学位論文要旨



No 214998
著者(漢字) 内田,誠也
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,セイヤ
標題(和) 高分解能SQUID磁束計を用いたラットの生体磁気計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 214998
報告番号 乙14998
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14998号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

 近年、SQUID(超伝導量子干渉素子: Superconducting Quantum Interference Device)磁束計を用いて、心臓の電気活動から発生する磁場、心磁図(Magnetocardiogram)および脳の電気活動から発生する磁場、脳磁図(Magnetoencephalogram)等を計測し、ヒトの心臓や脳に関する疾患診断や機能解明に向けた研究が盛んに行われている。

 疾患診断の向上や機能解明には、動物を用いた研究が重要である。組織の一部を切り出して実験する、in vitro研究と、動物を生かしたまま実験する、in vivo研究があるが、心磁図および脳磁図の疾患モデルの研究では、特にin vivo研究が重要である。例えば、生きた動物を用いることで、脳や心臓の疾患モデルを作って病理的ないしは薬理的な実験を遂行することが可能となり、ヒトの疾患の診断の向上や機能解明につながる。

 また、計測された心磁図や脳磁図から逆問題を解くことによって電流源の局在推定を行うことが重要であるが、電流源の局在推定の精度を検証する場合、ヒトを用いての検証実験には自ずと限界がある。そこで、動物を用いて、磁場と電場を同時に計測することが可能となれば、電流源推定の精度が検証できるようになり、より良い電流源の局在推定法の研究の発展につながる。

 このように、ヒトの心臓や脳に関する疾患診断や機能解明に向けて、心磁図および脳磁図の動物を用いたin vivo研究は非常に重要であるにかかわらず、これまでほとんど行われていなかった。

 本論文では、高分解能SQUID磁束計を用いてラットの心磁図と聴覚誘発脳磁図に関するin vivo研究を行い、その電流源の局在推定を行った。その結果、正常心筋と虚血心筋の電気活動の電流源の違いを明かにし、心磁図計測により虚血心筋の電気活動に伴う異常電流源の領域の推定が可能となることを実証した。また、聴性誘発脳磁図よりラットの聴覚機能を非侵襲に計測できることを実証し、小動物を用いた脳機能に関するin vivo研究への応用の可能性を拡大した。本論文は6章より成る。

 第1章では、生体磁気計測の発展の歴史と問題点から、高分解能SQUID磁束計を用いたin vivo研究の必要性を述べた。生体磁気計測は非侵襲であるために、ヒトを対象に心臓や脳の疾患診断や機能解明に向けて研究が行われている。心臓や脳の疾患診断や機能解明には、動物を用いたin vivo研究が必要であるが、ほとんど行われていなかった。特に近年注目されている心虚血性疾患の臨床研究の限界やin vivo研究の問題点を整理し、高分解能SQUID磁束計を用いた心磁図のin vivo研究の必要性を述べた。次に脳磁図に関して、高分解能SQUID磁束計を用いた過去のin vitroおよびin vivo研究例を紹介し、ラットを用いたin vivoの脳磁図研究の必要性および将来性について述べた。

 第2章では生体磁気の発生について、生体電流分布をモデル化して、磁束密度分布の計算手法の定式化を行った。次に磁束密度分布より生体内の電流源を求める逆問題手法の一つである最小ノルム推定法について述べた。本研究では、電流空間を楕円球の表面に仮定し、心臓のモデルとし、最小ノルム推定法を用いて電流源推定のシュミレーションを行った。その結果、このモデルがラット心臓の活動の表現に有効であることを論じた。この楕円球の心臓モデルは、第4章で最小ノルム法を用い電流源推定する際に応用した。

