学位論文要旨



No 214999
著者(漢字) 河東,晴子
著者(英字)
著者(カナ) カワヒガシ,ハルコ
標題(和) ニューラルネット技術の応用による通信網設計の研究
標題(洋)
報告番号 214999
報告番号 乙14999
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14999号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

 情報通信の世界は激動の時代に突入している。長い間続いた電話中心の時代を脱し、データ、画像の通信が日常的に行われるようになった。近年ではインターネットの急速な発展にともない、データ通信の通信量が音声通信を上回る兆しも見えてきている。また、携帯電話の急速な普及により、移動体通信の通信量も急速に増加している。これまでは、大学や企業が中心であったデータ通信が一般ユーザに浸透しつつあり、情報通信システムは社会的なインフラとしての役割も担うようになってきた。品質を保証してマルチメディア通信を行う手段として、ATMが実用化している。これまでは品質の考慮は二の次とされてきたインターネット網でも、社会的なインフラの基盤としての使用に耐えるように、品質の考慮が求められている。通信トラヒック設計の技術者には、予想が困難な通信需要に対して、要求に応じた品質を保証した通信設備やコネクションをを供給するという使命が課せられている。

 このような背景のもとにおいて、本論文は、ATM/IP等機器設計の現場で簡便にバッファ量やセル廃棄率の概算値を得られる手法の提示、およびリンクコストを付加して高速で最適経路設計を行う方式の提案とその応用法を示すことを目的とするものである。本論文では、トラヒックおよび経路設計の手法について、ATM/IPのパケットレベルから始めて、ネットワーク内の経路設計に至るまで、下位層から上位層に向けて、順次範囲を広げて検討を行う。下位層では、機器設計時の代表的なパラメータを簡便に概算する手法を提示し、上位層では、動的に経路設計を行うための高速経路設計手法を提案する。

 本論文では、まず、パケットレベルから呼レベルの検討を行う。パケット型トラヒックの理論的検討として、待ち行列モデルによるATM速度変換バッファ容量の検討、シミュレーションを簡単にする2状態マルコフ型トラヒックモデルであるLumped Modelの提案、Large Deviation理論を適用したATMセル廃棄率の推定と仮想帯域の算出式の適用可能性の検討を行う。

 次に、ATM/IP網内にコネクションを設定する際の、最適経路設計の方法を提案する。提案方式は、ニューラルネットを用いている。まず、リンクコストが1の場合の最小ホップ経路設計方式を提案し、次にこれをリンクコストが整数値に場合に拡張した最小コスト経路設計方式を提案する。

 この方式では、まずノードおよびノード間を接続するリンクから構成されるネットワークにおいて、各ノードにニューロンを配置し、ニューロン間のシナプス荷重をリンクコストに等しく設定する。初期状態では、ネットワーク内の全ニューロンを不活性とする。次に、宛先ノードに対応するニューロンに刺激を与える。その刺激はシナプス結合を通じて伝搬し、ニューロンを一個ずつ活性化していく。各結合において、シナプスによって伝搬は遅延を受け、その遅延量はシナプス荷重に比例する。全ネットワークに刺激が伝搬したとき、ネットワーク中のすべてのニューロンが活性化されている。伝搬されてくる刺激の中で、一番最初に到着したものがニューロンを活性化する。この際の結合および隣接ニューロンを記憶したものが、最適経路の集合となる。

 この方式は、ニューラルネットの2値性により、ハードウェア論理回路で容易に実現できるという特長を有し、これにより、従来の多項式時間のアルゴリズムに比べて4桁から6桁の高速化が可能となるという特長がある。しかしその反面、ハードウェア規模の制限により、経路設計対象のネットワーク規模およびリンクのコストの段階数をあまり大きくできないという欠点があるが、本論文では、提案方式をLSI化した場合の回路規模の検討結果を将来の予測とともに示す。上記の欠点により、現在は提案方式が適用できる通信ネットワークは小規模でリンクコストの段階数が小さいものに限られるが、LSI技術の発達により、大規模でリンクコストの段階数の大きい通信ネットワークにも適用が可能となることがわかる。

 さらに、提案した高速経路設計方式を適用して、インターネットにおける品質を考慮したルーチング方式を提案する。提案するルーチング方式は、現存のルーチングプロトコルOSPF(Open Shortest Path First)を拡張して、品質を考慮できるようにしたものである。品質を考慮するルーチング方式として、同様にOSPFを拡張したQOSPF(Quality of Service Extended OSPF)があるが、これに対する提案ルーチング方式の優位性も評価する。

