学位論文要旨



No 214994
著者(漢字) 中島,勝己
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,カツミ
標題(和) 複合組織鋼の疲労特性改善のための組織形態因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 214994
報告番号 乙14994
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14994号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 助教授 藤本,浩司
 東京大学 助教授 岡崎,正和
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 本研究は、代表的な複合組織鋼板であるフェライト/マルテンサイト二相組織鋼板(DP鋼板)を主対象として、疲労特性の高性能化に対して、組織形態制御の持つ可能性について検討した。DP鋼板は、強度-延性バランスに優れるため、自動車足廻り部品等へ広く適用されており、また、環境問題等の背景から、高強度化へのニーズが高まりつつある。自動車用薄鋼板の高強度化とともに必然的に要求される疲労特性の高性能化に対して、材料組織因子の観点から、疲労過程に踏込んで検討した例はほとんど無く、必ずしも疲労特性改善に対する指針は明確になっていない。

 そこで、本研究では、従来の研究とは異なる以下の観点から、複合組織鋼の疲労特性改善のための組織形態因子について検討した。

(1)静的強度を増加させることなく、疲労特性を改善することを目的に、複合組織金属材料の疲労特性に及ぼす組織形態の影響を検討する。

(2)実部品を念頭に置き、母材の疲労特性ではなく、予加工材、打抜き材の疲労特性の改善を最優先に、組織形態制御の有効性を検討する。

(3)疲労破壊の各過程(疲労き裂生成、微小き裂伝播、巨視き裂進展)に対して、疲労支配因子を明らかにし、各過程における材料組織因子の寄与を検討する。

2.実験方法および結果

 供試材として、商用の低炭素鋼を素材とし、熱処理方法を工夫して、組織形態の異なる2水準のフェライト/マルテンサイト二相組織鋼を作製した(図1)。すなわち、フェライト相中にマルテンサイト相が孤立分散した組織形態(以下、M-D材)、およびマルテンサイト相がフェライト相を取り囲む組織形態(以下、M-C材)を準備した。さらに、これらに対して、約20%の冷間圧延を施した予加工材、マルテンサイト体積率を増加させた(M-D材=A材=36%,B材=66%,C材=81%)供試材も併せて作製した。以上の供試材に対して、(1)微小疲労き裂の伝播挙動、(2)巨視疲労き裂の進展特性、(3)疲労限、および(4)打抜き材の疲労特性について検討を行った。(1)については、走査型電子顕微鏡内で疲労試験を実施し、その場観察を行うことにより、特に疲労き裂生成・初期進展挙動を詳細に調査した。(2)については、主にき裂閉口の観点から、長い疲労き裂の進展特性、特にき裂進展下限界値に及ぼす材料組織の影響を検討した。(3)については、疲労限を決定する材料組織因子について考察するとともに、打抜き材を想定した切欠き試験片の疲労限に及ぼす予加工の影響について、繰返し軟硬化挙動の観点から考察を行った。(4)については、DP鋼板が適用される自動車部品(ディスクホイール等)を想定して、打抜き端面を有する試験片を作製して、疲労き裂進展挙動、疲労限に及ぼす材料組織の影響を検討した。以下に、(1)〜(4)に対して得られた主要な結果をまとめる。

(1)微視組織の影響がほぼ消失する微小き裂長さは、250μm程度であり、これ以下の微小き裂は、材料組織、予加工に極めて敏感であることが判明した。M-C材は、この微小き裂領域においてマルテンサイト相が微小き裂を停留させるので(図2)、M-D材より疲労寿命を著しく増加させる。予加工材では、予歪で導入されたすべり帯に沿って直線的にき裂が進展するので、無加工材と比較して、微小き裂領域での疲労寿命が低下する。マルテンサイト体積率を約36%から約66%へ増加させると、組織形態はマルテンサイト分散型で不変であるものの、フェライト相に歪集中が起こり、き裂発生寿命が低下する。さらに体積率を増加させた場合(約81%)、フェライト相が孤立して存在するため、長寿命化には有利であるが、延性に劣り、高い成形性の要求される自動車用鋼板としては不適である。

 (2)DP鋼のき裂進展下限界値(ΔKth)は、フェライト/マルテンサイト組織形態、予加工、マルテンサイト体積率に因らず、破面粗さにより誘起されるき裂閉口の大きさによってほぼ決定されるため、破面粗さと良好な相関を示す(図3)。M-D材は、き裂がマルテンサイト相を迂回し大きく屈曲しながら進展するので、大きなき裂閉口を生じ、高いΔKthを示す。一方、M-C材は、き裂がマルテンサイト相を突破しながら進展するので、き裂閉口は小さい。ΔKthを最大化するには、き裂進展経路となる連続したフェライト相を確保した上で、出来る限り粗大でかつ硬質なマルテンサイト相を分散させることが重要で、最適なマルテンサイト体積率が存在する。本研究の範囲では、体積率約66%で、最大のΔKthを示した。予加工材については、マルテンサイト相が脆化し、き裂がマルテンサイト相で屈曲することなく直線的に進展するため、き裂閉口が極めて小さくなり、ΔKthは低下する。