 第3章では、空間的高分解能SQUID磁束計の検出コイルの大きさと空間的分解能の関係についてシュミレーションによる考察を行った。動物を用いたin vivoの研究では対象が小さいため、ヒト用の磁束計と比較して、より高い空間的分解能が要求される。空間的分解能を上げるためには検出コイル径を小さくし、検出コイルを対象にできるだけ近づけなくてはならない。本論文で用いた高分解能SQUID磁束計の特徴は、検出コイル径が5mm、対象にもっと近づけたときの対象と検出コイル間距離が5mmであった。電流源を1つおよび2つの電流双極子と仮定し、検出コイルの大きさおよび電流源の深さと空間的分解能の関係について数値実験を行った。その結果、このシステムが、ラットの心臓や脳に関する大きさや深さの電流源から発生した磁場を正確に計測できること検証した。

 第4章では、高分解能SQUID磁束計を用いて正常ラットの心磁図の計測および電流源の局在推定を行った。正常ラットの心磁図を計測し、ベクトルアローマップおよび単一双極子推定、最小ノルム法を用いて電流源の局在推定を行い、正常ラットの電流源の分布や伝播の特徴を調べた。その結果、計測した正常ラットの心磁図と推定した電流源の挙動は、生理学的な知見と矛盾の無いものであった。更に、心電図では検出することが困難な、心房の脱分極による電流源の伝播、心房の再分極に伴う電流源の局在、心室脱分極期における広がりをもつ電流源の局在とその伝播の様子を明かにした。

 更に、急性の心虚血状態の心磁図変化を調べるために、ラットの左心室の冠状動脈を閉塞し、閉塞直前直後の心磁図変化および電流源変化を調べた。電流源の解析はベクトルアローマップおよび最小ノルム推定法を用いた。その結果、左冠状動脈を閉塞することによって、心室心筋の脱分極-再分極期であるST区間に関しては、虚血した心筋領域における電流源が有意に増加した。心室心筋再分極に伴って発生するT波に関しては、心室全体の電流源の方向が有意に偏向し、心臓の長軸より左心室側に傾いた。このような電流分布の増加や偏向は正常心筋と虚血心筋との活動電位差が電流源となったと考えられ、ST区間の異常な電流分布の増加個所を調べることによって、虚血心筋の電気活動に伴う異常電流源の領域を推定することが可能となることを実証した。

 第5章では、高分解能SQUID磁束計を用いてラットの聴覚誘発脳磁図の計測および電流源の局在推定に関する研究を行った。麻酔下の正常なラットをトーンバースト音で聴覚刺激したときの聴覚誘発脳磁図を計測した。解析は単一双極子電流源推定および繰り返し最小ノルム法を用いて解析し、電流源の特徴を調べた。その結果、平均潜時54ms、大きさ1.7pTであるラットの誘発脳磁図を非侵襲的に計測し、右側頭部に電流源を推定した。計測した脳磁図および電流源の位置は、ラットの聴覚刺激で誘発される脳硬膜表面電位における潜時約50msのN2成分の潜時および電流源位置と一致した。本研究によりラットの聴覚機能を非侵襲に計測できることを実証し、ラットを用いた脳機能に関するin vivo研究の応用の可能性を拡大した。

第6章では総括および今後について論じた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高分解能SQUID磁束計を用いたラットの生体磁気計測に関する研究」と題し、高分解能SQUID磁束計を用いてラットの心磁図と聴覚誘発脳磁図に関するin vivo研究を行い、心虚血ラットモデルを用い、正常心筋の電流源と心虚血心筋の電流源の違いを明らかにするとともに、聴覚誘発脳磁図の電流源の挙動を明らかにしたもので6章より成る。

 第1章は「高分解能生体磁気計測の歴史と問題点」と題し、生体磁気計測の発展の歴史と問題点から、高分解能SQUID磁束計を用いたin vivo研究の必要性について述べている。すなわち、磁気計測を用いた心臓や脳の疾患の診断や機能解明には、動物を生かしたまま用いたin vivo研究が重要であるが、歴史的にあまり行われていないことを説明し、高分解能SQUID磁束計を用いた心磁図および脳磁図のin vivo研究の必要性を指摘することにより、本論文の目的を明らかにしている。

