学位論文要旨



No 214995
著者(漢字) 岩田,淳
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,アツシ
標題(和) スケーラブルQoSルーティング方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 214995
報告番号 乙14995
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14995号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 齊藤,忠夫
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、ATM網、IP網、ATM/IP混在網、ならびにMulti-hop Adhoc Wireless網など様々な網を対象とし、ユーザに対してEnd-to-EndにQuality of Service(QoS)を保証するための経路制御技術の観点で、木規模網まで適用可能なスケーラブルなQoSルーティング方式を提案する。検討方式をQoSルーティング、QoS topology aggregation、QoS restorationの3つの制御方式に大きく分類する。まず3つの要素を包含するネットワークアーキテクチャを提案し、次に個々の要素に対して詳細方式を提案し、性能評価により方式の有効性を示す。

 IP網において帯域、遅延、遅延揺らぎなどのQoS保証を行なうには大きく2通りのアプローチがあり、(1)IP網の下位レイヤの網が提供するQoS保証機能の利用、(2)下位レイヤに依存せずIPレイヤ自体にパケットレベルのQoS保証機能を追加、等が挙げられる。(1)の例は、下位レイヤとしてATM網のQoS保証機能を利用しその上にIP網を構築するIP over ATM技術、(2)の例は、ATM、SONET、SDH、WDMなどの下位レイヤに依存せずQoS制御を実現できるIP/ATM統合網(Muitiprotocol label switching(MPLS)網)制御技術、とが挙げられる。

 まず、IP over ATMにおけるQoSを考慮したルーティングアーキテクチャに関しては、従来方式では大規模なIP網を実現する為に複数のドメインを跨るATM網を構成する場合に、IP網の制御とATM網の制御との協調動作が不十分で、充分な性能を出すことができない問題があった。本問題を解決する為に本論文では“Gateway Model”を提案した。提案モデルは、IPルーティングによる到達性判断、ATM PNNIルーティングによるQoSルーティングの両者を協調させるLayer2/Layer3統合QoSルーティングを実現できる。そのため、複数のドメインを介してもEnd-to-EndでQoSを保証するATMコネクションが容易に設定可能となる。

 次に、IP/ATM統合網(MPLS網)におけるQoSを考慮したルーティングアーキテクチャに関しては、従来方式はIPルーティングプロトコルのQoS拡張提案が階層網に対応せず、大規模網にまでスケールできる方式でなかった。本問題を解決する為に、本論文では、階層的なQoS経路計算を実現する階層MPLSルーティングアーキテクチャを提案し、性能評価による提案方式の有効性の実証を行なった。

 これら、IP over ATM網、IP/ATM統合網(MPLS網)のQoSを考慮したルーティングにおいては、更にそれぞれ以下の[A][B][C]の3つのルーティング技術が重要である。本論文では、それぞれの制御技術において従来方式の制約を解決する方式提案とその性能評価による提案方式の有効性の実証を行なった。更に、これらのQoS制御の応用例として、他の分野(Multi-hop Ad-hoc Wireless network)でのルーティングアルゴリズム[D]としても同様に適用可能であることを示した。

[A] QoSルーティング方式:

 ユーザからの複数のQoS要求条件を満足する経路を効果的に選択する方式。一般に、複数のQoSパラメータのうち、遅延やリンクコストのように経路上のリンク毎にコストの累積値で評価を行うメトリッククスが2つ以上存在すると、NP-complete問題となる。本問題を解くために従来提案されている方式は、アルゴリズム計算量の低減と経路選択確率(ブロック確率)性能の改善とを同時には実現できなかった。

 本問題点を解決するため、本論文では、(i)静的なリンクコストのみを用いて複数の経路候補を事前に計算準備するPrecomputationと(ii)もしPrecomputation経路がQoSを満たさない場合QoSを満たさないリンクをトポロジーデータから取り除いて動的に最適経路を計算するOn-demand computationとを組み合わせる手順を提案する。提案方式は、(i)の経路候補の計算により最適経路の探索空間を絞り込むことで大幅にアルゴリズムの計算量の削減を果たし、かつ(i)の複数の経路候補ならびに(iii)のOn-demand computationとの組合せにより、ブロック率を大幅に低減が可能となることをシミュレーションにより示す。

