学位論文要旨



No 214997
著者(漢字) 津田,良一
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,リョウイチ
標題(和) 視覚における仮現運動知覚特性とその脳内電気活動に関する研究
標題(洋)
報告番号 214997
報告番号 乙14997
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14997号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 広瀬,敬吉
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 広瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

 対象物の動きに対する運動視には、実際運動、仮現運動、自動運動、運動残効などがある。このうち、仮現運動は空間的に不連続な位置に配置された刺激を適当な時間間隔をおいて継時的に提示したときに、刺激が連続的に移動するように感じられる現象のことをいう。仮現運動の身近な例としては、映画やアニメーションなどの動画像知覚に利用されている。仮現運動は、外界では運動が存在しないことから、観察者の脳内で形成される心理現象である。すなわち、1点のみの点滅では運動知覚は得られないが、2番目の刺激の点滅が存在してはじめて運動として知覚される。また、刺激の提示条件によって、その見え方が変化する。従来、主に心理物理測定によって、仮現運動を生起させる刺激変数やその最適刺激条件が調べられてきた。特に、仮現運動には遠隔運動過程と近傍運動過程という2つの処理過程が存在することが指摘され、それぞれの処理過程の特徴が調べられている。しかしながら、この仮現運動が脳内のどの領域で、どの潜時で処理されているかといった脳内処理機構についてはほとんど明らかにされていない。

 脳内の電気活動を調べる方法には、脳内への埋め込み電極を用いて情報を採取する侵襲計測と、脳内の電気活動に伴って脳表面に現れる脳波や、脳の周囲に現れる脳磁図などを用いる非侵襲計測がある。これまで、マカク系サルへの侵襲計測によって視覚情報処理の階層構造が提案され、また運動処理に関連するニューロンの存在が指摘されている。形態や色覚に関連する処理経路、運動視や立体視に関連する処理経路が、神経生理学の立場から少しずつ明らかにされつつある。

 一方、ヒトの脳への侵襲計測は困難であるため、脳の機能的疾患の診断や、脳機能研究には、脳波や脳磁図を用いるのが有効である。最近では、記憶、判断、注意といった脳の高次機能解明のために、これらの非侵襲計測と画像処理技術が用いられるようになってきた。仮現運動の脳内電気活動を明らかにするために、仮現運動知覚に関連する脳波や脳磁図の計測が進められているが、仮現運動処理に伴う脳内の電気活動についての詳細な検討はほとんどなされていない。

 本論文は、このような観点から、心理物理測定により求めた視覚の仮現運動知覚特性にもとづいて、仮現運動刺激に対する脳波および脳磁図を計測し、仮現運動に伴う脳内電気活動について検討したものであり、5章から成り立つ。

 第1章では、これまでの仮現運動研究について概観した。はじめに視覚における仮現運動研究の歴史について述べ、従来は心理物理測定によって、仮現運動知覚特性が調べられてきたものの、仮現運動知覚に関連する脳内電気活動の検討はほとんど行われていなかったことを指摘した。

 第2章では、視覚における遠隔運動過程と近傍運動過程の仮現運動特性に関する従来の知見を整理した。また、マカク系サルに対する電気生理学的および解剖学的研究により明らかにされつつある視覚情報処理の階層構造について説明した。

 第3章では、遠隔運動過程および近傍運動過程における仮現運動刺激を単発的に提示したときの仮現運動知覚特性、および連続的に提示したときのブレークダウン特性を心理物理測定により求め、両過程間の特徴を比較した。両過程における仮現運動知覚には、従来の研究成果と同様に、刺激間の時間間隔と刺激間の空間距離が重要であることを指摘した。仮現運動の知覚印象は、中心視と周辺視といった運動刺激が提示される刺激視野によって異なる。そこで、中心視および周辺視と仮現運動特性の関連性を求めた。その結果、刺激の空間距離が4°以下では中心視優位、4°以上では周辺視優位であり、これらの特性は視細胞の時間空間特性に起因することを示した。さらに、皮膚感覚における仮現運動知覚特性を求め、仮現運動知覚特性は視覚における遠隔運動過程の仮現運動特性とほぼ一致することを示した。

 第4章では、仮現運動を誘起する刺激条件にもとづいて、単発的に提示される仮現運動刺激に対する視覚誘発電位を測定した。遠隔運動過程の仮現運動刺激に対する誘発電位の特徴として、潜時300msec以降に頭頂部から中心部にかけて出現する陽性電位を得た。遠隔運動過程の仮現運動の成立には中枢が関与しているといわれていること、この反応の出現潜時が比較的遅いことから、運動の認知成立に関連する成分であることを指摘した。近傍運動過程の仮現運動の場合は、潜時200msec付近におもに後頭部に出現する3相波が特徴成分であり、遠隔運動過程の結果とは異なった電位分布を示した。また、ドットの運動速度に対する3相波成分のピーク振幅は、主観的に滑らかな運動が知覚できる運動速度において増大しており、主観的な運動印象と誘発電位振幅との間に相関があることを指摘した。