 第2章は「生体磁気の発生源と電流源の推定」と題し、生体磁気の発生について、生体電流分布をモデル化して、磁束密度分布の計算手法の定式化を行い、生体内の電流源を求める逆問題手法の一つである最小ノルム推定法について説明している。本研究では、電流空間を楕円球の表面に仮定し、心臓のモデルとし、最小ノルム推定法を用いて電流源推定のシミュレーションを行い、このモデルがラット心臓の活動の表現に有効であることを示している。

 第3章は「高分解能磁気計測システムの特徴」と題し、空間的高分解能SQUID磁束計の特徴および、コイルの大きさと空間的分解能の関係についてのシミュレーションをおこなうことで有効性の範囲を検証している。動物を用いたin vivoの研究では対象が小さいため、ヒト用の磁束計と比較してより高い空間的分解能が要求される。空間的分解能を上げるためにはコイル径を小さし、コイルを対象に近づける必要がある。本研究ではコイル径が5mm、最小近接距離は5mmである高分解能SQUID磁束計を用いた。電流源を1つおよび2つ電流双極子と仮定し、検出コイルの大きさおよび電流源の深さと空間的分解能の関係についてシミュレーションで調べ、このシステムが、ラットの心臓や脳に関する大きさや深さの範囲内にある電流源から発生した磁場を正確に計測できることを明らかにしている。

 第4章で「ラットの心磁図」と題し、高分解能SQUID磁束計を用いて正常および心虚血ラットの心磁図の計測および局在電流源に関する研究について述べている。正常ラットの心磁図を計測し、ベクトルアローマップおよび単一双極子推定、最小ノルム法を用いて電流源の局在推定を行い、正常ラットの電流源の分布や伝播の特徴を調べている。その結果、計測した正常ラットの心磁図と推定した電流源の挙動は、生理学的な知見と矛盾の無いものであった。更に、心電図では検出することが困難な、心房の脱分極による電流源の伝播、心房の再分極に伴う電流源の局在、心室脱分極期における広がりをもつ電流源の局在とその伝播の様子を明らかにしている。

 更に、急性の心虚血状態の心磁図変化を調べるために、ラットの左心室の冠状動脈を閉塞し、閉塞直前直後の心磁図変化および電流源変化を調べている。その結果、左冠状動脈を閉塞することによって、心室心筋の脱分極-再分極期であるST区間に関しては、虚血した心筋領域における電流源が有意に増加した。心室心筋再分極に伴って発生するT波に関しては、心室全体の電流源の方向が有意に偏向し、心臓の長軸より左心室側に傾いた。このような電流分布の増加や偏向は正常心筋と心虚血心筋との活動電位差が電流源となったと考えられ、ST区間の異常な電流分布の増加個所を調べることによって、心虚血心筋の電気活動に伴う異常電流源の領域を推定することが可能となることを実証している。

 第5章「ラットの聴性誘発脳磁図」と題し、高分解能SQUID磁束計を用いてラットの聴性誘発脳磁図の計測および電流源の局在推定に関する研究を述べている。麻酔下の正常なラットをトーンバースト音で聴覚刺激したときの聴覚誘発脳磁図を計測し、単一双極子電流源推定および繰り返し最小ノルム法を用いて解析し、電流源の特徴を調べている。その結果、平均潜時54ms、大きさ1.7pTであるラットの誘発脳磁図を非侵襲的に計測し、右側頭部に電流源を推定している。計測した脳磁図および電流源の位置は、ラットの聴覚刺激で誘発される脳硬膜表面電位における潜時約50msのN2成分の潜時および電流源位置と一致している。本研究によりラットの聴覚機能を非侵襲に計測できることを実証し、ラットを用いた脳機能に関するin vivo研究の応用の可能性を拡大している。

第6章は「総括」と題し、総括および今後について論じている。

 以上、これを要するに本論文は、高分解能SQUID磁束計を用いてラットの心磁図と聴覚誘発脳磁図に関するin vivo研究を行い、心虚血心筋の領域推定の可能性を示すとともに、脳機能に関する様々なin vivo実験の応用の可能性を拡大したもので、電子工学、特に、生体情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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