカムサンドイッチパネルを実現するために必要な要素技術を確立した。さらに、そのようなハニカムサンドイッチパネルを衛星構造に実際に適用することを考え、性能保証の観点から、熱サイクル負荷による熱膨張特性の変化について調べた。以上の検討により、0.1×10-6/Kの精度でのハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御が可能となり、寸法安定性に優れたハニカムサンドイッチパネル衛星構造が実現可能となった。この技術を実際に適用して、設計・試作・評価を行った衛星構造の2つの例を紹介した。

審査要旨 要旨を表示する

 高い比剛性が要求される衛星構造の形態としては、複合材料表皮を有するハニカムサンドイッチパネルが有利であるが、衛星の高性能化に伴い、衛星構造の寸法安定性に対する精度要求はますます厳しくなってきている。このため本研究においては、寸法安定性に優れた複合材料表皮を有するハニカムサンドイッチパネルを実現して、衛星構造へ適用することを目的とし、0.1×10-6/Kの精度でのハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御技術の開発に取り組んだもので、本文は7章から構成されている。

 第1章は序論で、本研究の背景とハニカムサンドイッチパネルの技術的課題を示し、本研究の目的および本論文の構成について述べている。

 第2章では、サンドイッチパネルの熱膨張率を正しく測定するために必要な試料寸法を有限要素解析により検討し、これをもとに熱膨張率を測定するシステムを開発し、標準試料を用いて評価したところ、概ね0.1×10-6/Kの測定精度を持つことを示している。また、測定作業が容易な汎用の熱膨張率測定装置が活用できれば有用であるとの観点から、汎用の熱膨張率測定装置を用いてハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率を測定した場合の精度を、有限要素解析および実測によって検討し、0.2×10-6/K程度の誤差を許容すれば汎用装置による測定が有用であることを明らかにしている。

 第3章では、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率の計算法として、サンドイッチパネルを構成する表皮、接着剤、コアといった材料の実際の挙動を考慮し、汎用の有限要素解析プログラムを用い、ハニカムサンドイッチパネルのユニットセルのみをモデル化し、ユニットセルには周期境界条件を導入して、多数のユニットセルをモデル化した場合と同様の計算精度が得られるようにし、さらに、ハニカムコアの初期不整の影響や、接着剤の塗布形態の影響などを考慮して、モデル化の手法を開発している。このユニットセルモデルによる計算結果と、異なった方法で接着された複数のサンドイッチパネルの熱膨張率の実測の結果を比較したところ、およそ0.1×10-6/Kの精度で一致し、この計算法が十分に高い計算精度を持っていることを確認している。

 第4章では、実際のハニカムサンドイッチパネル構造の熱膨張率を所望の値に制御する上で必要な、設計・製造の過程での熱膨張率の変動に関する検討を行うため、サンドイッチパネルの設計・製造の過程で、設計値と実際の製品の特性値に不一致をもたらす要因(変動要因)を分析し、設計時の変動要因である、構成材料の材料定数の見積り違いや、設計時の変動要因である、製造パラメータのばらつきの影響を、ユニットセルモデルを用いて計算している。この結果、各変動要因の影響度を示し、設計値と実際の製品の特性値の不一致を小さく抑えるために、設計・製造時に留意すべき点が明らかにしている。また、接着剤をコアのエッジ部にのみに塗布するレティキュレーションというプロセスが、熱膨張率の変動を小さくする効果をもつことを示している。

 第5章では、実際の衛星構造の性能保証の観点から、ハニカムサンドイッチパネルの熱膨張特性に対して、衛星軌道上の熱サイクル(-198℃〜130℃)が与える影響を調べ、エポキシ樹脂をマトリックスとする積層板においては、熱サイクル負荷によりマイクロクラックが発生して、熱膨張率の低下が生じる一方、高靭性のシアネートエステル樹脂をマトリックスとする積層板では熱膨張率の低下が見られないことを示している。また、ハニカムサンドイッチパネルにおいては、表皮の熱膨張率の低下がハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率低下を引き起こすが、表皮のマトリックスをシアネートエステル樹脂とすれば、そのような低下は起こらないことも明らかにしている。

 第6章では、以上の検討結果を利用して、ハニカムサンドイッチパネルからなる衛星構造を実際に設計・試作・評価した例を示している。第一の例は、低熱膨張と低電波透過損失という要求性能を満たすデュアルグリッドアンテナ用ハニカムサンドイッチパネルで、アラミド繊維を基材とするハニカムサンドイッチパネルを設計・製作し、所期の通信性能を有することを確認している。第二の例は、衛星構体の地球指向面パネルに用いるヒートパイプ埋込ハニカムサンドイッチパネルで、低熱膨張かつ高熱伝導で、表皮とヒートパイプの熱膨張率差で表皮が破損することなく、必要な強度・剛性を有するハニカムサンドイッチパネルを設計・製作し、必要な性能が満たされていることを確認している。

 第7章は結論で、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文は、複合材料表皮を有するハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率の測定法、計算法を検討し、設計・製造の過程での熱膨張率の変動、熱サイクル負荷による熱膨張特性の変化について検討し、0.1×10-6/Kの精度でのハニカムサンドイッチパネルの熱膨張率制御を可能とし、実際の衛星構造開発において寸法安定性に優れたハニカムサンドイッチパネル衛星構造を実現可能としたものであり、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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