 第5章では、多チャンネルDC-SQUID磁束計を用いて、特に遠隔運動過程の仮現運動知覚に伴う脳磁図を測定し、仮現運動知覚に関連する脳内電源の局在推定を行った。その結果、刺激後の潜時180msecにピークを持つ特徴的なMEG波形が抽出された。このピーク潜時を含む約170msecから200msecの範囲におけるダイポールは、刺激と対側の右後頭部から右側頭部の境界部分に存在するV5野(MT野)を含む外有線野に推定された。本研究で用いた仮現運動刺激によって、外有線野に存在する運動関連ニューロンが活性化されることを示した。

最後にむすびとして本論文を総括するとともに、今後の課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「視覚における仮現運動知覚特性とその脳内電気活動に関する研究」と題し、心理物理測定により求めた視覚における仮現運動知覚特性をもとに、仮現運動知覚に関連する脳波と脳磁図を測定し、その脳内電気活動について述べたものであり、5章よりなる。

 まえがきは、本研究の背景と目的、並びに本論文の構成をまとめたものである。

 第1章「仮現運動研究の歴史と問題点」は、これまでの仮現運動研究についてまとめている。視覚における仮現運動研究の歴史について述べており、従来は心理物理測定によって、仮現運動知覚特性が調べられてきたものの、仮現運動知覚に関連する脳内電気活動の検討はほとんど行われていなかったことを指摘している。

 第2章「視覚における仮現運動の基本特性」は、視覚における仮現運動の処理過程として提案されている遠隔運動過程と近傍運動過程の仮現運動特性に関する従来の知見を整理している。また、マカク系サルに対する電気生理学的および解剖学的研究により明らかにされつつある視覚情報処理の階層構造について概説している。

 第3章「視覚における仮現運動の心理物理特性の測定」は、遠隔運動過程と近傍運動過程における仮現運動刺激を単発的に提示したときの仮現運動知覚特性、および連続的に提示したときのブレークダウン特性を心理物理測定により求め、両過程間の特徴を比較している。その結果、両過程における仮現運動知覚には、従来の研究成果と同様に、刺激間の時間間隔と刺激間の空間距離が重要であることを指摘している。遠隔運動過程における仮現運動の知覚印象は、運動刺激が提示される刺激視野によって異なる。そこで、中心視および周辺視と仮現運動特性の関連性を求め、刺激の空間距離が4°以下では中心視優位、4°以上では周辺視優位であることを示している。また、これらの特性は視細胞の時間空間特性に起因することを指摘している。仮現運動は、視覚以外では聴覚や皮膚感覚にも存在する現象である。ここでは皮膚感覚における仮現運動知覚特性を求め、仮現運動知覚特性は視覚における遠隔運動過程の仮現運動特性とほぼ一致することを示している。

 第4章「視覚の仮現運動知覚に伴う誘発電位計測」は、第3章で求めた仮現運動を誘起する刺激条件にもとづいて、単発的に提示される仮現運動刺激に対する視覚誘発電位の計測と解析について説明している。遠隔運動過程の仮現運動刺激に対する誘発電位の特徴は、刺激後の潜時300msec以降に頭頂部から中心部にかけて出現する陽性電位である。遠隔運動過程の仮現運動の成立には中枢が関与しているといわれていること、この反応の出現潜時が比較的遅いことより、運動の認知成立に関連する成分であることを指摘している。次に、近傍運動過程の仮現運動知覚に関連する誘発電位の計測を行っている。誘発電位の特徴は、潜時200msec付近に主に後頭部に出現する3相波成分であり、遠隔運動過程の結果とは異なった電位分布を示すことを指摘している。また、ランダムドットの運動速度に対する3相波成分のピーク振幅は、主観的に滑らかな運動が知覚できる運動速度において増大しており、主観的な運動印象と誘発電位振幅との間に相関があることを指摘している。

 第5章「脳磁図による仮現運動関連電源の推定」は、脳波に比べて脳内電源の推定に有効とされる多チャンネルDC-SQUID磁束計を用いて、特に遠隔運動過程の仮現運動知覚に伴う脳磁図を測定し、仮現運動知覚に関連する脳内電源の局在推定を行っている。関連電源のふるまいを検討した結果、刺激後の潜時180msecにピークを持つ特徴的なMEG波形が抽出された。このピーク潜時を含む約170msecから200msecの範囲における電流ダイポールの軌跡は、刺激と対側の右後頭部から右側頭部の境界部分に存在するV5野(MT野)を含む外有線野に求められたことより、本研究で用いた仮現運動刺激によって、外有線野に存在する運動関連ニューロンが活性化されることを指摘している。

 最後に「むすび」において、本論文を総括するとともに、今後の課題について述べている。

 以上を要するに、本論文は、視覚における仮現運動知覚特性を明らかにし、仮現運動知覚に伴う脳内電気活動から仮現運動知覚に関連する電源推定を行ったものであり、ヒト視覚系の情報処理のメカニズムを明らかにする上で有用であり、電子工学、特に、生体情報工学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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