[B] Qos topology aggregation:

 QoSルーティングを階層的網においても適用可能なように、下位の階層のトポロジー、帯域、QoS情報を上位階層に対して効果的に縮退して、上位階層網で縮退した経路情報を交換する方式。QoSルーティング性能を落とさない経路情報の縮退方式が必要となる。従来は、Spanning Tree手法を用いて網内のトポロジーを疎結合で表現する方法が提案されていたが、網内リンクの帯域やQoSが変更されるたびに再計算となり、計算量が膨大になる問題があった。また、本手法では、ATM PNNI Routing標準のQoS topology aggregation記法には適用することができなかった。

 本問題を解決する為に、本論文では、ATM PNNI Routing標準のQoS topology aggregation記法を遵守する3段階から構成されるアルゴリズムを提案する。本方式は、網内リンクの帯域の変動が起こっても計算変更をほとんど要さない特徴を持ち、計算量を大幅に低減することができる。また、本方式を採用することで、経路情報が大幅に低減されている階層網でも、同じトポロジーの網をフラット網で実現した場合と、QoSルーティングの性能が近接するくらい高い性能を持つことがわかった。一方、IP/ATM統合網(MPLS網)の場合においても、本提案方式を簡易化した方式を適用しその効果を同様に示すことができた。

[C] QoS restoration:

 ユーザの通信中にコネクションのQoSの変化(例えば障害)を迅速に検出し、迅速に経路を回復する方式。従来は、Layer1の完全障害回復、Layer2の完全障害回復が主流で、両者とも網リソースを1:1に保持したり,1:Nでリソース共有して保持していた。Layer1、Layer2の中に流れているすべてのコネクションがそのような2重化サービスが必要でない場合が多く、これらの機能が過剰な障害回復機能になる問題があった。

 本問題を解決する為、本論文では、ユーザのほんの一部が非常に信頼性の高い、無瞬断のコネクションサービスをうけると仮定し、その一部のユーザの設定するコネクション(主経路)に対してのみ、迂回経路用のリソースを1対1に用意するLayer3(VC)-based障害回復方式を提案する。本方式により網全体として必要最小限の迂回経路用のリソース準備に抑えることができる。筆者は、本方式をATM Forumにおいて標準化提案し、標準化採用に成功した。また、本提案方式において、高速に迂回を実現する為、信頼度を考慮したDisjoint-path経路選択方式を提案した。本問題が輸送問題に定式化できることを示し、輸送問題の解法と、ヒューリスティックでの簡易解法との性能比較を行ない、両者の方式の適用領域を特定できた。

[D] MANET環境への階層 QoSルーティング方式適用:

 Mobile端末が基地局なしに自律的にネットワークを構成し通信を行うというMulti-hop Adhoc Wireless Network(MANET)環境を想定し、上記ルーティング制御技術[A][B]の適用手法について議論する。MANET網においては、従来、Distance Vector型のFlatなルーティングアルゴリズム、あるいは動的に階層的なClusteringを行なうアルゴリズム、必要に応じて宛先ノードを探索するOn-demand routingアルゴリズムなどが提案されてきた。それぞれの方式には、大規模網への適用の困難さ、制御方式の複雑さ、QoSルーティングの困難さ、等の問題が指摘されている。

 本問題を解決するため、本論文では、2つの新しい方式Fisheye state routing(FSR)とHierarchical State Routing(HSR)とを提案する。前者は、Link state routingの経路情報のFloodingの頻度を自ノードからのホップ数(Scopeと定義)により変化させFloodingのオーバヘッドの大幅な低減を実現した。非階層網でできるかぎりスケーラブルな方式である。後者は、階層的な網を動的に構築し、階層網内でのFloodingは多いが、階層網間でのFloodingを大幅に低減する方式を採用する。いずれの提案方式も、上記[1][2]の有線網での階層的QoS routing方式技術をうまく活用することができ、そのMANET網への適用の有効性を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「スケーラブルQoSルーティング方式に関する研究」と題し10章よりなる。本論文では、ATM網、IP網、それらの混在網におけるルーティング方式、コネクション管理方式に関し、ユーザに対してエンドツーエンドにQoS(Quality of service)を保証するための制御技術についての研究を行っている。