 本論文ではまた、提案した高速経路設計方式のワイヤレスインターネットヘの適用についての検討も行う。現代では、あらゆるものをIP網で接続してしまおうというIP over everythingの構想が現実味をおびてきているが、この場合、ノード数は膨大なものとなる上、実際に必要度の高いノードのみを接続するように動的な経路設計が必要となる。ワイヤレスメディアによるセンサネットワークのように高密度にノードを配置する場合は、パソコンやワークステーションでの計算を前提としている従来の経路設計法では、高速化・小型化・低価格化の全ての面で対応がきわめて困難となる。しかし高速経路設計機能をワンチップ化できる提案方式は、有力なツールとなりうることも示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ニューラルネット技術の応用による通信網設計の研究」と題し、ATM(Asynchronous Transfer Mode)網あるいはIP(Internet Protocol)網等のパケット型通信ネットワークの通信トラヒックおよび経路を効率よく設計することを目的として、通信機器設計時のパラメータ算出を効率化し、通信網状況を反映して高速に経路設計を行うことを目指して行った研究をまとめたものである。

 パケット型ネットワークの階層構造の下位層のパケットレベルから始めて、上位層のアプリケーションレベルに向かってトラヒックおよび経路の設計の方法を検討したもので、機器設計時の設計パラメータの算出方法を簡素化したもの、およびニューラルネットによる経路設計アルゴリズムをハードウェアディジタル論理回路に搭載することにより経路設計を高速化したものからなる6章により構成されている。

 第1章は、「序論」であり、ATM網・IP網等のパケット型通信網のトラヒックおよび経路の設計方法の研究目的と背景について概観している。

 第2章は「パケット型トラヒックの理論的検討」と題し、パケットレベルから呼レベルのトラヒック設計において、バッファ容量の検討および多数呼の挙動を示すモデルの提案を行う。また、セル廃棄率および仮想帯域の理論値とシミュレーション結果を比較することにより、理論式が適用可能な範囲を明らかにしている。

 第3章は「ニューラルネットによる最短経路設計方式の提案(リンクコストが1の場合)」と題し、ATM網内にコネクションを設定する際、あるいはIP網でルーチングを行う際に、最適な経路を探索する方式として、ニューラルネットを使用した最短経路設計アルゴリズムを提案している。ここで対象とするネットワークは、リンクが無向でリンクコストが1のネットワークである。

提案方式では、通信ネットワークのノードにニューロンを対応付け、宛先ノードに対応したニューロンに与えた刺激を伝搬させることにより、最短経路設計を行う。

 第4章は、「ニューラルネットによる最短経路設計方式の提案(リンクコストが整数値の場合)」と題し、第3章の最短経路設計方式を拡張して、リンクが有向でリンクコストが整数値の場合の最短経路設計方式を提案している。提案方式ををハードウェアディジタル論理回路で装置化する方法について述べ、これにより経路設計を高速に行うことができる事を示す。また、提案方式をLSI化した場合の回路規模およびネットワーク規模についても述べる。

 第5章は、「品質を考慮したルーチング方式の提案」と題し、第4章の最短経路設計方式を、インターネットのルーチングに適用する方式を提案している。IP網のルーチングにおいて、帯域・遅延等の品質を考慮できるようにしたプロトコルを示している。また、提案方式をワイヤレスインターネットに適用した場合についての検討も示している。

 第6章は、「結論」であり、パケット型通信網におけるパケットレベルから呼レベルのトラヒック設計における理論式の適用性、およびコネクションレベルの経路設計にニューラルネットを利用して高速に経路設計を行う方法とそのアプリケーションについてまとめている。また、ニューラルネットの2値性と空間的加算性を値要したディジタル論理回路による装置化についても述べている。さらに今後の課題として、急速な変化により利用形態の予測が困難となり、動的・知的な制御が求められている通信ネットワーク分野におけるニューラルネットの適用の可能性、および有線・無線を統合したネットワークの最適経路設計での問題点を論じている。

 以上を要するに本論文は、通信機器設計においてトラヒックパラメータを簡便に算出する方法を示し、ニューラルネットの2値性を利用してハードウェアディジタル論理回路で装置化することにより高速で経路設計を行うことができる方法を示したものであり、ニューラルネット技術を応用した通信網設計の分野に寄与するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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