 (3)M-C材は、M-D材に対して、静的強度の上昇を伴うことなく、約20%の疲労限の改善が達成される。いずれの組織形態も、疲労き裂はフェライト相で生成し、疲労限はき裂発生限界で決定される。組織形態による疲労限の差異は、マルテンサイト相に拘束されるフェライト粒径をパラメータとすることで整理できる(図4)。マルテンサイト体積率を変化させた場合の疲労限は、マルテンサイト体積率増加に伴う静的強度の増加とともに向上する。C材は、マルテンサイト相がフェライト相を完全に包囲する組織形態となり、M-C材とほぼ同等の疲労限を示す。本研究で用いた1mmR切欠き材の場合、DP鋼の予加工材の疲労限は、静的強度の増加ほど、上昇しないことが明らかとなった。これは、予加工材が切欠き底において繰返し軟化挙動を示し、疲労限を決定すると考えられる繰返し降伏応力が低下するためである。M-C材は、M-D材に対して、疲労限は著しく改善するものの、き裂進展下限界値に関しては、不利であることが明らかとなった。これは、50μm程度以上の内在欠陥もしくは潜在き裂が存在する場合には、マルテンサイト連結型が逆に不利になることを示唆する。

 (4)DP鋼板の打抜き材の疲労き裂生成寿命は、打抜き破断面の粗さ(最大粗さ)により、ほぼ一意的に整理される。打抜き破断面粗さを低減するには、クリアランスを低下させること、マルテンサイト分散型より、マルテンサイト連結型とすることが有効である。但し、高負荷応力下においては、疲労き裂生成寿命が、全寿命に占める割合は極めて小さい。打抜き材の微小表面き裂の伝播寿命は、全疲労寿命の大部分を占め、その伝播挙動は、組織形態、クリアランスの影響を顕著に受ける。M-C材は、機械加工による切欠き材の場合と同様に、マルテンサイト相が微小き裂を停留させるので、寿命改善に非常に有効である。クリアランスを増加させた場合、表層加工硬化量も増加するので、予加工材の場合と同様に、フェライト相内でのき裂進展速度が増大し寿命を低下させる。打抜き材の貫通き裂の伝播寿命は、組織形態、クリアランスの影響をほとんど受けず、力学的因子に支配される。

 5mmRの打抜き部を有する試験片において、M-C材は、機械加工による切欠き材の場合と同様に、M-D材より、高い疲労限を示す。打抜きクリアランスを増加させると、疲労限は低下する。組織形態、クリアランスの大小に関わらず、疲労き裂は、打抜き破断面内の大きなディンプル底から成る凹部から発生する。5mmRの打抜き部を有する試験片の疲労限低下は、打抜き破断面の粗さによる局所的な応力集中が主因である。すなわち、打抜きクリアランスが大きいほど、打抜き破断面の粗さが大きく、疲労限は低下する。打抜き材の疲労限は、疲労き裂発生サイトである大きなディンプルから成る凹部におけるミクロな応力集中係数を考慮することにより、機械切欠き材の疲労限から推定可能であることを示した。

3.結言

 高強度複合組織鋼板の疲労特性改善に対して、フェライト/マルテンサイトの組織形態制御が非常に有効であることを明らかにした。すなわち、マルテンサイト連結型は、静的強度の上昇を伴うことなく、疲労限、微小疲労き裂伝播特性において、マルテンサイト分散型より優れた性能を示す。これらの優位性は、予加工材、打抜き材においても維持され、マルテンサイト連結型の組織形態は、実部品の疲労特性改善に有用であることを示した。ただし、fail safe設計が前提となる部位に適用される場合には、むしろフェライト相中に硬質マルテンサイト相が孤立分散した組織形態が有効で、さらに最適マルテンサイト体積率が存在することを述べた。

 本開発鋼の実用化、量産化に当たっての最大の課題は、マルテンサイト連結型の組織形態は、(α+γ)二相域で再熱処理することにより形成されるため、通常の製造プロセスに対して、熱処理コストが増加することである。21世紀に地球環境問題の観点から、高強度鋼板適用による軽量化への要望がさらに高まった時に、本開発鋼の実用化が大いに期待される。