 第1章は「序論」であり、研究の背景と目的、論文の構成について述べている。

 第2章は「ATMルーティングとIPルーティングの基礎と技術課題」と題し、IP網、ATM網の基礎、データ転送の各種プロトコルについて説明する。その後で、ATM網上にIP網を実現するIP over ATM網のアーキテクチャ、ATM網とIP網を統合的に取り扱うMPLS(Multiprotocol Label switch)網のアーキテクチャについてQoS routing,QoS topology aggregation,QoS restorationの実現のために解決しなければならない課題を論じている。

 第3章は「IP over ATM網におけるQoSルーティングアーキテクチャ」と題し、ATM網上にIP網を実現するアーキテクチャについて論じる。IP over ATM網上にてQoS routing,QoS topology aggregation,QoS restorationを実現するためのコネクション制御、ルーティング制御、トラフィック制御について論じる。

 第4章は「複数のQoSの要求条件を満たすQoSルーティングアルゴリズム」と題しIP over ATM網上にてコネクション設定要求時に指定される帯域、遅延などの複数の品質尺度のパラメータをバランス良く満足することができる経路の効率的な探索を論じている。従来手法の紹介と課題の整理を行い、問題の定式化を行う。そして、事前経路計算と動的経路計算とを組み合せる手法を提案し、計算負荷を抑えつつ探索効率を高めることができることを示している。

 第5章は「階層ATM網におけるQoS topology agrregationアルゴリズム」と題し、階層ATM網において下位の階層ネットワーク内のトポロジー、帯域、QoS情報を上位網に伝えるための経路縮退を論じている。線形計画問題として定式化し、簡易な計算で求まる手法を提案した。複数のトポロジー、トラフィック、QoS評価尺度を用いて大規模なシュミレーションを行い、有効性を確認している。

 第6章は「ATM網のコネクション障害におけるQoS restorationアルゴリズム」と題し、通信中のネットワーク障害時において、QoSを保証した通信を行うための経路の再設定問題を論じている。まず、各種のネットワーク障害について説明している。リンク、ノードの障害回復だけでなく、コネクションの最適化配置処理まで含む柔軟な手法の提案を行い、性能評価を通して、その有効性を確認している。

 第7章は「IP over ATM網におけるMultimedia-on-Demand Prototype System」と題し、4,5,6章で論じたQoS routing,QoS topology aggregation,QoS restorationの各提案に基づいたプロトタイプシステムを述べている。プロトタイプシステムではVideo-on-Demandの拡張であるMultimedia-on-Demandの実装を行っている。

 第8章は「IP/ATM統合網における階層的マルチレイヤQoSルーティング」と題し、MPLS網を前提にしたQoS routing,QoS topology aggregationを実現するコネクション制御、ルーティング制御、トラフィック制御を論じている。大規模なネットワークに対応できるMPLSに基づく階層的なルーティングシステムを構築し、階層的なQoS経路計算を行う。プロトタイプシステムおよび大規模ネットワークシステム評価を行うための統合シュミレータを構築した。

 第9章は「IP over ATM,IP/ATM統合網におけるルーティング方式の他分野への応用-Multi-hop Ad-hoc Wireless Networkにおけるスケーラブルルーティングアルゴリズム」と題し、前章までに提案してきたルーティング制御技術の応用の提案を行っている。具体的には、移動体が基地局なしに自律的にネットワークを構築し通信するMulti-hop Ad-hoc Wireless Networkにてルーティング制御技術の適用を行い、性能評価を行い、階層的QoSルーティング制御手法の有効性を示している。

 第10章は「結論」であり、本研究をまとめ、今後の展望を論じている。

 以上を要するに、本論文は、ATM網、IP網、それらの混在網におけるルーティング方式、コネクション管理方式に関し、QoSを保証するための制御技術についての理論、実装の両面からの研究を行ったものである。これらの成果は、現実に稼動しているシステム、国際的な標準化方式等に結実しており、電子情報工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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