図1 供試材のミクロ組織:(a)M-D材,(b)M-C材

図2 微小疲労き裂の伝播挙動:(a)M-D材,(b)M-C材

図3 破面粗さとΔKth,ΔKeff,thの関係

図4 マルテンサイトに拘束されたフェライト粒径と疲労限の関係

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)中島 勝己提出の論文は、「複合組織鋼の疲労特性改善のための組織形態因子に関する研究」と題し、六章よりなる。

 複合組織鋼板であるフェライト/マルテンサイト二相組織鋼板(DP鋼板)は、強度-延性バランスに優れ、疲労特性も良好であることから、軽量化要求が大きい自動車用薄鋼板用材料としての適用が進められている。高強度化とともに必然的に要求される疲労特性の高性能化については、主に静的強化機構の観点から検討されてきたが、疲労特性に及ぼす材料組織の影響に関しては、これまでは疲労過程に踏込んでは検討されておらず、疲労特性の高性能化に対する材料設計指針は明確にされていない。本論文では、DP鋼板の疲労特性改善を目指して、材料組織形態を制御し、疲労破壊の各過程(疲労き裂生成、微小き裂伝播、巨視き裂進展)に及ぼす、組織形態因子の効果を明らかにするとともに、実用上の観点から、予加工材、打抜き材の疲労特性改善のための、組織形態制御の有効性を検討することを目的としている。

 第一章は「序論」であり、複合組織鋼を含む鉄鋼材料の疲労特性改善に関する研究の現状と問題点をまとめた上で、本研究の目的と意義を述べている。

 第二章は「二相組織鋼の微小疲労き裂の伝播挙動に及ぼす材料組織の影響」であり、マルテンサイト組織形態、マルテンサイト体積率、予加工状態の異なるDP鋼板の疲労き裂生成、微小き裂伝播挙動を、走査型電子顕微鏡内での疲労試験負荷下その場観察により明らかにしている。その結果、マルテンサイト相がフェライト相を取囲む組織形態(マルテンサイト連結型)は、マルテンサイト相が微小き裂を停留させるため、フェライト相中にマルテンサイト相が分散する組織形態(マルテンサイト分散型)に比べ疲労寿命が著しく向上することを明らかにしている。また、予加工材では、予ひずみで導入されたすべり帯に沿ってき裂が直線的に進展するため、無加工材に比べ疲労寿命が低下することなどを明らかにしている。

 第三章は「二相組織鋼の巨視疲労き裂の進展特性に及ぼす材料組織の影響」であり、主にき裂閉口の観点から、き裂進展下限界値、巨視き裂進展速度に及ぼす材料組織、予加工の影響を検討している。マルテンサイト分散型では、き裂がマルテンサイト相を迂回して大きく屈曲しながら進展し粗い破面を呈するため、大きなき裂閉口が生じ、高いき裂進展下限界値を示すのに対して、マルテンサイト連結型では、き裂がマルテンサイト相を突き抜けながら進展するため、き裂閉口は小さい。これにより、き裂進展下限界値を高めるためには、き裂進展経路となる連続したフェライト相を確保した上で、できる限り粗大で硬質なマルテンサイト相を分散させることが重要であることを明らかにしている。

 第四章は「二相組織鋼の疲労限に及ぼす材料組織の影響」であり、マルテンサイト連結型はマルテンサイト分散型に比べ、静的強度の上昇を伴うことなく、約20%の疲労限の改善が可能であるとしている。また、疲労限はマルテンサイト相に拘束されるフェライト粒径により支配されること、マルテンサイト体積率を変化させた場合の疲労限は、静的強度の上昇とともに向上することなどの結果を得ている。さらに、予加工材では、繰返し軟化挙動による降伏応力の低下により疲労限が向上しないことを明らかにしている。

 第五章は「二相組織鋼の打抜き材の疲労特性」であり、これまで得られた知見をもとに、DP鋼板が適用される自動車部品を想定して、実用打抜き材の疲労特性に及ぼす材料組織の影響を検討している。とくに、打抜き材の疲労き裂生成寿命は、打抜き破断面の粗さにより決定されること、その打抜き破断面粗さを低減するには打抜きクリアランスを低下させるべきであること、マルテンサイト分散型よりマルテンサイト連結型とする方が有効であることなどを明らかにしている。また、打抜き材の疲労限を、疲労き裂発生箇所である大きなディンプルからなる凹部におけるミクロな応力集中を考慮することにより推定するモデルの有効性を検討している。

 第六章では、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

 以上要するに、本論文は、DP鋼板の疲労特性改善に関して、フェライト/マルテンサイトの組織形態制御が非常に有効であることを、系統的かつ定量的に明らかにするとともに、実用上の観点からも、予加工材、打抜き材の疲労特性改善のための材料組織形態設計の指針を明確にしたものであり、材料工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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